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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第1章 ノスタウの街の出会い
10/54

過去を持たない少女

「二人にはホントに感謝してる。」


深い実感のこもる口調で、ベータがラモンドとカンドフに告げた。


「自分がどうなってるのか、それを誰かに説明できるかが不安だった。

だけど今日の見聞と二人の説明で、何とかなりそうな確信が持てた。」

「そりゃ何よりだ。」


笑って答えたラモンドが、大げさな仕草で促す。


「んじゃあ説明してみな。信じるかどうかは、聴いてからの話だ。」

「了解!」


これまた大げさな仕草で、ベータが敬礼してみせた。そのやり取りに、

カンドフが可笑しそうに笑う。



ようやく、ここに至った。


================================


「昨日は錯乱したまま口にしていたので、ちゃんと説明するね。まあ、

本当に信じられるか否かについては後ほどという事で。」


そんな前置きと共に、ベータは少し姿勢を正した。


「ご存知の通り、あたしはあの沼の大ガエルに石化させられてました。

ゲーム内シークレットミッションを見つけて手を出したのが、いわゆる

運の尽きだったみたいで。」

「ゲーム内のミッションねえ。」


興味深げにカンドフが呟く。


「そのゲームというのが、今ここに在るこの世界…って話だっけ?」

「そう。」


そこでベータは、チラッと窓の外へ視線を向けた。


「どう説明すべきかを悩んだけど、街を案内してもらえたおかげで少し

とっかかりが掴めた。」

「とっかかり?何がだ。」

「もちろん映画!」

「映画?」

「そう!」



即答を返すベータの口調に、迷いの響きはなかった。


================================


「何百年も前の出来事を描く映画、あるよね?」

「ああ、戦記物とかだな。俺も割と好きだが。」

「ファンタジーとかもそうよね。」

「ファンタジー!その言葉があるの地味に助かる!!」


妙なポーズを取りながら、ベータがしみじみ言った。


「つまり?」

「あたしの言うところのゲーム世界は、要するに映画の世界と同じ。

クリエーターの手で作られた世界。で、あたしはそこの世界に参加する

登場人物という事なんです。」

「参加?という事は、最初からその世界にいるわけじゃないの?」

「そう!!」


大きく頷いたベータが、二人の顔を見比べながら続ける。


「ゲームというのは要するに、その架空世界に自分の分身を登場させて

遊ぶ物って事。初めからその世界に住んでいる人たちはNPCと言って

ゲームプレイヤーとは異なる存在になるの。」

「ええっとだな。…つまり俺たちはお前の認識では、そのNPCという

事になるのか。」

「単純に考えればそうなるけど…」


そこで、ベータの声は低くなった。


「ぶっちゃけ、作られたゲーム世界のNPCは、リアルには程遠いよ。

行動も単純な繰り返しだし、会話も機械的。とてもプレイヤーみたいな

人間らしさは望めない。少なくともあたしには、あなたたちがいわゆる

NPCだとは到底思えない。」

「なるほど…何か分かってきた。」


腕組みをしたカンドフが告げる。


「映画の世界に飛び入り参加すれば自由に行動できるけど、その映画の

登場人物は台本以上の行動も言動もできない。そういう事よね?」

「そう!まさにそのとおり!!」


テンション高く言い放ったベータの声は、途中で裏返った。

しかし、そこで彼女は頭を抱える。


「…だから悩むんだよ。」

「叫んだり悩んだり忙しいな。まあ言いたい事はそこそこ理解できた。

俺たちがその「ゲームプレイヤー」じゃないとすれば、お前にとっては

ここがゲーム世界かどうかの判断ができないって事になるんだな。」

「そう。いや、二人だけじゃない。お店の人もすれ違った人もみんな、

NPCともプレイヤーとも思えない人ばっかり。ごく普通の世界なの。

ここがあのベータ版の世界の延長にあるとは、どうしても思えない。」

「なるほど根深い悩みだな。」

「ううぅ…」


「まあ、お茶でも飲みましょう。」


あくまでもマイペースなカンドフの言葉に、二人が顔を上げる。



いつの間にか、すっかり夜だった。


================================


「分からない事はまだまだ多いが、とりあえずお前の立ち位置に関して

そこそこ納得はできた。」


豆菓子をつまみながら、ラモンドがベータに告げる。


「控えめに見ても数百年前から石化していた割に、言ってる事がやたら

客観的だ。現代が石化前と比べて、どのくらい進んでいるかについても

具体的に語れるしな。どう考えてもそれは神に近い視点だろう。」

「神と言うより、プレイヤー視点と言った方がしっくり来るけどね。」


同じく豆菓子をボリボリとかじり、ベータがそう答えた。


「そう。ゲーム世界は産業革命前の水準だったけど、プレイヤーである

あたしの操作主が生きている世界はもっと未来。はっきり言えば、今の

この世界よりも進んでたよ。」

「そんな未来の世界に住んでる奴がわざわざ、馬車だのドラゴンだのが

当たり前の世界で遊ぶのかよ。」

「今自分が住む世界が退屈だから、そんな仮想世界に楽しみを求める。

人間なんてそんなもんだよ。」

「人の業は深いわねぇ。」


カンドフがしみじみと独りごちる。


「で、あなたはどうしたいの?」

「うーん…」


口を尖らせ、ベータはうめいた。


「この世界で生きるしかないと思うけど、仕事とかあるかなぁ。」

「割とあっさり割り切るんだな。」


やや呆れ気味にラモンドが言う。


「かなりの歳月が経ってるのは確かだろうが、知り合いの子孫とかを

探そうとは思わないのか?あるいは家族の子孫とか…」

「いないよそんなの。」



即答の声は淡々としていた。


================================


「昨日も言ったけど、あたしは別に記憶喪失になったって訳じゃない。

自分を操作するプレイヤーの情報を失っただけ。…正直、プレイヤーの

操作なしで普通に動けている自分の状態の方が理解できない。」

「ああなるほど。分身として世界に入り込んでたはずが、大元の存在が

いなくなれば途方に暮れるよね。」

「…本当に石化してる間に何百年も経っていたなら、プレイヤーなんか

とうの昔に死んでるかも知れない。とすればあたしは、過去を持たない

存在という事になる。それはもう、覆せない現実だから。」

「………………」


ラモンドもカンドフも、かけるべき言葉を見つけられなかった。

理解はできても、ベータの心情にはなかなか想像が及ばなかった。


彼女の言う事が何もかも本当なら、世界の成り立ちの認識すら変わる。

しかし実際のところ、そこで生きる自分たちにさほど実感は湧かない。

世界は神が創りたもうた、といった宗教観に現実味が増すだけである。

そうであったとしても、自分たちの生活は昨日までと何も変わらない。


しかしベータはそう単純ではない。


彼女にとってこの世界は何なのか。自分はどうして目覚めに至ったか。

それらの答えが出ない限り、自分が何なのかさえも定義できない。

文字通りの宙ぶらりんである。

ゲーム世界の分身として作られたというのが本当なら、おそらく彼女は

まさに今のこの姿で「創造」された存在だ。幼少期なども存在しない。

操作していたプレイヤーの情報すら無いとなると、本当に存在の基盤を

何も持っていないという事になる。これなら、記憶喪失の方がマシだ。


現実なのか、そうでないのか。

たとえベータ自身の妄想としても、それが本人にとっての現実であれば

覆しようがない。何でもいいから、彼女の認識以外の根拠があれば…


「あ。」


そこでカンドフが声を上げた。


「忘れてた、あの古書。」

「…あぁ、そうだったな。」


小声で言い交わすラモンドの顔に、形容し難い表情が浮かぶ。


そうだ、何で忘れてたんだ俺たち。

そもそもスワンプトード討伐には、あの古書に隠されていたメモ書きを

見つけたからこそ赴いたんだ。なら絶対、あのメモを残した「誰か」は

ベータの事を知ってるはずだろう。ベータ本人の存在感が強烈過ぎて、

すっかり忘れてしまっていた。


カウンター脇に立てられていた件の古書を慌てて手に取り、カンドフが

ベータの元に戻る。


「ね、ちょっとこれを」

「ああっ!忘れてた!!」

「え?」

「は?」


それまで考え込んでいたベータが、不意に大声で言い放った。

声をかけ損ねたカンドフが瞠目し、思わずラモンドと顔を見合わせる。


「何か思い出したのかよ。」

「もしホントにここがゲームの世界なら、ウィンドウが開くはず!」

「ウィンドウ?」

「何それ?」

「ちょっ、そこ開けて!」


あたふたと目の前のスペースを確保したベータが、手をかざした。


そして。


「…ステータスオープン!」


キュイン!!


緊張気味に放たれたひと言と共に。



青白い、四角の枠が現出していた。


================================


「なっ」

「何だそれ!?」


さすがに二人は度肝を抜かれた。

淡く発光する四角の枠には、何とも形容し難い不条理さがあった。


「ゲームキャラクターのステータスを表示するウィンドウだよ。」


誰より信じられないといった態で、ベータがうわずった声を上げる。


「プレイヤー不在でも出せるんだ…知らなかった…」

「昔の魔術みたいだな。」

「いや、これはその…状態の確認をするためだけのものだから。」


曖昧に答えたベータがウィンドウを操作する。やがて表示が切り替わり

文字列がスクロールを始めていた。


しばしの沈黙ののち。


「…どうだったの?」


あえてウィンドウに目は向けずに、カンドフが遠慮がちに問いかける。

彼女もラモンドも、問う前から既に察していた。結果が芳しくないと。


「何にもない。」


ウィンドウを凝視したままベータが答える。予想通りの低い声で。


「ほとんど【End Of Service】。」

「つまり?」

「ゲームの配信サービスがとっくに終わってるって事だと思う。」

「…やっぱり、時間が経ち過ぎって事になるの?」

「それ以外に考えられない。」


スクロールの指を停めたベータは、天井を仰いだ。


「この世界での時間とプレイヤーの時間が同じ長さなのかは判らない。

だけど少なくとも、ゲームの配信が終了するくらいの時間は経ってる。

もう、それは間違いないよ。」

「そうか…」


………………………………


何度目かも分からない重い沈黙に、ラモンドとカンドフは言葉を探す。

しかし、何かが判明してもベータの孤独が浮き彫りになるばかりだ。

これ以上、何をしろと…


刹那。


【条件クリア】


パシュン!!


「えっ!?」


唐突に「ブフレの古書」から覚えのある音と光が弾けた。


「えっ何!?何その本!?」

「封印がまた解けただと?」


怪訝そうに言ったラモンドの目が、古書とベータとを見比べる。

何かのきっかけがないと、この本の封印を解く事は出来ないはずだ。

今のこのタイミングで解けたという事は、つまり…


「…お前がステータスウィンドウを開くってのが、条件だったのか?」

「条件?あたしの?…え、何が?」


それまでの停滞した空気は霧散し、新たな疑念が店の中を満たす。

仮定が本当なら、ほぼ間違いない。「ブフレの古書」とベータには、

何かしらの因縁が存在している。



彼女の刻が、再び動き始めていた。

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