17_陽は登る_1/2
リョウは何かが自分の断片を集めていく様子をどこか他人事のように感じていた。
夢も見ずに眠っていたところを無理やり叩き起こされたような、そんな感覚だった。
まだ半ば夢現で身体を動かす気は起きないが、それが夢ではないことは頭でしっかりと認識している。
霞む思考が頭に浮かんでは消えていく。
(――放っておいてくれればいいのに)
眠っている間は、何も考えなくても良いのだから。
しかしその意に反して、その存在は彼を掻き集めていく。
細かい部分までは埋まらないが、それでもリョウとなるには十分にそれらは集められた。
そうなってくると、リョウを集めていたその人物が自分の中で揺蕩っていることが異様に気になって、彼は彼女のことを別の場所に弾き出した。
彼女が来たことで、少しだけ余裕ができたから、なのかも知れない。
その場所は、ふたりが交流するのには丁度いい、何もない場所だ。
そして、自分を蝕む「呪い」を見つめる、その背中に彼は語りかけた。
きっとそれが、今回の分岐路だったのだ。
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「鍵、ですか……」
メナはリョウからの思わぬ言葉に戸惑いつつも、自分が足手纏いではないのだと保証してもらえているようで、嬉しかった。
「――あの時から考えれば、想像もつきませんね」
「そういうものだ。色々と予測を立てたところで、実際にやってくるのは考えもしなかった未来がほとんどだ」
メナはリョウのことを見上げる。
「そうかも知れません。わたしは初めてあなたに会った時、あなたのことを最低な存在だと考えていましたし……」
「違いない」
「いえ、違いますよ。あなたが人間であることを、いまは知っていますから」
実際には見えなかったが、リョウがふっと苦笑したような気配を感じ、メナは釣られて笑う。
「あなたは兄の言葉を呪いのように考えているかも知れませんが……」
リョウはそれを否定も肯定もせず、メナの言葉の続きを待っている。
「少なくとも、わたしにとっては違います。今のわたしは、あなたには感謝していますよ。わたしを助けた理由が『兄の願い』でしかないのだとしても、あなたが実際にそれを選び、実行してくれたという事実だけは覆りませんし。そんな存在を最低と称して良いはずもありません」
「――視点が変われば物事の見え方は変わる、ということか」
リョウはそう言ってしばらく感慨に耽っていたようだが、ふいにメナに言った。
「――本題に戻るが、俺からお前に頼むことは一つだ、俺を放さないでくれ」
メナはそれが物理的なものではないことを知っていた。それでも少し彼が儚げに感じたのは、きっと彼の記憶を見たからだ。
彼にはいつも、まるで呪いかのように、「孤独」が付き纏っていた。強すぎる責任感が招いた、優しさを持つが故の孤独だ。
「――分かりました。放しません」
メナが応えると、リョウは「頼む」と言ったきり、その姿はさらに朧げなものへと変化したように見えた。
目を凝らさねば見落としてしまいそうな程にボヤけ、その姿を捉え続けるにはかなりの集中力を必要とした。
それが「呪い」との戦いの合図なのだと、メナは誰に言われるまでもなく感じ取った。
「――あなたのことですから、わたしが失敗してもいいようにしているかも知れませんけれども……、見くびらないで欲しいですね。わたしは、絶対に放しませんよ」
欲張りな姫君は、全てを望んだ、その道がきっと辛く険しいものだとしても。その先にあるものの美しさを信じ、そして信じられ、がむしゃらに進んでいく。
その行き着く先は、鴉の瞳が見据えた光だ。
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アミネの魔法は「糸」だ。物理的に糸状のものを作り上げることもできるが、その本質は「繋がりを結ぶ」ことにあった。
他者の領域に干渉できる珍しい魔法の一つで、「繋がり」を結びつけられた糸は物理的な方法では打ち切ることはできない。
離れている家族の存在を近くに感じる、を魔法でやってしまうのが彼女の魔法だ。
しかし同時に、「繋がり」それ自体には大した意味はない。
いわば彼女の糸は道筋だ。そしてインテネはその現実にはない道を手繰り、渡ることができる。加えて領域の影響を受けないという特異性もあったりするが、それは今回のことがあって初めて知った。
つまりこの魔法はアミネの兄、インテネの魔法があって初めてその本当の意味を成すのだ。
ふたりの魔法はあたかも、もともと一つのものであったかのようだと、アミネは感じていた。
(――もしかしたら、わたしたちは本来、一つの存在なのかも知れない。だからこうして、離れているインテネのことを、私は知れるのかも)
インテネが見聞きしたことを、アミネは望めば知ることができる。全てを詳細に知れるわけではないが、感覚としてどのようなことがあったのかは、なんとなく共有できるのだ。
だからアミネはその時、自分から呼びかけた。
(呼んで!)
いつもの引かれるような感覚、そこは見知らぬ場所。しかし自分に背中を向けて立つ男が敵なのだということはすぐに判った。
「――お前の敗因は、自分が見えていないこと」
インテネがその男の剣を受ける。インテネの後ろにはメナの姿がある。彼女は目を閉じ、こちらの様子にも気づいていないのか、ピクリとも動かない。
これ以上、インテネは逃げられない。
アミネは瞬時にそう判断する。満身創痍な彼女は、それでも、その軋む身体を精一杯に動かして、憎き元凶に短刀を突き立てた。
信じてくれているバカ二人を助けるために。
「――そして、口で言っている以上にはあのクソ野郎を信じきれていなかったこと」
アミネはそう告げてゾークへの鬱憤を晴らすため、そして止めのために突き立てた短刀を捻り、そのまま短刀を放棄して素早くインテネの元へ移動する。
「バカな……!」
今際の言葉としてはお粗末な言葉を吐き捨てて、ゾムイは倒れた。
「――信じきれていればきっと、証明なんて考えなかったでしょ」
インテネがゾムイに冷たく言い放った言葉は、ゾムイにはどう聞こえたのだろうか。
アミネはため息をついてインテネに顔を向ける。
「――終わった?」
「多分ね。あとは、殿下がどうなのか――」
ボロボロになった剣を一瞥して鞘に戻そうとしたインテネはしかし、ゾムイに視線を戻して顔色を変えた。
「――何をしている!」
インテネが即座に剣をその首元に突き立てるが、それと同時に辺りに地響きが響き渡った。
その発生源はメナの真上、「災厄」であるようだ。
(――まさか!)
アミネがそう思ってインテネと顔を見合わせた時には、凄まじい轟音が山の方で起きる。
この場所へと続く道が、山ごと崩落したのだ。
それは山が崩れるほどとてつもない質量を一瞬で動かしたということだ。
災厄がどうして災厄と呼ばれるのか、その一端をアミネはその時、体感した。
崩れゆく洞穴を見ながら、アミネは思う。
あのまま地下にいれば、自分は為す術もなく潰されていたに違いない。
そして何も知らぬままに死んでいた。そう思うとゾッとするが、現状も大した差は無かった。
「――アミネ」
インテネがアミネに声をかけた。彼女はインテネが指し示す方向を見て、失笑した。
彼らは頭上からどうしようもない量の土砂が降り注いでくるのを、ただ茫然と見ているしか無かった。




