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集結1

 穏やかな気候と緑豊かな土地、空を見上げれば澄み渡るほどに青く、遠くには雪のかかった美しい山々の峰が広がったモルグ大陸。

その南西に位置するエメラルド公国。

中核に位置するガドリング王国に比べれば規模は小さいが、大都市と呼ぶには十分な人口と面積を誇る。


 その繁華街から少しばかり離れた場所にオズボルド魔法学校はあった。

その名の通り魔法を中心としたカリキュラムが組まれた特別な学校で、入学希望者は国内外問わずいる。

その卒業者の多くは城就きの兵士や傭兵、中には英雄と呼ばれる優れた戦士になる物もいた。

少なからず、この学校を卒業した者はエリートとして各国から引っ張りだこになる事は間違いない。

今年もまた、卒業を控えた多くの3年生達は卒業後の勤め先を決めるための活動をしている。

既に内定をもらった者は残りの学校生活を有意義に過ごしている。

しかしながら、まだ内定どころか卒業さえ怪しい生徒も何人かいた。


 彼女の名前はドロシー・フィアンツェ。

長いプラチナブロンドを縦巻きロールにし横髪を後ろで束ね、レース付の淡いピンクのリボンで纏めている。

チューブトップ風のビスチェとリボンと揃いのチョーカー、二の腕からはシフォン風のフリルのついたレッグウォーマーをつけている。

下半身は長めの薄い布が中に穿いた短いスカートを隠すように纏われていた。

隙間からは程よく肉付いた脚が見え、膝上の厚手の皮のブーツを履いている。

エメラルド公国の青空のように蒼い瞳と筋の通った鼻とピンク色の唇。

気は強そうだが、彼女は誰から見ても「美人」と呼ぶに相応しい容姿を持っていた。

しかしながら、彼女は未だに卒業後の予定が全くもってないのだ。

正直、彼女自身も将来何になりたいという明確な夢はなく、楽しければどこでもいいと、楽天的な考えで3ヵ月後に迫った卒業を待っていた。

この三年間の学校の思い出といえば、2年生の時に行われた学園祭のミス・コンテストで優勝したことくらいだ。

それ以外は授業など殆ど参加した記憶もないし、部活動にも所属したこともない。


 ある日の日曜日。

学校の寮で生活していたドロシーの部屋をノックする音が聞こえた。

授業のない日は部屋でゴロゴロとするのが日課のドロシーは何の警戒もなく部屋のドアを開けた。



「珍しく部屋にいるのね、ミス・フィアンツェ。」



 ドアの向こう側に立っていた女性は眉を引き上げ腕組をしてドロシーを見つめた。

長い髪を後ろで一纏めにし、銀縁の眼鏡の向こうから碧の上がり目が覗いている。

年の頃は四十代半ば、ドロシーの母親よりも少し年上と言った様子だ。

ドロシーはギョッとした様子で一瞬ドアを閉めようとしたが、ここで閉めては女性がヒステリーを起こすと感じ取ってそれは避けた。



「な、なんですか?サマリア先生。」


「貴女って人は、人を見れば直ぐにそうやって嫌そうな顔をするんですね。

 そんなに私がお嫌いですか?」



 サマリアは溜息混じりに言うと眼鏡の淵を上に上げた。

ドロシーはとんでもないと言う様に首を大きく横に振る。



「そ、そんな事ないです!

 それで・・・私に何の用ですか?」



 ドロシーは怯えるように上目遣いでサマリアを見上げる。



「・・・まぁ、いいでしょう。

 用があるのは私ではなくオズボルド校長です。

 私は貴女を呼んでくるように仰せつかっただけです。

 他に用もなく寝転んでいたようですから、速やかに校長室に向かいなさい。」


「寝転ぶなんて、そこまでは・・・。」


「・・・前髪がはねてます。」



 サマリアはコホンと咳を一つすると、その場を立ち去るように後ろを向く。

しかし、直ぐに振り返った。



「決して寄り道しない事!いいですね?」


「は、はい!」


「・・・宜しい。」



 驚いて、反射的に返事をしたドロシーを見て頷くと、今度は何も言い残すことなくサマリアは廊下を学生寮の出口の方へ向かって歩いていく。

その後姿を見送ったドロシーは鬼がいなくなったと言わんばかりに安堵の溜息を漏らして部屋のドアを閉めた。



「はぁぁ、マジでびっくりしたぁ・・・。

 それにしても、校長が私を呼ぶなんて・・・。

 ・・・そうだわ!

 きっとこの美貌に魅了されたのね・・・。

 求婚されて、行く行くは校長夫人?ふふふ・・・・。」



 ドロシーはよからぬ妄想を浮かべながら、部屋の鏡を見て美しさに翳りがないか確認する。

大丈夫だと認識すると、鼻歌交じりに部屋を出た。

学生寮を出た隣の建物がドロシーの通うオズボルド魔法学校の高等科の校舎だ。

ドロシーは久々に入る校舎内部をキョロキョロ見回すように校長室を目指した。

しかし、殆ど学校に来ていなかったドロシーが容易に校長室へ辿り着けるほど学校は小さくはない。



「参ったわ・・・。

 まさか自分の学校で迷子だなんて、とんだお笑い種ね・・・。」



 ドロシーが情けなく一人笑いを浮かべていると、背後から誰かが近付く気配がした。


「・・・何してる?」


「えっ?」



 ドロシーが振り返ると、そこには全身黒尽くめの少年が立っていた。

髪も黒く腰まで無造作に伸びている。

目元だけを残すように大きなカラスの様なマスクで顔を覆い、真っ黒なマントを身に纏っている。

僅かに見える目は神秘的な紫の光を湛えており、その印象深い瞳だけで、少年が端麗であることは見て取れた。

しかしながら、随分と変わった出で立ちにドロシーは警戒するように少年を見る。



「な、何って・・・校長室に向かう所だけど・・・。」



 少年は聞いているのかいないのか、感情を見せることなくドロシーに背を向ける。



「・・・あっちだ。」



 少年はドロシーが進んでいた方向とは別の方向を指差し、ボソリと呟く。



「あ、ありがとう・・。」



 訝しく思いながらも、ドロシーは少年に教えられた方向へと歩き出す。



「(あんな人、いたっけ?)」



 不信に思ったドロシーは再び少年の顔を確かめようと振り向く。

しかし、既に少年はそこにはいなかった。

まるで夢でも見ていたかの様な感覚で、ドロシーは首を傾げた。



「・・・変な人。」



 ドロシーは思ったことを素直に呟くと、再び校長室を目指して廊下を歩いた。

考えてみれば、ドロシー自身学校に早々顔を出すことがないのだ。

会った事のない生徒の一人や二人いてもおかしくはない。

しばらく行くと、廊下の先がT字に分岐されていることに気付く。

突き当たりに差し掛かり右を向くと、その先には「職員室」と書かれたプレートのかけられた部屋が見えた。

その先は行き止まりになっており、必然と左側が校長室の方向だと察したドロシーは徐に反転する。

その瞬間。

ドンッと鈍い音と共に、ドロシーの体は床に尻餅をつく形で倒れこんだ。



「・・・ったぁい。」



 ドロシーがふと見上げた先には、燃える様な焔色の髪をピンで留め清閑な顔つきの少年が、ドロシーには目もくれず、辺りをキョロキョロ見回していた。

粗野そうではあるが、凛とした表情は美麗さを湛えている。

白を基調とした軍服の様な皮の服を身に纏い、肌蹴た胸にはシルバーのネックレスが輝いている。



「・・・アイツ、何処行きやがったんだ。」




 呟くようには吐き捨てると、少年はドロシーが来た方向へ駆け出していった。

その様子を唖然と見つめ、取り残されたドロシーはハッと我に返ると、少年の傍若無人な態度に一人苛立ちを込上げさせた。

そうはいっても、既に少年の姿は確認することが出来ない。



「なによなによ!

 私をミス・オズ学のドロシー様と知っての所業?

 ちょっと顔がいいからってぶつかっておいてあの態度はないわよ!

 本当に失礼しちゃうわ!

 きっと卑しい家の出身に違いないわ!」



 服についた埃を振り払うように立ち上がると、ドロシーはいなくなった少年を目で追い、フンッと鼻を鳴らす。

一人でぶつくさと怒りを露わにしていたドロシーの前に、漸く「校長室」のプレートが掛けられた扉が現れた。

ドロシーはさっきまでの怒り顔を手馴れたように極上の笑顔へと変えて、校長室のドアを上品にノックする。



「ドロシー・フィアンツェです。

 オズ校長先生、お呼びでしょうか?」


「入ってきなさい。」



 部屋の中から柔らかな男性の声がする。

ドロシーは声に導かれるように、そっと扉を開くと畏まる様に会釈をした。

顔を上げると、優しそうに微笑む三十代半ばの紳士が立派な椅子に腰をかけている。

ブロンドのウェーブがかった髪、眼鏡越しから覗く碧色の瞳は知的な大人の印象を持っていた。

若干二十五歳にして、この学校を築いた若き天才魔法使い、セルゲイ・オズボルトその人である。



「おはようございます。」


「おはよう、ドロシー。

 朝早く呼び立ててすまないね。」


   

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