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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
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6_恐ろしき人

ゾムイが父の部屋に入ると、すでに車椅子に腰掛けていたゾークが外の景色を眺めていた。

最近はいつもそんな様子であり、口には出さずともゾムイは、彼の死期が近いのだろうと感じていた。

しかし、そんな弱々しい父の後ろ姿から発せられる声は不思議と力強い。

「ゾムイ、準備の方は整っているかい?」

「ええ」

ゾムイはそんな父の横に立つと、顔色を確認して、今日の調子は良いようだと息をつく。

「万全の状態ですよ」

ゾークはそれを聞き「そうか」と呟き、車椅子をくるりと回し、扉の方に向けた。

「それでは行くとしよう」

ゾムイは彼の車椅子を押し、本日の一仕事へと(おもむ)いた。ゾムイが押す父の背中は、見下ろしているのにもかかわらず、とても大きなものに見えた。


**


「ゾーク殿、あれ(・・)は、何なのだ?」

ひとしきり全ての回覧を終え、解散の空気が流れ始めたころ、ゾークに対して問いかける男がいた。

ゾムイはさりげなく父の横に立つと、従者を連れたその男の顔を見て、その正体を思い出す。

(ギノリンダス・パーロ。大家がひとつ、ギノリンダス家の長か)

先の手紙の送り主であり、今回の研究成果の回覧会を開くに至った原因のひとりである。そんな、彼がゾークの元を訪れるのはある意味で必定であるように思えた。

「あれ、とは?」

それが先ほど見せたものであることは確かであったが、あえてだろう、ゾークはとぼけて見せた。

「あの白蜘蛛だ」

「先ほどの説明では不十分でしたかな? 我々が飼い慣らした(・・・・・・)『災厄』ですよ」

それを聞いて、パーロは「信じられん」と首を振った。

「本当にそんなことが可能なのだとしたら、あのイカコ家だって目ではない。近頃は、あやつの力が強くなり過ぎて全く手が出せない状態だったが、あの力さえあれば、其方の提案もあながち夢物語とも言えないのやも知れん」

彼は明らかに興奮した様子だった。

(それもそうか。ギノリンダス家はイカコ家に財政面でかなりの無茶を強いられていると聞く。軍備、警護、派兵を盾に相当な踏み倒しがあるそうな)

ゾムイは彼のその様子から、今回の回覧会は大成功であったことを確信する。

これで計画により深く踏み込むことができるというものだ。

「だが、悪い噂も聞くぞ。イカコ家とカゥコイ家の方で怪しい動きがあると言うのだ。そうなってくると、こちらとしても王朝とイカコ、どちらの側につくのか決めておかねばならぬのでは?」

ゾムイはパーロの話している内容について既に知っていた。

軍を司るイカコ家のヒエラーゾと、王朝の暗部と呼ばれるカゥコイ家のシオ、二人が手を組んで現王朝を打倒する計画を立てている。

当然ゾークもそのことについては知っており、そうなった時の方針もあらかじめ決めていた。パーロの質問もゾークがそれについて把握していることを織り込み済みのものだろう。だが、彼らの計画が実行されるのはまだ先のことであるとゾークもゾムイも想定していた。

「そうなれば、表面上はイカコ家に協調しつつ、その腹のうちで力を蓄えるのが良いでしょうな。正面から戦うには残念ながらまだ力不足、彼らとて、いきなり王族を皆殺しにはしないでしょう。その間に力を強固なものとすればよい」

ゾークが答えると、パーロは「なるほど」と呟いた。

「確かに、それならイカコ家を陥れるにはいい口実にもなる」

パーロはそう言ってニヤリと笑う。

「先日の手紙の件、こちらでも噛ませていただく。なに、心配しなさるな、うまくやりますよ」

ゾークはそれを聞いて心底嬉しそうな声を出す。

「それはありがたい、こちらとしても其方の力添えがあれば非常に助かる」

ゾムイは、それが父の演技であることに気づくが、パーロがそれに気づくことはないだろうと思う。ゾークが実際は、ギノリンダスや他の勢力を本当の意味で協力者として取り入れようとは考えていなかったのを知っていた。

「―――おっと、であるならばこれを渡しておかねばなりませんな」

ゾークはさも今思い出したかのように懐に手を入れ、一つの岩塊を取り出した。

「これは?」

「魔道具製作に使われる岩石ですが、これはその中でも特に純度の高いもの。我々は『魔法の岩石(ラアエディア)』と呼んでおるものですな」

魔法の岩石(ラアエディア)……」

「それを、そちらの方で研究解析の手伝いをしていただきたいのですよ。なにぶん、我々は片付けや道路建設には詳しいですが、成分分析等には疎い。それの生成には強い魔法の力が必要だということは分かっているのですがね、詳しい方法が分かっていないのですよ……」

パーロはそれを手に、しばらく四方から眺めて観察していたが、ゾークに頷いて見せた。

「面白い。確かにこれらの岩石は自然生成されたものだとばかり考えていた。我々で複製できるのならそれに越したことはない。喜んで引き受ける」

ゾークは彼に深く頭を下げ、感謝を告げた。

「ありがたい、非常に助かりますぞ、パーロ殿」


**


「よろしかったのですか?」

自室に戻り、ゾークしかいなくなった段で、ゾムイは彼に訊ねた。

「何がだい?」

「ギノリンダスに研究を任せたことです」

ゾークはそれを聞いて「あぁ」と得心がいったように手を叩くと、ゾムイに向き直って狡猾(こうかつ)な笑みを浮かべた。

「問題ないさ。イカコ家やカゥコイ家にしてもクーデターに力を裂いている内は、目線がこちらに向くことはない。それに、あの岩石それ自体は単に、普通よりも純度の高い岩石であるに過ぎない。明確に国に反する企てをしている訳でもなし、仮にバレたところで大した被害はないよ」

そこでゾークはよろよろと立ち上がり、安楽椅子に移る。ゾムイは駆け寄るが、手で制され、止まった。

「それに、それが我々の真の目的に繋がることもないのだからね」

ゾムイはほっと息を吐くと、もう一つの危惧の方をゾークに訊ねる。

「オウマ翁に関しては、そのままでよろしかったのでしょうか。彼は明らかに何かを企んでいる様子でしたが……」

ゾークは「彼か」と呟いて椅子の背に頭を預けると、ゆらゆらと揺れ始める。

「彼は、放っておいた方がいい。私にも彼は分からない。ただ、我々と目的は対立していないと言うことは確かだね。まあ、遺跡について教えてもらった恩もある、感謝はいずれ伝えておきたいが……」

ゾークの呟きに、ゾムイは頷いた。

「機会がありましたらお伝えしておきます」

「気をつけたまえよ、彼はどこか得体が知れない(・・・・・・・)からね」

「承知しておりますよ、父上。それでは今日は失礼させていただきます」

ゾムイは確認しておくことを全て確認し終え、ゾークに頭を下げてから背を向ける。

しかし今日は珍しく、ゾークの方から彼を引き止める言葉があった。

「あぁ、少し待ってくれないか。少し確認しておきたい。彼ら(・・)は上手くやっているかい?」

ゾムイはそれが例の双子であることを察し、振り返ってそれを首肯した。

「私は直接接触することはありませんが、そのように報告は受けています」

「では、そろそろ私の側につけておきたい」

予想外のゾークの言葉に、ゼムイは思わず聞き返した。自分の中に微かな疑念が浮かんだのを押し込め、徹底的に感情を排した言葉を発する。

「―――なぜでしょうか?」

「ひとは信用した者から裏切られるとは思わない。今後の計画のために今から、私と信頼関係を作ってもらいたくてね」

ゾークはあの二人を初めからそうするつもりで育てていたのだ。

ゾムイは、ゾークの驚異的な発想に驚くが、そんな父だからこそ、自分は憧れているのだと感心し、深く頭を下げた。

仮にいつか、自分もそうやって切り捨てられるのだとしても、後悔はないように思う。そして同時に、自分は彼らとは違っているのだという優越感にも似た感覚が彼の心に満ちた。

「理解しました。そのように手配しましょう」

「ああ、頼むよ。彼らは『鍵』なんだ。もっとも、確実性は正直薄いし、運頼(うんだのみ)みな面も多いがね」

ゾムイは今度こそ部屋を出るが、先の話から、過去に聞いた父の教えを思い出した。


「確かに、確実に勝てる策があるなら、それを使うのは当然だね。けれどね、それでもひとつの策(・・・・・)で絞るより、策は複数(・・・・)用意した方がいい。確実に勝てると考えて慢心するのは、勝てないと考えて逃げることよりよっぽど愚かさ」


ゾムイがそれを思い出したのは、今回も何かしら複数の策を立てているのだろうと、そう感じたからだった。

背筋に薄寒い冷たさを感じながら、ゾムイは思う。

(本当に、恐ろしい人だ)

ゾムイは一度立ち止まり、閉めた扉の向こうを透かし見るように振り返った。

(―――だからこそ私は彼に応えたい)

密かに誓われたゾムイの覚悟。

しかし、それさえも、あるいはゾークには見透かされていたのかもしれない。

今更になって魔法の岩石(ラアエディア)の設定がおかしいことに気づく。

そもそも使われていたものをさもゾークが発見したかのように振る舞っていた。名前までつけた。おかしいじゃん。なんで気づかなかったのか、課題である。

と言う訳で、高純度の魔法の岩石を魔法の岩石(ラアエディア)と呼ぶことにする。多分大きく矛盾は生じない。

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