四話.
ちびドラゴン達が住む家を後にした俺は再び考えを巡らせる。
魔王軍との接触まではあと10日はある。
いや、あと10日しかないと考えるのが妥当か。
大神殿を探れ、というのが魔王軍の動きと何か関係があるのかどうか分からないが、この非常時にわざわざ頼んでくるのだ。
関係がないと考える方がおかしいだろう。
そんなことを考えながらふと見ると目の前に良い感じの宿屋が一軒。
日没までにはまだ大分時間があるが、今日は予定外のこともあったのでひとまず宿を確保することにした。
しかしこんな場所に宿屋なんてあったっけか。
まあ良い感じの見た目だし個室に鍵位は付いているか。
そんな感想を心の中で呟きながら、宿屋に入ってみる。
慎重に行こう——そう考えていた筈だったのに、その時の俺は久々の“団欒”ですっかり気が緩んでしまっていた。
入るなり自分の格好の異様さをおかみさんに指摘されてはっとする。
「いらっしゃい。
お客さん、また随分と物々しい格好だねぇ。
戦争でもおっ始めようっていうのかい?」
「あ、いえ。自分は冒険者でして」
慌てて返すがあわあわとコミュ障ムーブになってしまう。
こいつはマズったな。
「ボウケンシャ? 何だいそりゃ。傭兵か何かかね?」
「え? いえその」
まさかここでも同じ反応をされるとは思わず、またもや少し挙動不審になってしまった。
やばい、しまったと思いつつ取り繕う。
ひとまず冒険者らしい言葉遣いは止めておいた方が良さそうだ。
「ま、まあそんなものですよ。
すみませんが今日から十泊程したいんです。
部屋は空いているでしょうか」
「そうさね……その物騒な人斬り包丁、ついでに鎧と盾も泊まってる間は預からせてもらうよ。
それで良いなら湯桶付きで銀貨十枚、食事を付けるなら一食につき銀貨一枚だね」
随分と安いな——いや、突っ込みどころはそこじゃない。
俺は人斬りなどせんぞ、と言いたい気持ちを抑えながら努めてにこやかに答える。
「仕事の時は持ち出したいのですが」
「こんな物騒なものが必要になる仕事ねえ……お客さん、さてはあんた堅気の人間じゃないね。
こちとら商売だ、騒ぎなんて起こされちゃあたまったもんじゃないんだよ。
嫌なら他所を当たるんだね」
余程俺が乱暴なチンピラに見えたのか、おかみさんの態度はどこか刺々しかった。
暴力沙汰ならさっき起こしたばかりだがあれは人助けだ。
まあ良いだろう。魔法袋の中には予備の装備もあるしな。
今更他所を当たるのも面倒だし、大人しく従っておくとするか。
ここは魔法袋を持ってることと魔法が使えることも秘匿しておいた方が良さそうだ。
「やむを得ませんね。分かりました」
宿賃分の現金をスッと懐から取り出す。
「おやまあ、随分と素直だこと。
こりゃあたしの見立て違いだったかね。
部屋に案内するから着替えたら武器防具の類を全部持って降りてくるんだよ」
宿帳に記帳し現金で支払いを終えた俺はおかみさんに案内され三階の角部屋へと案内される。
館内を見た限りでは質素な安宿街という印象はなく、ちょっと良い感じの内装どころか調度品までそれなりの格式があるものが飾られていた。
部屋へ通された俺はそこで無難なシャツとパンツ姿になり、剣と防具一式を持って階下に戻った。
「おやまあ、随分とお早いご対応じゃないのさ」
「何、装備を外すだけならすぐですよ」
さっきから思ってた事だがこのおかみさん、宿の見た目とのギャップが凄い。
あれだけ言っておきながら荷物チェックも無しとはな。
このやる気の無さと値段のリーズナブルさ。
安宿のおかみさんならしっくりくる感じなんだが。
「ちょっと出掛けて来ます。暗くなる頃には戻ります」
「夕飯はどうするね?」
「いただきます」
「そうかい。気を付けて行っといで」
「俺の装備品、ちゃんと管理しといて下さいよ」
「分かってるさね」
俺は軽めの挨拶を済ませると丸腰で宿屋を後にした。
まずは下準備だ。
なるべく身軽な方が良いが消耗云々を考えると馬が妥当だ。
無理そうなら、余りやりたくはないが走っていくことも考えないとな。
しかし——
少し歩くと今の考えがが正しいのかどうか、自信が持てなくなった。
おかしい。
ここのおかみさんも冒険者という職業を知らなかった。
ここまで来るともう偶々知らなかっただけ、という話で片付けることは出来ないだろう。
もう疑いようがない。
この“世界”には冒険者ギルドというものが存在しないのだ。
あれだけいた冒険者達はどこに……いや、ここでは初めからいないのか。
ここはさっきまでいた場所とは異なる世界、つまり“異世界”なのか?
それなら街並みに違和感があったのも納得が行く。
そうか。
ギルドの裏門をくぐったとき、俺は既にこちらへ来ていたということなのか。
ならSランクとアンデッド狩りからの依頼もここでは存在しない。
じゃあ俺はこれから何のために行動すれば良い……?
冒険者という職業が存在しないのならもう無職だ。
宿賃が払えなくなったら野宿するしかない。
野宿など慣れっこではあるが、依頼をこなすための野宿と住む場所を失い仕方なくする野宿とでは大違いだ。
何を、誰の為に……
目的を失った俺は考えるのを放棄して、やはり以前アンデッド狩りと約束した通り大神殿の調査へと向かうことにした。
結果が明白なのは分かっているが、その現実を自分の目で確かめないと収まりがつかなかった……きっとそうなのだと自分に言い聞かせながら、無理矢理やる気を振り絞って動かない足をどうにか前へと踏み出したのだ。
……それにしてもあれは何だったのだろう。
大規模な転移の術式か何かが仕込まれていたのか。
とすれば“俺の魔力”が起動のための鍵だった?
いや、そんな馬鹿なことがあってたまるか――
考え事をしていると時間の経つのが速いのが常だ。
俺はいつの間にか大神殿に……到着……?
待てよ、速いにしたって程度ってものがあるぞ。
そもそも今日行こうだなんてことは考えていなかったんだ。
そんな馬鹿なことがあってたまるか——
王都から大神殿までは歩きなら数日はかかる距離だ。
身体強化をかけて本気で走っていたのならまだしも、考え事をしながら歩いている間に到着なんてあり得るはずもない。
だが目の前にそびえ立つ白亜の巨大建築はどう見てもあの大神殿だ。
似て非なる、なんてレベルじゃない。
よくよく見れば、今来た道の他に数本の大きな通りが大神殿を中心として放射状に伸びている。
そしてその先には……王城がある。
ここに来て初めて気付く。
この街は……大神殿を中心に拡がっているのか。
“魔王軍の方はすでに対策済みだ”、“大神殿を探れ”……そして、“勇者サマに関する情報も欲しい”、か。
あの言葉、あの依頼が何を意味するのか。
まさかこの状況を予見して……?
いや、そんな馬鹿なことがあってたまるか——
駄目だ、もう何もかもが馬鹿げた考えに思えてきた。
ここは大神殿で、調査すべき対象であると、今はそう仮定しよう。
誰が、何の為になんて話はもうどうでも良い。
自分の目で確かめる、それが一番だ。
……よし、入ってみるか。
となれば、大神殿が平常通りの警備体制を取っているという前提で動かなければならないな。
今日のところは一般人に扮して立ち入り可能なエリアの様子を観察する程度で十分だ。
参拝に訪れた人々の様子や噂話から情報収集をすると同時に、真っ当な手で内部まで入れそうなコネを探す、そこまで出来ばまずは上出来だろう。
霊廟も見ておきたいが後回しだ。
周囲の安全が確認出来てからでないと怖くて近寄れないからな。
とはいえ入ってみなければ何も始まらないのは確かだ。
まずは行動だ……そう考えた俺はゆっくりと、前に向かって足を踏み出した。
大神殿は自前の戦力である神殿騎士を多数抱えているが、王都に常駐しているのは精鋭部隊の第一騎士団だけだ。
そう、聖女サマを前にすると皆何故かアホっぽい動きをするから忘れがちなのだが、彼らは王都において国家騎士団と並ぶ一大勢力なのだ。
そして案の定、視界に飛び込んでくる騎士たち。
門前に居並ぶのはさっき見たばかりの鎧姿だ。
——やはり、騎士団がいる。
その意匠からしてほぼ明らかではあるが、恐らくは第一騎士団の連中だろう。
彼らは精鋭部隊にして要人警護から神殿内の警備まで何でもこなす通常戦力でもあるのだ。
精鋭部隊がどうしてそんな雑事までする必要があるのかといえば、これは大神殿の徹底した秘密主義に関係しているというのが専らの噂である。
そして彼らがいるということは聖女サマなんかも当然いるだろう。
一般の騎士なら認識阻害でどうにか誤魔化せそうだが、団長である聖女サマなんかに出て来られたら確実にアウトだ。
……もう大神殿が敵だって体で考えてしまっているが、果たしてこれで良いのだろうか。
アンデッド狩りはともかく、Sランクの奴は聖女サマを怪しんでた割には妙に仲が良さそうだったんじゃないか。
それにしても……水を向けて欲しいってのは一体何の話だったんだ……?
そもそも冒険者という職業が無い世の中で、彼らは今どこで何をしているのだろうか。
あらゆる心配事が取り越し苦労に終わった、なんてことも可能性としては考え得るのだ。
そうだ、それを確認するために来たんじゃないか。
俺はひとり密かに笑い、ゆっくりと入り口に近付いた。
そして神殿式の挨拶をして門扉をくぐる。
その中は不自然な程に静かだった。
普段通り開放された礼拝堂はいつもと変わらずに信心深い市民達を受け入れている。
皆熱心に祈りを捧げており、辺りはしんと静まり返っている。
ちょっとした衣擦れの音すらはっきりと聞こえる。
本当に静かだ。
魔王軍が迫っているという話はどうなったんだろうな。
市中も厳戒態勢になっていなかったし、やはりそんな問題はここでは元から存在していなかったのだろう。
いや、ネタだったという可能性も……まあ、それは無いか。
そもそもここではそんな話は関係ないかもしれないし、逆にそうではないかもしれない。
アンデッド狩りが言っていた“対策”とやらが何なのかは気になるが……
俺は辺りの様子を伺いながらちょっと奥まった部分を垣間見ようと、おのぼりさんを装った体でフラフラと歩く。
それにしてもあの後、場の始末はどう付けたんだろうか。
結界を張り直したりそれが原因で聖女サマと揉めたりしたんだろうか。
あの聖女サマがその気になったら冒険者が全員でかかっても片手であしらわれそうな気もするが……
うむ……どうも一人になると考え事に耽ってしまうな。
いつもの悪い癖だ。
その時だった。
「おい、そこの君。ちよっと待ちなさい」
ドキッとして立ち止まったが声をかけられたのは俺ではなかった。
危ない危ない、思わず声が出そうになってしまったぞ。
「は、はい。ボクはその……」
おどおどしながらそう答えたのはいかにもといった感じの大人しそうな女の子。
「そっちは立入禁止だ。迷ったのなら案内してあげるから、何を探しているのか教えてもらえないだろうか」
「と、友達が、その……」
「友達? はぐれたのか。よし、俺が一緒に探してやろう」
「い、いえ、その……」
「ほら、遠慮なんてしなくて良いんだよ」
「あ……その……」
そう言った騎士は女の子の手を掴んで無理矢理引っ張って行く。
「い、いや……たすけ……モゴモゴ……」
何かを訴えようとするが口を塞がれ暗がりに連れて行かれる。
おい、こいつは事案じゃないか!?
どうする……いや、どうするも何もここで看過して良い筈がない。
「あっ!? おっとっとっと」
俺は何も無いところですっ転びそうになるふりをして二人が消えていった暗がりに飛び込んだ。
と、急に視界が拡がる。
隠し部屋!? 何故こんな仕掛けが……?
「お前ら……まだそんなことを」
「て、テメエは……」
その先にいたのは見覚えのある三人組。
良く見れば先ほどの騎士は例のリーダー格じゃないか……
騎士団の鎧なんてどこで手に入れたんだか……と思ったがこいつはハリボテだな。
あんなモヤシ共が聖銀のフルプレートなんぞ付けたら一歩も歩けないだろう。
そして件の人攫い共は女の子に麻袋を被せようとしているところだった。
女の子は薬を嗅がされたのかぐったりとしている。
「人攫いだ! 誰か!」
俺が大声で叫ぶと、辺りは俄に騒がしくなった。
すると辺りにはすぐに巡回の騎士や神官たちが次々と現れ、賊は瞬く間に取り囲まれた。
「旦那、今声を上げたのはこの男だぜ」
しかしそう言って俺を指差したのはリーダー格のコスプレ野郎だった。
何やってんだこいつ……いや、まさかとは思うが周りの騎士達は皆こいつらの仲間なのか?
騎士たちは怪訝そうな顔でオレを睨む。
おい、怪しいのはお前らの方だろう——
そう心の中で悪態をつきながら件の二人がガサゴソと悪事を働いていた場所を見やると、少女は麻袋のまま女性騎士に抱えられていた。
二人はいない。逃げた……いや、逃したのか。
怪しさで言えば圧倒的と言えるあの二人の扱いがこれではな。
まあどこにいるかなんてすぐに分かるから問題は無いが。
と言うかだ。
こいつらやはり皆グルなのか?
つまりこれは大神殿の組織的犯行、ということになるのか。
まあ真龍種の子供を白昼堂々誘拐する様な奴らだ。
お貴族サマの道楽でなければそれなりのバックボーンが必要だろうということは容易に想像出来る。
しかし今目の前で現在進行形で行われているそれがよりにもよって大神殿によるものだというのか。
「……失礼、ご同行願おうか。
悪い様にはしないからここでの荒事はご勘弁願いたい」
その騎士の言動はチンピラではなかった。
どうやら俺を捕縛しようだとか、そういった意図は無い様だ。
あるいはこんな場所で大声を上げる頭のおかしい男と見られたか——だとしたら人攫いが何を言うかという話な訳なのだが。
とはいえやはり何かありそうだと感じた俺は、この場はひとまず大人しく付いて行こうと決め、シンプルに答えた。
「承知した。どこへなりと連れて行け。
ただし先程の少女は解放してやって欲しい」
「悪いがその取引には応じられない」
「何だと?」
「訳は話す。何も言わず付いて来て貰えないだろうか」
何だその物言いは……神殿騎士だろうがもう許せんぞ。
「それではこちらに利が無い。
それに荒事を起こしたのはそちらの方だろう。
人攫いを懲らしめるのは正当防衛だ。
違うか? 外道犯罪者共め」
女の子は袋ごと女性騎士にお姫様抱っこされて奥へと運ばれて行った。
……あの騎士も誘拐犯の手先か。
見送る俺に再び声が掛けられる。
「御託は良い。貴殿はこちらだ」
ありゃ。ダメージゼロかよ。
随分と煽り耐性のお強いこって。
しかし当然、ここは素直に応じる訳には行かない。
「失礼、少し興奮し過ぎた様だ。面目無い」
緩慢な所作で頭を下げながらそう言うと、同時に身体強化を発動して女性騎士が消えて行った方へと全力で跳躍する。
圧に負けた床面がボコっと音を立てて壊れた感触が足元から伝わる。
一瞬で追い付いた俺は後ろから女性騎士の肩に手を掛けてグイと引っ張り、出足を払って派手にすっ転ばせる。
抱っこされていた女の子が放り出されるが、ズザァと足からスライディングしてすんでのところで何とかキャッチする。
ふう、危ない危ない。
「え? ……えぇっ!?」
目の前にいた男性騎士は俺がいきなり消えたことで戸惑っている。
すっ転ばされた女性騎士も同様だ。何が起きたのか分からず呆けている様だ。
だが驚く様な事か?
平服姿とはいえ、それなりの心得のある者が見たら俺がそこそこ戦える人物だってことにはすぐに気付くだろう。
つまりここにいる騎士共の実力はその程度だということだ。
うん、こいつら騎士じゃないな。
有り体に言って、賊だ。
「さて、どう申し開きをする? 人攫い」
俺は騎士姿の男の前に立って追及の言葉を投げかける。
ちなみに壊した床の修繕費を支払えと言われても応じる気はさらさら無いぞ。
人助けの為だ、支払うのはこいつらだろう。
この騒ぎで周囲には一層多くの騎士や野次馬が集まって来た。
「分かった、分かったからもう勘弁してくれ。
その子供も一緒に連れて来て良い」
「答えが違うだろう。やり直しだ」
「う……何が違うと……?」
本気で言ってるのか、こいつ……真性のクズか。
仕方が無い。
麻袋から女の子を出してやる。
ぱっと見、怪我などは無い様だ。
……まだ意識は戻らないか。まあ良かったのかもしれないが。
「すみません、この子のご家族、ご友人はここにいらっしゃいますか!
どなたでも良いです! 介抱してやって貰えないでしょうか!」
そう叫ぶが、皆顔を見合わせて戸惑うばかりで誰も出て来ようとしない。
何だ、大神殿の権威がそこまで怖いのかよ。
まあ当たり前か。
仕方が無い、自分でどうにかするか。
「すまんが話ならこの子を然るべきところに返してやってからにしたい。良いな?」
そう言いながら女の子を抱え直し、立ち去ろうとする。
「な……待て、何を! 話し合いに応じろ」
「意味が分からん。この子の介抱が先だろう」
「ク……おのれ……」
止めたくても止められないだろう。
おまけに手を出す度胸も無いと来た。
つまりこいつらにとってこの事案はその程度のことなんだろう。
「そこの方、お待ちなさい」
しかしそこに一人の人物が表れ、場の空気が一変する。
明らかにその辺の有象無象とは異なるオーラを身に纏った年配の女性。
その声が場に響くのと同時に、騎士も神官も皆一斉に跪く。
あのローブは……
「聖女様! なぜこの様な場所に」
やはりこの婆さんが“聖女サマ”か。
神官長はどうした?
それに騎士団長もだ。
流石にこの歳で団長兼任は無いだろうし、警備の最高責任者を差し置いて偉いさんが出て来るなど余程のことでもない限り有り得ない筈だ。
「この騒ぎは何ですか」
「は。この者が……貴様!
何をボサッとしている、跪かんか!」
「この者……ッ!? もしや貴方は……」
「聖女様、お待ち下さい。
この者は神殿内で騒ぎを起こした狼藉者。無闇に近付かれては危険です」
こういうとこは一緒か……
不敬を働くなら中途半端はいかんな。
「フン、何が聖女サマだ。人攫いの頭領の間違いだろう。
大方そこの騎士共もコスプ……コホン、革か何かで作ったハリボテでそれらしく偽装しているだけだろう」
俺は衆人環視の中はっきりと言い放ってやった。
聖女サマは前に出ようとする先程の騎士を制止すると、目を細めて俺が抱っこしている女の子を一瞥し、ゆっくりと口を開いた。
「人攫い、とは穏やかではありませんね。
まさかとは思いますが人、と仰るのは貴方が大事そうに抱えているその魔物のことでしょうか。
でしたら市中に紛れた魔物を発見したら捕縛するのは当然の努め。
何も咎めだてされるようなことは致しておりませんでしょう。違いますか?」
「な……何だと……!」
そう、この女の子は言うなれば“魔族”だ。
長いこと冒険者稼業を続けていると、自ずと他種族に接する機会が増える。
その冒険者にだって一定数人外の登録者がいる位だ。
そして俺の様に見慣れた者なら誰でも知っていることだが、そういった者達は大抵何らかの身体的特徴を有している。
おでこの瘤の出っ張り具合から察するに、恐らくこの子も竜族なんじゃないだろうか。
知恵ある種族は大抵魔力を消費して“人化”することが出来る。
考えてみれば、さっきのちびドラゴンもこの手で捕まって魔力切れで元の姿に戻ってしまったのではないだろうか。
魔導具を使用すれば意識して術を維持する必要は無いが、魔力が枯渇すればたちまち元の姿が露呈してしまうのだ。
まあだからといってこのような目に遭って良いという道理は無い。
人化という能力を彼らが獲得したのは、拡大を続ける人間の社会に適応して共存するための生存戦略であるという説が有力視されている。
植物系モンスターとか本能だけで生きる野獣と違って、人に擬態して捕食しようとかそういった意図などあろう筈も無い。
だから相手が聖女サマだろうが全力で煽りに行く。
冒険者は相手に舐められたら終わりな稼業なのだ。
「魔物だから何だ。誘拐は誘拐だろう。
それが聖女サマのお言葉か。
全く、有り難過ぎて反吐が出そうだ」
「こいつは……他人が黙って見過ごしてやったというのにいけしゃあしゃあと……」
「お待ちなさい。落ち着いて相手を良く見なさい。
貴方がたが束になっても敵う相手ではありませんよ」
「し、しかし聖女様……」
「気に病むことはありません。
貴方がたでは手に負えないと、そう思ったからこそ私が自らこの場に足を運んだのです」
「聖女サマ、改心する気は無いんですか?」
「そうですね、まずは話し合いをしましょう。
その魔物も連れて来て構いません。場所はそちらで」
「分かった。良いだろう。
但し俺とこの子と聖女サマ、この三人だけにして欲しい」
「貴様、聖女様がお気遣い下さったのを良い事に好き勝手言いおって……!」
「オレは相手が誰だろうが普段通りにやるだけだ。
それに俺があんた等を入れてくれるなと言ったのは、話が通じない狂信的な奴らだと思ったからだ。
つまり話し合いの邪魔だから来るなと言っている。
そこは誤解してもらっては困るな」
「何だと……!
聖女様! この様に得体の知れぬ男と魔物が一緒などと……」
「では尋ねますが、貴方がたの中に一人でもこの婆に勝てる者はおりますか?」
「ぐ……」
「貴方がたが何時まで経ってもその有り様だから、私は何時まで経っても団長の座を開けることが出来ないのです。
分かったら黙って下がり、この場を鎮めることに努めなさい」
「は、はい……承知致しました」
今……自分が団長だと言ったな、この婆さん。
どうなっている?
聖女サマが歩き出すのに合わせて、俺もその後に付いて行く。
さっきの騎士はどうやら大人しく言い付けに従うことに決めた様だ。
「さあ、参りましょうか。
偶然とはいえ漸く再会することが叶ったのです」
「再会?」
「ええ、私は貴方が来るのをずっと……ずっと待っていたのですよ」
この人は……まさか……
しかし前方を歩く老女の右手は白い手袋で覆い隠されており、“それ”を確認することは出来なかった。