1_薄明に涙を流す
嗚呼
歌い伝えよう
我らの過ち、その報いを
聞いてくれ
我らが神、アントマキウスよ
カチタータの未来の民よ
これは戒めの歌
我らの後悔の形だ
そして、連綿と続くその血と共に伝えてくれ
人は愚かで、忘れやすい
どうか、忘れないで欲しい
それこそが次なる災いを防ぐ
ある時、神は宣った
それは始まりに過ぎぬ
立ち上がり、戦うが良い
それが過ちの清算となろう
嗚呼されど
人々はただ震え、騒ぐばかり
それは愚の骨頂
神は愚か者を相手にしない
白き怒りは街を呑み
人々は野を這う虫のようにただ逃げ惑う
其れは白き災い
されどそれは幕開きの合図に過ぎなかった
あれを見よ、カチタータの山々を
その方を
白き影は黒を伴って人々の前に現れた
人々は容易に踏み潰された
それは正しく災厄である
**
「まだあの双子を気にしているのか?」
シオの使者を名乗った黒衣の男、その手配により用意された馬車の車窓から外を見上げていたメナは、その声に首を巡らせる。
その嫌味なまでに敬意の感じられない声は異様に懐かしいもののように感じられた。
(そこまで時間は経っていないはずなのだがけれど)
メナは顔を向けたはいいが、そこで彼の視線とぶつかり、なんとなく視線を逸らす。
「―――気にしていない事はありませんが」
そして言い知れぬ思いを胸に、メナは言葉を濁らせる。
その様子を見て、マノンがなぜかニヤリと笑ったのが見えた。
「あんなメッセージまで残して勝手に消えちゃったものだから、後ろめたいんじゃないかしら?」
「確かにそれに関しては説明が欲しいところではあるな。おかげで色々と骨を折った」
マノンのからかいに何を応えることができずにメナが黙っていると、リョウはマノンに同調してセノイの方に話題を転換した。
「お前が出てくるつもりだったと知っていたのなら、わざわざあんなところに忍び込んだりしなかったのだがな」
「それはご愁傷様だ。もっとも、俺はジュゲンとは違って未来が見える訳ではないんでね。その場で手に入る情報を組み合わせて動いただけだ。お前らの事情など知らんよ」
「まぁ、結果としてあの地下で意外な奴とは会えた上に、姫様の居場所まで教えてもらえた訳ではあるが………『癒し手オウマ』彼について、お前は知っているはずだな?」
話を振られ、メナは目を白黒させる。
なぜ急に爺の名前が出るのだろう。
「―――灰の封穴で彼と遭遇した」
メナの疑問を汲み取ったのか、リョウは後を続けた。
しかしそれを聞いても、メナには心当たりがない。
「―――済みません、私に答えられる事はありそうもないです」
メナは正直にそう口にする。
そもそも灰の封穴についてもつい先ほど聞いたばかりなのだ。
「そうか、となるとシオに訊く他ないな」
メナはリョウが溢したその一言が気に掛かった。
「シオ………殿とオウマ爺とに何の関係が?」
「あいつはシオの指示で動いていると言っていた。含みはあるが、何かしらの関係はあると見るのが妥当だろう」
メナは、何が何やら、状況が掴めなかった。
今日はこの短い夜半の間に、情報がつまり過ぎている。
**
丸一日の移動を終え、メナたちは王宮へと到着する。
到着した頃には結局、オクホダイの居城を出た時と同じくらいの時間になっていた。
しかし、事態は急を要する、即座にメナたちは王宮の謁見の間に集められた。
少し前までは馴染み深いものだった王宮の謁見の間に、別で移動していたニコイとフークーが現れ、その時点で役者は全て揃った。
他の三人はともかく、ニコイとフークーに関しては先まで殺し合う間柄だったこともあり、メナは気持ち彼らから距離を離して立った。
そしてメナは目上の玉座に座るシオを見やり、複雑な気持ちで見つめた。
彼は自分の命を狙った張本人、ある意味で今回の黒幕である。
その彼が今、かつて父の座っていた席に腰掛けている。
(何を思えば良いのだろう)
混乱するメナの思いを他所に、シオは口を開いた。
「上から話すことには勘弁してくれると嬉しい。立場上、形式だけでも気を遣わなければならない」
メナは「何を言うか」と一瞬思ったが、実際にシオの声音は平らかで驕ったところが感じられず、それが本心なのだと分かってしまう。
「御託はいい。どう言う了見だ」
ニコイとフークーが身を低くする中、リョウが端的にそう返す。
メナは流石だなと密かに感心した。
クーデターの結果とは言え、王位についた者に対する物言いではない。
そしてそれは、彼が特別にメナを見下していた訳ではないのだと、不思議な安心感のようなものを彼女に感じさせた。
「―――そうだな、君はそういう奴だ」
シオは気を悪くするでもなく淡々と話し始めた。「災厄」についての話だ。
「君たちも知っての通り、今、ゾークは災厄の獣の復活を目論んでいる。あるいはもう実現しているのかもしれない。その制御方法か何かを見つけたのだろう。だが私はそれが上手く行かないことを知っている」
メナは奇しくもシオと同じことを考えていたことに何となく顔を顰める。
「『予感』だったかしら?」
マノンが腰に手を当て、シオに疑わし気な視線を向けた。
彼女は予言の魔法使いであった兄とは関係が深いと聞く、シオがそれに近い力を持っていることに思うところがあるのだろう。
「ふむ、まあ、そういう事にしている。この際だから話すが、私のこれは紛れもなく『予言』の魔法だ。出力こそ小さいが」
メナはそれを聞き、行く先々で彼らの手がかかったのはその力によるものかと納得する。
同時にその理不尽さに怒りも湧いた。
「―――まさかとは思ったが、カゥコイ家は王家の血を引くのか」
「その通りだ。良く判ったな」
リョウの質問にシオが答えた時、メナは思わず驚嘆する。
メナは王族であるのにも関わらず、それを知らなかったからだ。
それを知っていてどうなるという話でもなかったが、王族が知らない事は幾分問題ではないだろうか。
「王族である姫様が驚いているようだが?」
メナの心情を代弁するかのようにセノイが言うと、シオは苦笑いする。
「知らずとも仕方ない。もう随分と前に分派したもので、さほど血縁が近いとも言い難い。その上、本家の血がこれまで絶える気配など微塵も無かったりで、そもそもそこら辺の成り立ちを教える者も居なくなった。私がこれを知るのは、そうだな、言ってみれば押し付けられた側の恨みつらみ、と言ったところだ。正直、私には興味がない………母は何かと口にしたが」
「ではなぜ、今回反逆を画策したのです?」
メナはシオの言葉に矛盾点を見出し、そこを突いた。
何も恨みがないのならば、わざわざ王族を皆殺しにすることもなかったはずだ。
その後に自身が玉座に座っているという事実は、それを不自然に感じさせる。
「ああ、君には悪いことをしたとは思っている。それがどんな人間であれ、肉親を失うのは辛いものだ。だが、君の想像している事は違う。無意識という事はあるかもしれないが、少なくとも意識できる限りでは私にその意図はない」
相変わらず平静で誠実なシオの声に感化され、メナは強く言い返すことができなかった。
しかしそれでも疑問は口にせずにはいられない。
「では、なぜ?」
「そうでもしなければこの事態に対処できないと知ってしまったからだ」
「それは………」
話し合えなかったのですか。
メナは言いかけてやめた。不思議とその答えが予想できるような気がしたのだ。
ゾークの話を聞いたことで、メナの中にはある種の可能性、つまり父が災厄の獣の復活の手助けをしていたのではないかという疑惑が生じていたのだ。
そして、シオが今の道を選んだ事には相応の意味がある筈だという思いが、その仮説を現実的なものへと変えていた。
「少数が真実を知っていて、その真実を事実として他者を説得するのは、君が思う以上に難しい。それならば嘘を使ってでも、動かしやすい方法で近づける方が余程楽だ。難しい事に違いはないがね」
メナの心を読んだ訳ではなかろうが、彼は静かにそう語る。
「―――今、私を殺さないのは」
「その必要がないから、と言うよりも元々君の命に固執するつもりは無かった。人を動かすにはその方が都合が良かったというだけだ」
「待て待て。それでは話が変わってくるぞ。我々は姫君を排除するために行動してきた、それらは全て無駄だったと?」
思わず、といった様子でニコイが叫んだ。衝撃からか、表向きにでも敬う態度を忘れている。
これまでヒエラーゾを間に挟んでいたとは言え、シオの指示にしたがって活動してきたニコイからしてみれば、それはとても容認できることでは無かったのだろう。
その気持ちは解らないでもない、メナはそう思った。
(私だって、無意味に命を狙われていたなんて納得できない)
「有り体に言ってしまえばそうなる。私が必要だったものは、彼女が持っているであろうものだ」
メナはシオが指すものが何か分かり、思わず胸元に隠したペンダントに手を当てる。
「『鴉瞳の落火』。半永久的に機能する魔道具。それが今回の件においても欠かせない鍵だ」
シオの話を聞きつつ、メナは自分のうちに沸き起こったこの感情が不合理なものだと理解していた。
彼は正しいことを成そうとしていた。いずれ訪れる災厄に備え、その被害を抑えるために行動し続けてきたのだ。そのためにそうすることが彼にとっての最善だったのだ。
立派なことだと思う。
しかし、彼女は、彼女たちはそのために命を追われ、また散らせた。
ただ彼女が手にした道具一つのために。
理由があろうと、それは到底納得できることではない。
メナの脳裏に、あの時見た彼らの遺体の姿がチラついた。その光景は、あの日ゾークの元で見た時よりも鮮明で真に迫っていた。
「つまり私は、話し合いの場も与えられず、ただこれを奪うために狙われていたのですね」
メナは自分の声が存外に震えていることに気づき、らしくもなく舌打ちの真似事などをした。
頬を伝う涙が鬱陶しい。
メナは自身の感情に振り回されていることを自覚し、しかしどうすることもできず、そんな自分が情けなく感じてシオから顔を背けた。
そしてそのまま背を向けて部屋を出ようとする。
「―――謝るつもりはない。協力が得られない事は遺憾だが、君のことを責める気にもならない。君の部屋はまだ残っている、使うがいい」
背中にかけられた彼の冷たく無機質な言葉には、しかし仄かに人肌の柔さが残っていた。
その同情がさらに気に障り、メナは何も応えずに広間を去る。
(もしあなたが、ただ強欲なだけの暴君であったなら………)
扉を潜って廊下に出る。
予想外の明るさに軽く目を細める。
気づけば部屋の外では夜が明けていたのだ。
柱の間から見える月と同じ色。白白明けの空。
(結局私はここでも、無力な『姫君』でしかない)
空を見つめながら、メナはしばらく立ち尽くした。
命の保証が出来たというのに、彼らとの約束は果たせそうだというのに、メナの気持ちは中途半端にぶら下がったままだ。
薄明が運んだ冷たい晩夏の夜風は、彼女の濡れた頬に痛いほどに叩き、吹き抜けていった。
4割くらい勢い




