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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
鴉瞳の落火
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2_鴉瞳の魔法使い

姫君が部屋を出て行った後、しばらく謁見(えっけん)の間は静寂に包まれた。

そして、その静寂を破ったのはやはり、玉座についた男であった。

「―――少し、具体的な話をしよう」

何についてだ、などという質問は起こらない。

災厄を止める術だということはこの場の誰もが理解していた。

不思議なことに、それが本当に起こることなのかと疑う者は、誰一人としていなかったのだ。

本来であれば(わめ)いていたであろうニコイまでもが、それを疑うことすらしなかったのは、最近まで敵として戦っていた男が、それに意義を(とな)えることすらしない様子を見てのことであった。

肝心のその男、リョウはというと「災厄の復活」、その点については疑ってすらいなかった。

それは彼自身が見聞きした情報がそれを裏づけていることと、山での魔獣の生息域にかんする異変がそれに起因するものなのではないか、という予想が現実味をおびたためであった。

しかし代わりに、シオの言動に不自然な部分があることにも気がついた。

「その前に、ひとつだけ聞かせてくれ。お前が『ルブシディア?』とやらを求めているのは分かった。だが、その割にはあっさりと身を引いたな? 無理矢理にでも奪えば良かったろうに」

「お前たちがいるのに、か?」

シオは苦笑する。

リョウはシオの返答を聞いても納得はできなかった。

(こいつには、予言の魔法使い(ジュゲン)と同じ匂いを感じる。備えがない訳がない)

「―――まあ、だがそうだな。これは話しておいた方がよかろう」

リョウが黙って待つと(あん)(じょう)、シオは仕方(しかた)なしと首を(ゆす)ってから話し始める。

「まず前提として、私のこの魔法はここ数年で目覚めたものであり、使いこなせていない。当然、今回の件など本来であれば予見することなどできなかった。いや、仮にもっと早くに目覚めていたとしても、それは無理だっただろう。これは練度で精度が変わるような魔法ではない。それは実感したよ」

「それじゃあ、なんで今回の災厄については知っていたのかしら?」

マノンはメナに感情移入している部分があるので、シオに対する口調には少し(とげ)があるように感じられた。

だが、その疑問自体はリョウが抱いたものと同じものだ。

ジュゲン(・・・・)だよ」

シオに代わり、セノイが言った。

「―――ジュゲン?」

マノンがセノイに向けた顔には明らかに「なぜあなたが答えるの?」と書いてあったのだが、彼は構わず話し続ける。

「シオと俺は初めからアイツの予言(・・)に従って動いていた。とは言っても、それをお互いに知っている、くらいの関係だが」

シオがそれに頷くのを見て、リョウは色々と()に落ちた気がした。

「要は、初めから『この状況を作り出すため』だった訳か。アイツらしい」

そしてそこにはおそらく「メナの生存」あるいは「協力」が組み込まれている。

だからシオは今、強硬手段に出ないのだ。

それが結果としてどこに落ち着くのかは想像もできないが。

「―――大体分かった。話は聞こう」

リョウが言うと、マノンも複雑な表情ながらも首肯した。

それだけ彼らにとってジュゲンの存在は大きいのだ。

だが、それに異を唱える者がいた。

「待て。黙って聞いていれば、先ほどからお前たちの話は世迷言(よまいごと)にしか聞こえん。予言? この状況を作り出すだと?」

ニコイがいい加減にしろと言わんばかりに怒鳴る。今回ばかりはフークーもそれを(とが)める事はなかった。

「馬鹿馬鹿しい。童話ではあるまいし、亡王子は『鴉瞳(あどう)』だったとでも言うのか!」

言い返せるのであれば言い返してみろとでも言いたげな視線を周囲へばらまいたニコイであったが、周囲は(いた)って平静であった。

「あぁ、その通りだ。彼は未来を知り、人々を導く伝説の英雄。鴉瞳の主……『鴉瞳の魔法使い(・・・・・・・)』だよ」

いっそ冷たいとさえ思えるほどの声でシオが応えた。

「―――っ、何を根拠に………いやそもそもだ、それならばなぜヒエラーゾ様にそれをお話しにならない!」

水をさされて勢いが減じたニコイであったが、それでもなお食い下がった。

というよりも、本来であればニコイの反応が正常なのだ。

人々の行く末を見抜き、導く力など、おとぎの話でしかないのだから。

「話さない理由の方は、貴公がいま示した態度が物語っている。私が仮に彼にこれを話したとして、信じたか? そもそも、あの男は国が危うくなれば、伝手(つて)を使って隣国(ズノクヨール)に逃げ込む、そういう男であろう。……そもそも今回の件(・・・・)も独断だろう」

シオに言われ、ニコイは口をつぐむ。思い当たる節はあるのだろう。

ニコイに代わり、フークーが丁寧にシオに訊ねた。

「シオ殿、発言をお許しいただきたい。信じられないのが当然と仰られるのなら、彼らはともかく、なぜ我々には話したのです」

シオは腰を浮かせて座り直すと、まっすぐに彼らを見すえる。

「―――ヒエラーゾはともかく、貴公らの力は必要だ。未来を知れたとて、それは全てが思いのままという訳ではない。有能な協力者(・・・・・・)は多ければ多い方が良い」

フークーは(うやうや)しく頭を下げ「成る程、理解いたしました。ありがとうございます」と礼を口にした。

シオの物言いに強く言い返すことができなくなったのもあるだろう。

「さて、大分横道に逸れてしまったが話を戻そう。災厄が現世に再現された時、どのようにしてそれらを乗り切るのか」

「―――阻止は考えないのか?」

幾分か機嫌を直したらしいニコイが訊くと、シオはゆっくりと首を振った。

「今からでは最早、間に合うまい。あと一年でも早く準備が済めばありえただろうが、今はどんな形であれ(・・・・・・・)、災厄は復活してしまう。今となっては、私にもそれは分かる」

「すると………正面から対処する訳か?」

リョウが確認すると、シオは頷いた。

「災厄の獣は、膨大な『領域』を内包した魔獣である、というのが現在研究で(つまび)らかにされている通説だ。その点に関しては、リョウ、君の方がよく知っているはずだな」

「―――繰り返された『継承』の結果、異常領域を獲得した魔獣、少なくとも俺はそう教えられてきた。だから、魔獣が災厄に育つ前に狩る。それが『封印』の実情だ。だが、それは言ってみれば予防策でしかない。今回の件は復活したそれへの対処だろう。役には立たない」

「それはそうだ。そこで重要となるのが『鴉瞳の落火(ルブシディア)』だ」

セノイが腕を組んだ状態でシオに問いかける。

「―――そのルブシディアとやらはどんな魔法が込められている?」

セノイが知らないとなると、この場でその詳細について知っているのはシオだけ、ということになる。

皆の視線を一身に受ける中、シオは口を開いた。

「『鴉瞳の落火』に込められた魔法は『侵食(・・)』。他者の領域に干渉し、一時的に焼き拡げる『退魔の炎』だ」

リョウはそんなものがあるのかと感心する。

本来は干渉できない「領域」。

それに干渉できるとなると、魔法を基軸(きじく)に戦う兵士はもちろん、継承者を相手にした場合には特に有用な切り札となりうるだろう。

「それなら尚更、姫様に頼む必要があるんじゃないのか?」

セノイがシオに疑問をぶつけ、彼はそれを首肯した。

「―――(すべ)がない訳ではない。そもそも、君たちの協力を得ることが本命だ。だからこそ、ここから先を語るには、君たちからの協力を得られるか、それが大きく関わってくるのだが、どうだろうか」

要は、話を聞きたいのであれば協力しろということだろう。

リョウの中では、セノイとシオの双方からジュゲンの話が出た時点で協力しないという選択肢が無くなった。

あの予言の魔法使いはそういう男で、リョウはそれを知っている。

彼の手のひらの上というのは(しゃく)(さわ)るが、だからと言ってそれに反抗するのも馬鹿馬鹿しい。かつてと同じくそう思った。

しかしリョウがそうだからと言って、他の面々がそうだとも限らない。

実際にニコイなどは先ほどから不服そうではあるし、マノンに関しても、シオのメナに対する仕打ちについては、明確に反感の意を示している事を考えれば、断る事だって十分にあり得る。

「すぐにとは言わない………と言いたいところだが、実際のところ、時間的余裕はあまりない。返事はこの場でもらえると助かる」

シオの追い打ちを受け、マノンはため息をついた。

「―――災厄を前に逃げ出すっていうのもいやだし、手伝うわ。実際、面白そうではあるし」

「相変わらずだなお前は。俺は言わずもがなだ」

リョウの疑念は杞憂(きゆう)だったようで、結局ジュゲンとの関係性があった三人に葛藤はほとんどないようだった。

リョウも彼らに続くような形で返答する。

「―――俺も特に反対する理由はない」

それに対して、ニコイとフークーの二人は悩んでいる様子であった。腕を組み黙り込んでいる。

シオは、未だ返事のないニコイとフークーに目線を向けた。

「ニコイ殿とフークー殿は如何か?」

問われてなおも二人は黙したまま語らず、しばらく謁見の間に沈黙が拡がる。

特にニコイが葛藤する様は見ていて面白くなってくるほどであり、彼が普段からどれだけ上司に悩まされているのかが察せられる瞬間でもあった。

「クソっ、一つ聞かせろ。災厄は絶対に起こるのだな? それは、どれ程のものなのだ?」

「―――私にははっきりとは()えないが、そうだな。あるいは周辺各国にも被害が及ぶのではないか?」

ニコイは呆れたように首を振る。

「文字通りの災厄ではないか………信じられん」

その時シオは何かに閃いたようにくくと小さく笑った。

「ヒエラーゾへの説得で困っているのなら、言っておくが。もしもの事(・・・・・)があったとしても、こちらで尻拭いはする心算(こころづもり)だ。どのみち前王朝を排して時間も経っていない、多少の横暴もまかり通るだろうよ」

ニコイはそれを聞いてパッと頭をあげた。

「貴様、どこまで手を………いや、それで滅びは避けられるのか?」

「少なくとも、残るものはあるだろう」

「―――少し考える。フークー」

そうして、ニコイはフークーを伴って部屋のすみに移動した。

リョウも流石に盗み聞きするつもりはなく、なんとなしにメナの様子を探る為に領域に意識を向け、彼女が無事に部屋に辿りついている事を感知して、領域を引き戻す。

一人になりたい人間の元にいつまでも領域で様子を見張っている事は、あまりに品がなさすぎる。

しばらく話した末、二人はシオの前に立った。

「さて、どうする」

シオの問いかけを前に、二人は膝を折った。

「―――我ら二人、この身を貴殿に捧げます。どうか程よくお使いください」

流石に外面を重んじるというべきか、ニコイとフークーは堅苦しい挨拶でシオに恭順(きょうじゅん)を示したのだ。

同時に、それは彼らがヒエラーゾからの決別を決した瞬間であり、その時点でシオの目的は半分達せられたのだった。

「よし、よし! 良かった、ヒエラーゾはともかく、貴公らの協力は不可欠なのだ。未来を知れたとて、それだけでは未来を良い方向に転がすことなど出来ない」

今までの冷たい態度が嘘だったかのように喜ぶシオを見て、リョウは成る程、こいつは相当に苦労しているのだろうと思った。

未来を知る力があったとて、こうして実際に結果を出す事は難しい。個人でできることにはどうしても限界があるのだ。

それは、リョウもそれを実感することが多く、彼に共感できた。

「それじゃあ、話して貰おうか」

ニヤリと笑ったセノイがシオに言う。

シオはバツが悪そうに笑った後「あぁ」と話を始めようとする。

しかし、リョウは微かな異変に気づいてそれを遮った。

「―――待て、妙な気配がある」

その気配は、リョウが感じたことのあるものだった。

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