閑話 狂愛の聖母
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愛とは何か。
人を好きと思う感情か、それとも依存するほどに熱中してしまうことか。
きっとそれぞれがその答えを見つけ出し、そして納得するのだろう。
私は本当の親を12歳で失った。
母も父も私のことを愛情いっぱいに育ててくれたと言える自信がある。
それ故に、失った時は言葉にすることもできない感情で溢れた。
けれど、不幸ばかりが続く訳ではなかった。
両親を失った葬式で話していたのはもちろん私の引き取り先だ。
一人っ子ということもあって頑張れば引き取れなくはないだろうが、誰も簡単には首を縦に振らない。
もうすぐ中学生になる私は、人の負担になるということくらい考えなくとも理解できた。
このまま、どこか知らない街まで歩いて行こう。
そして、そのまま孤独な世界の中で野良猫のように気まぐれに行きたい。
歩いた足は止まらない。
もうそれしか私にはないのだ。
葬儀場の扉を開けた時に声が聞こえた気がした。
誰も差し伸べてくれるはずのない手に期待をしてしまう。
もしも、この声が私を呼び止める声で無かったとしても、最後に1度だけ夢を見たかった。
「おい、アンタ清水ん家の子供だろ?まだ、終わってないのにどこ行くんだ?」
第一印象は、タバコを咥えてお世辞もまともな大人とは言えなかったけど、お姉さんの声は心に響く温かい声だった。
「えっ!泣くなよ。アタシが泣かせたみたいだろ?ほら、親戚にはあんまり印象良くねーんだからさ。」
私、泣いているのか。
やっぱり辛かったのか。
心は私自信が思っている以上に正常に機能しているみたいで安堵する。
今は甘えてもいいのかな。
だって、私はまだ子供だから。
言い訳ばかりを並べて本当は誰かに頼りたかっただけなのを誤魔化す。
お姉さんも最初は戸惑っていたが、何も言わずにただ泣いている私を優しく抱き返してくれた。
服からはたばこと柔軟剤の香りが混ざった不思議な匂いがした。
それから2〜3分間思い切り泣いた後、今までの事情を説明した。
嗚咽混じりで何を言っているのかも聞き取りにくいはずなのに、お姉さんは真剣に話を聞いてくれた。
そして、全部聞いた後に私の腕を引っ張ってどこかへと連れていく。
その顔は明らかに怒っていた。
私の味方になってくれそうな人がまだいたんだ。
葬式が終わり、食事を摂っているところへ入っていき大きく机を叩いた。
「この子はアタシが貰っていく。文句は言わせないよ。」
その言葉に誰もが息を呑んだ。
しかし、誰が言ったかは分からないが反論をしてくる。
「まともに職もついてないで、夢を追いかけるといったお前に子供が育てられるか。」
「そうよ。それなら、こっちで話合ってきちんと決めた方が。」
「話合いなんてもんで嫌々決めてんじゃねー!金が心配ってならちゃんと働く。それで文句ないよな?」
誰もそれ以上は言わなかった。
きっと心のどこかでは自分じゃなくて良かったと思っているのだろう。
「心配すんな。アタシがしっかりと育ててやるから。」
こうして、私は中道綾の養子になった。
今の母も前の母と変わらない愛情を注いでくれた。
これは後から聞いた話だが、母はミュージシャンになる夢をもっていたらしい。
でも、私を養うために工場に就職して、夜遅くまで働いてくれた。
「私のせいでゴメンね。」
と言うと決まって、
「夢より大事なもんが出来たんだよ。気にするなって。」
と答えた。
この人のように私は子供の味方でいられるような人間でいたいと思った。
いつからかそれが目標になっていた。
私は、その目標に1番近いと思ったので保育士になることを決意した。
母にそれを話した時は、照れくさそうにして一言だけ頑張れよって言うだけだけど、本当は心の底から応援してくれていたのを知っていた。
大人になるのは自分が思っているよりも早く気付けば20歳になっていた。
念願の保育士になって初めての出勤。
緊張や不安もあったが、子供達にそんな姿は見せられないと思い気合いを入れ直す。
「よろしくお願いします!清水有紗です!」
名前は旧姓を名乗ることにした。
今の名前が嫌いという訳でないが、その方が明るい自分を演じられると思ったからだ。
「それじゃあ、園内の案内をしていくわね。1回じゃ覚えられないかもしれないけど、子供達と接していれば時期になれるわ。」
色々と説明を受けながら1時間掛けて園内を周る。
覚えることだけでも数十個はあるので、頭がパンクしてしまいそうだった。
職員室に戻ろうとしていた時に、子供が1人やってきた。
その子はかなり泣いていて、案内をしてくれた先輩に抱きついた。
この時、私の心に何かが芽生えるのを確かに感じた。
職場に慣れるまでは半年以上掛かったが今では1人でそれなりにこなせる。
仕事覚えるの早いねとか、大変じゃない?とか言ってくれたが子供が好きなのでそれほど苦ではなかった。
しかし、1つだけ慣れない事があった。
子供の泣き顔だ。
あの顔を見るとどうしても慰めたくなって、そして強烈に興奮を覚えた。
もちろん、その感情がいけないものだと言うことは分かっていたが月日が経つに連れ感情を抑えることはできなった。
ある日、昼寝をしている際に子供がトイレに行きたいと言って起きて来た。
どうやら様子を見るにかなり焦っている様子。
私が急いでトイレへ連れて行ったが漏らしてしまった。
気が動転してしまったのかその子は大泣きをしてしまった。
やめて。私の前で泣かないで。
今は誰もこの場にいない。そして、この興奮する状況。
この日初めて私は罪を犯した。
子供は内緒だと言うと分かったと返事をした。
ただ、子供だからうっかりと言ってしまうこともあるかもしれない。
このことがバレてしまう前に私はこの保育園を後にした。
その後も似たようなことを繰り返しては保育園を転々とした。
これがどれだけいけないことなのかくらいは理解していたが、その時になるとどうしても感情が抑えられない。
狂おしいほどに愛おしく感じてしまうのだ。
特に大企業の子供や虐待を受けている子供などは愛情を知らない。
だからこそ、見せる初心な反応に魅入られてしまう。
日本だけでなく海外でも幅広く働いた。
そのために多くの外国語を学んだが、海を超えた先にいる子供達に会えると思うとスラスラと頭に入った。
しかし、その行為も長くは続かなかったようだ。
海外から戻ると完全に指名手配になっていた。
お偉いさんの子供に手を出したのが不味かったのかな。
別にこれ以上逃げようとか思いもしなかったので、自分の足で最寄りの警察署へ向かう。
もう独り立ちしてから長い間母には会っていなかったがどんな気持ちでいたのだろうか。
あれほど愛情を込めて育てた子供がこんな風に育ってしまったと知れば悲しむのは間違いないだろう。
もしも、私が人生で後悔することがあるとすれば、母に恩返しの1つもせずに極悪人として捕まったことだ。
初めて掛けられた手錠から肌に直接伝わる冷たさと丈夫に出来た作りがリアルさを感じさせた。
私はその後行われた裁判でこう言い残す。
「私にはこの愛情表現が悪いことだとは思うが、間違っているとは思わない。むしろ愛を知るのには遅すぎるくらいだ。」
檻の中に入った今でもこの気持ちは変わらない。
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