はじめに
「たのもー!! たのもー!!」
「なんだよ、朝からうるせえな!! って、ひいジジイじゃねえか!」
「おう、売木の倅よ久しぶりじゃのう。元気にしとったか?」
「それはこっちの台詞だぞ。最近顔を見ねえと思ってたからてっきり死んだと思ってたぞ」
「なんじゃと!? ワシはまだ死なんぞ。両親が生きているっちゅう中で先に息子のワシ死んでたまるかいな!」
「あー、まだ生きてたんだ俺のひいひいジジイとひいひいババア。無駄に売木家は長生きなんだよな、あいつらもう100歳近いだろ!? って、んなことはどーでもいいよ。突然何しに来たんだよ、こんな朝の6時近い時間に。玄関で大声出したら近所の迷惑だろーが!」
「そうじゃそうじゃ、売木の倅よ。実はの、これいって一つ相談したいことがあって──」
「断る! どーせひいジジイの相談なんて碌なもんじゃねーだろ。久々に顔を出して来たと思ったらやっぱりそうか」
「そこをなんとかしてくれ売木の倅よ! 同じ売木一族じゃないか」
「売木家は部族じゃねーよ! なんだよ売木一族って、勝手に民族作り出すなや。ったく、どうせここで無視しても庭で騒ぎ始めるだろうから、とりあえず聞くけど、一体何の用だよ」
「実はの、最近ワシは新しいビジネスを始めたのじゃ」
「は? ビジネス!?」
「そうじゃ、ビジネスじゃ」
「マジかよ、俺知らなかったぞ。いっつも変なことばっかりやってんな。もう働く歳じゃねーだろひいジジイ。んじゃな」
「あいや待たれぃ! 売木の倅よ!」
「なんだよ! その『ビジネス開始』とやらを俺に報告しに来たんじゃねーのかよ。生涯現役で頑張れよ」
「そんなワケないじゃろ! ただビジネスの報告だけでひ孫に会いに来る人間がどこにおるんじゃ?」
「どこにもいねーよそんな奴、皆年金もらって静かに余生を過ごしてるわ。んだけどこれ以上聞いても嫌な予感しかしないのだけど」
「そんなこと言わずに聞いてくれ! これ、これ、一生のお願い! そんな冷たいこと言わずに!」
「後先短い野郎の一生のお願いなんて価値ねえだろ…… はぁ、取りあえず聞けばいいんだろ?」
「そうじゃ。実はな売木の倅よ、ついこの間ふと思い立ってビジネスとやらを始めてみたのじゃが…… これが、全く上手く行かずに赤字続きでのぉ」
「んじゃ廃業すればいーじゃねーか」
「あまりにも赤字すぎてここ最近何も食べれてないのじゃ」
「廃業すればいーじゃねーか」
「夢を追うべくして事業を立ち上げたのに、結果は散々。こんな悲しいことがあるだろうか、いやない!」
「廃業すればいーじゃねーか」
「ついに生活の困窮極まり、近所の人から冷飯をたかろうとしたその時、ふと思い立ったのじゃ」
「身を削りすぎだろ。変なビジネス始めるからだ」
「そういえば、あの可愛い可愛いひ孫が近所にある大学の商学部に進学したと聞いたことを」
「は? なんでそこで俺が出てくるんだよ!! 確かにそこに行ったけど、まさか……」
「ってことで、売木の倅よ。相談というのは……『ワシの事業をなんとかしておくれ』というものじゃ!」
「はーあ?? 意味が分からねえよ、っていうか、ひいジジイが来てから理解できた事なんて一つもねーよ! なんで俺がひいジジイの事業をなんとかしねーといけねーんだよ。無理だ! 無理に決まってるだろ!」
「そんなこと言わずに、ほら一生のお願いというとるじゃろ?」
「いやいやいや、そんなの廃業しか方法ねーだろ!!」
「嫌じゃ!! ワシはまだ夢を諦めちゃおらん! 絶対に廃業なんてせんぞ!!」
「んだから無理だって!! そんなのどっからかコンサル雇えばいいじゃねえか!! なんでわかりきった破滅の道を選ぼうとするのかなこのひいジジイは! ビジネスコンサルの経験がねえ俺がなんとかできるわけねーだろ!」
「コンサル雇うような金なんかありゃせんぞ売木の倅よ。やったら高いんじゃよ、あいつら。不振の企業から金を毟り取る敵じゃ! お主は大学で商業を学んでおるのじゃろう? しかもかなり優秀な大学と聞いたぞ」
「何と聞き間違えているんだよひいジジイ。俺の通っているところは常時定員割れの、所謂世間でいうFランだぞ。申込書送るだけで誰でも受かる大学だぞ……」
「そんなことどうでもいいわい! とにかくなんとかしてくれ売木の倅よ! このままじゃ、ワシは破産の一途を辿ってしまうのじゃ!!」
「こんなの救いようねえだろ。マジで言ってるのかよひいジジイ、潰れても知らねえぞ」
「お前さんの力を借りてダメだったらワシも諦めがつく!! この通り、か弱き年寄りの頼みを一つ聞いておくれ!」
「か弱き高齢者が思い切って事業を立ち上げるかよ…… マジで終わってるぞ、俺に全てを賭けすぎだろ……」