表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

承認欲求

作者: 京野 薫

遠くで救急車のサイレンが聞こえる。

 

 普段であれば不快感さえ感じるほどのけたたましい音と赤い光。


 でも、この時だけは背筋をゾクゾクさせるような高揚感を呼ぶ。

 心震える雑音。目にうるさい官能的な赤。

 それらが響く、響く、響く……

 もっとちょうだい。もっともっと。シャワーのように……


 その時、隣の部屋からうめき声が聞こえる。

 確認のため覗きに行くと、父は苦しそうな顔をして布団の中で身もだえしている。

 顔色も悪い。

 私は駆け寄ると近くで様子を見る。


 父は私の顔を見て、何かにすがるような目を向ける。

 20分前に確認したときより元気そうだ。

 回復してきているのかな?


 私は大げさなため息をついた。

 そんなの嫌だ。

 もう、ちゃんと決まっているのに。

 明日の職場での立ち居振る舞いが。


 可哀想な私。

 身内の重い病気にも負けずに、気丈に振る舞う前向きで頑張り屋の私。

 最愛の父親が入院しても、いつも笑顔で明るい太陽みたいな私。


 そんな私で居れば、嫌な先輩も言うこと聞かない後輩も、好きなあの人も。

 みんな、私を心配してくれる。

 味方になってくれる。

 私は正しい人。素晴らしい人になれるのに……


「勘弁してよ。もうすぐ救急車来るんだよ。間が悪いなあ! もう!」


 そう吐き捨てるように言って、私は隣の部屋へ行く。

 そこで、引き出しから瓶を取り出す。

 赤い液体の並々と入った瓶を。


 全くもう。

 急がないと救急隊が来ちゃう。

 現実は厳しすぎるよ。

 今度使おうと思ったストックなのに。

 急ぎ足でパパの元に行き、目の前に突きつける。


「新しい血を集めてきたよ。緑地公園に居るホームレスの血。分けてもらうのに苦労したんだから。高かったんだよ」


 パパが恐怖に顔を歪める。

 良かった。しゃべれないようにしておいて。

 高価な薬だったけど、奮発した甲斐があった。

 こういう言葉を聞かせて追い込むと、この後が上手く行きやすいことも学習済み。


 私はパパの口の周りにビニールを敷き漏斗(ろうと)を優しく……傷が付かないよう口に差し込み、瓶から血液を流し込む。

 ゴホゴホと吐き出しそうになるけど、練習の成果で吐き出させないように流し込むコツも覚えた。

 こういうのは得意なんだ。

 子供の頃から、私に暴力や暴言を与え続けたパパ。

「無価値」と言う言葉を、醜い焼き印のように押しつけたあなた。

 せめて、可愛い我が子をお姫様にくらいさせてよ。


 注ぎ終わると、パパの口から嘔吐物が吹き出した。


 オッケー。バッチリ。

 しかも……嘘でしょ! 痙攣(けいれん)してる。白目まで向いて

 想像以上だ。

 明日、職場で話す材料がまた増えた……嬉しい!


 ビニールと漏斗(ろうと)と瓶を急いで部屋に片付けたタイミングで、サイレンの音と赤い光が自宅の前に来た。

 それはまるで、祝福のファンファーレの様に鳴る、鳴る、鳴る。光る、光る、光る。

 演奏するのは、救急隊と言う名の天使。

 私を「正しい人」にしてくれる祝福の天使。


「患者はこちらですか!」


 いらっしゃい。

 お待ちしてました。お忙しいところ申し訳ありません。


 私は目から涙を溢れさせ、嗚咽(おえつ)を漏らしながら切れ切れに言った。


「はい……父が……嘔吐が止まらなくて……助けて下さい」


 翌日、職場に父が急変し嘔吐と痙攣けいれんが止まらない旨、連絡をした。

 上司は心配そうに「大丈夫か?こっちは気にせず、お父さんについていてあげてくれ」と言ってくれた。

 背筋に心地よい鳥肌が立つ。


 今日最初の「いいね」だ……


 でもまだまだ。

 私は泣きながら言う。


「いえ、皆さん頑張ってるし、忙しい時期なので出勤させて下さい。……父も大事ですが、職場の皆さんも同じくらい……大事です」

「お前って奴は……本当に大丈夫か?」

「はい。お願いします。今、忙しい時期ですよね? こんな時に頑張らなくていつ……」


 話してる内に、涙で声が出なくなった。

 凄い、今日は何か降りてきてるよ。


「……すまない。無理しないようにな」


 その言葉を聞いたところで、私は小さくはい、と返事をして電話を切った。

 ボロが出る前に、課長の気が変わる前に切るのが最善手。


 職場に行くと、みんなが私に心配そうな顔を向ける。


「神崎さん、有り難う。ホントに大丈夫?」

「悪いな、神崎も大変なのに。無理するなよ」


「いいね」が大量に降ってくる。

 私は、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 みんなの言葉や表情。

 ああ……全部! 全部! スマホで録画したい。せめて写真だけでも。


 しかも……祝福の天使は「正しい前向きな私」にさらなるプレゼントをくれた。

 仕事の帰り、先輩の山口さんから交際を申し込まれたのだ。


「お父さんが大変なときに……ゴメンな。でも、君を見てると気持ちが抑えられなくて……」


 ああ……神様は見てくれているんだ。

 頑張ってきた私の味方だった。

 私はもちろんオッケーした。


 そして……その半年後結婚した。

 その前の月に父は亡くなったけど、もう充分。

 今まで我が子に協力してくれて有り難う。

 嬉しかったよ。


 そして1年後……


 私はマンションのベッドに横になったまま、山口さん……愛する主人を見ていた。

 正確には「ベッドに縛られたまま」「凝視(ぎょうし)していた」のだ。

 彼は、動けない私を忌々(いまいま)しそうに見つめながら、手に持った瓶の中身を注射器に入れた。


「なんで回復するかな。愛する夫のため、とか思わないの?」


 遠くで救急車のサイレンが聞こえる。


【完】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ