プロローグ
「お前は、我が恐ろしくはないのか?」
深く黒い闇は、そう尋ねた。闇――いや、闇に潜むものがそう男に聞いた。
「恐ろしいよ。君は、もしかすると僕の手ですら扱えないかもしれない」
闇に潜むものの問いかけに、黒いシャツに黒いズボン姿の肌の白い――まるで作り物のように綺麗な男はそう返した。言葉とは裏腹に、その男は「恐ろしい」と怖がる様子はなかった。
深い闇の中、彼の美しさが淡く光るように輝いていた。
偉大な彫刻家が作ったかのように、まさしく『美しい』と表現するのに相応しい男だった。女性の柔和さを滲ませた切れ長の瞳を持つ顔と、男性の引き締まった筋肉が付きすぎない身体は中性的な――彼の隣に並ぶのを誰もが嫌がる様な、神秘的な美しさを持つ男だった。暗い暗い闇の中にいても、淡く光るかのような白い肌をしている。
「でも、君は僕知った。だから、僕を失いたくないはずだ。そうだろう? ――神様」
闇に潜むものは、答えなかった。だが、肯定するかのように闇の中でその姿は次第に薄くなる。そうして、辺りの闇が少し薄らいだ頃、漆黒の靄のようなものがその男を包むかのような『影』になった。
「悔しいのかい? でも、君も僕も――これで共存出来る。僕は君の『力』が必要で、君は僕が必要。これで、契約成立だね」
自分の中に入ったか影の感情が流れ込んでくるのか、うっすらと男は微笑んだ。
男は、更に美しく笑った――氷の様に、美し過ぎて棘のある毒の花の様に。
「有難う――では、行こう。この世の『地嶽』へ」
男は、影を纏い闇の中を歩きだした。歩くにつれ、闇が薄くなりいつの間にか賑やかな繁華街の通りを歩いていた。
「人の執念と執着――憎しみと愛が渦巻く、地嶽……」
賑やかな喧騒の中、男はふと立ち止まり空を見上げた。人々の欲にまみれたこの世は、不夜城の様に明かりが消えぬ城だった。星も見えぬ灯りが、空をも照らしている。
にたり、そう『影』が嗤った。