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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の落火
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4_非力の戦い方

カーテンを閉めているのに。目を閉じているのに。外の明るさが分かる。

明るい。眠れない。

あれだけ疲れていたはずなのに。あれだけ眠たかったはずなのに。いまは嫌に頭が冴えている。

眠れない。

目を閉じるとその暗闇に言葉が響く。自分を責める声。

だって仕方がない。私には何もできない。外が明るい。眠りたい。

眠れない。

メナは目を開いた。見慣れた天井が視界に飛び込んだ。

(―――喉が渇いた)

身体を起こし、寝台から脚を下ろす。(ほて)った脚が冷たい大理石の床に触れた。

漆喰で白塗りにされた部屋は無機質で、明け方の薄暗さもあって生気がない。

部屋の端の机を見ると、影のように薄ら黒い塊が居座っているように見えた。

メナはその上から花のような模様のついた白磁の水差しを取り、水差しとは対照的な遊びのない銀製の器に水を注いだ。

その水の流れに、あの川の流れが重なった。

「―――っ」

首を振ってそれを追い払う。水差しを戻し、無意識のうちに首から下げたペンダントに手を当てた。しばらくそのまま立ち尽くす。

頭が回らない。

メナは空いている手で器を掴み、水を一息に飲み干した。あぶれて水滴があごに伝うのを器を持った手のこうでぬぐう。

「………」

どうすれば良いのだろうか。どうすればよかったのだろうか。言葉にはならないその悩みは、明確にメナをむしばんでいた。

忘れたくとも、忘れられない。眠りたいのに、眠れない。

(―――これを差し出せば)

メナはペンダントを掴み、目の前に掲げる。

金色の枠に包まれた、赤色の光を湛えたその宝石は、『鴉瞳の落火(ルブシディア)』の名に恥じない、血のように濃い赤色をたたえ、揺れに合わせて燃えるように(きら)めいている。

これが鍵だ、シオは言っていた。

メナは思う。これを差し出せば自分は用済みなのだ。

「………」

メナはしばらくの間ペンダントを見つめる。心臓のあたりが縮こまるような気持ちがして気分が悪くなった。

それに呼応するようにして、メナの思考は寝不足なのにもかかわらず、いやだからこそ際限なく湧き出てくる。

あるいは、それは不安を押し流すためのものだったのかも知れない。けれど結局、メナの不安は消える事はなかった。考えれば考えるほど袋小路に迷い込んでしまう。

別に死地に向かいたい訳ではない。解決してもらえるのであればそれに越した事もない。

シオが最終的にどうするのかはともかく、少なくともいまは何をせずとも命を狙われることもないように思えた。ただそれでもなぜか、メナの不安が消える事は無い。

それでは良くない(・・・・)。

(―――どうして?)

メナは意識的に自分に問いかけた。

その声は一時的に思考の流れをさまたげる。しかし、湧き出る思考は、肝心のその答えにかんしては何も(つむ)いではくれなかった。

メナはため息をついて寝台に戻る。今や(ほて)った身体(からだ)も夜の空気で冷やされて、寝巻き一枚では少し肌寒い。

しかし、そのまま布団に入る気にはなれず、道すがら衣かけにより、羽織(はお)るもの見つけ出してそれを肩にかけた。そして、寝台に腰かける。

何をするでもなく正面を見つめていると、ある考えが頭をもたげ、呟いた。

「―――いっそのこと、殺してくれれば良かったのに」

メナの呟きは部屋の静寂に溶ける。それに応える者はない。何かいけないことを言ってしまったようにも感じ、メナは顔を手で覆う。

本気でそんなことを思ったわけではない。だが、そうすれば今の彼女の悩みは消える。

それは確かなのだ。

「………」

物音ひとつしない薄暗い部屋。そんな中に、メナの吐息だけが静かに続いている。

(―――疲れている。寝ないと)

メナはそのままで(まぶた)を閉じた。眠れる気はしなかったが、せめて横になろうと脚を持ち上げる。

しかしその時、何かが落ちる音が部屋に響いた。

静寂に慣れきっていたメナの耳は、重く柔らかいものが床に衝突する音にくわえて、衣ずれの音も正確に聞きとった。メナはそれが意味するところを即座に理解したのだ。

「誰!?」

メナが目を開けると、透き通るような白色が目にはいった。その白色には見覚えがある。

荒々しい息をはく傷だらけのその少年はメナの姿を見すえると、すがりつくように呟いた。

「―――どうか、助けてください」

その弱々しいまでのインテネの姿にメナは一瞬、寝不足による幻覚を疑った。確かめるためにもメナは立ち上がり、インテネの側に歩み寄った。彼から漂ってくる血の匂いは、幻覚と呼ぶにはあまりにも生々しい。

「どうしたのです、アミネは?」

インテネはその問いに対して、荒い呼気に息をつまらせながらも応えた。そしてそれが、全てを物語っていたのだ。

「アミネが……アミネを助けて!」


**


メナは彼が落ち着くのを待ってから水を差し出した。あまりの気の動転具合に、話を聞くことができなかったからだ。

「落ち着きましたか?」

自分が使った器ではあるが、今は些細(ささい)なことだろう。インテネはうなずき、それを受け取ると一息に飲みほした。

あらためて彼を見ると、至るところに怪我がある。致命傷はないようだが、感染症が不安になる状態だった。しかし、彼がそれどころではないのは、様子を見ればすぐに分かった。

「すみません。焦っても仕方ないと、分かってはいるんですが………」

インテネは、メナに器を返してからもソワソワと落ち着きなく指を動かし、今にも動き出したいのをこらえているようだ。

「何があったのです?」

メナは彼に疑問を投げかけるが、実際のところそれが災厄に関連するものである事はなんとなく予想がついていた。

それは単なる直感だが、この瞬間に何かが起こるとすればそれしか考えられない。

「アミネが、僕を(かば)ってゾーク様の研究所に残されています。白い大蜘蛛の魔獣がいました。殿下、どうかアミネを助けてください。今はもう『繋がり』がほとんど感じられない……でも生きている事は分かります」

それはメナの予想から大きく外れたものではなかった。しかし彼女に返せる言葉はなく、ただ唸る。

(助ける? どうやって?)

メナとしてはこうして目の前で困り果てているインテネを見捨てることはできなかった。しかし現実の問題として、メナにはそれをなんとかできるような知識も力も持ち得ていない。

メナの躊躇(ためら)いは、インテネにも伝わったのだろう、彼は静かにメナの瞳を見つめる。

その目には薄く涙が滲んでいた。メナはインテネのそんな弱々しい目を見たくもなかった。それから逃れるように目を閉じて背を向けて水差しの置いてある机の方へと歩きつつ、ひとつの考えを述べる。それは今の彼女に出せる最善の答えだった。

「―――この城の謁見(えっけん)の間に今、この国の最高戦力とも言える人たちがいます。彼らを頼ってみてはどうでしょう」

彼女自身に力はなくとも、力を持つ者の存在は知っている。上手く交渉できれば、彼らの力を借りることでことを上手く運ぶことができるはずだ。

「取りもっては下さらないのですか?」

メナの背中に向けてインテネの声が刺さる。

その言葉は、メナが今一番言われたくない言葉であった。彼女はそれを意識的に避けていたのだ。

「―――私は……私は今、彼らに嘆願(たんがん)ができるような立場ではありません。私が行ったところで大した意味はないでしょう」

メナは器を机に戻す。かたんと銀器が木製の机をたたく硬質な音が小さく鳴った。

分かっていた、それがインテネと彼らを取り持つ事を断る理由にはならないことを。しかしやはり、彼女の感情が邪魔をする。

(―――今、彼らと顔を合わせたくはない)

「でも……!」

インテネが悲壮な声を上げる。

背中を向けていてもその必死さは伝わってきた。彼は少しでも交渉の成功率を上げたいのだ。

「急いだ方が良いのでは?」

それでもメナはインテネを突き放すように言い放つ。自分は助けになれない。

しかし、インテネは一向に動こうとしない。身じろぐ気配すらない。代わりに言葉が返ってくる。

「僕はゾークの手勢だ。殿下を(さら)った張本人でもある。そんな人間が助けを求めたところでどれだけ信用ができますか?」

「彼らは……冷淡ですが、愚者ではありませんよ」

「僕は、あなたに訊いています」

メナは彼の思い掛けぬ食い下がりに意表をつかれ、一時押し黙った。そしてしばらく迷った末、正直に思いを告げる。

「―――私は、あなたの言っていることが嘘だとは思っていません。少し前なら疑ってかかったでしょうが、少なくともあなたたちと接して、その人となりを知りました。今は疑ってなどいません。だからこそ、急ぐべきだと言っています。彼らはきっとその件については対応してくれるはずです」

「僕は、殿下が言う人たちの事を信用できません。僕は彼らについて何も知らない。でも、あなたについては知っている。殿下なら!」

その必死な姿に、メナはふっと琴線を触れられたような気持ちになった。

かつての自分のことを想起し、思う。

(―――インテネは私を頼りにここに来た。他に手がないから(・・・・・・・・)だ)

ここ数週間の逃亡生活の中で、正体の知れない相手に物を頼むことの恐ろしさを、メナは何度も身に染みて体験してきた。

命を狙う存在から身を守るために、さまざまな状況から判断して生き延びるように動いてきた。それは決して楽ではなかった。失敗もした。

メナはいつも、人を頼る他なかった。だから、彼が今どんな気持ちでここにいるのかも理解できる。

怖いのだ。彼はいま、死の(ふち)にいるのだ。自分自身ではないが、自分にもっとも近しい存在を失おうとしている。

(忘れていた訳ではないけれど……)

自身の分け身を失うことがどれほどのものなのかをメナは正確には理解できない。

しかし彼の必死さが、メナのかつての心境と重なった。誰かを失う、その辛さは痛いほど分かった。そして、それが最後にはメナの背中を押した。

インテネに手を差し伸べるということは、かつての自分を肯定することでもあったのだ。

「―――わかりました」

メナには大局(たいきょく)を見て動くことができるほどの優秀さはない。自身の命を投げ打ってまで何かを成そうとも思えない。

しかし、目の前で困る人間を見捨てることができるほど、冷酷にもなれなかった。それがシオやゾークとの決定的な違いであり、姫としては中途半端な「カレン・メナ」という人間なのである。

メナは覚悟を言葉に変えて口にだした。

「わかりましたよ。話をつけに行きましょう」

七章終わり。

反省会を開くのは、これをすると決めておかないと自分で振り返る機会がないからです。悪い癖ですね。


七章反省会

 改めて自分の小説にハマったルーツや尊敬する小説を読み返してみて、自分の至らぬ点を思い知らされる。自分の経験の薄さ、知識不足、勉強不足が露呈したわけだが、そこは補っていくほかない。歴史とかは一朝一夕では身につかないので苦労しそうだ。しろ。


・文章に情景が少なく、映像が想起されず、イメージがしにくい部分が多いが、これは自分自身でその場所のイメージが定かになっていないことが原因だという仮説が立てられる。そこはシートに項目を増やすなどして、対策。

あと「言った」とかは別に多用しなくていい。その代わり、その言葉に対して対象がどのように動くのか、ということを意識して書いていく必要がありそうだ。漢字もなるべく減らす。


・テーマとそれに対応する出来事、行動などをより具体的に決め、そもそも結末を決めておくことの重要性を再確認した。

 はじめに決めた物語の流れにがんじがらめになっている現状、いかに小節ごとを面白くできるかに意識を持っていく。


・執筆速度的には早くなったので、そこは進歩だと思う。自分を褒めよう(パチパチ)。

新たな試みなんかもできればなお良い。思考も深めていきましょう。


以上、解散

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