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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
災厄を制す
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1_企て

陽がカトチーニの山脈にかくれ、茜雲(あかねぐも)がそのふちを(いろど)っている。その赤と藍の空は美しいが暗く不気味でもあり、何かの凶兆(きょうちょう)を思わせる。

そんな空が延々と国を覆っている。その空を眺める眼があった。

日暮れ時、明かりのない部屋で外を見つめる彼の瞳はそこだけが異様に輝いて見えた。

その光は、彼の安楽椅子の動きに合わせてチラチラと炎のように揺れる。

彼が何を思っているのか、それは黒く影になった彼の表情からは見てとることができない。

ギリィギリィと、椅子のゆれと共に椅子が(きし)む音だけが部屋に断続的に続いている。

その静寂を切り裂くように、扉を叩く音が響いた。

男は音に気づくと、くっと顔を扉に向け、穏やかに入室の許可を出した。

「入るといい」

彼の声に応え、男が扉を開けて入ってきた。頭以外の全身を白い装束(しょうぞく)で包んだ大柄な男だった。その体躯といい歩き方といい、そういった類(・・・・・・)の物事に精通したもの特有の威圧感がある。しかし安楽椅子の老翁はそれに怖気付(おじけつ)くような気配は微塵(みじん)もない。

安楽椅子のそばに立つと、白づくめの男は(うやうや)しく頭を下げた。

「失礼します、ゾーク様。報告がございます」

それに対しゾークは明かりを点けるように頼む。

「ゾミデ。他ならいざ知らず、ふたりの時はかしこまらなくてもいい。親子なのだ、それくらいで腹を立てたりはしないよ」

ゾークにゾミデと呼ばれた白装束の男は、魔法を使って手際よく部屋のカンテラに火を灯していく。そしてその作業の手は止めず、ゾークに(こた)えた。

「そうはいかないでしょう。仕事の場に私情を挟むことは、失敗のきっかけになる」

ゾークは鼻を鳴らし、明るくなった部屋に少し目を細めて、窓の外に視線を戻した。

「同じものを見ていても、取り巻く環境が変われば見えるものも違ってくる」

そのゾークの独白をゾミデは聞きこぼし、ゾークに表情で問いかけるが、ゾークはそれには応えなかった。

それは語るまでもない感慨にすぎない。

「報告だったね」

先を促すゾークに、ゾムイは小さく頷いた。

「こちら側に引き込めそうな大家の人間に声をかけましたが、そのほとんどから良い返事が届きました」

一見すると良い報告ではあるが、ゾークはゾムイの言葉に含まれた彼の機微を感じ取った。

「ほとんど、と言うことは、悪い返事もあったのかい?」

ゾムイは首を軽く振って、ひとつの書簡(しょかん)(ふところ)から取り出し、ゾークに差し出した。

「悪いと言うほどのものでは無いでしょうが、面倒ではあるかと」

ゾークはゾムイの言い回しに、誰に似たのかと苦笑するが、その手紙を読んで、なるほどなと(あご)をなでた。

ゾークは書簡を読み終わり、膝の上にそれを置いた。その頃合いを見計らって、ゼムイはゾークに指示を仰いだ。

「いかがしますか?」

「……うん。まあ、誤魔化しようはいくらでもあるが、そうだな」

ゾークは目を閉じて額の(しわ)を左手でさすった。それはいつからか考え事をする時の癖になっていた。

「丁度いい機会だ。一度お披露目会をやってもいいかもしれないね」

ゼムイはその意図を察し、こともなげに頷いた。

こういったところは、長く仕事をともにしてきた賜物(たまもの)だった。他の親子に同じものは多くないとはっきり言える。

ゾークの思いを知ってか知らでか、ゾムイは淡々とした口調を崩さない。

「日取りはどういたしますか」

「向こうの提案だ。向こうに決めさせた方が都合も良かろう」

「かしこまりました。では、そのように書簡を送り返します」

ゾムイが部屋を出ていくと、また静寂が部屋に戻った。

ギイギイと唸る安楽椅子は相も変わらずだが、部屋の明るさだけは先ほどとは違っている。

ゾークは先ほどと同じく窓の外に目線を戻した。

ゼムイとのやりとりは短い間だったのにも関わらず、外はかなり暗くなっていた。

「なぁ、アンダルト(・・・・・)。なぜ私たちは同じ景色を見られなかったのだ?」

年老いた男が発したその郷愁(きょうしゅう)の言葉は、虚しく空疎な部屋に鳴り響くのみだった。

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