閑話 失楽の案内人
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初めて活字に触れたのは、幼稚園生の頃で一般的には早い部類だという自覚がある。
どんな内容だったかは朧げで、タイトルを思い出すのがやっとなくらいだ。
それでもはっきりと時期を覚えているのは、やはり思い出補正というのが関係しているのだろう。
なぜ、そんなに幼い頃に本を読んだのか。
理由は簡単に言えば父の親の影響だ。
父は自他共に認める無類の本好きだった。部屋に行けば、小説が所狭しと並んでいる。
そこら辺の本屋には負けない自信があるとことあるごとに話していたのが懐かしい。
「お前には早いから絶対に父さんの部屋に入るなよ。」
幼いワシにはそれがコントのフリのようにしか聞こえず、中に入った。
高いところにある本は背丈の問題で選べなかったし、そもそもタイトルを読むことすら困難だったので1番下の本を引っ張りだした。
And Then There Were None
英語でそう書いてある下に日本語でそして誰もいなくなったと書かれている。
アガサクリスティの作品でかなり知名度のあるものであると当時はワシが理解できるわけもない。
なんとなくページを開くと、見たこともないような漢字が羅列してあった。
意味も読み方も理解出来ないまま紙と睨めっこを続ける。
するとガチャッと扉が開けられる音が。
いつの間にか父が帰宅していたようだ。
目線を本から父に移すと驚愕の表情でこちらを見て固まっている。
今となって分かるが、大人でも読んでいる人がいたら少し関心するのに漢字もろくに読めない子供がアガサクリスティの本を開いていたら驚きだ。
指で本をツンツンとして父と本を交互に見る。
それでようやく状況を理解したのか父は抱き抱えるようにしながら朗読を進めた。
意味が通じるように簡易的にしてある部分もあったが、十分に楽しめる。
「本当にお前には驚かされるな。将来は絶対に小説家になるだろうよ。」
この時の言葉がなんとなく胸の奥に残っていたのか少しずつ現実味を帯びてくることになる。
小学生に上がると漢字はある程度読めるようになっていた。
教師から良くそのことを褒められていたが、嬉しいという感情は湧いてこない。
人が食事をするのに箸を使い方を覚えるのと同じ感覚に過ぎないからだ。
しかし、問題がなく成長するのは難しい。
誰しもが欠点を持って生まれてくる。ワシもその例から漏れることはなかった。
コミュニケーション能力の欠如。
この一言に尽きる。
同年代にヘミングウェイやコナンドイルの話が通じることは一切なく、次第と会話の機会は薄れていった。
本を読んでいる方がよっぽど得られるものが多いと気付いてしまったら、必要性も皆無だと思えたし。
「大変申し上げにくいのですが、井村さんの息子さんは少し、いえ心を鬼にして言いますと全く友達がいない様子です。幸い小学校に上がってからまだ1年も経過していないので、友達を作るのに間に合いますよ。」
親としては学校の様子は知れないので、初めて家庭訪問でそのことを聞かされて母は涙を流していたのを覚えている。
反論の余地などいくらでも思いついたがあえて口にはしなかった。
大人は歳が上という理由で自分が正しいと思っている人種だから何を言っても無駄だと思ったから。
その日の夜。父はワシと2人で話がしたいと言って自分の書斎に連れてきた。
あの場所はいつ来ても素晴らしいと思える。
人間の作り上げた作品の数々が集結しているから。
そんなことを考えているとゆっくりと父が話を始めた。
今から怒られるのだろうと思い、憂鬱な気分になる。
「大変だな茂範も。小学生相手じゃ通用する話題ないもんな!たははは!」
どうやら父親は意外にも子供のことを理解していたようだ。
いくら達観したように振る舞っても理解者がいるということは心に安寧をもたらす。
本当は話したいことなどいくらでもあったので、いつも以上に饒舌になってしまう。
真剣な表情で話を聞いてくれた父はワシがひと段落着いたのを見て話を続けた。
「茂範。お前の将来の夢はなんだ?」
聞かなくても分かるような質問をしてくる父に疑問を持ちながらも答える。
「小説家!僕もいつかみんなの記憶に残る小説家になるんだ!」
「そうだよな。じゃあ、友達は必要だ。」
「なんで?」
「自分の経験には限界がある。どうしても偏った知識をもってしまうだろ?だから他人を使うんだ。趣味嗜好を調査して合わせようと思うことで新たな発見を得ることができる。そうして、物語に深みを出せばいい。」
父の言いたいことはなんとなく分かった。
この時は素直にはいと言えなかったけど、渋々従って良かったと思う。
こんな幼少期を送りながら学生生活を順調に進めていった。
結局、友達を作りこそしたもののほとんどの時間は読書に使われていたのはいうまでもない。
高校を卒業後間も無く作家としてデビューすることになる。
これは18年間生きてきた中でほとんどを読書に捧げたことによる神からの送りものだと思っている。
18歳という若さでデビューしたのは世間的も話題性があったらしく、始めの頃は飛ぶように売れていった。
しかし、それも長くは続かない。
いくら読者を唸らせる本を書いたとしても、初作品のイメージが強く手に取る者は少なかった。
代表作が強過ぎてしまったという喜ばしくも悲しい話だ。
「どうしてだよ。何がいけないんだよ。知識はこんなにもあるのに。」
これが1回目のスランプだった。
あれだけ愛していた本も文字を見るだけで辛くなる。
たくさん湧いていた着想も泡のように弾けて消えた。
何もかもがどうでも良くなりそうになった時ふと思い出したことがあった。
父が言っていた他人の経験を知るということだ。
だから、とあることを実施した。
「そんなに怯えないでよ。ちょっとだけ話がしたいだけだからさぁ。」
覆面を被り全身を黒い服に身を包んだ。
ワシが誰か相手に分からないようにするため。
人を1人誘拐して何時間かワシとお喋りさせた。
誘拐と聞けば悪いイメージがあるが、ただ話を聞かれるだけなので余計に恐怖心があっただろう。
その恐怖に歪んだ顔を見ると少し筆が進む。
何事もなく解放した後は、居住地を変えながら作品を書き上げる。
引っ越しを何回も繰り返すのも着想の手助けになるので結果的により良い作品がいくつも完成した。
1度成功体験を覚えると人は同じことする生き物なので何回も誘拐をしては、すぐに解放するということをしていた。
警察も事件性があるものの正体不明で全国各地に現れるワシに相当手を焼いていたようだ。
世間からも神出鬼没の神隠し”失楽の案内人”という相性で呼ばれていた。
子供の躾にも使われるくらい一時期は有名だった。
それは日本だけの話ではない。海外の情報が欲しくなれば現地に赴き誘拐をした。
英語も本を読んでいるおかげで何不自由なく使うことができたからね。
だが、それも長くは続かなかった。神に見放されたのだ。
人は慎重に選んでいるつもりだったが、囮警官を誘拐してしまったらしく呆気なく逮捕。
捕まった頃にはだいぶ歳を取っていたので世間からはこんなおじいさんが失楽の案内人だったのかと騒がれた。
最初の犯行から30〜40年経過しているのだから普通の人間なら老人になっているだろと内心笑ってしまう。
ここでワシの人生は幕を閉じることになる。
あぁ、まだまだ書き足りない。
もっと常軌を逸する出来事に遭遇したものだ。
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