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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の魔法使い
88/93

14_凶星は陽に焼かれて_2/4

自身の感覚のみを頼りに、メナは崩れかけの細い道を歩いている。

あらかじめ用意していたカンテラの(あか)りが揺れて作られる影は、あの日の暗闇を思わせた。

軽く目を閉じ、考える。

(――もう直ぐだ)

どれほど歩いたのか、それは定かではない。しかし確かに、(リョウ)の気配が近づいてきていた。

それは川の流れが上流に向かうにつれて激しくなるのに似ている。

実際に彼女の身体を圧迫するものなどないというのに、彼女は確かにその身に重圧を感じていた。

そんなメナの(ほお)を洞穴の奥から差し込んだ白い光が照らしている。その光は、この狭く暗い、月も星もない夜のような洞窟が終わることを意味していた。

(――大丈夫、あの時とは違う)

メナは改めて自分に言い聞かせ、深呼吸をする。

「――よし」

彼女は自覚する。

自分は欲張り(・・・)だ。

恵まれた地位に生まれながら、それでは飽き足らず、()を求めた。

そして実際、彼女は魔法(ちから)を手に入れた。その実態は、かつて彼女が望んでいたものとは、ほど遠くかけ離れてはいたが、それでも新しい力に違いはない。

だが、その代償に失ったものは多かった。腕からこぼれ落ちたそれらはもはや、彼女の腕に戻ることはない。

だからこそ思うのだ。

今度は(・・・)今度こそは(・・・・・)

(できることは、全てやる)

メナは眩しい光に目を細め、洞窟の外に脚を踏み出した。


**


ゾムイは研究所の出入り口から、ひとつ分の人影が現れたことに気づいた。

(やはり来たか、だが……?)

彼は彼の頭上に浮かぶ存在を一瞥(いちべつ)してから、自分に向けて歩いて来るメナに向き直る。

「――まさか貴女が現れるとは」

ゾムイは罠や伏兵を警戒しつつ、彼女に語りかける。

周囲を見渡す限りそういった気配はないが、戦闘経験の浅いメナが一人でこの場にやって来ていることが、どうにも()に落ちない。

(――存外、私の存在(・・・・)が予想外なのかも知れぬが)

メナは声を掛けられたことに驚いたのか一瞬立ち止まるも、直ぐに歩き出した。

それは予想外の出来事を前に、それを悟られまいと誤魔化す仕草そのものであった。

「――なぜわたしの名を?」

平然とした風を(よそお)ってはいるが、その質問自体がメナはゾムイのことを認知していないことによる動揺の現れに見えた。

「異なことをおっしゃる。貴女は我国の姫君、知らぬ方がおかしいというものでしょう?」

ゾムイは知っている。

彼女はゾークの()にさえも使えぬと断じられ、見限られた、役立たず(・・・・)

そんな無能な彼女は、精一杯に虚勢をはって、今ここにいるのだ。本来ならば脅威には値しない。

だが、その目的がはっきりとしないこともまた事実だった。

(どうせ今回も姫君という立場(・・・・・・・)を上手く使われ、ここにいるのだろう、ゾーク様(・・・・)の判断(・・・)の通り(・・・)、愚かな女だ。しかし――……)

ありえぬ話ではあるが、彼女がゾークの計画に泥を塗る何か(・・)を握っている可能性も完全には(いな)めない。彼女自体は無能であっても、周りが何を企んでいるのか、それはゾムイにも推測しきれなかった。

特に、「予言」を持つシオが自分の存在を認知していたとすれば、どのように動くのだろうか。

「――……」

ゾムイは自身の魔法が完全に災厄を支配下におくまでに、今しばらくの時間が必要であることを意識し、彼女がどのようにしてここにやって来たのかも含めて、その目的を探ることに決めた。

時間を稼ぎつつ、相手の出方を探る。基本中の基本だ。

「――あるとはいえ、こうしてお話させていただくのは初めてであることは事実。失礼いたしました。私の名はオクホダイ・ウイキ・ゾムイ。掃除屋における武力部門を統括(とうかつ)させていただいている者、お初にお目にかかります」

メナは「オクホダイ」の名を聞いてピタリと脚を止め、ゾムイのことを睨みつけた。

「――……彼に子息がいたとは思いませんでした」

「当然でしょうね、息子として育てられはしましたが、私はいわゆる拾い子。嫡子(ちゃくし)として公表されている訳でもなし――特に私は彼の目的のために秘匿された懐刀(ふところがたな)ですから」

「――そうですか」

ゾムイは、メナのその反応が気に食わなかったが、それを作り笑いで覆い隠し、メナに近づいていく。

何が目的にせよ、いまは少しでも「災厄」に近づかれたくなかった。念には念を、だ。

「ところで、貴女はなぜこんな辺鄙(へんぴ)な場所へ? 怪しい大人たちに『宝の地図』でも渡され(・・・)ましたかな?」

あえて(あお)るように言うと、ゾムイの意図の通り、彼女はムッとしたように顔をしかめた。

「――()? ええ、わたしは、貴方の後ろの『宝』に用があってここに来ましたよ。他の誰の意思ではなく(・・・・・・・・・・)、わたし自身の意思で」

「――なるほど?」

少なくとも、災厄について多少のことは知っているらしい。

ゾムイは相槌(あいづち)を打って彼女から顔を背けて、彼女が指すもの(・・)を見上げる。

あえて隙を見せて反応を探る意図もあったが、それ以上に自分が思案していることを悟らせたくなかった。

(――自分の意思? いや、そう思い込んでいるだけの可能性もある。だが、仮に本当に自分の意思だけでここに来たのだとすれば……)

思考をまとめ終え、ゾムイはメナに振り返る。その直後の彼女は緊張した面持ちであったが、妙な動きなどは感じられなかった。

「驚きですね。貴女はたったひとりで(・・・・・・・)ここに来たと」

メナはその時のゾムイの顔を見て、明らかに身体を引きつらせた。そしてその反応は、彼女がひとりでここに来たのではないことを示している。

(当然だ。ただの姫君がひとりでこんな山奥まで来られるはずがない。――誰だ? どうやった? そもそも、なぜ今はひとりなのだ?)

ゾムイが無言でメナを見据えると、メナは緊張した面持ちで口を開く。

「――何を企んでいるかは知りませんが、わたしに危害を加えようものなら、助けが直ぐに来ますよ?」

「ほう? 助けですか。一体何者ですかな」

「――言いません。ですが、強力な魔法使いです」

ゾムイは思わず失笑した。下手なハッタリだ。

彼女はいま、予想外の事態に遭遇して、なんとか乗り切ろうと拙い策を巡らせているのだ。可愛らしいではないか。

(――そうだ、何を警戒する必要がある。この姫君は私のことを知らなかった(・・・・・・)。つまり、私を脅かす戦力など持ち得るはずがない)

ゾムイはそう判断し、目の前の愚かな女(・・・・)に少し、慈悲(・・)をくれてやる気になった。

「――そう警戒はなさらずに、私は貴女に危害を加えるつもりはありませんよ」

メナはゾムイの言葉に懐疑的な目を向けたが、そこには希望の光が灯った様に見えた。

ゾムイはその分かり易さに笑い出したくなるのを堪え、自分が今やろうとしていることについて話し始めた。

正直、誰にも話さないというのも、物足りない気がしていたからだ。

殺すのは、その後でもよかろう。

「私はいま、父の意思に従い、『災厄の制御』を行おうとしています」

「災厄の制御?」

「ええ、素晴らしいでしょう?」

「――……どうでしょう。もし、それが本当にできる(・・・・・・)のだとすれば(・・・・・・)、あるいは素晴らしいのかも知れませんね」

ゾムイはメナの周りをぐるりと歩き始める。メナはその様子を緊張した面持ちで首だけを巡らせて見つめ続けている。

「信じていませんね。ですが、できるのですよ。私の『魔法』を使えば」

「貴方の『魔法』、ですか?」

「私の魔法は少々特殊でしてね。他者の意思(・・・・・)に干渉できる(・・・・・・)のですよ」

「――そんな、まさか!?」

「予想通りの反応ですね。ですがその『まさか』なのですよ」

「――それが仮に事実だとして、その力で何をする(・・・・)というのですか」

「――何をする、ですか」

ゾムイはメナの正面に立ち戻り、わざとらしい作り笑いを浮かべて彼女を見つめる。

そして彼女と目が合った時、直ぐにその作り笑いを崩した。

「そうですね……まずは一度、この国には壊すところから始めねば」

「――何のために?」

ゾムイは自分たちの偉業を目の前の哀れな姫君に誇示(こじ)しながらも、わずかに違和感を感じ始めた。自分は上手く話しに乗せられているのではないか、そんな考えが(ゆえ)もなく頭によぎる。

しかし、その違和感の正体は夢の内で揺蕩(たゆた)っているようで上手く掴めない――

「貴女には、父がすでに伝えているはずですが……国益のためですよ。――まあ、父の理想を解さない以上、作り直さねばならないのは自明でしょう。特に今は妙な虫(・・・)がついて根っこから腐れてしまっている。腐れは取り除かねば」

「――……そうですか。ええ、よくわかりました(・・・・・・・・)

メナが返した返答は、ゾムイの想定とは違っていた。

まるで知っていたことの確認を終えたかのような口ぶりだ。

(――妙だ)

何かがおかしい。

ゾムイは完全に笑みを消し、目の前の姫君を見る。その黒い瞳は、静かに彼のことを見つめている。そこに怯懦(きょうだ)の色は見えない。

本当に、これはあの無能な姫(・・・・)なのか?

仮に私の存在に気づいていなかったとして、それでも無能な姫(・・・・)をひとり、この地に送り出すのか?

それならばなぜ、この場所に彼女がやってきた?

そして、彼女をここに連れて来たのは誰なのか?

それらの疑問が一つの結論を導き出し、ゾムイはため息と共に気を(しず)める。

「――……話し過ぎたようだ」

ゾムイの中である一つの考えがまとまったのと同時に、メナの表情も緊張感のある引き締まったものに変わった。

それは、先ほどまでとは違い、自分が何をするべきなのかを理解している迷いのない顔(・・・・・・)だ。

「まんまと乗せられましたよ。認めたくはないですが、私も少し気の迷い(・・・・)があった様だ。貴女は知っていた(・・・・・)のですね」

「知っていたのは、そうですね。ですが、わたしは何もしていませんよ。貴方が勝手に話していただけ……正直、もう少し違った道もあるのではと思っていたのですが、想像通り(・・・・)で少し残念です。――おかげでわたしも覚悟を決めなければ(・・・・・・・・・)ならない(・・・・)

メナの言葉に引っ掛かりを覚えつつも、ゾムイはその違和感を不要と切り捨てた。

「――まあ、いい」

言下に、ゾムイは腰の剣に手をかけた。どれだけ策を(ろう)すれど、ひ弱な姫君ひとり、斬って仕舞えば終わりだ。

「――やることは変わらない」

ゾムイは児戯も終わりと、剣を引き抜きざまに振り抜いた。

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