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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の魔法使い
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7_空巣の羽、風に乗りて_1/2

「――鴉羽の兵士団』はあなたの兄、ジュゲンが、自分で自由に動かせる(・・・・・・・)兵団を用意するために作った兵団。近衛としての肩書きはあったけれど、実際的な役割は、ジュゲンの『予見』に関わることを処理する、というものだったわ」

話をしているうちに作業を完全に止めたマノンは、気づけば窓枠に腰をかけていた。

「ジュゲンは死んでしまったけれど、私たちがその兵団員であることに違いはない。そしてそうである限り、私たちはジュゲンの『鴉』ってわけ。教えてあげるとは言ったけど、何で鴉という鳥を選んだのかは、正直分からないわ。――もしかしたら、自分の()と結びつけたのかしらね」

マノンの目はそのとき、寂しさの色に染まったが、すぐに昔を懐かしむ、薄く微笑みの浮かんだ顔に変わる。

「あの日々は、外れてしまった(・・・・・・・)私たちにとって(・・・・・・・)、とても充実したものだった。だからこそ、忘れられないのよ」

メナは、マノンの語る話を(うらや)ましいと思うのと同時に、怖くも思った。

自分が知らない兄の側面。未来を知り、盤上を全て操るような自分の兄。

その手の上で、いまなお彼らは縛られている。もしかすると、自分たちでさえ、その手の内で踊っているだけなのかもしれない。

――そして、その先にあるものが良いものという保証はないのだ。

マノンやセノイ、リョウと言った面々が、シオの「予見」に大した驚きを見せないのは、それ程にジュゲンという存在が規格外だったからなのであろう。

だが、だからこそ、メナはその最期(・・)が気にかかった。

「――兄は、なぜ死んだのです? それほどまでに強力に未来を知る力を有しているのなら、それを避けることもできたのでは?」

マノンはメナの言葉に何を思ったか、苦笑する。

「それがね、分からないのよ」

「――は?」

「正確には、どうしてその道を選ぶ必要があったのかが分からない、かしらね。私たちは直接、彼の死に直面した訳ではないわ。死に際を見たのはリョウだけ。――そして、彼から聞いたのはジュゲンが残したっていう伝言。セノイは『過去視』があるから何かを察していたみたいだけど、私はさっぱり。――だからあの時、私、怒っちゃったのよね」

マノンは乾いた笑い声を上げるが、その陰には明らかな後悔の暗さ(・・)を宿していた。

メナは思わず居住まいをただし、彼女の顔をまじまじと見つめた。

「――今なら分かるわ。リョウは……ジュゲンのこともそうだけど、自分の内に巣食う『呪い(・・)』のことで手一杯だった。私たちに気を使っている余裕なんてなかったはずよ。それでも必死にそれを押さえ込んで、何とか彼の遺言を私たちに伝えた。でも、当時の私はそんなことを知る由もないものだから、彼を追い出しちゃったのよ。ジュゲンの死を彼に押し付けて、ね」

メナは初めてマノンに会った時のことを思い出した。

(――その件があって以来、二人は会っていなかったのか)

メナは得心して何度か(またた)いた。しかし、それとは相反するように、マノンにかける言葉が思いつかない。

「……」

黙り込んだメナに対して、マノンはパっと顔を明るいものへと切り換える。

「そんな顔しないで。あの時はともかく、今はそれがバカだったと思えるくらいには整理がついていることだから。――お互いにね」

メナがそれに釣られてはにかむように微笑むと、マノンは小さく頷いて窓枠から離れた。

「――あいつら二人(・・・・・・)は似てるのよ。あんなにも雁字搦(がんじから)めになるまで自分を縛って、それでも誰かのために何かをしようと考えて、自己犠牲(それ)を実行する……それはきっと単純に、それができるから(・・・・・)。馬鹿馬鹿しい話よね。――それで本人に何の救いもないのなら、できない方がよほどいい、そう思わない?」

マノンの言葉の裏には、怒りが燃えている。

メナには、それが判らない(・・・・)

それ(・・)を許容せざるを得ない、彼女自身の無力感から来るものなのか。

それ(・・)を良しとし、何も変えようと考えない世界に対するものなのか。

それ(・・)を前提としている彼ら(・・)に対するものなのか。

だが、メナは彼女の言葉を聞いて、思わず微笑み、彼女の問いかけに応える。

「――はい(・・)そう思います(・・・・・・)

少なくともマノンは、リョウが災厄を封じ、そのまま死にゆく事(・・・・・・・・・)を良しとしていない。

彼女のその動機が何から来るものなのかは判然としないが、その思い(・・・・)に共感できた。

必要な犠牲は確かにあるのかも知れない。きっと綺麗事だけでは片付けられない問題も無数に存在する。

だがそれは、いま目の前に抱えている問題を前にして何もしないための(・・・・・・・・)理由(・・)には、ならない。

たとえそれが綺麗事と言われようとも、それさえなければ、世界は光るものが何一つない、ただの肥溜めになってしまう。

マノンは、メナの返事を聞いてパチンと指を鳴らし、笑う。

「さすが、そう言ってくれると思ってた」

「ですが実際問題として、どうするつもりなのですか。――というより、どうしてここに?」

その時にはマノンは軽く伸びをして、探し物を再開していた。書類をいくつか取り上げながら、彼女は言う。

ゾーク(・・・)を倒すって時にね。私、使ったのよ」

「何をですか?」

メナは首を傾げ、マノンの隣に立って書類の山を眺める。なかなかに骨が折れそうだと一目で思った。

「――鴉瞳の落火(ルブシディア)

メナは、少し驚いて作業を続ける彼女の横顔を見る。

災厄への(・・・・)切り札と思っていましたが」

「――まあ、災厄にも(・・・・)使えるんじゃない?」

マノンは少し書類を読んだところで眉をひそめてそれを遠くに放り、言葉を続けた。

「ただ、使った所感で言うなら……あれは、そんな『切り札(・・・)』なんて代物(しろもの)じゃない」

「――あ」

メナは、マノンの今の行動と、彼女と初めて会った時のことが繋がって、保おけたような声を()らす。

「いま探しているのは『鴉瞳の落火』についての資料なのですね?」

「ご名答〜。ただ、少し遅かったかもね」

マノンはそう言って、何かの資料を顔の前にかかげ、バラバラと揺すって見せた。

ニッコリと微笑むマノンの顔を見れば、それが何なのかを聞くまでもなかった。


**


「――やっぱり、そういうことなのかしら」

マノンはしばらく資料を読み進めていたが、何か気になる記述を見つけたのか、呟いた。

メナはその時、何となく資料の山の内容を眺めていた。それらの多くは内政に関わるもので「こんなにめちゃくちゃにして大丈夫なのか?」と人ごとながらに冷や汗を流し、申し訳程度に書類の位置を元に戻している最中だった。―――いや、元に戻っているのかも定かではないのだが。

「何か分かったのですか?」

メナが呟きを聞いて振り返ると、マノンは手招きして、書類に指をさした。

「ここを見て、『鴉瞳の落火(ルブシディア)』の調査結果が書かれているわ」

覗き込むと、確かに、長々と回りくどい書き口で、「鴉瞳の落火」についての説明が為されている。

「――『鴉瞳の落火(ルブシディア)』は、現存する技術では再現できない『侵食』の魔法と目される魔法が込められた完全な魔道具(以下、魔道具)である(図2)。赤を基調とした黒い含有鉱を含んだ鉱石を中心とした首飾りを模したおそらくは『侵食』の魔法が込められた構造体と、その運用を補助する機能が込められていると目される琥珀金を基調として加工された鎖型の魔道具(こちらは複数の魔法が込められている様子だが、詳細は不明である)の二つを以って……」

メナはその内容を読み上げ、少し感心する。

現代の技術では作れない魔道具を「完全な魔道具」と呼んだりもするが、「鴉瞳の落火」はそれを二つも用いたものであるらしい。

マノン曰く、「鴉瞳の落火」は災厄に対する切り札足り得ないようだが、それが貴重なものであることに違いはない。

「――えっと、ゴメン間違えた。そこはどうでもいいわ。こっちよ」

マノンはメナが読み上げる内容を聞いて遮ると、その行の下を差し直した。

「あ、そうですか。えっと……」

マノンが指した部分には、「鴉瞳の落火」の有効範囲に関する内容が書かれていた。

「――領域の侵食範囲は所有者の持つ領域の範囲に限定され、本来の用途と見られる他者への魔法的干渉には――……」

メナはそれが示す意味について上手く読み取ることができず、首を傾げる。

「――つまり、どういうことですか?」

「他の魔法と併用するのが大前提の道具、と言うことよ」

「――これだけだと『災厄』に対抗するには物足りない、ということですか?」

マノンは頷き、ため息をついた。

「――シオは本当に、災厄を復活前に止める算段だったということかしら。彼にとっての最終目標はゾークの排除。災厄との対決なんてはなから考慮の外、と言う訳ね」

シオが今まであれだけのことをしてメナのペンダントを追っていたことを考えると少し釈然(しゃくぜん)としないが、今はその気持ちは心の片隅(かたすみ)に追いやる。

代わりに、メナはカトチトアで実際に災厄を体験したことを思い出し、軽く身震いをする。

あの山脈の方から感じた禍々(まがまが)しい気配は、とてもこの世のものとは思えないものであった。

それを無かった事とは言わせない。

「ですが、それはかなり危ない橋ではないですか? 現に災厄自体は復活しています。一時的にせよ、活動はありましたから」

「――取れる手段がなかったから、苦渋(くじゅう)の決断をしたのかしらね。実際、彼はあなたに嫌味を言わずにいられないくらい、カツカツなわけだし」

マノンの推測は確かに的を射ているようにも思えた。

しかし、彼はリョウを失ったと訊いて取り乱した。

それは、リョウを災厄に当てる戦力として数えていたということではないだろうか。

メナはそう思い、マノンにそれを訊ねる。彼女は、少し考える素振りを見せたが、すぐに答えを出した。

「それは単純に、何かあった時の保険だったからでしょう。最終的に時間稼ぎができるのがリョウだけなのは間違いないわ」

メナはそれを聞いてまた、暗い気持ちになる。

「やはり、わたしが彼を村に同行させたのは……」

マノンはそんなメナの前で手を打ち合わせた。

パンッ。と破裂音が部屋に響く。

メナが驚いてマノンを見ると、彼女の微笑む顔と視線がかち合った。

「――あなたも、あいつらと同類なのかしら?」

「……?」

メナが何のことやら分からずにいると、マノンは少し目を細めた。

「それは、あなただけが気にする問題ではないってことよ。悩むなら、無理のない範囲(・・・・・・・)で悩みなさいな」

マノンはそう言ってメナを(はげ)ますが、すぐに表情を真面目なものに戻した。

「――とは言え、どうしたものかしらね。想定していたとは言え、『鴉瞳の落火』は今回の活路にはならないことが分かった訳だし」

「他に打つ手はないのですか?」

「――うーん、どうかしら。正直何も思いつかないけど……私の直感では、姫さまが(・・・・)糸口になるんじゃないかと思っているのよね」

世辞にも程がある。メナは眉をひそめてマノンを見るが、意外なことに彼女の表情は至って真面目だ。

「――そんな顔しないでよ。気づいているのか分からないけど……あなたは、ジュゲンに生かされた存在(・・・・・・・)よ。ジュゲンは、父でも弟でもなく、姫さまが(・・・・)生き残るように仕向けたの。そこにはきっと意味がある(・・・・・)

困ったように笑うマノンの言葉には、ジュゲンに対する絶対的な信頼と、そこはかとない哀愁(あいしゅう)が同居していた。

メナは、その寂しさが理解できた。

未来を知る存在がいて、その存在は自分たちをどこかに導こうとしている。それはその存在に生きる役割(いみ)を見出すということだ。

しかし、実際にそれを突きつけられると不思議なことに、どこか冷たく、寂しいものに感じられた。

それは、丁寧に整えられた庭園に似ている。

美しい外観となるように計算され、剪定(せんてい)され、花を植えられ、時には切り倒される。それにより(かたど)られる形は、確かに美しい。

だがメナは、その整えられた常緑の(その)に、()よりも()を見ていた。

きっと、(ジュゲン)もそうやって自分たちを見ていたのだろうと思うと、それが寂しいのだ。

寂しいが、止まることもできない。

メナは、マノンの謎かけのような問いに、疑義(ぎぎ)を込めて応える。

「――意味がある、と言われましても……わたしは、最近まで『固有魔法』すら使えなかったのですよ?」

「へぇ、すごいじゃない。今は使えるってことでしょ?」

「使える……のでしょうかね?」

「?」

「――何と言うか、意識して使うものではないような気がするのですよね。たまに、見えないはずのものが見える、みたいな感じがします」

「――ん、待って」

メナの言葉の何に引っかかったのか、マノンは額に手を当て、メナに言った。

「――それ、いま何か見える?」

マノンは言下にメナの横を通り抜けた。

その際、彼女の周囲から煙のようなものが見えたような気がしたので、メナはマノンを振り返りその通りに彼女に伝える。

「――煙のようなものが……マノンさん?」

メナの視線の先に、目を丸くして立つマノンの姿があり、メナは首を傾げる。

彼女はそれから何度か目を(しばた)いた後、険しい顔でメナに何かを言おうとして口を開いた。

しかし、それとほとんど時を同じくして、部屋の扉が開く。

「――空き巣とは感心しないな」

二人を(とが)める言葉に驚き、それぞれ思うことは違いながらも、ふたりは同時に振り返った。

そこには、この部屋の主人と、その背後に白髪の少年。そのふたりが立っていたのである。

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