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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
66/93

3_捻くれ者

話を聞き終わり王宮の廊下をインテネと歩いていると、背後から意外な人物の声がかけられた。

「少し待て」

メナは立ち止まり、その声の主人に向き直った。

「―――なんでしょうか」

メナは(はか)らずも声音が低くなった事に自分で少し驚いて、彼の表情を伺い、無意識に胸元のペンダントに手を伸ばした。しかしそこにはすでにペンダントはない。

声の主人、城内なのにも関わらず大きな外套(がいとう)を羽織ったリョウはそれに気づいているのかいないのか、ゾークとも違う、全く読めないあの黒い目でメナを見下ろした。

「少し話しがある」

「それは―――いえ、分かりました。……でしたら、部屋にでも?」

嫌っている訳ではないのだが、どうもこの男を前にするといつもの調子が出ない。先日の件もある上に、彼が放つ雰囲気が、どうしても彼女の中で人間離れした印象として残り、薄れてこない。

リョウはメナの提案に頷いて少し後ろを歩き始めた。インテネはしきりに彼に目線をやっているが、彼はそれを気にした様子はない。

メナはその大きすぎる気配を背中に感じ、妙な緊張感で身体をこわばらせながらも部屋へと歩いた。

部屋の前に着いた時、インテネがリョウに訊ねた。

「僕は外していた方が良いですか?」

「それはこいつ次第だ」

話を振られ、メナは少し悩んだ。たしかにインテネには専用の部屋を用意させたので、ここで解散することに不都合はない。

しかし、リョウがメナを害すると思った訳ではないのだが、彼とふたりで居ることに妙な心細さを感じた。

「―――あなたが構わないのでしたら、問題ありません。わたしとしてもインテネがいた方が心強いです」

インテネはそのメナの言葉に応え、頷いた。

リョウはそれを少しの間、黙って見ていたが、不意に「そうか」と呟いた。

「丁度いいのかも知れないな」

謎の言葉を呟いたリョウは部屋の主人を差し置いてそそくさとメナの部屋に入っていった。


**


「多少は眠気覚ましにはなると思います」

メナは自分が茶を入れている現状がどこかおかしいと思いながらも、てきぱきとそれらを用意し、自分たちが座す机に並べていく。

白く漆喰で塗られ、その上から細かい装飾のなされた丸い机は、いかにも「姫」が用いるもので、メナが幼き日に父から贈られたものであった。

正直なところメナの好みではない。とくに真面目な話をするのにはいささか気が引ける。

とはいえ、他に丁度良いものがある訳でもなく、メナは仕方なしに二人をそこに招いた。

自分で入れた茶を軽く口に含みつつ、メナは正面に座るリョウに目を向けた。彼がなぜ自分をわざわざ呼び止めたのか、それは恐ろしくも興味の惹かれることだった。

「―――まずは確認だ」

リョウは茶器には手をつけず、メナが席に着いた途端に淡々とした口調で切り出した。

それを聞いた途端、メナは思わず笑いそうになったが、かろうじてそれを抑え込んだ。インテネはその作り物のような綺麗な白髪もあって、なかなかにその場に合っているのだが、リョウはその表情と話す言葉も相まって、この煌びやかな空間にあまりに似つかわしくない。

「お前は、本当にカトチトァに行くのか?」

メナは誤魔化すように口元を手で隠し、軽く咳払いの真似事をしたあと、それを首肯した。

「どうせここに残ったところで、わたしには現状できることはありません。それならば現場に近づいて調べることは無駄ではないはず。それに、お世話になった方々を端から見捨てるような人間にはなりたくないのです」

それはシオの作戦の内容に端を発していた。

シオは自身の持つ「予見の力」、そしてカゥコイ家としての諜報能力を用いて、災厄の復活の地をカトチーニであると導き出していた。

それならば、あの周辺には避難勧告などを出すべきだと思うのだが、シオはカトチーニに敢えて働きかけるつもりはないという方針らしい。

(混乱を生みたくない。とは言っていたけれど、『災厄』が起こってしまえば関係がないだろうに)

メナはそう思って少し眉をひそめた。

「お前はあいつの計画に反対か?」

リョウの静かな問いかけに、メナははっと顔をあげる。しかし彼の表情からは彼自身がどう思っているのかは読み取れない。

「多数を救うために少数を切り捨てることも(いと)わない。その考え自体は理解できます。ただ、わたしとしては……切り捨てられた側の人間からしてみれば、それは納得できるものではありません。せめて避難誘導くらいは行うべきです」

とはいえメナも分かっていた。シオにはそこまで気を回せるだけの余裕がないのだ。

彼の予見はそこまで確度が高い訳ではない。

彼が言うには「大体この辺りで何かが起こる」ことが分かる程度のものらしい。メナがやられたあの待ち伏せ(・・・・・・)に関しても、逃走経路を明確に予見していた訳ではなく「その辺りならばここを選ぶだろう」と推測して罠を張った、というのが実際だ。

彼が魔法を十全に活かすには結局のところ人手が必要で、その人手は今のところ十分とは言えない。だからこそ、確実に災厄に対抗できる戦力として、リョウやセノイと言った面々を集めるといったまわりくどい選択をしたのだ。

それはいかにシオが準備をしていたとはいえ、クーデターを起こした弊害(へいがい)と言えた。

彼は予知を自由に活かせる画布(カンバス)を手に入れたが、そこにものを描く絵の具を持っていないのだ。

メナの言葉の後を継ぐようにリョウが言った。

「救えるものを救うために、直接作戦に組み込まれている訳ではない自分がその役割を背負う、と?」

「はい」

リョウはそこで腕を組み、目を(つむ)って黙りこんだ。

「あの、すみません。結局、あなたは何が言いたいんですか?」

唐突にインテネの声が差し込まれ、リョウは驚いたように目を開いた。

インテネは別段せっかちという訳ではなかったが、聞くだけ聞いて黙り込んだリョウに業を煮やして、口を出したらしい。

メナは少しヒヤリとしたが、リョウは別段気にした様子もなく、むしろ申し訳なさそうに言った。

「悪いな。どうにも()は物事を回りくどくする癖があるらしい」

リョウはそこでまた言葉を切って、少し考える素振りを見せたあと、おもむろに口を開いた。

「簡潔に言えば、そうだな。お前がカトチトァに行くとすれば、俺と同行することになるが、それは構わないのか? ということを聞きたかった」

メナは一瞬、自分が何を言われたのかを理解するのに時間がかかった。それくらい彼の言葉は、メナにとっては意外なものだったのだ。

そしてメナは自分に思い当たる節があることに気づく。

「わたしは、あなたを嫌ってはいません。―――ただ、あなたを見ていると嫉妬してしまう。その恐ろしいまでの才と力に」

メナはじっとリョウの不思議な眼力をもった目に射すくめられ、動きを止めた。自分が抱いている感情が事実であるとふたたび実感すると共に、それがとても虚しいことのようにも思えた。

「―――才、ね」

リョウは呟き、メナから視線を外して苦笑した。

メナはその様子を見つつ、やっと身体の緊張を解いて息を吐く。しかしそれも束の間、リョウは唐突に懐から何かを取り出し、メナに放り投げた。わたわたとそれを受け取ったメナは、それが何の変哲もない石ころであることに気づく。

「いつか話したな『継承』について」

メナは、かつて自分がリョウにその力の秘密について聞こうとしていたことを思い出した。『継承』、災厄にもかかわる禁忌の術。

そして、その秘密を教わるための条件としてリョウに投げ渡された石ころ。

「いまは、どれだけのことができる?」

メナが石を見つめていると、リョウはインテネに対しても「お前もやるか」などと言って石を渡していた。

なぜこんな石をいくつも懐に抱えているのかなど、いくつか疑問もあったが、メナは唐突にあの時と同じ気持ちが湧き上がるのを感じた。

「抜き打ち試験、ということですか?」

ひとりだけ事情を知らないインテネは石とふたりを見比べるようにしていたが、メナがそれを浮かべ始めたのを見て、得心がいったように石を浮遊させ始めた。

ふたりの実力差は歴然だった。

メナはそれを知っていた。インテネはやすやすと石を浮かべ、操る。その流れは淀みなく、まるで身体の上を滑っているようだ。

しかし、メナはそうはいかない。

わかっている。これは才能の差ではなく、修練の差。これまで積み上げてきたものの差なのだ。

だが、メナがそれを理解できるようになったのは、それが分かるくらいまで成長した、その証である。

「及第点、といったところだな」

リョウのその言葉は無骨ではあるが褒め言葉ではあった。リョウから褒められた記憶は思い返す中では存在せず、メナは素直に感謝を述べる。

「ありがとうございます」

しかし、インテネはこれが何なのだ、と納得いかない様子で、座ってふたりのやりとりを見ていた。というよりも実際にそれを口にした。

「それで、これが何なんですか?」

リョウはそれを受け、インテネに言う。

「お前は、流石に魔法操作が上手いな。ゾークに学んだか?」

インテネは顔をしかめると、リョウに向けて石を飛ばした。その勢いはかなりのもので、メナであれば確実に怪我をしていただろう。しかしリョウは何事もなく自身の目鼻の先でそれを宙に浮かせて止める。

「僕らの魔法の下地はすべて貧困街からきている。あいつ(・・・)のおかげじゃない」

リョウが石を手に取りつつ「そうか、すまんな」と苦笑したのを見て、メナは驚いて茶器の取手を取り(そこ)ねた。

(この男は、こんな風に笑うのか)

危うくこぼしかけた茶をとり直して口に含み、メナはリョウの顔を改めて見る。その夜の水面に生じた波紋を思わせる彼の表情の裏には、一体なにが潜んでいるのだろう。

しかしその正体を探る間もなく、リョウの表情はまた超然とした静かなものへと戻った。

「まあ、お前が言うように『これが何』ということはない」

リョウは言下に自分の手とメナの手元にあった石を浮かせ、机の周りをゆっくりと漂わせる。それは、このリョウという男が如何に規格外であるのか、それを再確認するのには十分すぎた。

「だが、『才』や『力』がどういうものなのか、それを理解するには丁度いい課題だったはずだ」

メナはそれを聞きながら、確かに自分には漠然と、それ(ちから)は初めからその人間に付随(ふずい)するものである、という印象があったことに思い至った。

もちろん、先天的な才能は確かにある。そこは履き違えてはいない。

だが、どこからどこまでがその才によるものなのか、そしてどこからが、修練で獲得できるものなのか、それは自分がその道に足を踏み入れた時に初めて具体的なものとして見えてくる(・・・・・)

頷いたメナを見て、リョウは次の言葉を紡ぐ。

「だが『継承』に関しては、違う。『才能』とは違い、後天的に手に入るものなのにも関わらず、そこには『道のり』が丸ごと欠落している。そう言う意味では『力』ですらないのかも知れないな」

リョウは自身が操っているふたつの石を眺めながら、ふたりに問いかけた。

「何だと思う?」

「知りませんよ」

インテネが不機嫌そうに言ったのを尻目に、メナは首を(ひね)った。

才能ではなく、力ですらもないもの。しかし、それは力の定義が異なるだけで、確かに『力』ではあるはずだ。

メナがそう答えると、リョウは「確かにそうだが」と呟く。

「『継承』は『呪い』だ」

リョウがふたりの手元の石を操り、今度は二つを勢いよく衝突させた。

ガツンと耳に刺さるような音が机の真ん中を起点に起こり、メナは思わず耳を覆った。

メナが手を耳から放してリョウを非難の目で見ると、彼は机の真ん中に砕けた二つの石をゴロンと転がした。

「本来ならば二つのものを無理やり一つにまとめる。それは両方を壊すのと変わらない」

メナは転がった石を望洋と眺めるリョウをチラリと見やると、かつて自分が聞いたことを思い返しながら、同じことを訊ねた。

「では、あなたは何故、壊れていないのです?」

リョウはふっと石から視線を外し、メナに視線を向け皮肉気に苦笑する。

「それが俺の『才能(・・)』だ」

メナは、リョウがかつて彼女に「継承」は「メナが望むものではない」と告げた理由をこの時完全に理解した。

そして、それが意味することを察し、メナはインテネに視線を向ける。

リョウはそれとほとんど同じタイミングでインテネに語りかけた。

「―――お前の妹、アミネだったな。確か、白蜘蛛の魔獣に襲われて、お前だけ逃がされたと」

インテネは唐突に話を振られ、(いぶか)しげに首を縦に振った。

「あの時は聞きそびれましたが、僕はあれを『災厄』だと思っていました。でも、あなたは違うと言いましたよね。なにか理由が……」

リョウは「それは順を追って話す」とそれを遮ると、彼が『継承』について話した理由を口にした。

「お前の妹はその魔獣を殺したか、あるいは逆に殺されている。つまり、生きている事には、生きているのだろうが、それはお前が望むものとは限らない。前者であれば『アミネ』として、後者であれば『白蜘蛛』だ。そして基本的に、『継承者』は廃人と化す」

インテネは目を見開いてリョウを見つめた。

そこには一瞬だけ顔を覗かせた希望と、それを打ち砕く絶望。その二つがないまぜにされた混沌とした思いが浮かんでいた。

しかしメナは彼の言っていることに違和感を覚え、それを問いただした。

「待ってください。『継承』には両者の合意が必要なのでは?」

リョウは「ある意味な」と、意味深なことを言って、ため息をついた。そしてそれは、アミネが助からない可能性が高いことを意味した。

「あの時はぼかして説明したが、『継承』に必要なのは死の瞬間に(・・・・・)両者の領域が(・・・・・・)触れ合っている(・・・・・・・)ことだ。それはお互いが触れ合っている事と同義で、意図しない限りは起こらない、だから『合意』だ。―――まあ、他にも要因はあるが」

メナは戦慄してインテネを見た。インテネは放心したようにリョウを見つめて固まっている。

理屈がどうであれ、インテネがアミネの気配をわずかにでも感じるということは、彼女がまだ生きている証拠だとメナは考えていた。

しかし、いま聞いた話は、それがあまりにも淡い希望(・・・・)であったことを突きつけられているかのようなものだった。

(仮に彼女が生きていたとしても、もはや生きているとは言えない状況である可能性が高い……)

メナはそこまで考え(いた)り、救いを求めて視線をさまよわせ、最終的にリョウに視線を戻した。

「もし……もしその状況であれば、救い出す術はないのですか」

リョウはメナに視線を向け、断言する。

「―――ない」

その容赦のない一言に、インテネは口元を覆い、うつむいた。

メナはそれを見て頭を巡らせ、何かまだ希望に繋がる要素はないのかと探し始めた。

たとえそれが、まやかしの類だとしても、騙されてでも前に進めれば、何かを掴めるのではないか、と。

「―――『継承』には領域同士の近接が必要なはず、まだ希望はあります」

「ないとは言わん。だが、その白蜘蛛はおそらく『災厄の種』だ」

聞き慣れぬ単語に、メナはリョウを見返す。リョウは訊かれるのが分かっていたのだろう、メナが視線を向けた時には説明を始めていた。

「さっきも言ったが、基本的には『継承』は上手くいかない。が、何事にも例外は存在する。そう言った存在を封印(シギリラム)(ウィ)一族(ソグ)では『災厄の種(クロリーム)』と呼んだ。正直な話、『種』とは言っても、この時点でほとんど『災厄』としての下地は揃っている。あとは、そこに至るきっかけがあるかどうか、そんなところだ。そして、そういう存在は必然的に普通よりも広い『領域』を持つ。つまり、領域同士が重なる距離も広くなると言うことだ」

リョウは、「わかるだろう?」とでも言いたげにメナを一瞥(いちべつ)した。

「これは、お前たちが来る前に話していたことだが、俺はその白蜘蛛はその『災厄の種(クロリーム)』と見ている。わざわざ災厄を使って国を変えようとする狂人(ゾーク)が大事にとっていた魔獣だ。ただの魔獣であるはずがない」

メナとインテネは、リョウが語り終えてもしばらく口が()けずに黙り込んだ。

ふたりにとって、特にインテネには、この希望をことごとく打ち払うような宣告は、あまりに酷な仕打ちに思えた。

そんなふたりを見かねたわけではないだろうが、リョウが静寂を破るように、言った。

「お前たちに問おう。聞いての通り、お前たちが歩もうとしている道は、そういう道だ。(いばら)で生い茂り、獣すらも避けて通るような(やぶ)の中、先も見えぬほど長い道のりを何の保証もない希望(・・・・・・・)(すが)って進み続ける。そういう道を進み続ける覚悟はあるか?」

見慣れたはずの自分の部屋が全く違う場所に様変わりしたと、錯覚してしまうような薄ら暗い後悔と絶望感が、ふたりの間に満ちた。

何も言えずに時のみが刻々と過ぎていく。

メナは茶に映る自分の顔を見つめ、その暗い表情に問いかけた。

自分の選択は正しかったのだろうか。

メナはインテネに一縷(いちる)の希望を抱かせた。微かだが、確かな希望だ。

しかし、それはいま、根本から揺らごうとしている。

もしかしたら、あの時に無理だと言うべきだったのかも知れない。うつむくインテネを見ていると、メナの胸裏にそんな思いが()ぎる。

だがその時、メナは視界のすみにチラチラと映る、強いきらめきを見つけて顔をあげた。それは、自室の窓から差し込む朝焼けの赤き光だ。

そしてその赤い輝きが、あの鴉瞳の落火(ペンダント)の輝きと重なって見えた。

メナが見つめた希望の光。皆が彼女を守るために、そして彼女自身が生き残るために足掻いた証。

(そうだ、わたしは……)

その時、彼女の心に浮かんだそれは、彼女自身の内に眠っていた、もともと彼女が持っていたものだ。

「―――わたしは、こうして生き残っています。たとえそれが、盤上で踊らされていただけなのだとしても、わたし自身が生き残ろうとして行動した結果であることには変わりありません」

メナはインテネに顔を向けると、彼の元に歩み寄り、うつむいて動かないその肩を軽く揺すった。あれほど頼り甲斐のあった少年の肩は、ことほか小さなものだった。

メナは、インテネの望洋とした瞳を見つめ、呼びかけた。

「たとえ可能性が億にひとつであろうと、先が見通せなかろうと……あなたのなかに彼女との繋がりが感じられるのなら、それは確証のある希望(・・・・・・・)です。どこに絶望する要素がありますか?」

メナはインテネの目に小さな光が宿ったのを見て、彼から手を放す。

そして、リョウに向き直ると、高らかに宣言する。

「たとえ、可能性が低かろうと、それが皆無ではないのであれば、わたしはあがきます。わたしは、そういう道を歩んできました」

リョウを見つめるメナの横顔に朝焼けの光がさした。彼女の瞳はそれを受け、炎のように揺らめき光る。

それは彼女の胸中に燃え上がる炎を投影したかのような、強い光だった。

リョウは、眩しそうに目を細め、彼女をしばらく見つめた後、困ったように苦笑した。

「―――性格は全く違うというのに、本当に、お前たちは似ている。他人のために命すら賭ける。そうできることではないだろうに」

リョウの目に一瞬だけ浮かんだ郷愁の色は、彼がメナから目を逸らしたために隠れて消え、次の瞬間にはどこにも見当たらなかった。

しかし、どことなく、彼の表情は柔らかなものに変わっているように思えた。

「あとはその啖呵(たんか)に見合う実力が伴えば文句はないな」

メナはむっとして眉をひそめるが、彼が黒い外套の下から取り出したものを見て、目を丸くする。

「受け取れ、お前の剣だ。いまなら間違えずに使えるだろう」

それはリョウの言った通り、メナの剣だった。彼女がゾークの(もと)(おもむ)いた際、残した剣だ。

メナはそれを受け取りつつ、なぜそれをリョウが持っているのかに考えを巡らせた。

「それに(めい)はあるのか?」

「いえ」

メナはますます混乱して、ろくに考えずに返答する。事実、この剣には銘はなかった。

リョウはそれを聞いてひとつ頷くと、言った。

「ならば、『姫の守護者(フィラミール)』と呼ぶといい」

メナはリョウの唐突な言動に振り回されながらも、自分の剣に何かされたのかと、鞘に入れられた刀身を軽く引き抜いた。

その瞬間、メナは剣になにやら懐かしい気配が触れ合ったように感じ、驚いて鞘に戻した。メナは薄々その意味を察していたが、つぶやくような声でリョウに問いかけた。声が震え、上手く話せなかった。

「これ……は?」

しかしリョウは、多くは語らなかった。意味深げにインテネとメナを交互に見ると、一言だけ彼女に告げた。

「お前は、仲間に恵まれているな。そして引き立て方(・・・・・)も上手い」

「それはどういう……」

メナが問い返すと、リョウはもはや冷めてしまった茶を全て口の中に流し込んでから、すっと立ち上がった。

それも才能だ(・・・・・・)ということだ」

そしてメナがその意味を咀嚼(そしゃく)している間に、彼は扉へと向かって行った。

「―――っ待ってください」

メナは慌ててリョウを呼び止めるが、彼は足を止めることはなかった。

メナ(・・)インテネ(・・・・)。準備を終えたらすぐに仮眠を取れ、時間になったら(つか)いをよこす」

リョウはあっさりと部屋を出ていった。

彼自身が言ったように、回りくどい言葉ばかりを残していったリョウではあったが、メナには、その去り際の彼の横顔が、妙に満足気であったように思えた。

そして、メナとインテネのふたりは、去り際に彼が放った言葉の意味を噛み締めながら、ただ茫然(ぼうぜん)として席に座していたのだった。

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