2_瞳にうつる、正解の虚像_1/2
「―――積もる話もあるだろうが、ここは俺に任せて、行ってくれ」
リョウの言葉を聞き、メナはインテネと顔を見合わせて頷いた。
彼の言う通り、オウマに訊きたいことはいくつもあったが、災厄が復活したと聞かされてなお、それを優先できるほど、メナは自分を優先できなかった。
それは切迫した状況だ、リョウが少しの時間でも惜しいと思うほどの。それでも、メナはいたたまれなくなり、去り際に一度リョウを振り返った。
「彼は、一度はわたしの命を救ってくれた恩人です。できることならば話を聞きたい。ですが今は災厄を止めねばならない」
リョウが振り返り、問い返すようにメナの目を見つめ返す。
「―――全力を尽くしてください」
「そうか。分かった」
メナの言葉の意図は、リョウには通じたことだろう。
メナは振り返って走り出す。
彼が自身に課した縛りは、彼自身を身の危険に晒すものだ。
少し信じ難いが、リョウほどの男がメナたちに戻るように指示するほどの実力が、オウマにはある。
幼い時から世話をしてくれ、城からの逃亡の手助けをしてくれたオウマの優しげな微笑みをうっすらと思い出し、メナはため息をついた。
(―――少し意外だ。いくら考えても、いま信じられるのは彼の方だ。少しでも、彼を縛るものを減らさなければ)
メナが村に駆け戻ると、村は先の轟音で大混乱だった。
しかし、村長がその中心で色々と指示を下しているのが見え、メナは感心する。
(あれならば、大丈夫だろう)
メナが馬車を探して首を巡らせると、騒ぎの中心から少し離れた場所に、ここに来るために使った馬車とその御者の姿が目に入った。
「メナ様、あそこです」
隣のインテネもそれに気づいたらしく、そこを指差す。
「ええ」
インテネが先導して進み、メナはその道をなぞる。インテネの道選びはうまく、上手いこと人混みをすり抜けることができた。
メナは到着と同時に、御者に叫んだ。
「出せますか!」
「―――出せます!一体何が……」
「道すがら話します!」
メナとインテネは馬車に飛び乗ると、御者もそれに続いて馬に鞭を入れる。
馬のいななきと共に馬車がけたたましく走り出した。
しかしその騒音もすぐに村の喧騒に紛れてしまった。
馬車の中で、メナは身を乗り出すようにして、御者に災厄についてある程度だけ話した。
シオは災厄について民衆に知れることを危惧していたようだったが、この後に及んでそのようなことを気にしている場合ではない。
そしてそんな話をしている間に、自分の頭の中でも現状を整理することができた。
結果として、自分たちが今、ある問題に直面していることに気づく。
「ここから王宮まで、どれくらいかかりますか」
メナの問いかけに、御者は一瞬、答えに窮する。
「―――普通に進んだのでは一日と少しくらいはかかる距離です。すぐに夜も来ますし……仮に馬を駄目にする覚悟で飛ばしたとしても半日で着くかどうか……」
予想通りの返答に、メナは唸る。
「とりあえず、できる限り急いでいただけますか?」
「かしこまりました」
馬車が速度を微妙に上げたことを体感しながら、メナは姿勢を戻し独白する。
「早くて半日……いえ夜は馬も走らせられないことを考えればもっとですね。仮に災厄が本当に動き出したのだとすれば、それでは遅い」
インテネはそれに対して不思議そうに言う。
「遅い、ですか?」
メナはインテネに自分の予想を話す。単なる妄想ではなく、今まであった出来事を総合して考えた状況証拠的な確信だ。
「―――話してみて分かりましたが、シオは野心で動いているわけではない。本気でそれを憂いているからこそ、叛逆を引き起こしたのですよ。それだけのことをした男が、災厄を復活前に止めることを前提としていた。災厄とはそういう存在です。復活した時点で打つ手がないと言っているようなものですよ。さすがに、全く打つ手がない訳ではないでしょうが……知るのが早いに越したことはない」
口にはしていないが、メナの頭にはその時、災厄の童話の内容があり、それもメナの危機感を加速させていた。
インテネはそれに納得とは言わないまでも、理解を示した。
「正直実感は湧きませんが、言っていることは分かります。―――逃げ遅れてからじゃ遅いですからね。とは言え、手段がないのでは……」
メナは逸る気持ちを落ち着けるために一度、大きく深呼吸をする。
ここで焦ったところで馬車の速さは変わらない上に、焦りは視野を狭めるのことは、ここ最近で散々学んだことだ。
「わたしが移動系の魔法使いであれば―――……」
移動系の魔法使い?
メナはそこで記憶の糸を辿る。
そう、瞬間移動だ。自分を攫った双子の魔法使い。その片割れがここにいるではないか。
「―――インテネ、あなたの魔法を使えば!」
目を見開いたメナに対して、インテネはバツが悪そうに目を逸らした。
「僕の力は、アミネか、アミネの糸で繋がりを作った存在。それか僕にとって重要な場所にしか飛べないんですよ。ゾークさ―――ゾークの居城には飛べるかもしれませんが、運べる人数も僕が運べる人数……一人が限界です。馬車は運べない」
メナはゾークの居城の位置について思い出し、インテネが言い淀む理由も分かった。
「―――ここよりは近いですが、そこからの移動手段がない、ですね」
しかし、メナはインテネの能力を使うということについては悪くない手であると考えていた。早さが求められる今の状況において、距離という障害を無視できるインテネの魔法は、簡単に候補から外すことはできるものではない。
(何か……ゾークの居城に飛んで、そこで交通手段を探すのは……だめだ。納得のいく説明ができない上に、探すのにどれくらい時間がかかるのか判らない。場合によってはこのまま馬車に乗っていた方が……)
「―――どこか、ないのですか。あなたにとって、王宮に近く、印象的な場所は?」
メナは駄目元でインテネに訊ねた。
この状況で彼が口にしないということは、心当たりがないのだと理解していたが、訊かずにはいられなかった。
「どこか、と言われまして、も―――……」
インテネは急に黙り込み、顎に手を当て、俯いた。
「どうかしましたか?」
インテネはメナをちらりと見上げ、ぽつりと呟くように言った。
「―――メナ様の部屋なら、あるいは」
メナはそれを聞いて少し納得する。彼が助けを求めてやってきたのは彼女の部屋だ。
その上、メナの部屋は王宮内の一室である。場所としては申し分ない。
「けど、できる確証はないですよ。できない可能性のほうが……」
「試すこと自体には損失はありません」
「―――わかりましたよ。少し時間をください。探ります」
「お願いします」
インテネが目を瞑り、表情を消す。その時、インテネの額からふわりと何か一筋の線のようなものが伸びたように見え、メナは目を凝らす。
しかしその頃には、それは消えており、その正体は分からなかった。
だが、メナはそれに心当たりがあった。
(あの時からだ)
メナはインテネを待つ間、その変化の原因となった出来事を思い出したのである。
**
「何故あなたは、そのような『制縛』を自身に課さねばならなかったのですか?」
メナがそれを訊ねたのは、リョウの行動があまりに彼にとって不利益でしかないからである。そうするに足る理由があるのだと考えなくては、納得ができなかったのだ。
そして実際、リョウはそれについて、遠い目をして話し始めたのだ。
「『災厄』と『災厄の種』。この違いは何だ?」
メナはその意味を少し考え、とりあえず考え得る推測を述べた。
「被害を出す規模、でしょうか。種と言うからには、それが災厄へと萌芽する、その可能性を秘めていると言うことでしょう?」
リョウは頷く。
「では、なぜ被害の規模が大きくなる?」
その時のメナは妙に冴えていて、天啓のように閃いた。
災厄とは継承の果てに生まれるもの、それならば、災厄と継承者の違いを考えれば良い。
「―――意思の有無……と言うより、廃人化するか否か、ではないでしょうか?」
「ほとんど正解だ。だが、実際のところ、災厄の種と災厄と呼ばれる存在の間には明確な差異はない」
メナはそれが納得できず、眉をひそめて見せるが、リョウはそれから目を逸らし、インテネに向けた。
「とは言え、俺たち……封印の一族では強いてそこに違いを付けていた。則ち、お前たちが遭遇した白蜘蛛のような人以外の存在は大抵、災厄の種だ。魔獣の類は、確かに賢いものだが、その行動原理は意外に単純だ。その目的の大半は生存に向いている。奴ら自身がいくら賢くとも、所詮は強力な個体でしかない。結局、個人ではそれ以上のことを考える余裕なんて生まれないのさ、もちろん例外はあるだろうが、例外はどこまでいっても例外だ」
インテネはかつての光景を思い出したのか、顔をしかめて俯いた。
メナはインテネを気遣いつつも、リョウが言わんとしていることを何となく理解して目を瞬いた。生きることを目的としている以上、必要以上の行動はとらない、そういうことなのだろう。
だがその点、人は違う。
人は時に、非合理な行動をとる生物だ―――それがどんな理由であれ。
「―――では、人の継承者は全て、災厄、と言うことになるのでしょうか?」
メナの質問に、リョウは苦笑した。
「もちろんそんなことはない。偶発的にでも継承者というものは生まれるものだ。大体が廃人化するので病なんかと混同されて目立たないだけでな。彼らは当然、災厄ではないな。分類上は災厄の種になる。―――『では、廃人化しなかった場合はどうなるのか』だな?」
メナはリョウに質問を先読みされ、渋々と首を縦に振る。話の流れ的に予想がし易かったのだろうが、実際にそれをやられると少し腹が立った。
「これは多分、一番簡単だろう。最初にお前が言ったように、災厄としての被害を出すかどうか、だ。仮に継承者であっても、災厄でなければ災厄ではない、単純だ」
「―――つまり、あなたは『災厄の種』ということですね?」
リョウは頷いた。しかしそこに、インテネの言葉が重なる。
「あんたが災厄の種であることは理解しましたけど、それが『制縛』と何が関係するんですか?」
リョウは「焦るな」と、インテネを宥める。
「要は、俺は『災厄の種』で、ともすれば『災厄』になる可能性があると言いたいんだよ」
メナもインテネも実際にそれを言葉にして話されると閉口せざるを得なかった。
しばらく無言の状態で、馬車が緩い坂道を登っていく。
彼が自身に課している『制縛』というものの意味は、その時点で明白だった。
彼は確かに絶対的な才能と力を持っている。しかしそれに伴う責任はあまりに大きすぎた。
メナがリョウを見ると、彼は平然とそれを見返した。彼は自分の背負っているものの一旦を開示しつつも、気負った様子もなく、ただ当然のようにそれを語っていたのだ。
継承は禁術である。メナは改めてそれを実感する。
リョウがなぜ継承者となったのか、それは分からない。しかしメナには、そうせざるを得ない状況があったのだろうと思った。不思議と、今のメナにはリョウに対してそんな信頼があった。
「―――継承の結果、平静を保つ違いは何なのですか?」
唐突にインテネが口を開く。それは、まだ彼が妹のことを諦めていないのだと感じさせる質問だった。
リョウはそれに対し、少し悩むような素振りを見せたが「前も言ったが……」と前置きをしてから話始めた。
「要は、それができる『魔法』があればいい。―――希望を持たせる訳ではないが、ゾークはお前たち二人を選んだのには、何か理由があるはずだ。あいつは、そういう目を持っている。―――おそらくだがな」
インテネが首を捻って考え始めた横で、メナは別のことを考えていた。
「―――そもそも、固有魔法というのは、どうやって発現するものなのです?」
「なんだお前、まだ継承に興味があるのか?」
おそらく半分はからかっているのだろうが、リョウのその言葉には明確に釘を刺す意図があるように思えた。
メナとしても心外ではあるので、それは否定する。
「まさか! あの話を聞いてまで禁術に触れようと考えるほど無謀ではありません。……わたしにできることが増えれば、とは思っていますが」
言い訳のように捲し立てつつも、メナは結局同じなのではないか、と次第に恥ずかしく思えてきて耳が熱くなった。
結局は継承も、固有魔法も、力を得るための手段に違いはない。
しかし、リョウは俯いているメナに意外な言葉を返した。
「まあ、力を求めること自体は悪いことではない。できることを増やしたいと思うのは人として当然のことだ。それこそ、人生の目的と言ってもいい。金だろうが才能だろうが力だろうが、結局、それはできることを増やしたい、その帰結だ。それ自体を否定することはしないさ。―――倒錯して狂信にならないうちはな」
リョウが含蓄のように呟いたその言葉の裏には何があるのか、それが彼の口から聞かされることはなかったが、メナはそれをあえて訊こうとは思わなかった。
それが誰を指すのか、何となく分かったからだ。
「―――これも前に言ったつもりだったんだが、今のお前なら、気づけるはずだ」
メナはリョウの言葉にはっと顔を上げる。
「固有魔法に気づけるかどうかは、ほとんど運だ。インテネのように若いうちからその存在に気づくこともあるし、逆に死ぬまでそれに気づけない奴もいる。だが、気づけずとも上手くやる奴は上手くやるし、逆もまた然りだ。―――強いて言えば、基本の魔法についての理解度が高いほど、その存在には気づき易くなる。違いが分かるようになるからだ」
メナはここに来ると決めた時に、リョウが話したことを思い出した。
才能と努力の境界は、実際にそれに取り組んだ後でないと分からない。基本の魔法が努力により極められるものだとすれば、固有魔法は文字通りの才能だ。
同じ「力」ではあるが、違うもの。
そして今のメナはそれに気づけるだけの土壌があるのだと、リョウは言う。
「―――何か、コツなどはないのですか?」
上目遣いに問うと、リョウは困ったように頭を掻いた。
「言ったぞ? 固有魔法は完全に才能だ。同じ感覚で使えるものではない。それこそ千差万別だ。―――強いて言うなら、俺の場合は目を瞑っている時に気づいた」
「僕は気づいたら使えたので、きっかけは覚えてないですね」
リョウはともかく、インテネのそれは全く参考にならず、メナはとりあえず目を閉じた。
初めは、自分の基本の魔法についての感覚に集中して、それ以外を極力取り除こうと奮起するが、余計な思考や馬車の揺れ、車輪の音が気になり、なかなか上手く行かない。
(ダメかな……)
しばらく足掻いた結果、諦めて目を開けようとしたその時、メナは何か激しい騒音のようなものが視えたような気がして、驚いて目を開いた。
**
「メナ様!」
インテネの呼びかけに、メナは意識を現実に引き戻した。
「見つけました!」
「本当ですか!」
メナは思わずその場で立ち上がりかけ、そこが馬車であることを思い出して中腰の状態から腰を下ろした。
「先に言っておきますが、上手く行くかは別ですよ。それと、不安定なので、急いで!」
「構いません! 最悪この剣で……」
メナはもしもに備えて腰の剣の柄に手を当てながら、御者に振り返った。
「わたし達は先に行きます。無理のないように速度は落としてください」
「―――なんと?」
「先に行くと言ったのです。今はとにかく時間が惜しい、伝えましたからね!」
メナはインテネの肩に手を伸ばし、声をかける。
「飛んでください!」
その瞬間、インテネは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに眉間に皺を寄せて意識を集中させた。
「行きます!」
そして、メナが気づいた時には、メナの視界に見慣れた景色が広がっていた。
**
メナとインテネを馬車に乗せていたはずの御者は突然静かになった座席を振り返り、二人の姿がなくなっていることに気づき、腰を抜かしかけた。
そして混乱しつつも、メナが言っていた言葉をかろうじて思い出して、その通りに馬車の速度を緩める。
災厄のことは聞いていたので、停めることはしなかったが、それでも愛馬たちに無理をさせずに済んだことは素直に嬉しい。
「―――消えちまうんだもんなぁ。世界は、広いもんだなぁ」
彼は馬車を走らせながらも、微妙に納得いかない気持ちで呟いて空を見上げた。
暮れゆく空には雲もなく、あまりに空疎で、茜色に染まったその色だけがやけに印象に残っている。
まるで置いてきぼりの彼の気持ちを代弁しているかのようだった。




