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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
混沌と転回
57/93

2_積み立てられた狂気

その声は、メナの横にいる老体から発せられたものであった。

メナは咄嗟にその方を向き彼を凝視する。

その細い身体のどこからそこまでの低く太い叱責が出たというのか。

その声は今にも衝突しようとしている二人の動きを止めるのには十分な声量であり、セノイはともかく、インテネの方は面食らったように足を止めた。

「どうか勘弁してくれまいか、彼に()死なれては困る」

「―――そうか」

言下に、セノイは目にも止まらぬ速さで動いた。

「―――っ!」

完全に虚を突かれたインテネは掌底で顎を弾かれた。

よろめいたインテネの首をセノイは鷲掴みにし、力を込める。

セノイの腕でしばらくインテネは暴れていたが、間もなく動きを止め、その場に倒れ伏した。

「安心しろ、殺してはいない」

メナやゾークがその衝撃から立ち直り、何かを言う為に口を開いたところに、セノイは機先を制するように主張した。

「こいつは、『動く奴』だ。少し大人しくして欲しくてな」

さも当然かのように言ってのけるセノイに対し、メナは戦慄(せんりつ)してものを言うことができなかった。この男は間違いなく、この場の全ての生殺与奪権を握っていて、場合によってはそれを行使することを躊躇(ためら)わない。そう感じた。

「―――そうですか。お願いしているのはこちらだ。殺さないで貰えただけ感謝を述べさせていただくとするよ」

「話す気になったということだろ、止めたってことはな」

ゾークの嫌味とも知れない謝辞は意にも介さず、セノイは不遜(ふそん)な笑みを口元に浮かべて椅子に座り込んでいるゾークを見下ろす。

(そば)にいるメナは直接その視線に収まっていた訳ではないが、それでも彼から発せられる圧力は、彼女に言い知れぬ恐怖を植え付けた。

「―――(しゃく)だが、仕方あるまい」

ゾークは(しわが)れた声で暗にそれを認めるような言葉を吐いた。

メナはその様に諦観(ていかん)を感じとるが、同時にその奥にある違和感も見落とさなかった。

これまで自分に見せてきた面とは別の側面、メナが対峙するかも知れなかったゾークの一面が、想定とは全く違う形でメナの前に現れようとしていた。

「では改めて問うが、あそこは何だ。何がある?」

「灰の封穴(ふうけつ)。その遺跡がある」

メナはその名がゾークの口から飛び出した時、思わずセノイからゾークへと視線を移した。

灰の封穴(ふうけつ)

それは国を揺るがす大災厄、灰の獣を封じ込めた大穴。

しかしそれは童話の話だ。

仮にそれの元となる出来事があったのだとしても、誇張(こちょう)されて言い伝えられていると言うことは疑いようもない。

少なくともメナはそう認識していたし、おそらくは間違えてはいない。

そして、その実在は今日まで証明されていなかった。そのはずだ。メナが知る歴史書や学術書にはその類の情報はいっさい出てこなかった。

だが、童話の通りの出来事が実際に起こっていたのだとしたら、それは文字通りの大災厄があったことを意味する。

灰の厄災は、呪いの獣。

(人が大勢死ぬ。おそらく国も国としての体裁を保てない。本当にそんなことが?)

メナは話の動向を見守るべく、黙して二人の話の続きに耳を傾ける。

「違うな、それは俺の求める答えではない。それはあの穴に何があるのか(・・・・・・)を答えていない」

「―――お主、知っている(・・・・・)な」

温和にも見えたこの老翁のシワだらけの目元が、狼のように鋭く細められていく。

この(わず)かな間で、メナのゾークに対する印象はかなり変化していた。

()たからな。俺の魔法はそういう(たぐい)だ。俺の質問はその上でのものだと思え」

「では質問がまずいだろうよ。何がある、などと………」

「初めから『何を企んでいる』などと問うたところで、上手く(かわ)されるのは試さずとも分かる、貴公はそういう人間だ。―――メナ姫を側に置いたのもその一環か?」

思わぬところで自分の名が出て、メナは条件反射的に身体を震わせた。

それが自分に向けられたものではないと分かると力が抜けたが、それにしても先ほどから彼らが何を話しているのかが分からない。

分かるのは、それが「灰の封穴」に関わるものであると言うこと、そしてゾークがそれについて何かしらの秘密を握っていると言うことくらいだ。

「―――殿下を招いたのは、言ってみれば老婆心だよ。こんなことになってしまったが、唯一(ゆいいつ)生き残っておられるアンダルト(・・・・・)の孫だ」

「―――っは。どうだかな。それで貴公はあの大穴の中のものを使って、大事な友人(・・・・・)の孫を守ると?」

「―――結果的にそうなる」

「都合の良いことで」

「それだけの準備をしてきたのだよ、我々は。それがまさかこんなにも早く役立つことになるとは思ってもみなかったのは確かだがね。だがまあ、私が生きているうちだったのは逆に良かったかも知れない」

「それで―――」

「―――待ってください、なぜここで祖父の名が挙がるのです?」

メナがたまらず疑問を投げ掛けると、二人は同時にこちらを見た。

「殿下、私は彼とは(ふる)き仲、苦楽を共にした朋友でありました。この国をより良くしようと協調し、さまざまな改革を行なった戦友でもあります。とは言え、知らずとも無理もありますまい。彼はメナ様が幼い時分に行ってしまわれた。惜しいことです」

(知らなかった………)

セノイは少なくともその辺りの事は知っていたのだろう、先の言葉からもそれは見て取れる。

「それでは、私を守ることになる、とはどう言った意味ですか。何を隠しているのです?」

メナはセノイに代わってそこに踏み込んだ。

セノイが「お?」と言った風に片眉を軽く釣り上げたのが見えた。思わぬ援護に感じたのだろう。

メナは少なくともこれまで、クーデターに対抗する際の旗印として自分が使われているのだと思っていた。彼の親王ぶりを見るに、彼にその意図(・・)があったのかどうかは微妙だが、少なくともそうなるであろう事は必定だ。

そして実際にメナはゾークのツテを使って現体制に反感を持つ者の間を回ったりもしたのだ。

そこに疑問を差し込む間は無かった。

しかしメナは先ほど、アミネからこの件には裏があることを知らされていた。内容を聞く間は無かったが、少なくともそこに何かがあるのだと(くさび)が打ち込まれた状態だった。

そしてそこにセノイという鉄槌(てっつい)が打ち込まれた。楔は壁に割れ目を作り、その隙間からは歪な何かが垣間見(かいまみ)えている。

メナを守ることになると述べるのならば、何故それをメナに隠す必要がある(・・・・・・・)のか。

(おそらくは(ろく)でもない)

隠す必要がある。そう考える時点で、そこには不純な事由が混じり混んでいて、それを自覚しているという事だ。メナのゾークに対する不信は今や、ある種の確信へと至っていた。

「―――ふぅ。どこからお話し致しましょうか」

ゾークがため息と共にそう切り出した。

メナはその様子に何となく違和感を覚えた。

ゾークは今、追い詰められている状況だ。セノイは元より、メナからさえも疑いの目を向けられている。インテネやアミネは動けるような状況ではなく、今やゾークは一人だ。

そんな状況にも関わらず、ゾークは嫌に落ち着いている。

(何かある―――?)

しかし、(あわ)く浮かんだメナの思考は、ゾークが話し始めた内容に気を取られ塗り替えられた。

「もともと、この国はそこまで資源に富んだ土地という訳ではありませんでした。何せ山は多く、地質的にも農業には適さない。それ故に我々の起源は遊牧の民であり、周辺各国から資源を奪うようにして暮らしてきたと言われています」

急に歴史について話を始めたゾークに面食らったメナではあったが、その手の話は既に知っていたこともあり、置いていかれるような事は無かった。

「しかし、遊牧民は数を養えない。それは少数で多数を相手取る必要性があるという事でもあった。そして、それを可能にしたのが魔法技術。もちろん他国も魔法を使用する事は可能だったでしょうが、この地の民はそれらを上回る何かがあった。そうでなければ今日、この国は残っていないでしょう。我々(・・)はそこに目をつけた」

ゾークの話が確信に迫っていることを感じたメナは、知らぬうちに耳をそばたてていた。

セノイは何を思っているのか、目を細めてゾークを見ている。

「元より研究家であったギノリンダスと共同して新たな研究機関を設立し、人を集めた。そこで見出した新たな技術は、キドウ家との共同開発を行い、イカコ家はそれを活用した。元よりそれらの技術は少人数の職人の手で流通してはいましたが、その技術を体系化し、さらなる進展(・・)()げたのは、我々がそのように動いたからです」

メナはそれが魔法工学に関する内容だと理解した。

確かに煙芯管などの魔道具は、他国ではあまり流通していないと聞く。

それらの取引がこの国の主な収入源だということもメナは知っていた。

だが、それは何も祖父の代からの話ではない。元々そうやってアントマキウスは栄えて来たのだ。

「要領を得ないな、何が言いたい?」

セノイが言う。

「―――これは失礼。話が逸れていたようだ。要は私とアンダルト(メナの祖父)はこれらの技術が発達した背景を研究し解明したと、それを知ってもらえれば良い」

セノイは何を思ったか、顔を(しか)めて納得しているのかいないのか微妙な表情を見せたが、ひとまずは顎でしゃくってゾークに次を促した。

「―――話を戻しましょう。我々が見出した進展の鍵、その独自性は土地にありました。この地の地盤は妙に『領域』が浸透する岩石が多かったのですよ。そしてそれはある土地を中心に広がるようにして存在していた。それが―――」

「灰の封穴………」

メナが呟くと、ゾークは嬉しそうに頷く。

「その通りです! 本来ならば干渉不可能なはずの人々の『領域』を押し拡げ、魔法行使における補助を可能とする岩石、高純度な岩石がそこを中心に広がっている。我々はこの発見が世紀の発見であると理解しました。そしてこれは魔法工学のみならず、その大元、魔法の起源に至れる鍵になると、そう確信して研究を進めさせたのです」

ゾークの語りは次第に流暢(りゅうちょう)に、そして早口になっていき、彼が非常に興奮していることが分かる。

それは彼が何を企んでいるのかは傍に置くにしても、メナの祖父(アンダルト)と過ごした日々は紛れもなく彼にとって重要なものであったのだとメナに感じさせた。

「そして研究を続ける中で、それらの生成過程に視点が向いた時、初めてその土地についての調査が始められた。その際にそこが『灰の封穴』であることが判明したのです。アンダルトはそれを聞いて小躍りしていましたよ、あの寡黙(かもく)な男が、ですよ」

「そこはもういい、言ったはずだ」

ゾークの話が一区切りついたあたりで、セノイが痺れを切らして威嚇するように鞘に収めた武器の柄を握る。

しかしゾークはそれを見てもまるで動じる様子が無かった。

「―――落ち着きたまえ。前提というのは大切なものだよ、何事においてもね。それが無ければ何も理解できずに終わる。短気は短気なりの成果しか得られない、気を付けた方がいい」

ゾークの返しにセノイは舌打ちをして「偏屈(へんくつ)ジジイが」と呟いた。

メナはゾークの話に聞き入っていたためにセノイほど気には掛けなかったが、確かに前提にしても話は長い。

「―――さて、確か封穴まで話しましたかな。そう、その大穴ですが、それが御伽の話に出てくるような代物だとすれば、そこには災厄が眠っている。我々はそう考え、アンダルトはその地を禁足地としてその地自体を封じる事にしました。そしてその上に『北の牢獄(クギュデン・ウィ・カロゾン)』を建てて蓋をした。実際、領域を強制的に拡張し、拡散させるその岩石の壁は牢獄としても都合が良かった。―――とまあ、そこまでは順調でした」

メナはゾークの表情が今までの嬉々とした表情からは打って変わり、沈痛な面持ちになった事に気づいた。

それはおそらく、ここから語る事がこの話の本質に至るものだからだ。

「その岩石―――我々は『ラアエディア』と呼んでいましたが、それは人工的に造る事ができない。当時の研究者たちは研究の末、そう結論付けたのです。正確には理論的には可能だが、現状それが可能な手段が実在しない、と。なるほど、それは面白い結論ではありました。それはある種、その穴に封ぜられた存在が、現在の常識では考えられない存在であった事の裏付けになっていたのですからね。ですが、それは史学としては有用であっても、我々としては大問題でした。何せ当時には既に、魔法工学の基盤とも言えるその石材の入手できる場所が減ってきていたからです。勿論、質にさえ目を瞑れば、それらは手に入らない訳ではないです。しかし我々の武器は魔法工学、この痩せ細った地の決して狭くはない国を維持するには、それらがどうしても必要だった。もはやこれまでの水準では取引で優位に立つ事ができない。それを知っていたからです」

ゾークはそこで話を区切り、舌を湿らせる。

その爛々(らんらん)と輝く目は狂気とも取れる光を宿しており、セノイに感じたものとはまた別の恐怖をメナはそこに感じとった。

ここまでの話は祖父と彼自身の武勇伝とでも言えるような話であったが、そこに関わる『魔法の岩石(ラアエディア)』が異様に彼を惹きつけているようだった。実際、彼の口から祖父のことが語られる頻度はどんどん減っていっている。口調もいつの間にか学者然とした砕けたものに変わっていた。

おそらくはそれこそが、彼の持つ秘密の核なのだ。

メナがさりげなく身を引くように動いたのに気づく様子すらなく、彼は話を続ける。

「だが、高純度なラアエディアが取れる鉱床は禁足地で使えない。そこで私は考えた。それならば、災厄を再現(・・・・・)すれば良いのではないかとね」

「―――っ!?」

次の瞬間に放たれたその一言、メナはそれを聞いて絶句した。

仮にそれができたとしても、童話の通りの災厄が起こりでもすれば本末転倒である。祖父もそれを案じて「灰の封穴」を封じたはずだ。それだというのに「災厄を再現する」など正気の沙汰ではない。

「勿論、そのまま災厄を起こす訳にはいかないのは理解しておりました。だが、災厄と岩石との間に深い関係があるのは事実、私は別途災厄の研究組織を設立し、その研究を続けた」

「―――その事について祖父は何も?」

メナが問うと、ゾークは我に返ったように目を瞬き、苦笑いを浮かべた。

「ほどほどにしろ、とは言われましたがね。彼にしても自国の利潤(りじゅん)にそのまま関わる事ですからね、止められはしなかったですよ。むしろ、裏では資金の援助もあったくらいです」

メナとしては信じがたい話ではあったが、顔も知らないような祖父の話であり、その真偽は確かめようがない。

「とはいえ、簡単にはいかないもので、研究はすぐに行き詰まりました。何せ、遺跡からは『災厄の獣』はおろか、その痕跡すら見つけられなかったのですから」

メナはそれを聞いて密かに安堵した。あるいは彼が災厄の獣の再現方法を編み出したのではないかと考えていたからだ。

結論から言えば、そこで油断するのは尚早(しょうそう)だった訳だが。

「自体は長い間停滞したままでした。―――しかし、思わぬところで事態は進展しましてね。それが五年前くらいのことでしょうか、一人の男が現れました」

メナは、一度は過ぎ去った嫌な予感が再度胸の中で膨れ上がっていくのを感じた。

(―――まさか)

「私はひと眼で彼がそう(・・)のだと確信しました。後に知った事ですが、莫大な『領域』をその身に宿しながら、完璧に魔法を使いこなす怪人(てんさい)。通常であれば広すぎる領域は魔法を行使する際の平衡(へいこう)感覚を失わせ、魔法として発現できない。これは岩石(ラアエディア)を使った領域拡充実験の折りに判明していたことですが、彼はその常識とは相反する性質を持っていた。あるいは彼固有の特性であるかもしれない。それを判別するためにも、私は彼を調べる事にしたのです」

メナはゾークの語る人物が誰なのかを理解し、その最も近しい関係者の一人であるセノイに目を向けた。

こんな時だが、どんな反応をするのかが気になったのだ。

案の上、セノイははっきりと反応を示した。

「あいつも災難だ。流石に同情する」

「何を言っているのだ。新たな進展に寄与できる、それは名誉以外のなにものでもなかろう」

「価値観の相違、平行線だな」

セノイがため息混じりに切り捨てたのを聞いて、メナはどちらかと言えばセノイの意見に同感だと思った。

ゾークの言い(ぶん)も分からない事はないが、ある程度は仕方ない事とはいえ、自分の知らぬところで自身について調べられているということは気分が良いものではない。殊更、メナのような身分を持っていた人間からすれば、それは時に死に直結する。

だが今ゾークが話す内容は、メナがリョウの秘密を知れる機会でもあった。

その興味が勝った彼女は、さりげなくゾークに先を促す。

「―――私にはまだ(・・)判断できかねます、ゾーク殿。あなたが語る事は夢物語のように聞こえる………」

「何を言いますか。彼を調べた事で判明した事柄は無数に存在します。そしてそれらは獣の再現はおろか、その制御にまで大きな研究成果を残した! それはこの国の魔法資源がより潤沢に、高品質に、恒久的に手に入る事を意味しているのですよ!?」

「―――何故、そこが繋がる?」

意外にもセノイがそこに興味を持ったようで、ゾークに続きを促した。

あるいは、セノイは初めからこの部分を引き出そうとしていたのかも知れない。

「貴公は知っている筈だ」

「―――何?」

「十年前に滅びた一族、カトチトァの山奥に住まう原住の民。シギリラム・・・・・ウィ・・ソグ(・・)、その秘密を」

メナはその名に聞き覚えがあった。

アントマキウスの建国より以前からこの地に住む民族の呼称で、アントマキウスは彼らと共存の道を選びその地の支配を許したという。理由は分からないが、少なくとも当時の王は彼らを征服するよりもその方が得だと考えたようだ。

そして、その名が今出るという事は、どうやらそれは獣に関わる事であると察しがついた。

元より歴史書にはその手の推論が絶えないのだ。

(それにしても、十年前に滅びた………?)

少なくともメナはそのような事実を知らなかった。

「彼らは古来より、災厄の獣の発生を抑えるために活動し続けていたらしい。古代語でシギリラムは封印を意味する言葉、直訳すればそれは『封印の一族』となる。まあ、これは広く知られた事実ではあるが、彼らが十年前に姿を消してしまった事を知るものはあまりにも少ない。しかしその血は完全に絶えた訳では無かった」

彼だ。

話の流れからそれを察したメナは、リョウがカトチトァ村の人々と親しかった理由の一端を知った気がした。

(―――十年前というと、それほど昔のことではないし、今のところ破綻もない。辻褄(つじつま)も合う)

「いやはや、それらは元々別口で調べていた事柄であったが、その生き残りが先の天才であると結びついた時、欠けていた絵図が見事に繋がったような気持ちがしましたよ」

そこまで話したゾークは、何故か今までとは違う種類の笑みを口元に浮かべていた。

メナは非常に嫌な予感を覚え、ゾークの視線の先を追い、広間の扉の方に目線を向ける。

そこにはいつの間に居たのか、白衣の集団が鎮座していた。

顔まで垂れ布で隠した、文字通りに真っ白な集団。しかしその服は至るところに返り血と思しき血痕が付着して赤黒く変色している。

その異様な光景に、メナは息を呑む。見た目からも不穏であった上に、それがゾークの手に連なるものであることが明白であったからだ。

ゾークがそれに気付いていないはずはないのだが、彼は構わず話し続ける。どうにも熱が入って収まりがつかないようだ。

「彼の力の源泉である継承(・・)と、封印の一族が封じてきた災厄の獣(・・・・)の関係は切っても切り離せないものだった。そう、そもそも勘違いだったのですよ。『災厄の獣』などと呼ばれる特定の種など存在しなかった!」

ゾークが語る間に、白衣の集団はゾークを庇うように、セノイとメナを取り囲んだ。

「やけに長たらしく話すと思ったら、時間稼ぎか」

ゾークに対してセノイは冷淡で、その集団に気付いて尚も焦らず、ゾークの話に賞賛も感心もなく平坦な声で呟いた。

それは彼がこの状況を切り抜けられるという自信を持っている裏返しか、はたまた虚勢だったのか。

そして彼が武器に手を当てたあたりで、(いぶか)しげに眉を(ひそ)めたのをメナは目撃する。

「―――なるほどな」

メナは突然の出来事にどうするべきか分からず、しかしさりげなくセノイの方へと身を寄せた。

現状一番信用できる人間に思えたのが襲撃の片棒を担いだこの男だというのは何という皮肉であろうか。

「ああ、言い忘れていた。魔法が使い辛いだろう? これも研究の副産物でね、なに、あんまりにも多量に摂取さえしなければ身体に影響は出ないさ」

ゾークの言葉を聞き、メナは空中に粒子状の何かが浮遊しているのを確認した。

さすがにこれに気がつけないほど話に聞き入っていたとは考えづらい、おそらくは白衣の集団が撒いたのだろう。

そして、おそらくこれは魔法の岩石(ラアエディア)を加工した物だ。

「さぁ殿下、こちらへ」

ゾークの呼びかけに合わせ、白衣の集団は動き出す。

しかし、さりげなくセノイの方に寄っていたのが役に立ったのだろう、彼を警戒しているのか強引に取り押さえられる事は無かった。

「―――まだ、質問の答えを聞いていません。貴方から聞けたのは、『災厄』についてだけです」

メナは抵抗の意思を示す。

もし彼が本当にメナのことを思うのであれば、ここでメナを襲う事はない筈だ。

「あぁ、殿下、言われてみれば、まだ質問に答えておりませんでしたね。どうにも歳をとると自分語りが多くなるようだ。―――我々のやってきたことが、どう殿下を守る事に繋がるのか、単純な話です。それだけの武力を持てば良い。我々にはそれができる」

想像通りのゾークの返事。

そしてそれを受けて、メナは彼のことを思い出す。『継承』など碌な物ではないとメナを(いまし)めた『継承者』だ。

彼はきっと継承が持つ禁呪たる秘密が、単純にその主人を蝕むものだからということだけではなく、災厄のことも知っていたのだろう。おそらくはこの目の前の男以上に。

メナはその時胸に浮かんだ自分の直感を信じる事にした。

「―――申し出はありがたいように思います。きっと、貴方の願いは本物でしょう。ですが、貴方も理解しているのでしょう? それは上手くいかない、と」

「―――()と同じことを(おっしゃ)られるのですね、殿下。あぁ、どうかそれ以上はお止め下さい。私は確実に成功できる術を手に入れたのですよ。少なくとも貴方の父は私に賛同してくださった。それさえあれば全てが解決できる!」

ゾークは弱々しく嘆願するようにメナに訴えかける。

その様に今までのような老成した威厳などはもはや微塵(みじん)もなく、彼の放つ言葉は客観性の欠いた耳障りな狂言でしかない。

「―――それならば何故、旗印などという虚像に私を(つな)いでまでそれを隠したのです。悪い事は言いません。私を思ってのことであることも疑っておりません。しかし、やめるべきです。私は何を捨ててでも王権を手に入れようなどと考えた事はない」

「―――そうですか。あぁ、貴方はアンダルトに良く似ている。ひどく慎重なところなど特に………残念だ」

ゾークは言葉通り失望に顔を曇らせた。

そして白衣の集団に指示を下すべく腕を挙げた。

「………では、再度(まみ)えましょう。その時はきっと考えもお変わりになる事でしょう。ご安心ください、私は貴女を見捨てる事は絶対にしませんので、それでは………」

ゾークの口が号令を下すために息を吸う。

しかし直後、広間に轟音が鳴り響いた。

「………!?」

それは明らかに何かが崩落する、腹に響く重い音。

その場の全員がその音の源を探して首を巡らせる。

音の発生源はすぐに発見できた。

外と広間の光量の違いで姿は見えないが、壁に開いた大穴に人影が二人立っているのはわかった。

同時に、広間の内に吹く筈のない風が鳴る。

「―――領域がうまく機能しないと思ったら、そういうことか」

岩石の粉が舞い散る広間、風と共に運ばれたその声にメナは聞き覚えがあった。

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