0.かぜがふくほう
皆様お久しぶりです。
こちらはXでの一次創作企画『尊く儚きものども』の小説版になります。
よろしくお願いします。
そよ、そよ。
やわらかい風がさらさらと若い草木を撫で、昨日できた水たまりに波をつくる。みなもに浮かんだ小さな葉っぱがゆらゆらと揺れた。
───【きせつエリア】『???』
晴れやかな空の下、幼子のように小さな子どもは、じ……っと、水面に浮かんだ葉っぱを見ていた。大きく地面まで垂れ下がったウサギのような自身の耳をリスのような小さな手で掴み、まるで獲物を見据えるかのように微動だにしない。そしてまた風が吹き、今度は大きく水面に波がうまれ、葉っぱは左回りにくるりと円を描いた。風が吹き、葉っぱが揺れるを繰り返す、静かな、静かな時間。その静けさに水を差すように、草を踏みしめる足音が聞こえてくる。じっと動かぬ子どもへ、近づく影が一つ。
「また葉っぱを見てるのですね」
まるで絹のように透き通った声に子どもは顔を上げ、「ウドゥルカ」、と小さく彼女の名前を呼んだ。ヤギのような耳に真っ直ぐで小さな角が二本、ふわふわな毛に包まれた少女がそこにいた。ウドゥルカと呼ばれた彼女の針のような三本指には、頭に丸い印のようなものがついた、魚のような生き物が数匹、束ねられた糸で吊り下げられていた。
「おさかな」
「そうなのです、たいりょうなのです」
白いふわふわに包まれた腕を前に出すと、まだ元気な魚のようなものはびちびちと互いに身体をぶつけ合い、跳ねあっている。手を伸ばし魚のようなものを受け取ろうとすると、すっ、と腕を引っ込められてしまう。
「だめ。ルゥ、この間、このまま食べてお腹壊したです。ちゃんとお料理してもらってから食べるのですよ」
「……むぅ……」
よほどお腹が空いているのだろうか。むすっと頬を膨らませ、長いお耳を掴んで広げ、おこっている、はやくよこせ、を表現するも虚しく、お魚のようなものはぽちゃんと近くのため池の中に放り投げられてしまった。透き通った水面に尾びれを叩きつけ、魚のようなものたちはぐんとため池の深いところに潜っていってしまう。水草の陰に隠れ、もう姿は見えない。
「むぁあぁ〜ん……」
膨らんだ頬から空気が抜け、しょんぼりと眉が下がるルゥの頭をぽんと撫でると、おーいと向こう側から大きく手を振る誰かの声がした。目を向けると、そこには見慣れた仲間二人と、見慣れぬ子どもが一人。
「おぉ〜いっ! ウドゥルカーっ! ラタルゥーっ!」
ぶんぶんと手を振り、ばっさばっさと翼を羽ばたかせ、いち早くウドゥルカとラタルゥの元へやってきたその子は、こちらが反応する前にむぎゅうーっとウドゥルカに抱きつく。
「ふっっかふかぁ〜〜〜っ!」
「うぬぬぬ゛……」
ウドゥルカが不満げな声を漏らす。満面の笑みですりすりと頬ずりをしたかと思えば、ウドゥルカのパンチが飛んでくる前にさっと離れると、標的を変えた。今度はルゥのお耳ごと両手をそのいかつい手で握る。
「ラタルゥのおみみ!」
「むぁあぁあ〜〜〜ん……」
ふふくである、と目尻と口角を下げるラタルゥ。魚のようなものをおあずけされた時よりも嫌そうな顔である。しかし、やはり、ウドゥルカのパンチが届く前にさっと離れると、やっと追いついてきた残り二人の横に並んだ。しょんぼり顔のルゥを庇うように前に出たウドゥルカが、お怒りの様子で声を上げる。
「クルルっ! かじょうなすきんしっぷはやめるですって何度もっ!」
「あんね〜! それでさ、昨日の夜の、どっかーん! で、生まれた子を連れてきたよ! 名前はまだないから新人さん!」
しかし、ウドゥルカのお叱りも虚しくクルルは軽く流し、おどおどとしている一人の子どもの方を見た。目配せをされた子どもは「こんにちは」と慌てて頭を下げる。その場全員の目がその子に向くと、落ち着かない様子でちらちらと下を向く。
「……ニンゲン、っぽい」
ぽつり、ルゥが呟くとウドゥルカも同意とばかりに頷く。
「ニンゲンに近いアニミなのです。きっと長生きです」
「に、にんげん……?」
「あんね〜! でもこことか、こことか! ウドゥルカの頭に似てるんね!」
「ぬ、どこが…………?」
「からだ、とっても、おっきい」
「そうなのですね、ルゥ。わたしより大きいアニミなのですよ。ルゥと比べると、あたま二つぶんも大きいです」
じろじろと新人さんを見る二人。自分より小さな生き物たちに凝視され、さらに落ち着かない様子の新人さん。そんな心中を悟り、新人さんの後ろに隠れていたこの中で一番小さな子どもが口を開く。その姿は生き物というより、何かのマスコット的な、ぬいぐるみのようなものに近い。
「あ、ね! この子、ここに来たばっかりで何も知らないみたいなの。わたしのこと見て、びっくりしてた!」
ラタルゥの半分ほどしかない小さな背をめいっぱい伸ばし、こっちを見てと小さな手を振って皆の注意を引く。
「新しいアニミだーっ、て、言ったらね、アニミのことも知らないみたいだったからっ! アニミはここに住んでる子たちのことで、えーっと、姿がたくさんあるんだよーって! そしたら、クルルさんが来て、はかせのところ行こうってなって……今、こんな感じ!」
しどろもどろに一生懸命伝え、身振り手振りで話を終えると、ねっ! と新人さんに同意を求める。慌てて、新人さんが何度も頷く。緊張しっぱなしの新人さんの肩に手を置き、クルルがそういうことだからと話のバトンを受け取る。
「少し話を聞いてみたんだけど、何にも分からないみたいだしっ。ニンゲンに近いからどのエリアでも適応できるだろーし、私もどこに連れて行ったらいいか分からないからさ、ラタルゥに相談に来たって感じ! いろんなところに適応できるってのも考えようだよね〜」
「す、すみません……」
「? 怒ってないよ〜?」
きょとんとした顔で、クルルが不思議そうに小首を傾げる。体の大きさはクルルの方が小さいが、名前に似つかわしくないその見た目からの威圧感は大きい。大きくとげとげした手、広げればこの場の誰よりも大きな翼、大きな角に特徴的な身体の模様。きっと、夜の暗闇の中でその姿を見たら腰を抜かしてしまうだろう。
「ふむ……どうです、ルゥ」
ちらり、ラタルゥの方を見ると、いつの間に興味を無くしてしまったのか、当の本人は自分の両耳を掴み再び水面の葉っぱを見つめていた。「ルゥ」、名前を呼ぶと、視線はそのままに口を開く。
「ん…………ここのこと、知らない。なら、ひと通り、見て回ると、いい。ここには、たくさんのエリアが、ある」
「えりあ……」
「うん。エリアは……たくさん、いろいろ……だから、気になるもの、見つかるとおもう」
視線をわずかに上げると、先ほど頑張って説明してくれた、マスコットのように小さなアニミに目をやる。
「きみが、案内してあげるといい」
「えっ、はかせ、い、いいのっ?」
「うん。もう、きみも、ここに来てずいぶん、経つ。きみは、頭もいいから、たのめる」
その言葉を聞き、ぱぁっと顔を明るくさせる。
「っうん! わかった! せいいっぱいがんばるっ!」
ばんざーいと空に手を向けたかと思えば、ぐっと拳を作り、くるっと新人さんに向き直ると、その子は元気よく挨拶をした。
「わたし、るび! きみの名前は?」
「なま、え……」
ほんの少し、口ごもる。不安げな表情に下を向いた、その時、勢いよく風が吹いた。驚いて顔を上げると、自分の髪が風になびき、その奥に隠れていた瞳が目の前の景色を反射する。その美しさに、思わず息を呑んだ。暖かい陽光に照らされた目の前の彼女は、期待と、好奇心と。これから始まる冒険にきらきらとした瞳を輝かせているのだ。小さく頷くと、大きく息を吸った。
「名前、は───