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01 選ばれなかった恋愛敗北者

 私立将継(まさつぐ)学園高等学校はそれなりに偏差値が高い進学校だ。由緒正しきや伝統あるという言葉を掲げ、この学園名が轟いているのは精々、最寄り駅から一時間圏内。二時間もかかってしまえば、候補校に上げられる以前に、知っている者のほうが希少だろう。


 部活の実績は、可もなく不可もなく。その道を目指したい者を惹きつける魅力はない。


 在校生からよく魅力として語られるのは、自由な校風、制服が可愛い。後は頭と素行の悪い学生は、入学試験の壁を乗り越えられないから治安がいい。


 高校受験の際、将継の名を知る中学生は、確固たる未来像がなければこの学園を目指す。なぜなら家から近い上に、両親が鼻高々にご近所さんたちに自慢できるからだ。


 つまり将継学園の正体は、『俺たち一緒の高校に行こうな』のノリで入学した、近隣中学校のハイスペ仲良しグループの集合体である。入学時点で仲良しグループが大多数存在しているから、コミュ障のボッチがスタートダッシュキャンペーンを活用するには劣悪な環境かもしれない。


 それから一年も経てば、学内の人間関係は強く結びつき、完成している。二年目からやってくる転校生のような、新規参入者にはなおさら厳しい環境だ。


 暦は六月。


 転校してから早二ヶ月となるが、


「おはよー、イッセー」


「イッセーくん、おはよう」


「イッセーさん、おはようございます」


 俺、瀬川(せがわ)一成(かずなり)は順風満帆な学園生活を謳歌していた。


「おう、おはよう」


 校門を潜れば、俺に気づいた生徒たちは愛称を持って、積極的に挨拶をしてくれる。教室にたどり着くまでに、今日は十人ほど挨拶を返した。ちなみに全員女子である。


 開け放たれたままの後方のドアから入室すると、教室は半分ほどの人入りだった。


「おはよう」


「おう」


「あー」


「んー」


 側で溜まっていた男子たちに挨拶するも、返ってくるのは虫の鳴くような気のない声だ。本当だったらそれすらも返したくないのだろう。でも毎朝しつこく挨拶してくる相手を、無視し続けるのも感じが悪い。その後ろめたさが漏れ始めたのが、今の返事なのだ。


 たかだか挨拶をされたくらいで、朝からテンションが落ちるとか。恨むなら、妬み嫉みも抱く愚かな感情と、所定位置を変えない反骨心を恨んでほしい。つまり逆恨みなんてものは自業自得なんだから、自分たちを恨んでろ。


 俺の席は、窓際の一番後ろ。後ろのドアから入れば、真っ直ぐ歩くだけで席にたどり着ける。わざわざ前のドアから遠回りする理由もなければ、遠慮も配慮もない。なんだったら挨拶する必要もないのだが。


 たったひとつの隣の席は、今日も先に女子が座っていた。前に座る親友と、仲良くお喋りをしているようだ。


「おはよう、カトー、リンリン」


「あ、おはようイッセーくん」


 小林(こばやし)凛子(りんこ)は人懐っこい笑顔を向けてきた。一方隣席の春夏冬(あきない)天梨(あめり)は顔を背け、無視してきた。俺が席に付くとまた反対方向に背けるのだから、忙しい奴である。


 春夏冬の代わりを務めるように、小林は身体ごとこちらに向けた。


「それはそうとさ、いい加減リンリンは止めてくれない? パンダみたいなイメージが付いたら嫌なんだけど」


「なんでだ? パンダは人気者だぞ」


「でもほら、パンダってでっぷりしてて、凄いタレ目だから」


「気に入らないイメージのほうは、リンリンには付かないから大丈夫だ。動物顔って話なら、リンリンは犬顔の美人だぞ」


「それは……ありがとう」


 照れたのか、小林は目線を僅かに逸らした。右手で摘んだ毛先をこすっている。


 別に誤魔化すために褒めたのではない。小林は切れ長な目でありながら、親しみやすい小顔の美人だ。明るめの茶髪はセミロングヘアで、左前髪は耳の後ろにかけている。だから手癖のように毛先を摘むときは、いつも右前髪を弄っている。


 小林を褒めるトークをしていると、視線に気付いた。


 どこから、と確認せずともわかった。挨拶をガン無視した春夏冬である。


 今日も今日とて、あなたに興味ありません、なんてすました面で頬杖をつきながら、春夏冬はチラチラとこちらの顔を盗み見ている。


 あえてそれを泳がしながら、スマホをチェックする真似をした。


 擬音がチラチラ、から、ジィーに変わったのを見計らい、


「どうしたカトー。まーた、俺の顔に見惚れてるのか」


「は、はぁ!?」


 半笑いで告げると、春夏冬は上ずった声を教室内に響かせた。


 教室内の興味を、一体何事か、と引くほどの叫声。でもクラスメイトたちは、「わっ!」と驚かされたように一度顔を向けるだけで、すぐに自分たちの世界に戻った。


「なにが俺の顔に見惚れてるのか、よ!」


 春夏冬は勢いに任せて立ち上がり、


「そんなつまらない顔のどこに、見惚れる要素があるのよ! 自意識過剰! ナルシスト! ブサイク! 醜男! 顔面崩壊お化け! バーカバーカ!」


 必死な早口でまくし立てる。どんどん語彙が貧困になっていき、最後には小学生レベルにまで落ちていた。


 はぁはぁと肩で息をする春夏冬に、俺は悲しみに満ちた表情を取り繕った。


「そ、そうだよね。天梨がいつも優しくしてるから、僕、勘違いしていたかも。こんな顔をしている男が、天梨の隣いるなんて相応しくないよね。もう、天梨には近づかないから――」


「違うのイッセー!」


 すべてを言い切る前に、春夏冬は悲鳴を上げた。


「イッセーは世界で一番カッコいいから! だから近づかないなんて言わないで! お願いだから、ずっとずっと私の側にいて……!」


 悲痛に歪んだ形相で春夏冬は迫ってくると、俺の右手を両手で包み込んだ。まるで恋人に捨てられそうになり、必死にすがる女みたいだ。


「そうか、この俺の側にいたいのか」


 悲しみに満ちた少年の顔を捨て、俺はいつもの様相に戻った。


 ハッとした瞬間、春夏冬の顔は真っ赤になった。羞恥と怒りに突き動かされるがまま、俺の右手を地面に叩きつけるように放った。


「誰があんたの側にいたいなんて言ったのよ! あんたみたいな男、絶対に願い下げよ! あんたなんて大っきらい! バーカバーカ!」


 知能レベルが小学生に落ちた春夏冬に、俺は悲しみを堪える少年の顔を作った。


「そっか……天梨は僕のこと、嫌いだったんだ。ごめん……もう君には近寄らないから。遠くから君の幸せを願って――」


「違うのイッセー! 嫌いじゃないから! 本当はイッセーのこと大好きだったの! あなたを愛してるの! 遠くじゃなくて側にいてほしい……イッセイと幸せになりたいの!」


 また恋人に捨てられそうな必死な形相で、春夏冬は迫ってきた。ここまで必死な様を見せられると、呆れずにはいられなかった。


「ほんと学習しないな、おまえは」


「……ッ!」


 掴んでいた俺の右手を投げ捨てながら、春夏冬は小学生レベルの罵声を飛ばす。


 これだけの醜態を繰り広げられているにも関わらず、クラスメイトたちは興味を示さない。もうこの光景は飽きており、日常の一部になっているからだ。


「なんだ、またやってるのか」


 そんな春夏冬の後ろから、学園のナンバー1男子、二股(ふたまた)(すぐる)がやってきた。


「天梨も懲りないな。いつになったら学習するんだ?」


 二股は呆れたようにしながら、前の席に座った。


 卓上に伏しながら唸っている春夏冬の頭を撫でながら、小林は応えた。


「まー、それだけ天梨が一途だった、ってことね」


「立ち直るには、まだまだ時間はかかりそうか」


「なにせイッセー(・・・・)くんがいなくなってから、まだ三ヶ月も経ってないもの」


「たしかにいなくなった瞬間、入れ替わりでイッセー(・・・・)がやってきたからな」


 小林と二股は、一斉に俺の顔に注目する。ふたりはマジマジと観察すると、なんとも言えない顔で息をついた。


「あれだけ好きだった男と、顔が瓜二つだものね」


「しかも遺伝子レベルで瓜二つだ」


「そんな男が隣にいるんだから、面影を求めちゃうのも仕方ないよね」


 ふたりは同情の念を春夏冬に向けた。


 そう、これだけ必死に縋ってくる春夏冬天梨が好きなのは、瀬川一成(おれ)ではない。中学生になってから三月までずっと側にいた、瀬川一生(いつき)。愛した女と共にこの学園を去っていった、俺の双子の弟だ。


 そんな事情を持つ春夏冬を表すのであれば、愛する男(しゅじんこう)に選ばれなかった恋愛敗北者(負けヒロイン)である。

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[一言] お初コメ、星五頂きました。先の展開に期待です。頑張ってください
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