集結2
にこやかに微笑みかける校長に、ドロシーは小さく首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。
オズ校長先生のお呼びたてとあらば・・・。」
堅苦しい言葉のドロシーに、校長はクスクスと笑ってみせる。
「そんな言葉使わなくてもいいよ。
私はそんなに偉い人間じゃないし、私の前でそんな言葉を使われては、こっちが緊張してしまう。」
ドロシーは照れる様に髪をかき上げ、愛想笑いを浮かべた。
「それで、先生。
私に用事と言うのは・・・?」
核心に迫ろうと尋ねるドロシーに背を向けると、オズ校長は鼻歌交じりに紅茶をカップに注ぎ始めた。
「んー・・・正確には、君一人だけに用事がある訳じゃないんだ。
全員揃うまでお茶でも飲んで待っていよう。」
「え?」
その瞬間、ドロシーの校長夫人と言う野望は消え去った。
そんなことも知らず、オズ校長はにこやかにテーブルの上に紅茶とお菓子を並べると、それを勧める様にドロシーに席に着くよう促した。
「そういえば、ドロシーがミス・オズ学になった時にね。
私も君に投票したんだよ。
あの時、得意だって歌った歌があったろ?
ほら、有名なあの曲・・・。」
「Over the rainbow」
「そうそう!あの曲好きでさ。
あの曲を聴いて票を入れる事にしたんだよ。」
楽しそうな校長の言葉にドロシーは自然と笑顔になった。
「有難うございます。
あの時、実は緊張してて思ったよりも声が出なくて・・・。」
謙遜である。
ドロシーはあのコンテストの時、必ず自分が一位になると言う自信があったのだ。
根拠はないが、なんだかんだ一位を取ってしまったことにより、ドロシーの高飛車に拍車がかかったのは言うまでもない。
「そうだったのかい?
その割には生き生きして伸びのある歌声だったなぁ。」
ドロシーの思惑通り、校長はドロシーの謙虚な態度に更に驚きを持った様子だった。しかし、不思議そうに首を捻りながらポツリと呟く。
「こんなに謙虚で、目上の人間に対する態度も悪くないのにどうしてかな・・・。」
「え?」
校長の気になる呟きの答えを聞くより早く、校長室に再びノックが聞こえた。
「校長先生、お呼びでしょうか?」
「ん?その声は・・・。
入ってきなさい。」
校長に言われて入ってきたのは、少女とも見分けのつかない優しく秀麗な顔立ちをした少年だった。
白銀に脱色された髪、その前髪の一房は美しい紅色に染められ、右目を隠すように伸ばされている。
時たま見える瞳は空を映し出したような青で、色白な肌に良く映えている。
一見優等生、常識人に見える風貌だが、ドロシーの眼差しはある一点に集中されていた。
彼の蒼白の袈裟を覆う、禍々しい翼を象ったような鋼の鎧。
天使のような、悪魔のような出で立ちにドロシーは少年を不思議そうに見つめている。
「ドロシー、彼はイアン=リー=ウィズダム。
魔法使いの名家ウィズダム家の子息で実技、筆記共に学年一番。
イアン、彼女は・・・」
「ドロシー・フィアンツェさん・・・。」
ドロシーを紹介しようとするオズ校長よりも早く、イアンと呼ばれたこの少年はドロシーのフルネームを呟いた。
「私のこと知ってるの?」
「えぇ、存じ上げています。
前に貴女の歌を聴かせてもらいました。
凄く勘当して、未だに胸に焼き付いてますよ。」
ニッコリと微笑むイアンにドロシーは鎧の存在も忘れ、あっさりと警戒心を解かれてしまった。
「宜しくね、イアン。」
握手をしようとドロシーが手を差し伸べた時だった。
「おっじゃましまーっす!」
ノックもせず、早々とドアを開けて一人の少年が入ってきた。
よく見るとあの時、ぶつかっておきながら謝罪もなしに立ち去った赤い髪の少年である。
「あ、あんたは・・・!」
「イアン!」
ドロシーを無視するように、少年は明るい表情でイアンの名前を呼んだ。
「ここにいたのか!
姿が見えないんで心配したじゃないか。
お前は体が弱いんだから、何かあったらどうするんだ!」
「すみません。
君に一言言う前に来てしまって・・・。」
「まぁ、いいけどよ。
俺も呼び出されちまったわけだし!」
そう言うと、少年は豪快に笑い声を上げた。
ドロシーは失礼極まりない態度に我慢できず、眉を吊り上げて声を発した。
「あんたねぇ!
さっきから何なのよ。
ぶつかって置いて謝りもしないし、私が話しかけてるのにシカトすることないじゃないの!
何様なのよ!」
「ん?
何だこいつ」
少年はあっけらかんとした表情でドロシーを見た。
まるで、ドロシーと会うのはこれが初めてといった様子で。
ドロシーの顔をまじまじと見ると、何かを思い出したかのようにドロシーを正面から指差した。
「あぁ!
アンタ、ミス・オズ学だろ!」
「え、えぇ、そうだけど・・・。」
突然アンタ呼わばりされた上に指を指された事で、ドロシーは不服そうに少年を睨み付けた。
「・・・ふぅん。
性格悪そう・・・。」
「なっ!」
止めの一言にドロシーの口はあんぐりと開いて塞がろうとしなかった。
「失礼ですよ!レオン!
すみません、ドロシーさん。
別に彼も悪気があるわけじゃなくて・・・。」
「おう!
昔から思ったことを口に出しちまう性分でな!
だから、まぁ気にするな!」
ドロシーの思いなど露知らず、レオンは豪快に笑った。
「イアン、このデリカシーのない野生児と知り合いなの?」
「えぇ、まぁ・・・僕の親友です。」
苦笑いを浮かべるイアンにドロシーは内心、友達は選ぶ物だと感じていた。
「改めてよろしくねイアン。」
ドロシーはレオンを無視するように、イアンに再び握手をしようと右手を差し出す。それを目視したレオンはさっきまでの表情とは打って変わった真剣な眼差しで、イアンの手に触れようとしていたドロシーの手を払い退け、力強く掴んだ。