4_蛍光の贄
嗚呼
歌い伝えよう
我らの過ち、その報いを
聞いてくれ
我らが神、アントマキウスよ
カチタータの未来の民よ
これは戒めの歌
我らの後悔の形だ
そして、連綿と続くその血と共に伝えてくれ
人は愚かで、忘れやすい
どうか、忘れないで欲しい
それこそが次なる災いを防ぐ
ある時、神は宣った
白は執着、破壊の色
全てはそこから始まる
ゆめ忘れる事なかれ
嗚呼されど
人々は忠告を聞かず過ごした
それは愚の骨頂
神の怒りに値する
その日は決して遠き事ではなく
カチタータの山脈に連なる山々
その頂上の万年の白雪が揺れた
人々は目を疑った
あれはなんだと騒ぎ立つ
皆がもはや神の言葉など忘れていた
何とも嘆かわしい
刮目せよ、これは天を覆う白き怒りだ
人々は逃げ惑う
しかしその抵抗は等しく無駄なのだ
災厄の伝承: 第一歌『白の災厄』第一節より
**
彼が目を覚ましたのは、薄暗く閉塞感漂う狭い部屋だった。
剥き出しの岩肌はその場所が本来はそれ用に整えられた場所ではないことを示唆していた。
一方で、その部屋はある種の方向性を感じさせるもので溢れていた。
それはとてもその岩肌には似つかわしくない物たちだ。
何かの薬品、そしてそれらを混ぜ合わせるための器具。怪しげな書籍。
仄かなカンテラの光源の元にあると、それらはどことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
「―――一体」
どうなったのだろう。その言葉が口をついて出るよりも先に、彼は妹のことを思い出す。
あのセノイとかいう男に突き飛ばされ、怪我を負った妹。
それは決して軽い怪我ではなかった。
「アミネ!」
インテネは身体を起こし、思わず声に出して彼女を呼んだ。
それが彼女に届くと思った訳ではない。もしも彼女の身に何かがあったらと思うと居ても立っても居られなかったのだ。
「―――何?」
インテネの危惧を他所に、彼の寝せられていた寝台の横から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
気だるげに足を抱え、寝台に背中を預けて座っている彼女の姿はいつもと変わらない。
「良かった、無事だったのか」
「そっちもね。一応、加減はされていたみたいだけど、痛むところとかない?」
アミネの言いようで、インテネはようやく自分がセノイにやられたことを思い出した。
背中に冷や汗が滲んだ。
「―――手も足も出なかった」
思い出しても腹が立つどころか畏怖が湧いた。
それほどの実力差が彼との間にはあった。
(―――あれは、何か、手の内を知られているような)
「怪我はないのね」
無意識のうちに両の手のひらを見つめていたインテネは、アミネの言葉でハッと我に帰った。
「特に痛むところはないよ」
徐々にいつもの調子を取り戻してきたインテネは寝台に横坐りして、改めて部屋の内装を確認した。
「―――ここはどこなんだろう?」
望み薄だろうが一応はアミネに聞いておく。
しかし、いつもならすぐに「知らない」と返ってくるところに、アミネは沈んだ声で答えた。
「―――たぶん、ゾークの研究所」
「聞いたのかい?」
「―――奴らの会話をね」
インテネはその時のアミネの暗澹たる声音に「何かがある」のだと察知する。
おそらく、インテネが気を失っている間、彼女は彼らの会話を密かに聞いていたのだろう。
「何を聞いた?」
「―――ゾークはやっぱりクソ野郎ってことかな」
アミネの真意を問い正そうと口を開きかけたところに部屋の扉が開いた。
岩肌が飛び出した壁の中では。その木目は浮いて見える。
そして、その隙間から見えた姿は彼らには良く馴染んだものであった。
「おや、目を覚ましたようだ。良かった」
「ゾーク様………」
部屋に入ってきたのは車椅子に乗ったゾーク、そして隣にはそれを介助していた白ずくめが一人。
インテネはその白衣の存在を直接目にしたことは初めてだったが、一つの仮説が閃く。
その通りであるとすれば、概要は知っている。
「―――それと、掃除屋の『白隊』」
ゾークはそれを聞いて少なからず感心したようだ。
「それを知っているとはね。君たちに接点はないはずだが………」
「僕とて、諜報の端くれ、そのくらいは知っています」
「そうか、それは素晴らしい」
ゾークは穏やかに笑う。
大見得は切ったものの、インテネがそれを知ったのは本当に偶然と言っていい。
風の噂のように掃除屋の従業員が話しているのを聞いただけなのだ。
曰く、「掃除屋には白衣を纏った特殊部隊が存在しているらしい」「通常部隊では手に追えない案件に直面した時にゾーク様が遣わすんだと」と言ったような話だった。
当時は眉唾だと思って深入りしなかったが、実際にその実在を突きつけられると調べておけば良かったと、後悔が先立つ。
「―――ところで、なぜ僕らはこんなところに。というよりも、ここはどこなのです?」
「そうだね、気になるだろう。来なさい、話してあげよう」
インテネは訝しく思いつつも立ち上がる。
その手をアミネが掴んだ。
「待って」
インテネが理由を訊くために振り返った時、アミネが何かを彼に手渡した。
「―――いざという時はそれを使って」
さりげなく腕を引き寄せられ、耳元で囁かれたインテネは驚いて妹のことを見返す。
アミネはインテネに目線を合わせず、代わりにインテネを解放して、ゾークに目線をやると彼に語りかけた。
「私は動けない。ここで待っていてもいい?」
よく見ると、彼女の足首は青く腫れ上がっている。
「折れているのか?」
アミネがあまりにも平然としていたのでインテネも気づかなかったが、一度気がついてみればそれはあまりに明瞭だった。すぐに処置しなければならない。
「―――それは大変だ、すぐに救護係を当てがおう。君はここで待っているといい」
「そうする」
アミネの返事を聞いたゾークは隣の白服に声をかける。
白服はそれに会釈をして立ち去った。
「さて、インテネ、君は大丈夫だろう?」
ゾークに訊かれ、インテネは考える。
先までの言動から鑑みるとゾークの提案をあっさりと飲んだアミネの態度には違和感があった。果たしてゾークに付いて行くべきなのかどうか。
「行ってきて。診てもらえるみたいだし、私は心配ない」
インテネの逡巡を感じ取ったのか、アミネがインテネを後押しする。
その目はぶれない。
理由は分からないが、アミネはどうもインテネにゾークの話を聞いてもらいたいらしい。
「分かった。それじゃあ、行ってくるよ」
インテネはゾークの元へ向かったが、最後に一度アミネを振り返った。
アミネの目元のくまは、薄暗がりの元ではさらに酷いものに見えた。
**
インテネは部屋を出て、そこが予想通りどこかの地下のようだと感じた。
坑道のように骨組みで補強されたその道は数多の光源で明るいが、とても人が暮らすための場所には思えない。
「そもそも君たちは、我々の真の目的について知らなかった筈だね」
当面の機能だけを求めたような無骨な道をしばらく歩いたところで、ゾークが口を開いた。
「―――真の目的、ですか?」
インテネのおうむ返しに朗らかな笑みを浮かべて、ゾークは頷く。
「もともと殿下が生きていらっしゃったことは、私にとっては望外のことだった。だからね、私は殿下の保護とは別軸にこちらの計画を推し進めていたんだ。―――あぁ、君たちに話さなかったのは、君たちとは管轄が違う話だからだね、他意はないよ」
「それが、これから向かう場所と関係しているのですか?」
「そうだね」
「なぜ、私たちにお話しするおつもりになられたのですか?」
「君たちの仕事の領域に触れる段階に移ったからに他ならないよ」
インテネは嘘ではないだろうなと感じる一方、額面通りに受け取ってはいけないとも思った。
彼の老獪な一面は何度も見てきた。
いままではそれが自分達に向けられていなかったが、今がその時なのかも知れないのだ。
インテネはアミネの言葉を思い出す。
(ゾークはクソ野郎、か)
アミネは確かに過激なところもあるが、基本的にそこには一本筋が存在する。
無差別に不機嫌を振り撒く訳ではない。
つまり、あの罵倒の言葉には意味があったということだ。
「―――その仕事とは?」
インテネが訊ねると、ゾークは「それをこれから見せる」と車椅子を止める。
「開けてくれ」
ゾークが白服に指示を出すと彼は何やら手順を踏んだ後、重厚な鉄扉を押し開けた。
砂利が擦れるガリガリという音が坑道内に響き渡る。
そして、そこに広がる光景に、インテネは目を疑った。
「これ、は?」
インテネの狼狽は自然と口を吐いて出た。
対してゾークは当然のことのようにその施設の説明を始める。
「ここはね、魔獣の研究施設。とはいえ、ほとんどが魔獣の死骸やら、微弱ながらも魔法を扱う獣………所謂、水使と呼ばれるものだね、その飼育保管場所と言っていい」
彼の言の通り、その広い空間には様々な檻や、獣骨、獣皮などが机に広げられており、その周りを幾人もの人々が取り囲んでいる。
彼らはゾークが視界に入ると軽く頭を下げる。
ゾークがそれに会釈をすると彼らは再度作業に戻って行く。
インテネはそれを尻目に、細かい網目の檻に近づいてその内を覗くが、そこには微妙に発光している昆虫のようなものが見えた。
「あぁ、それは発光する昆虫だ。珍しいが水使ではないようだ。そろそろ処分しなければね」
ゾークは殆んどそれに興味はないらしく、とっとと部屋を進んでいく。
「発光するのに、魔法ではないのですか?」
「あれはそういう反応なんだ。そういう物さえあれば、誰でも再現できる。魔法は物がなくても発現する現象のことだからね。そういうのは本体が破壊された後でも反応が続く」
「―――ここは何を研究する場所なのですか」
「魔獣の使役だね」
「―――魔獣の使役?」
「とはいえ、それは元々の目的でね、今は違う。というのも、魔獣とそれ以外の違いなんてものは魔法を使うか使わないか、それくらいしかない。魔獣を使役するっていうのは、そのまま生き物を操ることと同義。多少の誘導はできるが、完全に操るとなると、土台無理な話だ。早期にそれが判明して、今は少し方針が変わっているんだ」
インテネはゾークの語る内容が半分ほどしか理解できなかったが、それらの内容はまだ前座に過ぎないのだということは何となく分かった。
「―――すなわち『魔法の制御』。そして『継承』の仕組みの解明がこの施設の真の目的ということになる。そしてそれについてはつい最近、解決してね。今彼らが行なっているのは、その発展の研究といったところかな。とはいえ、今回の目的に於いてはそこまでのものは必要でない。君は、継承についてはどれくらい知っている?」
「すみません、何も」
「そうか、それならば他人の力を借り受ける方法だと覚えておけばいい。継承は巷では禁忌とされるから、君が知らなくても何ら不思議ではないね」
「それが今回の仕事に、どう関わってくるのですか?」
「単純な話さ」
インテネは、そう言って笑うゾークに嫌な予感を覚えた。
しかし、その時には既に遅かったのかも知れない。
インテネは忍び寄るその暗い影に気付けなかったのだ。




