13_凶星は陽に焼かれて_1/4
転移時の手を引かれるような感覚があった後、急に視界が開けたような気がして、メナは目を開いた。
そこは洞窟のような場所だった。どことなく城の地下にあった隠し道に似た雰囲気がある。息を吸うと、ジメリと湿った空気と、火打石を擦り合わせた後のような独特な臭いが肺に満ちた。
メナは故も知れぬ大穴から差し込む朝の日差しを頼りに周りを見渡すと、すぐ近くに誰かが倒れているのが見えた。
「――っインテネ!」
メナが慌てて隣のインテネに声をかけると、彼もそれに気づいたのか、すぐに彼女に向かって駆け寄った。
「アミネ、返事をしてくれ!」
抱え上げて声をかけるインテネの側に寄り、その腕の中を見る。
絹を思わせるような真白な髪の毛や陶磁の肌は土で汚れ、くすんではいるが、それでも彼女の姿は美しいと思わせられるものだ。
その胸元がかすかに上下しているのを見、メナは彼女がまだ生きているのだと知る。
「――生きてはいるようですね、良かった」
メナが呟くと、インテネは涙目でメナを見上げ、小さく消え入りそうな声で礼を言った。
メナはそれを受け入れつつも、自分たちのやることはまだ終わっていないのだと彼に告げる。
「――ここには彼の姿がない。探さなくては」
袖口で目元を拭ったインテネは、アミネを背負って立ち上がる。
(――とは言え、どうやって探したものか)
メナは剣がまだ使えるのであれば、と多少の期待を込めて剣を引き抜き、構えようとする。しかし、どういう理屈か、剣はボロボロと形を失い、灰のように崩れ、散ってしまった。
「――……最後まで、ありがとうございました。わたしは、行きますね」
込み上げるものを噛み殺し、メナは独白する。
いまは、立ち止まっている時ではない。
「インテネ、すみませんが、何か手はありませんか? 流石にここがどこかも分からないのでは、手分けして探すという訳にも……」
インテネは頷いて、しばらく思案するように目を瞑ったが、すぐに驚いて目を見開いた。
「――アミネ?」
それは、インテネの背中で身じろぎをしたアミネに対する彼の声だ。
「目を覚ましましたか?」
メナが声をかけると、アミネは何度か瞬きをしてメナを見た後、自分がインテネの背中に背負われている事を確認したのか、嗄れた声で呟いた。
「――……なんだ、私、生きてんだ」
「アミネ、大丈夫かい?」
インテネが呼びかけると、アミネは声を詰まらせて軽く咳き込んだ。
「――大分マシ。喉が渇いているくらい」
メナは、アミネに水筒を差し出した。
「飲めますか?」
彼女はインテネの肩を軽く叩いてよろめきながらも自分の足で立つと、メナの水筒を受け取って口に咥える。
一度目は口を濯いで吐き出し、二度目からは近くに座り込んでゆっくりと味わうように喉を潤している。
一息ついた頃を見計らい、メナは彼女に問いかける。
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、聞いてもよろしいでしょうか?」
アミネは気怠げにメナを見て、目を逸らした。
「別に」
メナはそれを同意と判断し、リョウの居場所についての質問を投げかけた。
彼女はしばらく遠いところを見るような目をした後、ふいに顔を上げてメナに言った。
「――知らない。嫌がらせとかではなく、本当に」
当然だ、彼女は今まで眠っていたのだから。
過度に期待はしていなかったとはいえ、それでも落胆はある。淡い希望でも希望には違いない。
「――それは、そうですよね」
行き詰まってしまったメナは唸る他なかった。
「あの……」
インテネに声をかけられ、メナは顎から手を離す。目線を彼に向けると、少し言い辛そうに、彼は言った。
「――メナ様の魔法なら、見つけられるのではないですか?」
メナは咄嗟にそれを否定する言葉を出そうとして、ハッと気づく。
過小評価は判断を鈍らせる。
「――試す前から諦めるのは違いますね」
メナは自分に根付いた依存気質を自覚し、反省する。
メナの魔法は「認知」の魔法。周囲の状況からあらゆる物事を知る力。
そして、「今」を知る、「最強の魔法」の一つだ。
(――自分に出来ることをする。そう決めたはず。それに、彼と同じ魔法なのだとすれば……)
メナはリョウを探すのに必要な要素を考え始める。
彼の姿、着ているもの、携える武器、魔法。
「……」
それらは、仮にあったとしても今の彼の場所を導き出す役には立たない。
(――道標にでもなっていれば話は別だけど)
メナは首を振ってその考えを振り払う。誰が来る当てもない存在のためにパンくずを散らすというのだ。
(――何かを見落としている)
そう、リョウという存在を構成する要素、もっと特徴的な――
「――『領域』!」
メナは見落としていた。あまりに大きく、感覚が鈍り、忘れていた。
だが、この場所は確かにリョウという存在が作り上げた存在の「重み」で覆われている。
「――重さの中にもムラがある」
メナは魔法を使い、意識を集中する。
肌に空気が触れるのを感じるように、森のさざめきに耳を傾けるように、それを視る。
うろうろと歩き回り、確かにその差を感じとった時、メナは目を見開いた。
「――あった」
メナが呟くと、アミネに肩を貸したインテネが嬉しそうに寄ってきた。
しかし意外にも、彼女に声をかけたのはアミネだった。
「――やるじゃん」
メナはそれが彼女の口から聞こえたことに、驚きつつも、メナはその方向に指をさす。
そこには狭いが、確かに道がある。
「――こっちです。彼はこの先にいる。急ぎましょう」
メナが声をかけると、アミネが「待った」とメナを引き留めた。
「悪いけれど、私は行けない。足手纏いになるだけ」
「――そんなことは」
「ある。これは綺麗事じゃない。インテネも分かるでしょ」
メナが反論しようとすると、アミネはにべもなくそれを遮った。そして次いでのように、何か言いた気にしていたインテネにも釘を刺すように語りかける。
「……」
「――全てが終わった後にまた迎えに来て、私はここで待つ」
「――でも!」
インテネが彼女に抗議の声をあげるも、アミネはその口を少し強引に手で覆う。
「――もし本当に必要なら、あなたの魔法で呼べばいい。それまでは休ませてよ」
「――……」
インテネが大人しくなったことを察したアミネはメナに視線を向ける。
「あの時、私は私ではなかった。でも、覚えてる。――あの人は私から混沌の渦を引き剥がして、そのまま眠るつもりだった。ここにいないのはおかしい」
メナはその言葉が意図するところを理解し、気を引き締める。
そして、メナはあることが気になって彼女に訊ねた。
「――あなたはわたしに協力する理由はありませんよね? インテネはあなたを助けるためにわたしと約束をしていますが、あなたは違います」
アミネは、こいつは何を言っているんだ、とでも言いたげな呆けた顔をした。
「私たちが生き残るには、あなたに協力する他ない。私が災厄に飲まれていたことぐらい、私にも分かる」
メナはアミネの応えに、自分の質問が馬鹿馬鹿しいものに思えたが、彼女のメナを見る目は意外なことに、以前に比べて少し、和らいでいるように感じた。
そして、それは彼女が次に放った言葉で確証に変わる。
「――バカな兄貴をお願い」
メナの心はその言葉に強く揺さぶられ、思わず涙ぐみそうになるのを堪え、声を出す代わりに大きく頷いた。
「――インテネ、行きましょう」
領域の中心に振り返ったメナは、アミネが座り込んだのを背中で感じつつ、インテネに声をかけた。
メナはこの時、この先で世界の命運に関わる戦いが起こるのだと予感していた。予言の魔法などなくとも、それは明らかで否定しようがないものに思えたのだ。
そしてそう思った時、メナはふとあることを思いつき、歩きながらもインテネに声をかけた。
「――ひとつ、提案があります」




