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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
68/93

5_虚飾で着飾れば

カトチーニの山々が蒼穹(そうきゅう)を突き、連綿(れんめん)と拡がっている。その山嶺(さんれい)(のぞ)む村、カトチトァに比較的立派な一軒家が立っている。王宮とは比べるまでもないが、周りの家と比べれば豪勢(ごうせい)な木造の家屋だ。

その決して広くはない部屋に、五人の人間が押し込められていた。各々が適当な場所を見つけて腰掛け、その低い影が燭台(しょくだい)の火と共にゆらゆらと揺れている。

そして、その中心にいる老翁がリョウの話を聞いて口を開いた。

「お前たちが言いたいことは分かった。つまり、ここは危ねえから逃げろってんだろ?」

怒気は感じさせない、冷静な声だ。

しかしそこには、怒りはなくとも、そのまま素直に受け入れることはできないというカトチトァ村の村長ビレトの苦悩が見てとれた。

「やはり、難しいですか」

リョウの問いかけに対し、ビレトは(うな)って天井を見上げ、何かを考えていたが、やがて視線をリョウに戻した。

「難しいな。確かに、危険があるとわかりゃ逃げるやつもいるだろうが、それは()ではねぇだろ。こう……言葉にするのは少し難しいんだが、いきなり誰とも知らん奴に『天災が来るから、自分のもん(・・・・・)全部捨てて逃げろ』なんて言われて納得する奴がどれほどいるか……」

それを側で聞いていたメナは納得して目を()せた。

メナは災厄が起こることを何となく事実として受け入れていた(・・・・・・・)が、それは今まで経験した様々な要素が、それを事実として受け入れる基盤を作っていたからに他ならない。

だが、改めて考えてみると、本当に「災厄」が起こるのか、ということに、何ひとつ彼女自身の確信はないのだ。

メナは、リョウがこれをどのように考えるのかと視線を遣るが、別段困ったような顔はしておらず、世間話でも振るかのようにビレトに問いを振った。

「―――正直なところ、村長はどう考えています?」

ビレトは「あ? 俺か?」と眉を釣り上げたが、すぐに苦笑した。

「俺ぁお前のいうことは信じるさ。何せ、お前はその専門家だ、それを知ってる。だがなぁ、他の奴らはお前の素性なんぞ知らねえ奴がほとんどだ。封印の一族(シギリラム・ウィ・ソグ)の名を出しても半分動けば言い方だろう。そうなると、俺も真っ先に逃げる訳にはいかねぇよな。そもそも人間ってのぁ、信じてえもんを信じるようにできてる。いくら怪しかろうと、家を捨てないで済む方法があるってんなら、そっちを信じる奴もいる。かく言う俺もその気持ちは分かる。土地とか慣習に縛られるってのはいい面もあるが、こういう時には悪く働いちまう。お前の村も(・・・・・)そうだったろう?」

リョウは、一瞬だけ押し黙ったがすぐに「そうですね」と、ビレトに合意を示した。

「だが事実として、ここは災厄に巻き込まれる可能性が高い。村長、せめてあなたに賛同してくれる可能性がある『半分』だけでも連れて、避難することはできませんか。というか、村長が動けば皆動くのでは?」

リョウの言葉に、ビレトは珍しくバツの悪そうな顔をする。

「いやな、恥ずかしながら、最近はちょっと無理矢理ことを進めすぎたもんで……」

リョウは「何をやらかしたんですか」と苦笑した。

「いやなに、村おこしの一環で新事業を計画していたのさ。ちょうど(メム)も帰ってきていたことだしな」

ビレトはそう言って、彼の隣の書類の山に腰掛けていた一人の女性を顎でしゃくる。

彼女はそれを受け、少し頭を下げた。メナはつられて自分とよく似た名前を持つ彼女に会釈(えしゃく)を返した。

「メムは特殊な鉱石について研究していた研究員でな。俺はそこから着想を得た。これが上手くいきゃ、農作物が取りづらいうちでも豊かになるだろうってな」

ビレトの説明を聞いた時、脳裏で点と点がつながりひとつの影がチラついたメナは、思わずそこに口を挟んだ。

「もしや、それにはゾーク……いえ、オクホダイ家が関係しているのでは!?」

唐突なメナの発言にビレトは目を丸くしていたが、メムは不思議そうに首を傾げた。

「良く分かりましたね。私はギノリンダスの研究施設で魔法研究を行っていたのですが、ある時からオクホダイ家の方からある石(・・・)の調査依頼が入ってきたのですよ」

魔法の岩石(ラアエディア)……」

メナが呟くとメムは、今度は目を丸くして驚き、頷いた。

「はい、彼らはそれを魔法の岩石(ラアエディア)と呼んでいました。そしてそれが、今回の件に関係しているんです」

彼女は父に目配せすると、村おこしの概要について話し始めた。

ビレトが時々補足を入れたが、ほとんどはメムがその全てを語った。

岩石の調査の段階で、何の気なしにカトチーニの岩石を分析した結果、微量ながらも魔法の岩石(ラアエディア)の成分が検出されたこと。それは深度が深いほど豊富であったこと。オクホダイがその発掘と研究に多大な出資をしていたことなど、驚くほど災厄との関連性を見出せる内容であった。

そしてそれは、この地に「災厄」が訪れるであろうという予知をさらに補強する内容でもあったのだ。

「上手くいけば、ここはその石切街としてうまく生計を立てていける算段だったんだが、外部からひとを招くことに反対する奴が(こと)(ほか)多くてなぁ」

ゾークが話を締め(くく)り、乾いた笑い声をあげた。その力ない声からは彼の中にある、やるせない気持ちが感じ取れ、メナも切ない気持ちになった。

静まりかえった部屋の沈黙を破るように、ビレトがいつもの調子で口を開く。

「とはいえ、逆に良かったかもしれん。今の話を聞く限りじゃあ、俺たちの取引先のオクホダイには、何か問題があるんだろう?」

リョウとメナ、そしてインテネはそれに対してほとんど同時に頷いた。

「そのオクホダイが今回の『災厄』に絡んでいるのですよ」

リョウが答えると、ビレトは皮肉気味に「世界ってのは上手いこと回っているもんだなぁ」などと呟いた。

「―――とりあえず、話をするだけはしてみよう。結果がどうなろうが、お前たちが気に病むことはねぇ。特にリョウ、お前なんかはかなり無理を押してここに来たんだろ?」

リョウは薄く笑い「そうでもありませんよ」と、それをやんわりと否定した。

しかし、メナは知っている。リョウがカトチトァに(おもむ)くのをシオは最後まで渋っていた。

最終的にセノイとマノンがシオを説得し、シオの予言の、災厄が起こるまでにはまだ猶予(ゆうよ)があるということを根拠に、リョウがこの村に来ることを許可したのだ。

リョウの実力が如何に買われているのかが分かる顛末(てんまつ)であるが、同時に、彼の抱える窮屈(きゅうくつ)さの一端を垣間見た瞬間でもあった。

ビレトは「どうだかな」とリョウの言葉を鼻で笑った。

「―――まあ、今はそういう『しがらみ』もないだろう。お嬢さんと少年も、ここにいる間はくつろいでいってくれ」

自身にも相当な苦悩があるはずのビレトの言葉は、それら全てを棚にあげた、温かみのある、優しい気遣いで溢れていたのである。


**


昼下がりで野鳥の声もどこかに飛び去ってしまった寄合(よりあい)の場、いつもならば長閑(のどか)な静けさで満ちるはずの場所に、村人の怒声が響いた。

「訳の分からねえことを始めたかと思ったら、今度は村を捨てろってのか!?」

村長の話が終わった途端に響いたその声は、伝播するようにして拡がっていき、一気に話声が聞こえぬほどのざわめきがその場に満ちてしまった。

それは初秋の肌寒さを感じさせないほどの熱気をともなって、熱狂へと変わろうとしている。

その渦中にいるのは勿論(もちろん)ビレトであり、彼は壇上(だんじょう)で頭を掻きつつ「困ったなぁ」とでも呟いたように見えた。

リョウ、メナ、インテネはその様子を少し離れた位置から見ていた。

ここまでの熱狂があるとは考えていなかったメナは、思わず耳を手で覆いたくなった。

「―――どうしてこんな」

メナが呟くと、インテネは「わかりませんか?」と意外なことを言った。

「一回変な印象がついてしまうと、その印象ってなかなか離れないんですよ。僕らも貧困街で暮らしていた時は変に目立たないように立ち回っていましたし。彼の場合は村人の反対を押し切って村の開拓に乗り出したことがよくなかったんでしょうね。多分彼らは、村長が自分たちを(だま)して追い出した後、あの計画を進めようとしているんだ、なんて思っているはずですよ」

メナはそれを聞いて納得したが、同時に村長の気持ちを考えない村民たちを理不尽にも感じた。

彼の行ったことは全て村のためであり、我欲を満たすものではなかった。それは、村とは離れた立ち位置にあったメナには分かることだ。

彼は彼自身が自覚しているように、多少は村の開拓計画を独断で進めたのだろう。それは確かに責められても仕方がないことのようには思える。しかし、だからと言ってそれをこのような形で糾弾(きゅうだん)して、攻め立てる理由にはならないとメナは思った。

「お、誰かと思えば、リョウじゃないか」

不意にそんな声が聞こえ、顔を巡らせると、いつかの日にリョウとともにいた男が立っていた。

リョウはその顔を見て「イシタカか」と手をあげる。

彼はどかっとリョウの横に腰を下ろすと、目の前で起きている惨状(さんじょう)について説明した。

「酷いもんだろ? 最近はよ、なんか若い奴らが力を持ち始めてな、ほらあの門番やってたモンモバとかいたろ。古いやり方、独裁は良くない、なんて言って村長に、ことあるごとに突っかかるんだ。大人も若い奴が怖いもんだから、他のやつらもそれに便乗しちまってまあ、目も当てられない」

イシタカの目は目の前の惨状を見ているようでどこか望洋としており、何か見たくもないものから必死に目を逸らそうとしているように見えた。

「―――確かに村長のやり方に悪いところはあったが、これはなぁ」

「お前はどうするんだ?」

リョウが問うと、イシタカは彼に顔を向け「そりゃあ逃げるさ」と言い切った。

「他の誰が言ったところで、信じなかっただろうが、あれ(・・)はお前の言ったことだろう? なら信じる。家族を死なせたくはねぇ」

リョウは肩をすくめ、視線を目の前で繰り広げられる騒ぎに戻した。

「結局、信じるに足る基盤(・・・・・・・・)を用意してこなかったこちらの落ち度なわけだ」

リョウが呟いたのを聞き、メナにひとつ思いつくことがあった。だが、それには彼女だけでは心許ない。

どうするかと迷っている間にビレトに向けた罵声が増えるのを感じ、メナは思い切ってリョウとインテネに声をかけた。

「―――あの、少し協力して欲しいのですが」


**


「黙ってねぇでなんか言ってみろ!」「うちの畑を取り潰すって話、忘れてねぇぞ! 今度は騙されねぇ!」「―――」

様々な罵声が飛び交う中、メナは威風堂々(いふうどうどう)を振る舞って、ビレトを押しのけ、彼らの前の少し高い位置にある壇上に立った。

娘と呼ぶには大人びた短髪の女性、腰に美しい細剣を携えて、両脇に顔まで隠れるような異質なフードを被ったふたりの従者(・・・・・・)を引き連れたその姿は、正しく支配者の風格に見えたに違いない。

そして、その支配者メナは思い切り息を吸い込み、怒鳴った。

「静まりなさい!」

その立居振る舞いにその場に満ちていた罵声は、メナのやけに響く声によってかき消された。その本人でさえも意表をつかれたメナの声はリョウが勝手に反響させたもので、ことこの場においては最適なものだったと言える。

最前列でビレトを非難していた男は、メナの出現に驚いたようだが、すぐに気を取り直したのか、メナに突っかかった。

「な、何だおめえ……は……」

メナがそれを睥睨(へいげい)するように見下ろすと、彼は途端に萎縮(いしゅく)したように声を潜めた。

「私は、アントマキウス・カレン・メナ、王族です。さて、無知を必要以上に責めるのは好みませんので、いまの無礼は見逃しますが……以後気をつけるように」

メナの名乗りと共に、村人たちの間にざわめきが起こった。

半分は疑心だが、もう半分は恐れである。このような辺境の村に、王族が何の用だ、と。

クーデターのことを知っているものもいるだろうが、それでも王族という肩書きは彼らにとっては重たい印象を持っていた。

隣のビレトは心底驚いたような顔でメナを見上げているが、それはどちらかと言えば、突然彼女がやってきたことにあるようだ。

「どうして、いらっしゃったんで?」

メナは彼に目をやって笑いかける。

「私は受けた恩はなるべく返したいと思っているんです。ビレトさん、ここは任せてください」

メナは笑みを消して正面に視線を戻した。

ここからが正念場だ。いかに彼らに対して自分の権威を印象付ける(・・・・・・・・)か、それに()かっている。

「彼が話した内容は事実であり、もう時期、この場所は酷い災厄に襲われることになるでしょう。それは国の暗部が突き止めた事実であり、避けられぬ現実です」

メナが堂々と王族と名乗ったからであろう、その真偽はともかく先ほどまでの騒ぎは嘘のように静まり返った。

しかしその静けさも、メナの勧告と共に破られることになった。

「悪いことは言いません。この村を捨て、避難しなさい」

「そうはいくか!」「王族だかなんだか知らんが、そんな簡単に土地を捨てられるか!」「うるせぇ、ビレトの仕込みだな!」

そのほとんどは、まだメナの素性を疑う者から放たれているようだった。

メナはその声を放った者のうち、特に目立つひとりにジロリと目線を移すと、あえて大袈裟(おおげさ)な手振りで彼に指をさした。

すると、メナの隣に立っていたインテネが動き、その男の前に踊り出る。

「―――なっ!?」

知っていたメナでさえも意表をつかれるほどの速さで目の前に短刀を突きつけられた男は、絶句して後退(あとじさ)る。しかし、数歩ほど進んだところで後ろの村民にぶつかって止まった。

そしてメナはそれに向けて言い放つ。

「言いましたね、二度はないと」

気づけば場の空気が張り詰め、皆が事の次第(しだい)を見守っているようだった。

場の主導権をうまく握れたことを確信したメナは、追い討ちのように語りかけた。

「彼は我が国に誇る最高の兵のひとりです。甘く見ない方がよいですよ」

後ろの方で身じろぎをしたひとりの青年は、メナの視線に気づいたのか、あからさまに動きを止めた。

男を助けるために自分がインテネを取り押さえる英雄像を想像したのかもしれないが、メナの目にさえも彼の力では到底インテネに(かな)うとは思えなかった。

それに、こちらにはまだ、リョウという最強の戦力が(ひか)えている。

メナはリョウに目配せをすると、彼はこれまた大袈裟な身振りと共に周囲にある物体を手当たり次第に浮かべ始めた。

そしてそれらを村民ひとりひとりの頭上に据えると、メナは彼らに声をかける。

「―――さて、理解しましたか?」

メナが先ほどの男に目線をやると、彼は青ざめた顔で勢いよく頭を下げた。

それを皮切りに、周囲の村民たちも頭を下げ始める。

「別に、頭を下げろとは言っていません。ただ、警告は聞くべきだといいました」

メナが冷たく言い放つと、村民の中から不安げな声が聞こえてきた。後ろの方にいる、先ほどまでとは別の女だ。

「あなた様がお偉い方だということは理解しました、けれどうちにはろくな蓄えが残っていねぇです、このまま村を捨てろと言われて、はいそうですかという訳にはいかんのです。うちにはまだ小さい子供がふたりもいて……」

メナはそれを聞いて憐れむ気持ちが湧いたが、それとは別に、彼女の思考停止具合に腹がたった。

「では、ここでその大切な家族もろとも死ぬといい」

メナがピシャリと切り捨てると、彼女は口をつぐんだ。

メナはそこで、少し言いすぎたと思った。確かに逃げた先でも生きていく術がないのなら、それは死ぬまでの時間が少し伸びるだけにすぎない。

(わたしたちからすれば即座に死ぬよりは希望はあるだろうけど、当事者である彼らにとってはどちらも絶望には違いない)

どうしたものかと思案する中で、メナはふと名案を思いついた。

「―――ですが、あなた方の危惧はもっともです。私としてもあなた方の不幸な境遇には同情しております。この村を出て行く当ての無い者は王宮を尋ねるといい(・・・・・・・・・)でしょう。そこで私の名を出せばある程度の補償を見込める筈です」


**


村人たちが寄合所から出ていくその流れを外に出て離れた位置から見ていたメナは、フードを外したリョウに声をかけられた。インテネと共に村長の護衛についていたと思ったのだが、抜けてきたらしい。

「お前があんなことを言い出すとは思わなかった」

メナは村人たちの流れから目線を外すことなく、腰の剣に手を()える。

「生き残ってこそ、でしょう」

リョウがそれに対して呆れたように首を振ったのを視界の隅に捉える。

「補償について、あんな話はなかった筈だな?」

「そうですね。ですが、それを言ったらわたしが王族であるということ自体が、もはや権力として微妙なところですし、あの話で事実なのはこの場所が危ないことくらいのものですよ」

リョウは少し黙った後、ため息と共に言った。

「―――恨まれるな」

リョウがそんなことを気にすることが少し意外に思えて、メナは改めてそれについて考えた。

「覚悟の上ではありますが、どうでしょうね。村人に恨まれるか、シオに恨まれるか―――」

だが、話しているうちに自分がそこまでそれについて心配していないことに気づき、メナはそこで一旦言葉を切って、リョウを見上げて微笑んだ。

「できれば後者が良いですね」

リョウはそれを見て小さく吹き出した。

「いい顔をしている」

(ほが)らかな顔から放たれたそれが、明らかに皮肉の類であると感じたメナは、あえて彼に眉を釣り上げて見せた。

「このくらいの『意趣返(いしゅかえし)し』で責められるいわれはありませんよ」

リョウはそれを聞いて「そうか」と言い残してその場を去った。村長の元へ向かったようだ。

そしてまたメナはひとりになった。

どうせリョウの領域はここに届いているだろうし、今はメナを狙うことに利点を見出す者はいない筈なので、ひとりでいること自体にはそこまで不安はなかった。

シオの話では災厄が復活するのはまだ少し先(・・・)であるようだし、現状は彼らの避難が上手くいきそうなことを素直に喜んでいた。

(恵まれた立場にいるわたしがこういうことを言うと、反感を買うのだろうな)

メナは今回のことに関しては完全に自分のエゴで動いているのだと言うことを自覚していた。安全に身を守られた立場であるからこそ、ああ言ったことが言えたのだ。

しかし間違えたことをしたとは思わなかった。

(たとえ恨まれることになったとして、後悔はない。結局、この世界はエゴで回っている)

メナの脳裏にシオの顔が浮かび、彼が自分に対して行ったことを思い出す。それは確かに許し難いものではあったが、仕方がないことだという気持ちも、今の彼女のうちにはある。

きっと、同じ立場であれば同じことをしたであろう。今回のことで、メナはそう思った。

そんなことを考えていると、草地を踏み締める足音が聞こえ、メナはその方に向き直った。

「父から訳ありの方だとは聞いておりましたが、まさか姫君だとは思いませんでした」

ビレトの娘、メムはメナが顔を向けた時には深々と頭を下げており、彼女が何を思って自分を訪ねてきたのかを推し量ることは難しかった。

「そこまで(かしこ)まらなくても―――」

一瞬余計なことを口走りかけたメナであったが、いまはそのようなことを言っている場合ではないと思い直す。

「―――何か御用が?」

メムは、頭を下げたままそれを首肯した。

「はい。昨日のオクホダイ家の動向について、気になることがありまして」

メナはとりあえず彼女に頭を上げさせてから、その詳細について話させた。


**


「―――と言う事で、オクホダイは、『災厄』の制御などできていないかもしれません」

メナはメムが語る話を聞き終え、驚きの言葉を漏らした。

「それは―――」

しかし、メナが確認の言葉を口にした直後、何かの爆発音のような音が響きわたり、メナは絶句する。それはここからはまだ遠くに見えるカトチーニの山嶺の方角から聞こえたように思えた。

そしてメナがその正体を目視しようと振り返ったのと、リョウとインテネがこちらに駆けつけるのを見つけたのはほとんど同時のことだった。

リョウは駆けつけるや否や、メムに対して「メム、村長が待っている。一緒に準備をしたほうがいい」と、彼女を村長のもとに向かわせた。彼女は戸惑いを見せたものの、すぐにビレトのもとへと走って行った。

彼らの様子から、それが「災厄」に関するものなのだと、すぐにわかった。

「メナ様、あれはアミネです! アミネの気配を強く感じる!」

興奮した様子のインテネを(なだ)めつつ、メナはリョウに訊ねた。

「どうするべきでしょうか?」

リョウは少し考える素振りを見せたが、即座に判断を下した。

「お前たちは、王宮へ戻り、このことを早急に伝えろ。これは恐らく……いや、まず間違いなくあいつの想定の外だ」

「あなたはどうするのです?」

「―――俺は、やることがあるようだ」

その時、メナはリョウの視線が、別の場所に向かったことに気づいた。

そしてその視線を追ったメナは、その一つの人影を見て愕然(がくぜん)とした。

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