11_神宿り_2/2
何か物音を聞いたような気がして、ゾムイは目を覚ました。
他に誰がいる訳でもないはずなので、その物音は気のせいか、地ネズミが動いたことによるものだろう。
それにしても、と彼は立ち上がった。
「――夢を見るとは」
それは古い夢だった。もはや思い出すこともないだろうと思っていた、無知な頃の自分の夢だ。
彼はあれからさまざまなことを学び、神の概念についても理解して、あの頃の認識が誤っていたことも分かっている。
だが、それはゾークに対する忠誠には何の影響も及さなかった。
ゾークは神ではないが、彼にとってはゾークが絶対的な存在であることに違いはない。
そしてその絶対者から、彼は選ばれ、託された。
夢を見たのは、あの頃の気持ちを思い出す、良い機会だったのかも知れない。
絶対に成功させる。
彼は凝り固まった身体をほぐしつつ、空洞内を歩き始めた。
元々研究施設として使っていた洞穴はいまや、あの騒乱の最中でぐちゃぐちゃに崩れてしまった。あるところは天井が崩落し、あるところは地面が抜け、またあるところは地下水が噴き上げ、使い物にならない。
(――備えていたとはいえ、潰されなかったのは幸いか)
彼は、その中の一室に留まっていたが、崩落から身を守り、災厄の元に向かう道筋を作るのに丸一日程度かかってしまった。
だが、目指すべき道筋自体は、見失うことはなかった。
そう、それはゾークが描いた絵図の通りに進行していたのだ。
目下の懸念点の一つであった「予見」の魔法。計画の全てが露呈する可能性を持ったその魔法は、今回の計画において非常に厄介なものであった。
特に、王子であったジュゲンの存在は最たるもので、その力は「鴉瞳の魔法使い」に恥じることはないものだ。敵に回した場合、計画の悉くを打ち砕かれる可能性があった。
しかし、好機が訪れた。王子は死んだのだ。
今やリョウに宿る「簒奪」の魔法を持った災厄の獣、その種により殺された。
それは、これ以上ゾークやゾムイが予見に振り回されることがないということを意味した。
だが、完全に安寧が訪れたのかと言うとそうではない。
ジュゲンに入れ替わるように、カゥコイ家のシオが現れた。
元々同じ王家の血を引く者達、「予見」の力を持つ可能性は否定できるものではない。
そして実際、シオは「予見」を持っていた。だが、これは彼らにとっては幸運なことだが、シオの力はジュゲンのものほど強力な力ではなかったのだ。
「――……」
ゾムイは崩落した悪路に突き当たり、一度立ち止まって躊躇するが、結局は魔法で強引にそれらを突き崩した。
ゾークはシオの魔法について、早々に「見られなければよい」と看破していた。
シオ自身も気づいていないようだが、彼の魔法には実際に目にした人物や物の未来しか見ることができないと言う欠点があるのだ。
故に、ゾムイは徹底して彼に会わないという方法を取った。それがシオの予知の裏をかくのに最も効果的な手段だったからだ。
しかし同時に、ゾムイは思う。
(――仮にバレていたとしても、あいつに止められていたかは微妙だろう)
シオは確実に災厄の「復活」を止めるために動く。それは、災厄の復活を「終わり」と捉えていたため。それ自体は誤りではない。
しかし、彼は気づいていない。いや、あるいは気づいてはいてもどうすることもできなかったのだろう。
彼は常に後手に回っている。
未来を知る力があったとて、それに対応できるだけの腕の長さがなければ単に勘の良い人間にすぎない。
ゾークが立てた計画は、その腕の長さを超えるために、いくつものきっかけが用意されていた。ゾーク本人の動きもそうだが、インテネやアミネの動きも、その他の白隊に下された命令も、最終的には災厄の復活に繋がっている。
(だが、私のこれはそのどれとも違う)
ゾムイは自身の持つ役割に思いを馳せる。ゾムイの役割は、暗所より飛び出す灰狼の牙だ。見えぬところより飛び出し、一息に止めを刺す。
彼はその役割が自分に与えられたことを誇りに思いつつも、緊張もしていた。
それは自分の魔法が故に与えられた仕事。
災厄の始動。
彼の魔法は特殊な魔法だ。
それは「寄生」。他人の意思に干渉し、指向性を与える魔法。
魔法を使い続けなくてはならない関係上、本来ならばそこまで有用性のない力だ。
諜報の場面では拷問を必要としない分、便利な力だが、人を操るにはあまりに程遠い。
だが、災厄に関して言えば話は違ってくる。
あれにとって、意思とは動力で、それだけではただ暴れ回る天災の類にすぎない。
だが指向性を与えることができる彼の魔法があれば、それは強大な兵器としての運用が出来ることを意味する。
――全ては彼の神が望む世界のために。




