15_凶星は陽に焼かれて_3/4
インテネですら注意して歩かねばならぬほど、細道の中は暗く、狭かった。
しかしメナはそんな悪路をものともせずに進んでいく。まるで歩いたことがある道かのように、迷いがない。
インテネは彼女から逸れないように小走りになりつつ、先ほどの話を蒸し返した。
「――不意をつく考え自体には賛成ですけど、わざわざ殿下が危険に身を晒す意味は?」
インテネの質問に、メナは苦笑いして答える。
「対話の時間が欲しいのはありますね。それで済むのであれば、それに越したことはない、違いますか?」
「確かにそうですけど……」
メナが身を隠している間に、インテネがゾムイの対応をするという方法があるではないか、インテネは思う。
しかし、メナはそうは思わないらしい。
「敵も、あなたよりはわたしの方が油断するでしょう、その方が話も聞きやすい。あるいは卑怯な考えかもしれませんが、不意をつくのなら落差が大きい方がいい。わたしは無能ですから、やれることは全てやりますよ」
メナがマノンから受け取っていた指輪を撫でたのを見て、インテネはもう一度彼女に訊ねた。
「――もしかしたら、守りきれないかも知れませんよ?」
インテネの脅しにも似た警告に、メナは豪胆にも微笑んでみせる。
「それは、信じていますよ、インテネ?」
「――……」
メナのにこやかな、しかし毅然としたものを感じるその態度から、もしかしたらこの人はゾークよりもよっぽど恐ろしい人なのかも知れないと、インテネはさりげなく彼女から目を背けたのである。
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インテネにはゾムイの構えに見覚えがあった。
(――あれは、居合か!)
考えるのとほとんど同時に、インテネはメナの前に踊り出る。
ここで動くのが正解なのかは分からない。もっと良い場面があるかも知れない。
しかし、迷っていて失うことほど虚しいことはない。きっと、段取りが完璧に噛み合うことなどこの世には殆どないのだ。
ギャリィッ。
薄く磨がれた鋼同士が擦れる嫌な音。
インテネは自身の腕にかかる重みに歯を食いしばりながら、目の前の男を睨みつけた。
「――お前か!」
その時のゾムイの相貌には、複雑な感情が入り混じっていた。
驚愕の内に、どことなく憎しみと歓喜を秘めたような、左頬の釣り上がった顔。
インテネが彼の剣を自身の剣で押し返すと、彼はあっさりと身を引いた。
(――剣を使うのは久しぶりだ)
インテネはその腕にかかる重さの差異に戸惑いながらも、今回に関して言えば剣にして良かったと安堵する。
インテネが剣を構え直したところに、ゾムイの突きが迫り、インテネはそれを大きく飛び退いて躱した。
インテネはどちらかと言えば、力比べよりもこういった軽技的な魔法格闘が得意だった。
インテネは空中で取り出していた暗器を着地と同時にゾムイに向けて放ち、それと同時に飛び出す。
ゾムイが飛来する小刀を危なげなく避けたのに合わせて、インテネが横振りに斬撃を放った。
しかし彼はインテネを飛び越えるようにしてそれを避けると、いつの間にか取り出していた暗器を空中でインテネに向けて投擲した。
狙いはさほど正確ではなかったとは言え、インテネはそれを避けるために再度彼から大きく距離を取らざるを得なかった。
だが、悪いことばかりではない。
インテネは、先の攻防の間にメナがリョウの元へと駆けて抜けて行ったのを尻目に、ゾムイを牽制するように剣を構える。
今はこちらが道を塞ぐ側だ。
「――お前がそちら側につくとはな」
「逆に聞くけど、どうして僕らがそちら側につくと思ったの?」
「――父に拾っていただいた身でありながら情けない」
ゾムイはいかにも呆れたように首を横に振った。
しかし口ぶりとは裏腹に、その表情には愉悦の色が見える。
「――生憎だけど、捨てられた僕らにはすでに忠誠なんて、ないよっ!」
言下に切り込んだインテネの一撃に、ゾムイは余裕の態度で剣を合わせて受け流した。
流れた身体を魔法で無理やり加速させて追撃を逃れたインテネは、気に食わないながらもゾムイの実力は本物だと思い知る。
(流石に白隊の長、伊達ではないか……)
武器を短刀に持ち替えたインテネは低い姿勢で構え、ゾムイを睨め上げた。
インテネが使える技術はオクホダイの下で身につけたものだ。
それはつまり、ゾムイにはインテネが使える技術に精通していることを意味する。
実力が拮抗か、むしろ上回られている相手。その上で手の内を知られていることの難しさはセノイとの立ち会いで既に知っている。
彼ほどではないにせよ、ゾムイを相手する感覚はそれに似ていた。
「――しかし分からんな。お前はどこから現れた?」
ゆらりと構え、余裕をみせたゾムイがインテネに向けて訊ねる。
「お前の魔法は確かに『瞬間移動』の類だが、それにしてもあの一瞬に間に合うものとは思えん。元から居たな?」
目星を付けられている。
インテネは奥歯を無意識に噛み締めながらも、笑って見せた。
「――どうだろうね」
ゾムイはそれを鼻で笑うと、リョウの真下に至ったメナのことを顎でしゃくった。
「あれの力か? 新しい力に目覚めて子供のようにはしゃぎ、ここまで来たか? してやられたかと思ったがやはり、愚かなままだったな」
インテネは何も言わなかった。
言われたままでは腹が立つのは確かだ。
しかし彼がわざわざ煽るような真似をしているのは、彼がこちらの実情を知らず、探っているということである。
何かゾムイの目を誤魔化す手段をメナやインテネが持っている。
その可能性がある限り、ゾムイはそれに警戒の意識を割かなければならない。
それは、インテネが今彼に対して持っている情報的有利の一つだ。
だが、同時にそれはひとつの危険を帯びてもいた。
先ほどまでインテネの姿を隠していたのは、文字通りの「夢幻」の魔法だ。
「マノンが全てを賭して」わたしたちに託したのだろう、とメナは寂しそうに笑っていた。
不完全な魔道具。一度使えば効能を失う、ある種の禁術の一つ。
あの『夢幻』の魔法は、一度きりの切り札。二度目はない。
インテネはそれを悟られる前に片をつける必要があった。
(――結局は正面から押し切るしかない)
インテネはゾムイの動きを注視する。彼もこちらの反応を窺っているのが見えた。
正直、力量で言えばゾムイの方がインテネより上だ。
だが、インテネを無視できるほどの差があるわけではない。メナの方にすぐに向かわないのがその証拠だ。
つまり、状況次第ではいくらでもやりようはある。
「――……ダンマリとはつまらないな」
ゾムイは本当に心底つまらなそうに顔をしかめ、インテネを見下ろす。その目には明らかな侮蔑、そして憎しみがあった。
インテネがそれに対して言い返そうかと口を開いた瞬間、ゾムイの姿がインテネの視界から掻き消えた。
「――なっ!?」
ゾムイの予想外の速度に反応が遅れたインテネは、浅く肩口を割かれながらも後退する。
顔を上げ、ゾムイの追撃を警戒したところに、目が合った。
「油断したな?」
ニヤリと笑うゾムイに寒気を覚え、インテネは自分の見積もりが少し甘かったこと、そして彼の性質を読み違えていたことを悟る。
(奴が殿下の元に向かわないのは、慢心か!)
メナ如きに何ができる訳でもない、インテネ如きに自分が負けるはずがない。
その傲慢が、彼をここに縛り付けている。
言うなれば、ゾムイはインテネが脅威であるからここにいるのではない。そこには合理性の欠いた彼自身の理屈がある。
(――複雑な気分だけど、都合は良い、のか?)
本気でメナを止めようと考えたゾムイを止められる力が今のインテネにあるのか、それは正直微妙だ。
だからこそ、今の状況は最大限に利用しなくてはならない。
(殿下の邪魔をさせる訳にはいかない)
インテネは自分が置かれている状況を整理し直し、ゾムイの脅威度を上方修正する。
今のインテネに求められるのは、ゾムイにメナが今回の「切り札」であると確信を持たせないこと。
できる限りの時間稼ぎ、だ。




