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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の魔法使い
82/93

8_空巣の羽、風に乗りて_2/2

「あら、戻ってきたのね。でも、ちょうどいいわ。これ、どう言うことなのか、教えてよ」

不法侵入の最中にも関わらず気にした様子もなく、マノンは「鴉瞳の落火」についての書類をバサバサと振った。

シオはその書類を一瞥(いちべつ)し、それの正体に気づくと目を細めた。

「――盗人猛々(たけだけ)しいとは言うが、ここまでの者もそういないだろうよ」

しかしマノンはそんなシオの呆れた口調を意にも介さず、話を促した。

「これは、災厄(・・)に対する対抗策ではなかったの?」

「そういう一面もある。だが私は、それが災厄の復活を止める(・・・・・・・・・)ために必要なものだと『予見』していた。実際、災厄の復活を目論んでいたゾークを仕留めるのに大いに役に立った、違うか?」

シオのその受け応えは、マノンが考えた通りのものだった。

メナとマノンは「どうしたものか」と顔を見合わせ、軽く苦笑する。これでやっと、二人は振り出しの位置に付けたと言えた。

メナはマノンから目を逸らした時、シオの後ろに縮こまるようにして立っている少年が目に入り、声をかけた。

「――ところで、インテネ、なぜあなたが?」

単純に疑問に思っただけであったが、インテネはそうは思わなかったらしい。

「すみません。少し気になることがあったので……」

「?」

あまりにも恐縮した態度だったために、メナは少し自分を省みる羽目になった。

(――もしかして、怒っていると思われている?)

メナはここに至るまでの経緯を思い出し、そう推論する。

「――謝られる(いわ)れはないのですが……まあ、いいでしょう。それで、何が気になったのか聞いても?」

インテネが答えようと口を開いたところで、シオがそれに割って入る。

「それについて私が聞くためにここに呼んだのだ。君には(・・・)関係のない話(・・・・・・)だよ」

メナはシオのその物言いに言い返したい気持ちを抑え、マノンを振り仰ぐ。

メナがいま口を出したところでシオにとっては火に油。その点、彼女なら上手く彼を言いくるめて話を聞く段取りをとりつけるだろうと思ったのだ。

マノンもそれを理解しているのだろう、すぐに彼に言い返した。

「言うじゃない。でも結局、私たちはその後に彼に話を訊くだけよ。――あなたのそのガキみたいな意地(・・・・・・・・)は何の役に立つのかしら?」

マノンの言葉は、メナの予想に反して苛烈(かれつ)なものだった。シオも多少は虚をつかれたのか、眉を釣り上げ、しばらく黙り込む。

「――この部屋で何をしていたのかを説明しろ、話はそれからだ」

シオの中でどのような葛藤(かっとう)があったのだろうか、そればかりは定かではなかったが結局、彼は折れた。

マノンはそれを聞いてほくそ笑み、メナに片目を(つむ)って見せた。

そして、マノンはリョウを救うための手がかりとして「鴉瞳の落火」について調べていたのだと彼に告げる。

メナは、ここでは変に濁さないのだな、と少し意外に思った。シオがそれにいい反応をしないのは明らかだからだ。

「余計なことを……」

全くもって予想通りのシオの反応に、メナは思わず吹き出しそうになり、それを咳払いで誤魔化す。

一瞬、シオの視線がこちらに向けられたような気がしたが、メナは平静を装い、気づかない振りをする。

「ごめんなさいね。私は、面白くなりそう(・・・・・・・・)なことに賭けたいのよ。その方が、夢がある(・・・・)でしょ?」

一切悪びれずにそんな事を言うマノンに、シオはため息をついて言い返す。

「相容れんな、私は未来に愉悦(・・・・・)を求めない。――だがまあ、理由は分かった、約束だ。これ以上部屋を荒らされても困る、くれぐれも邪魔はするな」

シオはそう言って、話は終わりとばかりにインテネへと向き直ったのであった。


**


「まず、前提ですけれど、ゾークはまだ何かを企んでいるかもしれません」

インテネはメナとマノンを意識してのことだろう、そんな前置きをしてから話し始めた。

「それは聞いた。それとも何か、ゾークはまだ死んでいないと?」

「いえ、確実にゾークは死んでいると思います。あれは紛れもなく彼でした。ただ、気になるところがあったんです」

シオがインテネに先を促すと、インテネはメナとマノンの方をチラリと見る。

二人が理解した事を示すように小さく頷くと、彼は言った。

「あの場には、ゾムイ(・・・)の死体がありません」

「ゾムイ?」

皆が初めて聞く名前を前に首を捻った。

「オクホダイ家は知っての通り、掃除屋の役割があります。街道整備であったり、関所などの管理もオクホダイ家が代々管理しているのは知っての通りだと思いまが……性質上、多少の武力を持つ部署もあります。ですが、その中でも異質なオクホダイの部隊、掃除屋の『白隊』と呼ばれる存在があるのです」

「あの白づくめの連中か」

シオは暗にそれを知らなかった事を認め、インテネに確認する。

「はい。そしてそれを実質的に取り仕切っていた男がいます」

「それがゾムイとやらか。名前から察するにゾークの親類のようだが……」

シオが口ごもったのも無理はない。政治に深く関わっていないメナとて、大家の家事情については大体把握している。しかし、ゾムイという名は記憶にないのだ。

仔細(しさい)は分かりませんが、おそらくは僕らのように(・・・・・・)拾われた者(・・・・・)ではないかと思います」

インテネはそう言って軽い説明を始めた。

ゾークはよく身寄りのない者を拾っていたこと。

彼はどうやってかその者の資質を見抜き、それに見合う役割を与えていたこと。

特にいつも側についていた者がいたと言うこと。

それがゾムイではないか、ということだ。

「僕は正直なところ、白隊については詳しくありません。ただ、たまたまそれを知る機会があったので知ることができた。ゾムイについてはその時、知りました。彼の顔は知っています。ですが、彼の死体は(・・・・・)あの場所にはなかった(・・・・)んです」

インテネが話を締めくくると、シオは頭痛を感じたかのように額を抑える。

「――それが事実だとして、そいつに何ができる(・・・・・)?」

インテネは首をふり、何も言わない。彼も、ゾムイについてはよく分かっていないのだ。

「ですが、何も対策しない訳にもいかないのでは?」

メナが言うと、シオは分かっていると言わんばかりの目線を向けた。

「お前とは違い、こちらは暇ではない。――大体、お前は人の部屋に入り込んでまで何がしたいのだ? ――マノンはともかくとして、お前がここで話を聞いたところで、何になる?」

シオの言うことは全くもって正論だ。いま彼の目に映るメナは、不法侵入者で居直って図々しくも秘密の話を聞いている、役立たず(・・・・)にすぎない。

しかし、メナにも譲れぬ点がある。

メナは笑われる覚悟を決め、シオに言い返した。

「わたしは、わたしが正しいと信じた(・・・)事をします。インテネの願いも、(リョウ)を救う道も、諦めたくありません。それを模索するために、ここにいるのです。それを否定される(いわ)れはありません」

シオはそれに失笑で返す。

「夢想を語るか。実の伴わぬ夢想ほど見苦しいものはないな。――鳥は羽があるから飛べる、お前は産毛(うぶげ)でどう空を飛ぼうと言うのだ」

客観的に見てシオの言葉は正しい、そう思うとメナは何も言い返せなかった。

自分は実力も伴わないと言うのに、現実に則した行動を取らず、夢幻の道を辿ろうとしている。その先に本当に浄土があるのか、それさえ定かではない。その道は周りに多大な迷惑を撒き散らす可能性だって存在している。

そして、そうであるのにも関わらず、自分だけの力では、その道を進む事ですら満足にできていない。

メナは思わず、視線を床に落とした。

覚悟をしていたとはいえ、実際にそれが突きつけられると、心に刺さる痛みは強い。

そうだ、いまの自分は見苦しい。

「ちょっと――」

何も言い返せないメナを気の毒に思ったのか、マノンが抗議のために口を開いたその時だった。

「――産毛でも空を舞えるように風でも起こせばいいさ。もっとも、それは吹き飛んでいるだけだが……見かけ上は同じだ(・・・・・・・・)

その声は部屋の扉の方向から聞こえてきた。

思わぬ助け舟に、メナは目を丸くしてその声の主人を見る。

「セノイさん?」

セノイはメナの言葉には軽く手を挙げて応え、そのままシオに向き直る。

「――話の途中に悪いが、悪い(しら)せだ」

シオは見るからに嫌な顔をして、セノイに向き直る。

「なんだ」

「災厄の気配が変わった」

部屋に、一瞬で緊張が走った。

張り詰めた空気の中、シオの言葉が響く。

「どう言う事だ? リョウが封じ込めているのではないのか?」

「さあな。なにせ、『領域』が活発になってから、()づらくなっている。――あの雰囲気(ふんいき)は半覚醒といったところだろうな」

シオは渋面(じゅうめん)で唸り、インテネに視線を向けた。

「――ゾムイの魔法を知っているか?」

しかし、インテネは首を横に振る。

悪態をついてシオが頭を掻きむしったところで、セノイがシオを(なだ)める。

「落ち着け。いまはまだ、本格的に動くような気配はない」

しかしシオはそれが聞こえているのかいないのか、嘆くように独白する。

「――避難させるにしても時間が足りな過ぎるぞ。どれだけ早く見積もってもひと月は……」

メナはそれを見て、彼がどれだけ追い詰められているのかを知る。

曖昧とは言え未来を知ることができる彼は、それを良い方向に導くために必死だ。

それを全て、一身に引き受けようとしているのだ。

確かに協力者を集めてはいるが、それは合理性に基づくものであり、それ以上でも以下でもない。食材を切るために包丁を使っているようなものだ。

彼は本質的には彼ひとり(・・・)で事態の解決を目指している。

完璧主義の彼の(ふところ)には、誰ひとり信じられる仲間(・・・・・・・)いない(・・・)のだ。

メナは考えるところがったが、自分の言葉は届かないだろうと思い、考え込んだ彼から目を逸らし、セノイに向き直った。

「――あの、風を起こせ(・・・・・)、とはどういう意味ですか?」

セノイはふっと笑うと、シオに声をかけた。

「なあシオ。お前が抱えている問題、全部解決できる方法があるかもしれんぞ」

シオはそれを聞いて、流石に顔をセノイに向けた。

そこには猜疑(さいぎ)の色が浮かんでいたが(わら)にもすがる思いなのだろう、セノイに先を促す。

「どう言うことだ?」

「姫さまを使って、リョウのことを引っ張り戻せばいい。それでいま抱えている問題は全て解決する」

セノイが放ったその一言は、その場を騒然とさせるのに十分なものだった。

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