9_薄明が時_1/2
セノイのシオに対する言葉に対する反応は、皆一様であった。
「メナを使って、リョウを引っ張り出す? 何を言っている、お前は?」
シオはセノイを睨みつけるが、彼はそれを平然と見返し、あろうことか薄く笑った。
「――何がおかしい」
「いや、大したことじゃない。ただ、お前はジュゲンとは違うな、と思っただけだ」
セノイはそこで一呼吸置き、詰問するべく口を開いたシオを手で制した。
「勘違いするな、お前はまともだという意味だ。こちらと違ってな」
「――いずれにせよ、意味が分からない。説明してくれ」
シオが諦めたようにセノイに促すと、彼は首を巡らせてメナを見た。
「姫さま、あんた、『固有魔法』に目覚めただろ?」
何故分かるのか、今更訊くのも野暮だと感じ、メナはそのまま頷く。
「それが鍵だ」
セノイの話はあまりにも抽象的で、それでいて段階をいくつか吹き飛ばしたようなものだ。
早い話が、何を言っているのか分からない。
しかし、そんな話であるのにも関わらず、マノンはある程度の理解はしたらしく、補足のようにメナに告げた。
「さっき言いそびれたのだけれど、姫さま。あなたの魔法は『認知』。―――………おそらくは、リョウと同様のものよ」
メナが驚いてマノンを見たのに対して、その場の視線が全てメナに注がれた。
その時のメナの脳裏には訊きたいことがいくつも横切ったが、現状に必要のないと呑み込んで、話を進める言葉を紡ぐ。
「――それは……それが、どう関係するのです?」
「そうだな、私もそれが訊きたい」
珍しくもシオとの意見が合致し、二人の視線は発端であるセノイに向かう。
セノイは「単純なことだ」と如何にも簡単なことを話すかのような口調で、その真意を語り始める。
「あいつがいま動けないのは、災厄を封じた上で動けるだけの余裕がないからだ。であるならば、その余裕を作ってやればいい」
それは、あまりに突飛な話だ。場合によっては信じられない。
しかし、セノイが放った言葉であることばかりか、マノンがそれを否定しないことが図らずも、その言葉の説得力を増していた。
「――つまり、わたしの魔法は、彼の補助することができると?」
「そうだ」
セノイの視線は揺らがない。
しかし、メナはそれをすぐに受け入れる気にはなれなかった。
何故ならメナにはひとつの確信があったのだ。
「いくらわたしでも『固有魔法』がどのようなものかは分かります。――使えるようになったいまなら尚更。仮に、わたしの魔法が彼の魔法と同じであったとして、彼のようにできるはずがない」
メナの言葉に、セノイは目を細める。
「それは、卑下か? それとも謙遜? あるいは、自信がないか」
「――確信です。彼の歩んだ道は決して、わたしが一朝一夕で追いつけるような生ぬるいものではない」
「なるほどな」
セノイは無感情に呟き、マノンを見やる。
「お前はどう見る?」
「――確かに私も、姫さまの魔法を見たときにそれは考えたわ。でも、姫さまの言った通りよ。目覚めたばかりの力で災厄を封じられるほど、事態が甘いとは思えない」
「甘い、か」
その時、何故かセノイは笑った。
しかしそれは、温かい笑みとは程遠い酷薄で、棘を帯びた笑いだ。
マノンが何かを言い返そうと口を開くが、セノイはそのときにはシオの方を向いていた。
「シオよ、お前はどう思う? 上手くいけば災厄が止められ、なおかつ最強の戦力が戻ってくる。いまでさえ全力で戦えば国一つ滅ぼすことも容易い力だ。災厄をものにしたとなれば、どうだろうな?」
「……」
シオはそれに応えず、しかしセノイを見据えた。
セノイはそれに何を思ったか肩を竦め、今度はインテネに向き直る。
「――お前は妹を助けるために姫さまと動いていたな? どうだ? まだ妹を助けることはできると思うか?」
インテネはセノイを睨みつけるように見上げるが、セノイのまっすぐな視線を受けて目を逸らす。
しかし、すぐにその揺らがぬ瞳の黒を見返して力強い言葉をセノイに返す。
「――まだ僕はアミネを感じている。まだ、諦めない。そのためなら何でもやってやる」
セノイはそれを聞くと、インテネに詰め寄るように近づいた。
インテネはハッと身構える。
しかし、セノイは気にもとめず、インテネの肩を景気良く叩いた。
「いいぞ。それは俺好みだ」
虚を突かれ、インテネは目を丸くしてセノイを見上げる。
「――お前ら、揃って考えすぎだ。何かを得たいのなら、とにかく動けばいい。求めるものに釣り合うように、な。できない確信? 事態が厳しいから無理? それこそ『甘い』よ。お前らが求めているのは、そういうものだ。無理を通さなくては手に入らない、夢想の産物だ。そして―――……」
セノイは語りつつインテネから離れ、黙り込んでいたシオの前に立つ。
「この状況、お前にとってはそう悪くはあるまい? やることは変わらないのだからな」
「――何?」
「使えるものは使え」
セノイが指をさしたのは、シオの下げた赤い光を宿した首飾りだった。
「あいつらが、あいつらの目的を果たすためには、それが要る」
「――それが事態を悪化させたらどうする」
「そうなったら、その時に考えればいい。だが、お前の『予見』には、そんな未来は映っていないのだろう?」
「――私が死んだのでなければな」
「そうなったら、どう足掻いたところでみんな死ぬということだ。いま何もせずに逃げたところで大して変わらん」
シオはセノイの言葉に再度、沈思する。しかしその沈黙は、先ほどのそれとは種類が違って見えた。
メナはそのやりとりを眺めながら、なんとなくカトチトァ村での出来事を思い出す。
何かを得るために、何かを犠牲にする。
いまの自分たちは、それを求められているのだ。
(――もしかしたら、同じなのかもしれない)
メナが嘆息して顔を上あげると、横目にマノンと目が合った。彼女は苦笑してメナに言う。
「あいつ(セノイ)らしいわ」
しかしその笑みはすぐに消えた。何かを憂う、暗い表情だ。
「――でも、私は賛同しない。分かりづらいだろうけど……あれは、姫さまに死ぬ気はあるかを訊いてる。死地で、限りなく細い可能性の糸を掴む、覚悟の確認よ。それこそ、あなたにジュゲンやリョウと同じものを期待している。――探せば、別の道もあるはずなのに」
「俺は、そんな悠長な時間はないと思うが」
セノイの言葉に、二人は振り返る。
シオはセノイの言葉を前に折れたのか「鴉瞳の落火」は、セノイの手に無造作にぶら下がっている。
放られたそれを慌てて受け止めたメナに、セノイは告げる。
「だがまあ、俺が言いたいことは、そいつの言う通りだ。それは俺からの餞別と思えばいい。どの道を選ぶかはお前次第だ、あとは好きにしろ」
セノイはマノンの言葉を全面的に認め、メナに選択肢を投げた。それは残酷なようだが、優しさのようでもある。
メナは受け取ったその赤い瞳を掲げ、覗き込んだ。
それは、揺れる度にチラチラと光を反射している。




