あなたの家は大丈夫?
「マイ、お前とはもうこれ以上やっていけない……お前との結婚を解消する!」
彼とは長い付き合いだが、ついに言われちゃった。
この国の食事として、はじめて食べられてから、数百年。
私が裁かれる日が来るとは。
コトの発端は数年前
この国、日本での私の値段が高騰したからだ。
主食として食べ続けられた私だが
5kg5000円の壁を越えたことで、私の立場は急変する。
断罪が行われるであろうというのは、ここ数年でわかっていた。
毎日のように話題になっていたし、店頭に置かれる私の所にやって来る
買い物客達が、値札を確認すると
「……また値上がりしてる」
「今日も、買えないか」
「備蓄米はどこに行ってるんだよ!」
と、ため息をつきながら帰っていく
老若男女の後ろ姿を、全国で数えきれないほど見てきた。
「おう、ジャガイモ! 今日はよろしく」
「ニンジンも来たか。ついに米も終わりだな?
カレーとライスといや、日本人の国民食とまで言われるくらいの、熱い仲だったのによ」
確かに熱い仲ではあるが、別にカレーだけと結婚した覚えはない。
「仕方ねぇです、今や米さんを1袋を買うくれぇなら
我等 肉や野菜で、料理を作る方が、財布に優しぃんですぜ?」
「肉じゃないですか! 肉は良いな、煮ても焼いても美味いし」
「玉ねぎだって、十分うめーぜ」
物見遊山で見に来た食材達が、想定よりも多い。
これじゃあ、逃げ出す時に手こずりそう。
私の断罪を見届けようと詰めかけた、カレーの具になるレギュラーな素材から
地方特産品や、家庭のマイレシピにしか入らないようなマイナーな食材達まで。
鍋の周りは、カレーのピリッ!というスパイスと、甘いに包まれ
キッチンの周りを、大勢の食材が囲む中で
断罪の火蓋がボッと、切って落とされる。
「米、何か言い訳はあるか?」
私を見つめるのは 今回の断罪を発案した張本人、カレーのルー。
思わず頬を緩ませる彼は、子供から大人まで、食欲をそそる香りを漂わせている。
「ないわね、全然。
だって、私があんなに高騰したのって、天災と人災だし」
需要と供給の問題が起きた不作は、猛暑や水不足といった天候が原因らしい。
天気の調整なんて、それこそ神頼みしても無理なので、私がなんとか出来る問題ではない。
「悪びれる様子もなしか、いい性格をしてるな。
日本の主食とはいえ、いつまでその態度を貫けるかな?」
長年、共に食べられてきた仲なのに、酷くない?
確かにカレーの人気は、国内では圧倒的だが、私という存在があってこその
カレーライスと、気づくべきよ。
「あれだけ毎日 米を食べてるのに、なんで米農家が減ってるの?
みんな私の事が、嫌いになったの?」
「幼い頃や学生時代の給食、お弁当に居た私のことを、思い出して!
大人になった今でも、コンビニのおにぎりとして、毎日並んで待ってるよ!」
私の言葉に、おにぎりの具として活躍する食材達が頷く中
おにぎりには合わないと、言われてきた食材達は、渋そうな表情を隠そうとしない。
「自ら墓穴を掘るとはな……やはり、米の時代も終わりが近い」
墓穴ですって?
何を言ってるの、彼は
「コンビニのおにぎり? 馬鹿め!
おにぎりに具が入ってないものまで、販売し始めたのを知らないようだな」
「セ●ンー●レ●ンが、今月発売した、新商品●●の●●まぶしは
白米にタレがかかってるだけなんだぞ!」
「今や、おにぎりに具すら入らない時代。
おにぎりに具を入れるくらいなら、この会場に来てくれた彼等
肉や魚、野菜達で、料理を作った方が美味いし、財布にも優しいからだ!!」
――やられたっ。
まさか、例の商品のことまで知ってるとは、こいつ出来る!
「で、でもカレーライスという料理は、国民食の1つとして浸透してる。
カレーパンを自分達で作っちゃうくらい、日本人はパンも好きだけど
カレーなら、私なのよ!」
おにぎりを例に出したのはマズかったが、カレーとライスの黄金比は変わらない。
「語るに落ちたな、米
甘い、お子様用の、レトルトカレーくらい甘すぎる!」
「カレーと米がセットだったのは、過去。
カレーは米無しでも、充分 美味い料理になれるんだよ」
パチン!
会場に音が響き渡ると共に登場したのは、「ナン」だった。
表情の読めない、真っ白な顔から仏のような後光がさしている。
アジアの一部を担う、元祖カレーの相棒である存在感は私に引けを取らない。
「ナンさん、言ってやってください! 時代はナンだって!」
「――米の時代は終わる、時代はナン」
「何よ、小麦の値段だって上がってるから、|他人の値上がりは言えないわ!」
「――正論を言われた、もう帰っていい?」
ナンのメンタルが、思ってたより脆かった!
「カレーとナンの歴史は古いけど
今でも食べられ続けてるし、別に過去の料理じゃないわ」
そもそも、カレー自体が海外から入ってきた料理の1つ。
カレーと私もだが、カレーとナンの方がはるかに長い付き合いだ。
「誰がナンさんだけといった?
カレースコッチエッグ、カレーディップと野菜スティック、カレーグラタン 頼む!」
パチン! と
再び、鍋に響き渡る音と共に現れた、食事達。
「慢心しすぎたな、米さん。我々が、新時代を担う料理だ」
「米文化なんて古いっす!
シンプルに、ルーと野菜だけで食べる方が美味いって 日本人も気づいたんす」
「んまぁ? カレーグラタンにも米は入りますけど
糖質制限や、健康志向を意識する方々には、米無しのカレーグラタンの需要が増えてますのよ?」
手間のかかりそうな料理達まで連れて来るなんて……
カレーを作るだけで面倒なのに!
「米離れが何よ、パンの方が美味いだのナンだの、勝手なことばかり」
「こうして、私が値上がりすれば、みんな毎日頭を抱えてる。
私が日本の主食と再認識する、いい機会になったと思うわ!」
「カレーとナンも、確かに有名だけど
海外じゃ私みたいに、主食として食べられていないのは知ってた?
むしろ私やチャパティの方が、主食なんだからね!」
カレーライスの代わりは、他の食材では務まらない。
国民の遺伝子に刻まれてるのが私!
「確かに今は値上がってるけど、備蓄米だって流通するはずだし
値段が落ちつけば、この騒動も落ち着く……
教科書に載るような、米騒動にはならないわ!」
うわさの備蓄米が、全然流通しない理由は知らないが……ここは逃げの一手。
「その認識が既に旧時代だな。
●●農水大臣にすら、お前を買った事はないと言われているくらいなのに
令和の米騒動として残らないだと?
既に令和のマリーアントワネット事件が起きている!」
「むっ」
タイムリーな発言で国民を煽るなんて、日本人は口が軽い。
アレの口に、私を押し込んでやりたい!
「米さんも、これで終わりかな」
「主食とはいえ、米はあたし達、魚や肉、野菜といった食材の旨みや
カレーの引き立て役だったからねぇ」
「パンという相手も悪かった、時代の節目か」
なにか、なにかないのか、この状況を打開する一手!
ガタンッッッ!!!
突然、鍋のふたを開けて 飛び込んできたのは、とある一報。
「た、大変です!! 備蓄米が急激に流通するそうで、早くて今週中
来週には市場に出回り、米の値段が2000円台に落ちつくそうです!!」
私に別れを告げたばかりのルーや
食材達が、一斉に信じられないという表情に変わる。
「ふ、ふふ、ふふふふふふふ! この国の食卓から、私が消えると思ったの?」
「お子様用のカレーくらい甘いのは、あなた達だったようね」
言葉を失う彼等を横目に、私私は全力で走り出す。
そう、備蓄米の流通は デマだからだ。
万が一のための保険として、用意をしていたが
まさか、ここまで追いつめられるとは。
こうして、令和の米騒動が早く収まる事を祈りつつ
日本の食卓からの、逃亡劇は今日も続く。
カレーを煮込みながら考えてたら、ジャガイモが完全に溶けちゃいました。