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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
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4_望遠鏡の光を追って

ゾークを排除する。シオにとってはそれが第一目標である。

それが災厄を(おさ)える上で自分にできる最善の策だと彼は考えていた。

予知で観た光景は災厄の復活。そしてそれにゾークが深く関わっていることは感覚として分かる。シオの魔法はそういう魔法だ。

そして、シオはゾークが今回の『定例会』に現れることを察知していた。

シオは会議室に集まった面々を一瞥(いちべつ)し、そこにゾークの姿がないことを確認する。

(予知が外れたか、それとも……)

想定はしつつも、ゾークがこの場に現れることに疑いはなかった。シオの予知は外れたことがない。

定例会は、国の指針を決める王宮会議における、月一の(もよお)しである。

前王朝より引き継いで、そのまま続けている慣習の一つであり、国営の指針を決める会議である。

国営において必要な部門の長を呼び集め、ひと月の課題や成果などを聞きつつ、王族やカゥコイ家の方では情報網を用いてその監視や情報の精査を行って、その裏を取るというものだった。

正直なところ、無理矢理にでも監査が入れるような正式な部門を作るなり、暗部(カゥコイ)が働きかけるやり方から脱しない限り、このままではいずれボロが出るとシオは考えていた。

とはいえ、改革するにしてもそれらは一朝一夕でできることでもない。シオは確かに専制君主となったが、実質的な権力基盤は広いものとは言えないからだ。

だが今日は、それが少し改善する見込みがある。

シオは各大家(たいか)の中から、一番自身に近い位置に陣取り、偉そうにふんぞり帰っている男、ヒエラーゾの横顔を流し見た。

彼の表情には傲慢(ごうまん)さがにじみ出しており、長い年月を経て(つちか)われたのであろう肥大化した自尊心が服を着て歩いているようだった。

彼はイライラと腕を組んで肘を叩きつつ、時々、シオの後ろに静かに立っているニコイの方に目線をやっている。

シオはそれを見ぬふりをしつつ、そろそろか、と立ち上がった。

「良く集まられた。これより、私の治世に於いて初めてとなる『定例会』を始める。進行役は私の部下、スメノオが務める。スメノオ」

シオの呼びかけと共に、きちりと正装をしたスメノオがシオの背後から一歩進み出て頭を下げた。シオの宣言と共に静まった部屋で、全員の視線を浴びたスメノオだが、微塵(みじん)動揺(どうよう)を見せず「よろしくお願いしたします」と良く通るひと言を残した。

全員から意義がないことを確認したシオとスメノオは互いに目配せをして、定例会を進行する。

「それでは、今回の―――」

シオはそれを傍目に、本来ならばその場に来ているはずのゾークのことに思いを馳せ、あごを()でた。

(さて、ゾークよ、どう動く?)


**


会議はつつがなく進んでいた。体制が変わってからひと月だということもあり、忙しくはあるが様子見の側面が強く、単調な報告が続くだけだったからだ。

だが、会議の内容が国防に関するものに移った時、事態は大きく動いた。

ことの成り行きが今後の方針に大きく関わることもあり、シオはさりげなく居住(いず)まいを正す。とはいえ、これに関してはシオがもとより予定していたものである。

「―――最近、周辺各国で怪しい動きがある、という話があります。『魔国』側でも微妙な動きがあるようですが、それよりも……」

スメノオがシオに目配せしたのを確認し、シオはイカコ・ナウク・ヒエラーゾに視線を向けた。

「―――ズノクヨールの方で怪しい動きがあるという報告を受けた。ヒエラーゾ殿、これに関して身に覚えはないか?」

いかにも確認かのように訊いてはいるが、既にシオはヒエラーゾが、ズノクヨールとの太いパイプを持っており、秘密裏に工作を行っている情報を掴んでいる。これは既に確認ではなく、相手を如何に詰めるかの布石(ふせき)であった。

ヒエラーゾを追い落とす(・・・・・)こと、これが今回のもう一つの目的である。

「―――どういうことですかな?」

そもそも国防を担う男がそれに対して「どういうことか?」を問うこと自体が問題なのだが、彼はそれにも気がついていないらしい。

シオは「知らぬのなら良い」とヒエラーゾに平手を振り、何事かとこちらを見る大家の面々に応える。

「どうにもここ最近、イカコ(・・・)の防衛網を抜け、異国の軍兵が確認されているらしい。それも一度や二度ではなく、何度もだ」

シオの言葉に部屋がざわめき立つ。そしてそのほとんどがヒエラーゾへの追求のであったことは想像に難くない。

それも当然の話で、防衛網を抜けているということは国境の侵犯が起きているということである。ともすればこの王宮に今すぐにでも敵の兵隊が奇襲を仕掛けてくることも考えられるということだ。シオは今すぐにそうなることはないと予感しているが、それを知らない面々の不安を(あお)るには丁度良い材料にはなる。

そしてそうなると、責任の所在とその糾弾の矛先は当然、国防を担うイカコ家に向かう。

ヒエラーゾは忌々(いまいま)しげにシオを(にら)んだあと、立ち上がり説明、もとい言い訳をし始めた。

「―――その件についてはこちらでもひと言での説明はできない事情がありましてな。……敢えてひと言、言わせていただくならば、それらは『誤解』と言わざるを得ないでしょう。何せ、私どもの方ではシオ殿下(・・・・)(おおせ)られる異国の軍団の確認などしてはいない」

「というと?」

どこからか投げ掛けられた言葉に、ヒエラーゾは口角を上げて口八丁(くちはっちょう)を並べたてた。

「我々としては、メナ姫……失礼、特記人物(・・・・)の捜索に力を入れていましてな。今後の基盤を万全にするためにも、早いうちに発見することが必要。となれば探査隊を派兵するのが良いでしょうが、いかんせんイカコの兵は目立つ。それならばと、普段とは違った兵装に身を包んだ兵を用意し、巡回させていた、という訳ですな。シオ殿下はそれらを本物の異国の兵と勘違いしてしまわれた。そういうことかと考えますな」

シオの情報の確度を下げにかかったヒエラーゾだったが、正直その言い訳は苦しいものと言わざるを得ない。そもそもそれは、不明の兵団がいることを認めるに等しいことであり、一つ突き崩せばダルマ算的にシオが望む方向に持っていける。

(本来、情報の窓口であるはずのニコイがこちらについて、メナが見つかっていることを知らぬとはいえ、ここまでお粗末(そまつ)な主張で逃げ切れるとでも考えているのか、この男は)

シオはひとつ息を吸うと、ヒエラーゾへと確認の言葉を投げた。

「つまり、その兵はヒエラーゾ殿(・・・・・・)の手の者(・・・・)であったと?」

シオの物言いに流石におかしいと思ったのか、ヒエラーゾは眉をひそめるが、渋々とそれを首肯した。

「―――左様ですな」

「そもそも、それが独断であることに違いはないのでは? 少なくとも私は、その手の話は共有するようにと事前にふれていたはずだ」

「それは、申し訳ない。だが、喫緊(きっきん)の事態、即応的に動くのができる上役というもの」

シオはわざとらしく唸ると、背後に控えていたニコイに目配せをする。

「それでは、このニコイの話は、嘘ということになる。私は彼から、意図的に私に行動を伝えないように命を受けたと、そう訊いているのだが」

話を振られたニコイは、緊張した面持ちながらも、堂々と胸を張って前に進み出た。

ヒエラーゾの顔が怒りで歪んだが、怒鳴り出すことはなかった。流石に状況を見るだけの分別は残っていたようだ。

(ここで暴れられても少し説得力(・・・)に欠けるからな、助かるよ)

シオの目から見ると、ヒエラーゾの嘘は分かりきっていたことなので、彼の頭が猛回転する様は手に取るように分かった。

「はて、ニコイは確かに軍を率いる立場ではあるが、それは別の指揮系統の話。今回の件に関しては関知していないはずですな。そもそも、ニコイは私の部下、なぜ殿下の後ろについているのだ?」

話を逸らそうとしたのだろう、ヒエラーゾの話の矛先はニコイに向いた。

ニコイは気後れしたように一度言葉を詰まらせるが、直ぐにしっかりとした良く通る声でヒエラーゾに応えた。

「私、私はこの国を支える国民であり兵士であります。そしてありがたくも、私は他の兵を指揮する立場に据えていただいております。しかし、それゆえに見えてきたこともある。それは、この国の大家による『腐敗(ふはい)』とも言えるものであります。失礼を承知で、正直に申しますと、私は今回のクーデターにおいて殿下が王座についたことは、ある一点(・・・・)を除いて、この国にほとんど変化を及ぼさないと思っております」

ニコイの話に、事前の打ち合わせにはないものが含まれているが、まあ面白いことをいうものだと、シオはそれを泳がせることにした。いずれにせよ、ここで彼の話を打ち切ることはシオにとって得にはならない。

「それは、この国の大家が実質的に権力を握っているからに他なりません」

「それが何だというのだ!」

とうとう我慢が効かなくなってきたヒエラーゾの怒声に対し、ニコイの声は平静そのものであった。そしてそれは、ニコイ自身の覚悟が決まったことの表れでもある。

「私はここに告発いたします。イカコ・ナウク・ヒエラーゾは、自身の利を優先し、国家に反する行いを画策したばかりか、保身のために他国への亡命の算段を立てている! 重要な要件への対処の際にも、『集めた女で遊んでいる』ような男です。このような者がのさばっているうちは、この国は良くなりません! 私は、この王宮会議に、この腐った体制の改革を要求する!」

シオはニコイが言い切ったところでニヤと小さく口角を上げたのを、さりげなく手を組んで隠す。

ニコイのヒエラーゾに関する話は、前半は事実で証拠も用意してあったのだが、後半に関しては特に証拠は用意していない。だが、その有無はこの際どうだってよいのだ。

ここでの本質は、いかに自身の主張を通すために真実と、信憑性(しんぴょうせい)のある嘘を混ぜ込むか。その点、ニコイの話は合格だった。

「ニコイ、貴様!」

ヒエラーゾは机を叩いて立ち上がり、怒鳴った。

「俺がお前を兵団長にまで登用したというのに、それを……、その恩をこのような形で……!」

その剣幕はかなりのもので、運悪く彼の近くに腰掛けていたものたちは、さりげなく彼から身を引いたほどであった。

今にもニコイに詰め寄らんとするヒエラーゾを見て、シオはスメノオに目配せをする。

スメノオは頷き、出入り口で立っている衛士に合図を送った。

ここでニコイがヒエラーゾを制圧することは容易であろうが、それをするよりは周りが(おさ)えた方が、印象が良い(・・・・・)

「貴様、貴様はっ!」

怒りのあまり声を詰まらせるヒエラーゾの腕がニコイの喉元(のどもと)に差し掛かった辺りで、衛士がふたりがかりで彼を取り押さえた。

「くそっ、やめろっ!」

唾を()き散らしながら(わめ)くヒエラーゾを見下ろし、シオは他の面々に向けて宣言する。

「私は、今回の件でヒエラーゾを罷免(ひめん)することを決定した。私が言うのも何だが、見ての通り(・・・・・)、ヒエラーゾは自身の利益のために国を売る逆賊だ。皆からの理解は得られると思う」

シオは話しつつも、取り押さえられたヒエラーゾを見下ろし、その睨みつけるような視線を真っ向から受け止める。

「国防の長に穴が開くことになるが、私はそこにこのニコイを据えるつもりだ。然るべき調査と、手順を踏んだ上で正式に任につける予定だが、当面はその予定を変えるつもりはない。もとよりイカコの血筋、異議がある者も()るまい?」

シオはゆっくりと彼らの顔を覗き込むように目を滑らせ、そこに口を挟むものはいないと判断すると、ヒエラーゾを取り押さえた衛士たちに連れて行くように指示を出す。

「やめろ、くそっ、覚えておれ。シオ、ニコイ!」

ヒエラーゾは散々暴れ回って罵声(ばせい)(わめ)き散らした挙句(あげく)、引き連られるようにして部屋を出ていった。

部屋を出る間際に残した捨て台詞は、彼という人間をよく表しているようだった。

(皮肉なものだな、かつて自分がギノリンダスに行った仕打ちを、今度は自分が受けることになるとは、―――私も他人事とは言っていられぬだろうが)

ヒエラーゾが居なくなり、部屋は一気に静かになった。

しかしその静けさは、ただ単にヒエラーゾの不在が作り出したというだけのものではない。

ヒエラーゾは軍部を(つかさど)る大家というだけあり、国でもかなりの力を持っている存在だった。シオにとっては頭の痛いことに、彼という存在があってこそ今の体制は実現できたと言ってもいいだろう。つまりここにいる者の多くは、シオに従っているというよりも、ヒエラーゾという存在の作った傘の下で甘い蜜を(すす)ることを考えていた連中、あるいは彼という脅威(きょうい)に屈した連中である。シオは今回のことで彼らに釘を刺し、彼らはそれを理解した。

場合によっては自分たちが彼と同じ目に合うかもしれない。

その不安は短い間だが、人の行動を縛る上で非常に役に立つ。そしてシオは、その短時間を重視した。他国への情報の漏洩(ろうえい)を避けたかったからである。

徹底して災厄の復活に関して伏せているのもその一環で、いずれ皆が知ることになる事象だとしても、それは全てが解決した後であることが好ましいと考えていた。そして、その一番の危惧の対象であったヒエラーゾを今日、排除した。シオが必要以上に疑われないやり方で、だ。

シオは席に座り直してから、空席になったヒエラーゾの席にニコイを座らせた。

シオがニコイを強引にヒエラーゾの席に座らせたことに反感を持つ者もいるだろう。その裏に、何か企てがあるのだと気づく者も居るはずだ。

(無理矢理なやり方は後でこちらの首を絞めることになるが……)

シオは話を進めるようにスメノオに指示を出して、自分を見つめる面々を見渡す。

(当面の危機を乗り越えなくては話にもならない。―――たとえその後に私の未来はなくとも)

シオは想定通りに目標が達成されたことに対する安堵(あんど)と、未だに現れないゾークに対する危惧を同時に抱き、定例会が進むに任せて話を流し聞いていた。

そして、事態が動いたのはその少し後のことである。

この時のシオはまだ、自身の想定(・・)が大きくずれることなどないと、そう信じていたのだ。

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