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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の魔法使い
92/93

18_陽は登る_2/2

リョウは、「呪い」と向き合うことを避けてきた。

一つには「呪い」を正しく受け入れる事はできないという先入観があったから。

村での教訓では災厄は決して理解できない、文字通りの災であることを教わってきた。それ故にそもそもそんなこと(・・・・・)を考えもしなかった。

そしてもう一つは、怖かったからだ。自分が呑まれてしまうのではないか、という漠然とした恐怖が、いつもそこにはあった。

だが、いまはその両方とも彼の中にはない。

文字通り全てを捨てた彼にとって、それらをやってみる(・・・・・)ことには何の抵抗もなかった。

元々やっておけば、と思わないことも無かったが、あるいは今のこの状況こそが最善なのかも知れないとも思っていた。

二つの災厄をその身に封じること。

それが、ジュゲンの望んだものなのかは正直なところ分からない。

だが、結局のところ「予見」など、関係ないのかも知れない。

いまを生きる人間が、いまできること、見えることをやり切った先に、何か(・・)がある。

それを見るために、生きるのだ。

「――お前たち(・・・・)も、見たくはないか?」

リョウの前には二体の影がある。

一つは鴉、もう一つは蜘蛛の形の「何か」の集合体だ。もはや混ざり過ぎて元の形の分からぬそれらをリョウがそのように認識したから、それらはそのようにある。

リョウの問いに、それらは応えない。

「――さて、これは手間取りそうだ」

リョウは気持ち的にはその二体の前にどっしりと腰を落とし、対話の姿勢をとった。


**


リョウという存在は「最強の魔法使い」などと呼ばれているものの、実際のところは単なる人間だ。少なくともメナはそう思っている。

彼には生まれた時から眼に見える、特別な才能なんてものはなかった。

明確に言えるのは、彼には災厄をその身に封じることができる下地、いわば才能があったこと。それだけの話なのだ。

それ以外の部分での彼は喜怒哀楽のある、ただの人。むしろ、そちらの面の方が「最強の魔法使い」などと呼ばれる面よりもはるかに多い。

確かに、多少は「才能」に引っ張られてその形は歪んでしまっている。しかしよく見てみれば、元の形を判別するのはそう難しいものではない。彼がどのように(・・・・・)引っ張られたのか(・・・・・・・・)さえ分かれば良いのだから。

メナは、それ(・・)を視た。

だから何だと言われれば、それには確かにそうだと思う。

結局他人から見た誰か(・・)は、その誰かが見た自分(・・)ではない。つまりは、メナがそれを見たからといって、それが彼の役に立つかというと、そんな事はない。

だが、メナにとっては意味がある。

この認知の世界で、(リョウ)という存在を彼という形(・・・・・)で繋ぎ止めるためには、彼女自身にそれを可能とする確信(・・)が必要だった。

そして、あのリョウの記憶は彼女にそれを与えたのだ。

リョウは自分を保つこと(・・・・・・・)を捨て去ることで災厄を封じた。それは呪いに改めて向き合うには時間がなかったからだと、メナは知っている。

アミネが災厄として活動を始めたことを知ったリョウは、それを救い出すことを決めた。

それには今まで目を背けていた自分の中の「呪い」の力を借りる必要があった上に、強引に(・・・)新たな「呪い」を引き受ける必要があった。

そして、その「強引」を押し通すために、彼は自身(・・)を犠牲にした。

一度(ひとたび)、焼かれた陶磁器の形は変えられないのと同じように、自身を犠牲にすることを選択した彼は戻る事ができないはず(・・)であった。

だが、メナはその状況を変えた。

いわばメナはリョウをもう一度粘土の状態に戻し、形を作り直す時間を彼に与えたのだ。「呪い」と向き合い、自分を犠牲にしない()を作るための時間を。

それは本来ありえない、まさに奇跡のような時間だ。

メナは無意識に眉根を寄せ、浅く呼吸を繰り返しながら、願う。

(――どうか間に合って)

どれだけ歯を食いしばって手を伸ばしたところで、身長を倍する棚の上に手が届かぬように、物事には限界がある。

メナの魔法も同様で、いまはまだ彼女はギリギリのところでリョウの存在を意識の流れの中に見つけることができていた。しかし、少しでも気を抜けばその均衡もすぐさま崩されてしまうだろう。

それがいつ訪れてしまうのか、それはメナにも予想がつかないことだ。

何かを耐え忍び、待つ事は想像以上の苦痛だ。

実際にどれくらいの時間が流れているのか、自分の体感とのズレを知っているからこそ、なおさら分からなくなる。

(――どれだけの時間が経っただろうか)

何度目になるのかも分からぬ程の自問。

しかし返る言葉はいつも同じだ。

「――まだ彼は帰ってきていない」

その度に言い聞かせるように呟く。

何度も諦めたくなるところを無理矢理奮い立たせ、息継ぎのように自分に言い聞かせながら、メナはリョウを「認知」し続けた。

延々と、いつ終わるのかも分からない苦しみは、着実に彼女の精神を蝕んでいく。

それは彼女の自問自答の頻度を増やし、少しずつ魔法の精度も落ちていく。

それでも彼女は、ほとんど根性だけでその「糸」を繋いでいた。決して放さぬよう、見失わぬよう。ただそれだけのために。

だが、メナはその時、知った。

それが無駄な努力であったと、自分には過ぎた願いであったと。

メナの意識は落ちていく。彼女を突き飛ばすようにやってきた「悪意(・・)」によって、均衡は無常にも崩されてしまった。

(あぁ。すみません。わたしは……)

メナはリョウとの繋がりに手を伸ばし、しかしそこに手が届く事はなかった。深淵に吸い込まれるように、煌めきは遠のき、小さくなっていく。

そして次の瞬間、自分がインテネとアミネに支えられて座っていることに気づいた。


**


「目覚めましたか……と言うのも変な話ですね」

「――インテネ。いま、どういう?」

「分かりません。ただ、山が崩れて……」

「山が……?」

ほとんど何も見えない暗闇の中でメナのカンテラの明かりだけが彼らを照らしている。

メナにはそこが土砂の中のように思えた。

「まさか、土砂崩れに呑まれて?」

「そのまさか、私たちは崩れてきた山に埋もれた。何でか死んでないけど」

メナはため息混じりのアミネの言葉を聞き、カンテラの灯りを頼りに改めて周りを見渡す。

確かにここは土砂の中で、それを支えるような何かがあるようには見えない。しかしそれにしてはこの空間は広すぎる。

「偶然隙間に入った、にしては不自然な空間ですね……」

「――その口ぶりじゃ、殿下も知らないんですね。当面は無事とはいえ、どうするべきかが分からず困っているんです。ここから出るために動いた方がいいのか、それとも下手な動きは避けるべきなのか」

メナは認知の力で何か分からないかと魔法を使おうとして、すぐに集中が切れてしまった。

(ダメだ、頭が回らない)

メナはこんな時だというのに疲れ果て、(しま)いには訳もなく面白くなって笑ってしまう。そこには自分が上手くできなかった自暴自棄も含まれていたのかも知れない。

笑うメナを見たふたりは怪訝(けげん)な顔をして、見合わせた。

しばらくの間、メナは笑い続けた。そして、笑い疲れてため息をついた時、インテネは何か意を決したようにメナに言った。

「――すみません。こんなことになったのは僕のせいです。最後の詰めが甘くて、ゾムイが何かをするのを許してしまった」

メナは(にじ)んだ涙を指で(ぬぐ)い周りを見渡すが、ゾムイの姿はない。

「ゾムイはどうなったのですか?」

「――殺しました」

「それでは、これ以上何かを起こす事はない。今は無理にでも前向きに考えていきましょう。何でも悪く捉えるのはあなたの悪い癖(・・・)です」

メナはインテネに手を差し出し、その力を借りて立ち上がると、その空間の端を確かめるようにぐるりと巡り歩いた。

その境は空気が押しのけているように滑らかで、水泡のような形をしているようだ。明らかに自然のものではない力が掛かっている。

「……」

メナは頭上を見上げ、そこにいるはずの人物の行方を探す。

「――ふたりは(リョウ)を見ましたか?」

インテネとアミネがほとんど同時に首を振ったのを見て、メナは確信する。

「彼はまだ……」

メナの呟きに対して双子が問いを投げようとしたその瞬間、また大きな地鳴りが響いた。


**


リョウは唐突に眠気に襲われたように視界が揺らいだことを感じた。

それは不慮の事態が起こったことを意味しており、リョウは一瞬の隙に自分を乗っ取ったその妄執(・・)に向き直る。災厄の「呪い」はその暴力的な方向性に容易く呑まれ、力に任せて暴れている。

リョウは薄れていく自意識を必死に保ちながらそれを見据え、ため息をつく。

「――こうなる(・・・・)と、思っていたよ」

リョウは知っている、いまのこの時間はメナが与えてくれた最後の機会、奇跡の形であると。

あの日、部屋に閉じ(こも)(ふさ)ぎ込んでいた、自分によく似た無力な姫君。

リョウは自分の元にやってきたその(すがた)を思い出し、ククと笑う。

それが同じ人物とは思えないほど、彼女は成長していた。こうして自ら、リョウを救わんとするほどに。

――そう思うと、何と感慨深いものだろうか。まさか、彼自身が救われる側になるとは思いもしなかった。

(――……眠いな)

しかし、そもそもそれは無謀なことでもあったのだ。

不可能なことであると言い換えてもいい。

本来ならば何年もかけねばならぬことを、ほとんど刹那と言っても良い時間でこなさねばならないのだ。それはいわば、砂時計の砂を何もせずに(・・・・・)一瞬で落とすのに等しい。

言葉にしてしまうと、何とも馬鹿らしいことだろうか。

だが、メナとリョウがしようとしていたことは、言ってみればそういうことなのだ。

リョウはそれを自覚していた。自覚していたがそれでも彼はメナの言葉を信じた(・・・)。上手くいくことを、ではない。

その馬鹿らしさ(・・・・・)は、しかし無駄ではない(・・・・・・)のだということを。

「――もうひと頑張り、するしかあるまい」

リョウは、こうなる(・・・・)と思っていた(・・・・・・)。だが、諦める(・・・)ということではない。

それは、あらかじめ決めていたことだ。

もしも、メナが自分を取り留めておけなくなった時、それでも彼女が少しでも自分を責めずに済むように。

最善ではないが、最悪には続かない、そんな道筋を辿るのだ。

「ジュゲン。お前が用意する道は、いつもそんなもんだった。今回も、そう(・・)なんだろ?」

リョウは自身に残された「力」を全て、呪いを伴った「妄執」に向け、ニヤリと笑う。

「お望み通り、持って行けばいい。――ただし、おひねり(・・・・)はしっかりともらうぞ」


**


メナはその地鳴りが自分たちの足元から起きているのだと理解する。

激しい振動と共に地面が迫り上がっていくのが、徐々に近づいてくる天井から見てとれたからだ。

「インテネ、アミネ、崩せますか!?」

メナが呼びかけるのとほとんど同時に、ふたりは動き出していた。

「――やるしかない、でしょっ!」

インテネが思い切り振るった剣は、いつの間にかアミネの糸に巻かれて鈍器のようになっていた。

それはインテネの手から放たれると、高速で回転しながら天井に衝突する。

重く、硬いもの同士がぶつかるような鈍い音が響く。

そして、メナはその瞬間を目撃した。

インテネの投擲した鈍器の威力が強かったのか、それとも天井は想像以上に薄かったのか。

いずれにせよ、打ち付けられた瞬間、薄氷(うすらい)が砕け散るように天井が割れたのだ。

網目状に拡がったヒビから、太陽の明るい光が流れ込む。

メナはその先に黒点のような黒い人影を見つけ、思わず手を伸ばした。

掴み損ねたその手を、再度握り直すために。

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