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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
70/93

7_君は真面目すぎる

にわかに会議室の外が騒がしくなり、その内に微かな剣戟(けんげき)の音が混じったのをシオは聞き逃さなかった。

ざわめき出した出席者の面々を手で制し、シオはスメノオに目配せをする。

スメノオはそれに頷き、ニコイを除く面々に声をかけ、隣室の方に移動するように指示した。

隣室にはシオが用意していたカゥコイの護衛兵がおり、いざとなれば大家の面々にはその指示に従った避難をしてもらう予定である。

シオは押し合うように出ていく人の流れを見ながら、音のする方の扉を睨む。

(―――来たな)

シオはこの時点で既に、外から聞こえてくる音がゾークの手によるものであると確信していた。

「正面からやってくるとは多少意外ではあるが、想定のうちだ。いけるな?」

ニコイはシオの問いに対して頷くと、腰のきらびやかに装飾された(さや)から剣を引き抜いた。

そんな間にも、扉が蹴破られ、全身が返り血で濡れた白づくめの武装集団が室内に侵入してきた。

「なんだお前たちは!」「見張りの兵は何をしている!」「一体どこから」

逃げる途中の大家の口々からそんな言葉が(ほとばし)るが、シオはそれを遮るように大喝する。

「良いから行け!」

シオの気迫に呑まれた面々は口をつぐみ、顔を見合わせたあと、そのまま速やかに裏口から隣室へと逃げ去った。

それを待っていた訳ではあるまいが、シオとニコイが残された部屋に白服の群れを割るようにして、ひとりの男が現れた。車椅子をギリギリと転がして、歳の割には豊かな白髪をゆらゆらと揺らしながらやってくる。

シオはゾークを睨み、静かに語りかけた。

「―――ゾーク。オクホダイの大老よ。貴様の罪は既に知れている。投降はせずとも良い、いずれにせよ、貴様の命はここで尽きるのだ」

聞く者によっては卒倒しそうな宣告(せんこく)を受けたゾークはしかし、その弱々しい印象とはかけ離れた交戦的な笑みを浮かべ、シオを見返した。

「おや、交渉のつもりで来たが、その席にさえつかせていただけないようだ。それに―――はて、罪? 叛逆(はんぎゃく)首謀(しゅぼう)が異なことを語る。貴公こそ、裁かれるべき咎人(とがびと)ではないですかな?」

平然と言い返すゾークの表情には一片の憂いも感じられない。そのうちに眠るのは信念か狂気か。

シオをすら、その黒く強い瞳の光に気圧され、続く言葉を直ぐには紡げなかった。シオはそれを誤魔化すように軽く咳払いをする。

「―――しかし、よくここまで兵を連れて来られたものだ。警備は何をやっていたのやら」

半ば調子を取り戻すための時間稼ぎのような質問ではあったが、実際のところ、シオとしても彼らがどのようにしてこの王宮内に侵入してきたのかの確証はない。少なくとも城に入るところから正面突破してきたとは思えなかった。それなら侵入が判明した時点でシオに伝令がきているはずだ。

「―――ああ、なに、簡単なことだよ。協力者(・・・)に紛れさせてもらってね。おかげで簡単に侵入できた」

ゾークの回答を聞き、シオは大家の面々を全て隣室に移したことは失敗だったかと逡巡(しゅんじゅん)する。

(―――いや、仮にゾークとの繋がりがあったとして、それが直接『災厄』とは結びつくまい。それに、逃げた奴らに目的があるにしては、無理やりに追うような様子もない。今は、こちらに集中して良い)

ゾークはこの状況を見越していたのだと判断したシオは、ゾークの今回の目的がシオの暗殺であると仮定する。それならばこの兵数にも納得できる。

(交渉を口にしておきながら、武力をひけらかし、脅す。らしくはないと言えばそうだが……)

シオは余計な思考を断ち切るようにふっと息を吐き、武器を構えた。

「いずれにせよ、まずは貴様だ。オクホダイ・ウイキ・ゾーク。貴様をここで抹殺し、その野望のことごとくを排する」

ゾークは自身ではもはや自由には動けない状態であるにも関わらず、それを受けて豪胆(ごうたん)に笑った。同時に、彼の指示と共に白隊が動き出した。その姿が白隊の影に隠れ、見えなくなる直前、ゾークの(あお)るような言葉が聞こえた。

「やってみるといいさ。君が真っ先に死んでしまわないよう、せいぜい願っているよ」

シオは舌打ちをしつつ、白い兵隊を大まかに数える。

(―――十人。多いな)

シオはセノイやリョウから、「白隊」に関するある程度の概要を聞き及んでいた。この部隊はいわゆる単なる「雑兵」ではなく、それなりの訓練を積んだ集団である。流石にシオが自身の力だけで切り抜けることができるような甘い相手ではない。

それに加えて人数差がひどい、こちらにはニコイとスメノオ、自身を含めてたったの三人しかいない。彼らに対してかろうじて利になる事はといえば、この部屋はこの人数に対しては広くないという事だ。

シオは彼を守るようにして立つふたりの背中越しに、ゾークの姿を探る。

白隊は舌打ちが漏れる程よく訓練されており、出入り口を背後にジリジリとこちらの包囲を狭めている。

シオはその隙間から、出入り口付近にいるゾークの姿を見つけた。白隊を付人にしてこちらのことを観察している。

(―――やはり(・・・)居るか)

脳裏に(かす)めた疑問は、シオの首元を過った飛び道具の軌跡(きせき)と共に霧散する。

「っ!」

かろうじて避けたシオであったが、悠長(ゆうちょう)に考えている暇などないと反省し、今はこの包囲を突破することに全力を尽くすべきだと思考を()え直す。

「シオ様、どういたしますか」

スメノオが顔を向けずにシオに指示を仰ぐ。それは撤退の意思の確認であり、シオの無事を確かめるためのものでもあった。今ならばすぐさま裏口の扉に駆け込めばギリギリ逃げ切れる可能性はある。しかし、シオはもとより今回、逃げる算段をつけていない。

「この期を逃せば、またあの男は雲隠れする。そうなるといよいよ災厄を止められない」

「かしこまりました」

スメノオは返事をしながら、飛来した飛び道具をいくつかその短刀で弾き落とした。現役の暗部の長であるだけあり、流石の達人技であった。

緊迫した状況にあってなお平然としたスメノオの返事と、ニコイの不満とも肯定とも取れるような唸り声を聞き、彼らの戦意が衰えていないことを確認する。しかし一方で、現在の形勢が完全にゾークに傾いていることもシオは理解していた。

(やはり数はそれだけで驚異だな)

しばらく鍔迫(つばぜ)り合いにも似た状況が続いたが、飛び道具は通じないと見たか、あるいは十分に包囲を狭めたからか、白隊の動きが変わった。包囲陣の中央から二人が斬り込んできたのだ。

「ニコイ、スメノオ!」

シオが叫ぶと同時に、ふたりは彼らを迎撃するために一歩踏み出した。

ニコイの斬り込みを(かわ)した白隊のひとりが、そのまますり抜けるようにしてシオに剣で斬りかかる。しかし、シオとてふたりには(かな)わぬまでも研鑽(けんさん)を積んでいる。

シオが敵の一撃を剣で弾き、その隙をニコイが背後から貫いた。胸元に血に濡れた剣先がぬらりと光る。

「ゴッ」

吐血した白隊の顔布に赤い血が滲み、そのまま男はその場に倒れ伏した。

しかしそれに安心するのも束の間、スメノオの方から激しい剣戟(けんげき)の音が聞こえてきた。見ると、いつの間に増えていたのか三人もの白隊がスメノオを取り囲んでいた。

(数の利を上手く使っているな)

シオはにわかに焦るが、そこはスメノオが流石というべきか、三人を相手取りつつ善戦しているばかりか、こちらに寄せ付けないように上手く立ち回っていた。

シオは即座にスメノオの援護に回ろうとするが、それを妨げるようにしてまた二人の白隊が立ち塞がった。

シオはそのうちのひとりの剣戟を受け止め、舌打ちを漏らした。

いくらスメノオとて、いつまでもあの状態で戦い続けられるはずがない。

(くそ、想像以上に練度が高いな。これが私兵か?)

シオは顔が隠れて表情が読めない白隊の男を睨み、わざと大きく呪文を唱え、「猛炎(フィフィアト)」の魔法を一瞬だけ発動させた。

狙い通り、白隊の男は鍔迫りの状態を解き、シオから距離をとった。その胸元には黒い焦げが小さく残っている。

シオは焦げた自身の袖口(そでぐち)と一瞬とはいえ高音で熱せられた腕を「冷風(フリダオ)」の魔法でさっと冷やしつつ、状況を流し見る。

ニコイはいつの間にかシオがもう一人の方を斬り殺しており、代わりにやってきた追加の二人の相手をしていた。驚くべき事にこの男は、二人くらいならば善戦するどころか、まだ余裕が感じられた。

対してスメノオはまだ持ち堪えているが、あからさまに疲労が見え始めている。

そしてゾークの近くには白隊がまだ四人。

(―――言うまでもない、劣勢)

シオは再度自分に斬り込んできた白隊の男の剣を受ける振りをして避け、その泳いだ身体に向け、仕込んでいた短刀を(ふところ)から引き抜き、「加速(アケレシオ)」の魔法で吹き飛ばした。

短刀は白隊の脇腹に突き刺さり、そこから血が滲んだ。

(―――ならば、こちらで切り開く)

シオは脇を抱える白隊に剣の切先を向けて構えた。ジリと敵の脚が後退るのが見える。

その怯懦(きょうだ)を見逃さず、シオは思い切り敵に向けて踏み込んだ。

魔法格闘はそれ自体が魔法を使った戦闘技術である。基本的には身体能力の強化及びその模倣を目的とした技術であり、これを習得しているのといないのとでは戦闘力に天と地ほどの差が生じる。

シオはその家柄と境遇からその技術を習得していたが、それは目前の白隊も同様であった。

つまりこの戦闘においては、本来ならばそこまで大きな差は生まれないはずだった。多少の実力差はあっても、よほどな事がない限り決定的なまでの差とはなり得ないからだ。

「ぐっぅ」

シオと相対していた男は、肉の焦げる匂いと共に倒れ伏す。

シオの「魔法格闘」による袈裟(けさ)斬りを受け止めた瞬間に生じた隙に「猛炎」の魔法を受け、首筋を真っ黒に炭化させられたのだ。

シオはその死体を一瞥(いちべつ)し、動かないことを確認するとスメノオの援護へと向かう。

複数の魔法を同時に運用する。

言葉にしてしまうと容易に感じてしまうものではあるが、実際のところ、この素質は誰もが持つものではない。

そして今回の場合、シオはそれを持ち、白隊の男はそれを持たなかった。こと戦闘においてこの差は、勝敗を分けるには十分すぎる要素と成り得たのである。

そして、シオが妨害を一つ突破したことをきっかけに、戦況はシオたちの側に傾くかに思われた。

しかしシオはその時、自身の感覚に違和感を覚える。

「―――やはり使ってきたか」

オクホダイが使う魔法の岩石(ラアエディア)その粉塵(ふんじん)。これには領域に干渉し、魔法の行使を困難にする特性がある。

どうやら先までの攻防の間に散布され、今になって十分な濃度で広がったらしい。初めから撒いてこなかったのは、緩急をつけて動揺を誘うためだろう。数の利に慢心して使ってこないことを期待していたが、シオの当ては外れたようだった。

しかし、シオは必要以上に焦る事はなかった。

対策(・・)はとってある)

シオは剣に「加速(アケレシオ)」をのせ、スメノオの横に回り込もうとしている白隊に斬りかかった。

剣筋は先ほどと遜色(そんしょく)はなく、白隊はかろうじてそれを受け止めた。

「驚いたか」

シオはニヤリと笑って見せるが、実際のところ、そこまで余裕があったわけではない。

しかし、シオは相手の反応から、このハッタリが相手を警戒させるに十分な効果があったことを知る。

(―――ここまではギリギリ想定内だ)

シオは災厄に関する作戦会議を行ったあの晩、リョウが白隊について語った内容について思い出した。

白隊がこの粉塵の中、魔法を使った活動ができるのはその服装にカラクリがある。

「あれには領域を拡げる効果、あの煙幕と同様のものだな。それが練り込まれている。ただ、表面は極端に領域の浸透が悪い。おそらくだが、あの服装で身を包むことで、領域をその内部で完結させ、あの煙幕内でも魔法が使えるようにしているんだろう」

あの煙幕は魔法の使用を妨げるが、それは元来(がんらい)のそういった素材とは全く別物に感じてしまう程に領域の浸透効果が高く、それが空気中で流動的に存在しているからだろうと、リョウは説明した。

裏を返せば、同じ石でも固定的なものであれば、正常に領域拡張の石としての機能を果たすということだ。

そして、シオはそれを用意させた。

すなわち、直接手に触れるものにその機能を持たせれば良いのだ。魔法を発動できる範囲は限定されるが、それでも全く魔法が使えない事と比べれば、何倍もマシである。

シオが加勢したことにより、スメノオが魔法妨害の影響を受けた現状でも、なんとか三人を相手取って戦うことはできていた。

ニコイは相変わらず二人を相手しているが、多少勢いが削がれた様子はあれど、先までの奮戦で敵に傷を与えていたようで、彼の優勢は変わっていない。

しかしこの均衡(きんこう)は、ゾークの元に控えている四人の動き次第で一気に崩れるだろう。

(―――さぁ、どう動く)

シオはゾークの動きを警戒しつつも、スメノオの動きに合わせて「猛炎」の魔法を発動し、剣先に超高熱を発生させる。

それは一瞬で猛炎を生むほどの熱、危険すぎて本来ならばここまで乱発はしない。しかし、シオの実力でこの状況を打破するにはある程度の無茶は織り込まなくてはならなかった。

シオが突き出した高熱の切先を「凍結(コングオ)」で打ち消した白隊の男に対して、スメノオの斬撃が一閃する。首元を狙ったその一撃は白隊の体捌きで避けられるが、代わりに白い覆面ごと頬の肉を切り裂いた。

赤い鮮血が舞い、数滴が地面に滴る。

しかし、それに意識を払う間もなく、シオとスメノオは他の二人に対しても次々と攻撃を重ねていく。今はとにかく守勢に回らないこと、それが最善手である。

だが、ゾークもそれを見過ごす程、楽天家ではなかった。


**

ゾークはたった三人で奮戦するシオとその一行を見て、呟いた。

「―――考えすぎだったかな」

現状は確かにシオたちが微妙に押しているように思える。このままの状況がもうしばらく続けば、まず間違いなく白隊は突破されるだろう。

それだけあの三人の戦闘力は高く、少なくともゾークはその一点に関しては驚嘆を隠せずにいた。

だがゾークはシオが「予見」の魔法使いという触れ込みを持つことを知っており、その男がこの程度の対策しか行わない、という事がゾークとしては考え難い事であった。

(彼の口ぶりからして、私がここに来る事は察知していたはず。それなのにも関わらず戦力は彼を含めてたったの三人。(リョウ)の姿も見えない事と言い、何か事情があるのかもしれないが―――それにしても少ない。魔法による潜伏は魔法の岩石(ラアエディア)を撒いた以上、考えにくいが)

ゾークはひとしきり考えを巡らせたが、状況的にこれ以上の推察は無駄だと判断し、自分の側に控えている二人に指示を出した。

(まずはシオを圧殺、ヒエラーゾから鞍替えしたばかりのようだが、ニコイもそれで気勢が削げるだろう)

そうして、ゾークはその様子を注意深く見届けた。


**


シオの一撃が白隊の喉元をかすめた時、不意にその後ろから剣が突き出されたのを見て、咄嗟(とっさ)にそれを剣腹(けんぷく)で受け止めた。ミシリと嫌な金属音を立ててシオの剣が砕けるのと、シオがそれを放棄して後ろに身を投げたタイミングはほぼ同時だった。

「くっ」

回転するような足捌きで勢いを殺し、距離を取る。この状況で魔法補助の武器を失う事はかなりの痛手である。

「シオ様、無事ですか」

「死んではいない」

シオと共に後退したスメノオの問いに対し、額の切り傷の血を手でぬぐい、軽口混じりの返答をする。激しい戦闘がシオの気分を高揚させていた。

だが、状況は最悪だ。

武器を失い、先ほどの時点でギリギリだったのにも関わらず、白隊の増援が現れたことにより、完全にシオとスメノオは窮地(きゅうち)に立たされた。

だが、シオの闘志は消えていなかった。なぜならば、シオはこの状況を待ち望んでいたからだ。

シオは敵を目前に、笑う。

「―――こちらばかりに気を取られていていいのか?」


**


「奇襲?」

セノイの声が会議室に響く。

シオは頷くと、概要を話し始めた。

鴉瞳の落火(ルブシディア)に込められた魔法については知っているな?」

「『侵食』だろう」

「そうだ。これは他者の領域に分け入り、魔法を使えるようにする遺物、『完全な魔道具』だ」

セノイは「それは知っている」と手を振る。

「俺が聞きたいのはそれが奇襲と同関係するのか、ってことだ」

シオはセノイの隣のマノンに視線を移す。彼女はその目線を受けて少し顔をしかめた。

「私に振ったって、分からないわ」

「いや、そうではなく。おそらくだが、『侵食』は魔法の岩石(ラアエディア)の影響を無効化できる」

セノイとマノンはそこで得心がいったようで、お互いに顔を見合わせた。

「つまり、私の魔法(夢幻)で潜伏して、本丸(ゾーク)を落とすってことね?」

マノンの言葉を首肯して、シオは補足を入れる。

「だが、あいつも護衛を完全に外す事はないだろう。最悪、逃げるやも知れん……というよりも、形勢が不利になれば確実に逃げる。だが、今回奴が定例会に現れるのは、確実に私や大家の面々が集まる機会を狙ってのことだろう。つまり、目的がある程度は想定できる。奴は自分が狙われている事は知っていて、おそらくは奴の狙いも私かその周辺だ。それならば、お互いが顔を合わせていた方がいい」

「お互いを釘つけにする訳か」

「そうだ。―――そして、そのためには、あちらには優勢(・・)になってもらった方がいい」

シオはそこで少し目線を下げる。

「―――ニコイと私、そしてスメノオ。この三人でゾークを迎え撃つ」

ニコイは唐突に自分の名前が上がったことに少し意表がつかれたようで、顔を少し上げた。

「なぜ、私のみが?」

それはなぜフークーは奇襲側なのか、という意味だろう。確かに、ニコイはフークーと共に行動させた方が場当たり的な戦闘力は高い。だが、今回においてその手はあまり好ましくはなかった。

「―――ニコイ、貴公にはまだ言っていなかったが、今回の定例会、その場でヒエラーゾを罷免にする予定だ。その準備は済んでいる」

組んでいた腕を解き、ニコイは目を丸くして口を開けた。シオはニコイのその様子を気にも止めず、話を進める。

「差し当たって、貴公にはイカコ家の長になってもらう。つまり、貴公は定例会に参加する(・・・・)側の人間ということになる。護衛ではなく、な。今の混乱した内政状況だからこそできる荒技だよ」

茫然(ぼうぜん)と無言を貫くニコイに代わるような形で、フークーがシオに訊ねた。

「つまり、その場に居ても不自然ではない人間のみを揃えた結果、シオ殿下とスメノオ殿、そしてニコイ殿の三者になったという訳ですね」

シオは頷く。

「そして戦力的にも申し分ない。今回の会議室の広さを考えると、一度に運用できる兵の数も限られる。半ば希望的観測ではあるが、余程の兵差がない限り、問題はないはずだ。そもそも、戦闘になると決まった訳ではない。まずあり得ないだろうが、俺の予見だけでは、ゾークだけで来ることも考えられるからな」

シオはマノンに鴉瞳の落火(ルブシディア)を投げ渡した。マノンはそれを流麗に受け取ると、彼女はそれを目の前にかざし、透かし見た。

「それはメナの持っていた国宝と、私が見出したその利用を補助する機能が込められている(・・・・・・・)。おそらく貴女にも使えるはずだ」

マノンはしばらくそれを眺めていたが、軽く目をつむったのちに小さく頷く。

「感覚としては私の魔法に似ているわね、これなら問題ないと思うわ」

シオはその場の全員を改めて眺め、最後の念を押す。

「戦闘になった際、ゾークを確実に仕留めるには私が前線にいること、優勢であると思わせること、そして奴の側から護衛をどかすことが必要になる。流石に貴公(セノイ)といえど、魔法もなしに魔法使いを何人も相手できまい。魔法の岩石(ラアエディア)に関しては多少の対策は用意しているが、一番の鍵はマノン、貴女だ。ゾークを殺せる状況を見極めてくれ」


**


ゾークは彼の護衛のふたりの前に新手の三人が現れた時、驚き、してやられたと思った。

「―――これは、想定外だね」

ゾークはマノンの「夢幻」については知っていたが、「鴉瞳の落火(ルブシディア)」についての知識を持っていなかった。

故に、魔法の岩石(ラアエディア)の粉末を撒いた時点で奇襲の心配はないだろうと、油断していたのだ。

虚をつかれたゾークの護衛ふたりは、フークーとニコイにあっけなく切り伏せられ、ゾークの首筋にマノンの剣が突きつけられた。

「―――あの夜以来だな」

ゾークはマノンと剣を見、次にゆっくりと歩を進めるセノイの顔を見上げて薄く微笑む。

「そうだね、奇しくも同じ状況な訳だ。あの時は本当に危なかったよ」

セノイはそれを鼻で笑うと、無作為に剣を後ろに突き出した。

ガコ、と硬い頭蓋が崩れる音と共にセノイに後ろから切り掛かった白隊のひとりが倒れ伏した。

この時点で形勢は完全にシオの側に傾いており、ゾークはこの盤面をひっくり返せるだけの秘策は持ち得なかった。

(上手いことしてやられた訳か)

ゾークは、セノイの後ろから、返り血と自分の血で汚れたシオの姿がやってくるのを見つけ、声をかけた。

「はは、まさか破られるとは思わなかったよ。流石に予見の力を甘く見すぎたようだ」

シオはあからさまに顔をしかめ、ちらりと背後を見やると、忌々しげに「部下を皆殺しにされた男の態度とは思えんな」と呟いた。

「災厄を用いて何をしたかったのかは知らんが、これでお前の目的は(つい)える訳だ」

ゾークはそれを聞いて笑いが込み上げるのを抑えられず、ククと声を漏らした。

「君は、真面目なのだな」

「―――何が言いたい」

シオは睨むようにしてゾークを見るが、ゾークはそれを逆に見返した。その瞬間にシオの目に浮かんだ揺らぎをゾークは見逃さない。

「さぁね、今際(いまわ)のきわだが、君に負けた少しばかりの腹いせだ。せいぜい噛み締めるといいさ」

ゾークが語る最中にも、マノンがシオの指示で武器を引き、シオがスメノオから短刀を受け取った。

シオが自らゾークを手にかける準備をしていることを他人事のように眺めていたゾークではあったが、シオが短刀の切先をゾークに突きつけた時、嘲笑(あざわら)うように言葉を吐く。

「君は『鴉瞳の魔法使い(・・・・・・・)』にはなれないよ。私にはそれがわかる(・・・)。君は……真面目すぎるよ」

「言いたいことはそれだけか。では、()ね」

ゾークは自分の胸に鋭い痛みが走ったのと同時に、自分の脳裏にさまざまな思いが駆け巡ったのを(かす)み行く景色の代わりに見つめていた。

この必死な顔をした目の前の男は、自分が(・・・)国を救うために奮闘した男だ。

たしかにゾークとしてもなかなかに手を(わずら)わされる男ではあった。予定が狂わされもした。

だが、その時点(・・・・)で、自分とは戦う土俵(・・・・)が違っていた。

ゾークの思考は次第に、筆先の黒墨が乾くように掠れ、(つい)には何もその跡に記す事はなくなった。

オクホダイ・ウィキ・ゾークはこの時点で(よわい)九十年という年月に幕を下ろしたのである。


**


物言わぬ死体と化したゾークを見下ろしつつ、ゾークは自分の気分が晴れないことに気づき、吐き捨てるようにゾークの死体に呟いた。

「―――知っているとも、私が『英雄』などではないということは」

そして仲間たちに向き直り、今後の動きについての確認をするべく口を開く。

しかし、それよりも早く、会議室に響く声があった。

「災厄が、復活しました!」

シオが振り返ると、カトチトァにいたはずのメナとインテネが肩で息をしながら立っていた。

そこにリョウの姿がないことが、シオの嫌な予感をさらに増幅させた。

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