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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
混沌と転回
56/93

1_懐古の澱

「正直なところ、どうだと思う」

「何が?」

マノンが何やら机に向かって作業をしている背中に、リョウは寝台に大の字に寝そべりながら訊ねた。

リョウはマノンの問いに応えるために息を吸う。

古ぼけた宿屋で木壁に染みついたカビの匂いが鼻についた。

部屋は決して広くないのだが、そんな部屋に男女が二人きりで泊まっている割には、そこには色香の気配一つない。

それは彼らにそんな余裕がないからか、はたまたお互いに(・・・・)お互いを(・・・)知りすぎている(・・・・・・・)が故なのか。いずれにせよ、彼らが話す内容はいつも、こう言った「仕事」に関するものになる。

「―――城への侵入だよ。上手くいくと思うか?」

「今更何言っているの?四日前に侵入した場所がどこだか知ってる?」

リョウはマノンの物言いに眉を(ひそ)める。

「―――あっちの方が余ほど得体(えたい)は知れている」

リョウはマノンの言うことも尤もだと思うが、あえて食い下がる。

そして先日のオウマの言葉を改めて思い出し、ため息をついた。

オウマの言に従って遺跡を抜け出したリョウとマノンが再び陽の光を浴びたのは、北の牢獄からはさほど離れていない森の中だった。その頃にはリョウの領域も上手く機能するようになり、そこが最寄りの町からそう遠くはないことが分かった。

そしてそれは、オウマの語る言葉が嘘ではなかったという証左でもあった。

少なくとも遺跡を出るというところまではだが。

「―――まだオウマ翁のことを疑っているの?」

マノンが振り返ってリョウに呆れた目線を向けた。

リョウはそれに視線だけ一瞥(いちべつ)をくれてやり、嘆息する。

「『疑う』とかそう言う次元の話か? 単純に情報が足りていない」

「―――あなたの言うことも分かるわ。でも急ぐに越したことはない、今は信じる他ないでしょう?」

リョウは身体を起こし「分かってはいるが」と頭を軽く掻きむしる。

「奴はあそこで何をしていた? この時期に単なる遺跡の調査か? おまけに知り過ぎ(・・・・)だ」

彼の情報が正しいとすれば、遺跡やオクホダイ家の動向だけでなく、イカコ家の動向までも掴んでいると言うことに他ならない。とても個人で網羅できる範囲ではない。

仮に彼の言うようにオウマがシオの元についていて、シオがそれらを掴んでいるとして、それをあの老翁に話すのだろうか。前王朝の重鎮と言っても差し支えない存在に、だ。

考えてもみれば、オウマとゾークが繋がっている可能性もある。

それに―――。

「セノイのやつも、どう動くのかが全く想像できない。どうせ牢獄から出てくるのなら、あのまま俺たちの手でやりたかった。少なくとも話してはくれる」

「まあ、そこは何とかなると思うわ。彼は『考え無し』な訳ではないし。ただまあ確かに、王子(ジュゲン)と似ているところはあるから………」

王子ほどではないとは言え、単純な損得だけで動く訳ではない男、それだけで面倒なのに、それ以上に面倒なことがある。

と言うよりも、それがあるが故に先の要素が厄介さに拍車をかけるのだ。

「仮にあいつが敵対するようなことがあったら、面倒が過ぎるぞ」

「―――そうならないことを願いましょ」


**


月が綺麗に光る夜半。

そんな光景にはとても似合わぬ敵襲(てきしゅう)を告げる鐘の()喧騒(けんそう)が城内に響いている。

それらは平静な空間を一瞬で非日常的な物に変えてしまい、自然と自身の鼓動が早まっていくのが分かるだろう。

広間へと続く廊下を急ぎつつ、メナはインテネに問いかけた。

「侵入者の正体は?」

「それが、分からないんですよね。ですが、殿下を連れてきた時にいたのと同じような兵士が多かったような気が―――」

言下に、階段に差し掛かったが、間も悪くそこから数名の兵士と思われる人間が現れた。

(もうここまで!)

しかし、メナが立ち止まる判断をするまでもなく、インテネとアミネは既に動いていた。

「どーもー、っと」

「―――さよーならっ」

インテネが、瞬きの間に彼らに肉薄したかと思った瞬間、アミネがその背後に出現。

侵入者たちはインテネの対処に気を取られた隙を突かれ、モロにアミネの蹴りを喰らって巻き込まれるように階段を転がり落ちていった。

メナはその様子に呆れるような、頼もしいような気がしつつも、走るのは止めなかった。

そして、一瞬ではあったが確認できた、転がり落ちていった兵隊の格好について思いを馳せる。

あの一般兵にしてはやけに派手な装飾の兵服には見覚えがある。

「―――あれは、イカコ家の兵団?」

「あー納得、くそったれのイカコ家。(どう)りでお金を持ってそうな見た目」

アミネが今にも唾を吐き捨てんがばかりの悪態をつきつつ、インテネと共にメナに追いついた。何か確執があるのだろうが、今はそれを詮索(せんさく)している場合では無い。

メナは走っていて余裕が無い事もあって、そのまま何も言わずに走り続ける。

「いや、それはそれとして、殿下が言った通り、イカコの手の者だとしたらマズイよ。オクホダイ家は一応、イカコ家の傘下的な立ち位置なんだから。色々やってたのがバレた可能性が高いってことだ」

「だとしたら、姫様を連れてきたのが決定的。ま、今更言っても仕方ないけど」

などと話すインテネとアミネは未だ余裕がある態度であり、彼らがそれだけ修羅場を潜ってきたのだと感じさせた。

「呼ばれたということは、その点も含めて何かあるのでしょう?」

メナは息が上がっているのを抑えつつ、インテネに確認した。

「―――そうですね、そうだといいんですけど」

インテネの言い方が微妙に引っかかったものの、メナは当面はそれを気にしている場合では無いと切り替える。

そして三人はそれきり何者に遭遇することもなく、無事に目的の広間に辿り着いた。


**


重厚な扉を前に、メナは立ちすくんだ。

扉の外に転がっていた血生臭い兵隊の死骸が、その中で起こっていることを想起させ、メナの気分を最悪なものとする。

正直なところ、メナは今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

それでもそうしなかったのは、メナの中に一つの直感があったからである。

(どうせ下手に逃げても危険には変わらない)

幸い今はインテネとアミネの二人がいて協力、とまではいかなくても多少の警護はしてくれる。それならば、今ある危険の正体を確かめてからでも逃亡を決めるのは遅くはないだろうと、そんな打算があったのだ。

そこにはある種の安心感というか、油断のようなものがあったのかもしれない。

しかし、その思い込みは、次の瞬間には一瞬で砕け散ることとなる。

扉が開いていくその隙間、広間の真ん中に広がっていた光景に、メナは絶句する。

そこにはゾークともう一人、男のものと思われる背中がある。

ゾークの表情は落ち着いてはいるが余裕があるようには見えず、もう一人の表情はその広い背中で隠れて見えない。

「―――ゾーク様!」

メナがそれを認識したのと同じくらいのタイミングで、インテネが叫ぶ。

ゾークはそれに気づいて目線をこちらに向け、何かを言おうと口を開きかけたが、その時にはインテネは男に肉薄していた。

相変わらずの速度、メナにはとても目で追えない。

退()けっ、狼藉者(ろうぜきもの)!」

インテネが放ったのは言葉だけではない。

彼の短剣が広間の光源の灯りを受け、雷鳴のように(きら)めく。

「―――ほう?」

ガン、と言ったような金属音が鳴った。

インテネの一撃は確かに必殺の一撃ではあった。常人ならば容易く貫く暗殺剣だ。

しかしその一撃は、一見すると無造作にも見える男の剣の一振りで容易く受け流された。

インテネも見るからに驚愕(きょうがく)したような表情を浮かべ、追撃を逃れるために男から距離をとった。

だが、男はインテネに追い(すが)るような様子はない。

メナはその光景になんとなく既視感を覚えた。

その状況そのものではないが、この状況を作り上げたその男の立ち振る舞いが、それを思わせる。

そして、それはインテネが漏らした言葉がその全てを物語っていた。

「―――強い!」

インテネが呻くのと同時に、アミネがメナの背後から消えた。

そして気づけばインテネの側に立っている。

先ほどからやっているのはインテネの魔法の応用だろう。彼の言を借りるなら、アミネを「引き寄せている」のだ。

正直、こうなってくるとメナにできることはほとんどない。

メナの知る「最強」の男に比肩するかもしれないこの男に対して、インテネやアミネにさえ隙を見出せないメナが何をしたところで焼石に水だ。

メナはさりげなく部屋の端の方に移り、今や脇に追いやられている椅子の影に身を隠し、自身の安全を確保した。今彼女にできる精一杯の行動である。

そうこうしている間に二人が動く。

一見すると、先ほどと同じように連携の取れた動きで双子は男を上手く翻弄(ほんろう)しているようにも見えた。双子と男の戦闘はその体格差もあり、さながら巨人との戦闘を見せられているかのようである。

しかし、しばらく見ているうちに、メナの見たては外れていたことが分かる。

いつまで経っても男が体勢を崩すことが無いのだ。

インテネの短剣をインテネの腕を叩いて受け流し、アミネの大斧をそれには不釣り合いな剣で軽々と弾く。

微塵(みじん)も揺らがず、危なげなく全てを的確に(さば)いていく。その様はもはや美しささえ感じさせるものだった。

とは言っても、二人を相手しながらその場に居続けることは難しいようで、彼の立ち位置は次第にゾークから離れていっている。

メナはそれを遠目に確認し、ゾークの元へ駆けつけた。

「ゾーク殿、動けますか?」

「ああ、殿下、お気遣いなく。」

「殿下?」

男は、双子の相手をしていたのにも関わらずこちらに意識を割く余裕があるようで、ゾークのメナに対する言葉を聞きつけてこちらを見た。

(見誤った!?)

メナは彼が二人に手一杯でこちらに意識を割く余裕がないと判断して動いたのだが、それは甘かったらしい。

場合によっては今すぐ何かしらの攻撃が飛んで来てもおかしく無い。

考えてもみれば、彼は未だに魔法格闘と思われる動き以外に他の魔法の一つも見せていないのだ。

(これじゃ本当に(リョウ)と同じ類では!?)

メナは戦慄(せんりつ)に身を震わせながらも、彼の反応から一つの可能性に気が付く。

彼は「殿下」という言葉に反応した。

それはつまり、メナないしは王族に興味があるということだ。

「ええ、そうです。私はメナ。アントマキウス・カレン・メナです」

壮絶(そうぜつ)な戦いを繰り広げる男に向けて、メナはそう声をかける。

先ほどのこともあり、どうせ反応してくるだろうという予感があった。

「―――なるほど。となると、どうなる?」

彼はメナの予想通り、反応を示した。だが、それが嬉しいかと言うと、微妙なところだ。

その口調はとても戦いの最中にいる人間のそれとは思えなかった。

「―――まぁ、とりあえず。ふん!」

男は、メナとの会話の隙に乗じて踏み込んできたアミネを、逆に間合いに入り込んで肩で弾き飛ばす。

「っアミネ!」

「―――なっ!?」

インテネが吹き飛ばされたアミネの様子を案じて脚を止める。

さしものメナは目の前で起こったことが信じられる目を見張った。

対して、それを為した男は何事もなかったかのようにメナに向き直り、顔をジロジロと観察し始める。

「―――確かに、面影はある」

不意に男が呟いた言葉に何を言っているのだとメナは困惑するが、すぐさま天啓(てんけい)を得た。

「もしや、貴方は―――『鴉羽』?」

「ほう?」

男は感心したように目を見開く。

「懐かしい名だ。それに、その名を知っているとは」

メナは男が語るのを聞きつつ、その背後の双子の様子をチラリと(うかが)い見る。

アミネがきつい一撃をもらっていたが、命に関わるような怪我はないようで、インテネの介抱の元ではあったが、立ち上がろうとしているのが見えた。

視線を男に戻すと、男はどこか懐かしそうに天井を見上げ、口元を(ほころ)ばせていた。

余裕ができたメナは、男の姿を改めて観察する。

その髭面(ひげづら)は年相応のものにも見えるが、茶色い髪の毛の毛先の荒さが、彼が自身についてろくな手入れをしていなかった、あるいはできなかったことが伺える。

「お名前を伺っても?」

そのメナの問いかけは、双子が持ち直す時間稼ぎの意味と、情報収集の両方を兼ねていた。

男は、ことの他あっさりとそれに乗っかる。

策謀の類が苦手なのか、はたまた現状の戦力的に気にする必要がないと考えているのか、いずれにせよ、下手に動かれるよりは良い。

「自己紹介が遅れました。私はキドウ(・・・)セノイ(・・・)。かつての鴉羽兵士団の兵隊長であり、現在もある―――かは訳あって分かりかねますが『黒羽近衛兵士団』の兵団長を務めさせていただいておる者でございます」

そう言ってセノイは頭を下げた。

先までの荒々しい戦い方が嘘であるかのような豹変(ひょうへん)ぶりが、むしろメナの警戒心をいっそうに掻き立てた。

だが、今や彼女にとって『鴉羽』の一員であったというこの男の存在は、そうですかと流してしまう事ができるものでは無くなっていた。それもその「隊長」である。

聞きたいことは山ほどあった。

とはいえ、今は他に優先すべきことがある。

(このところ常にこんな状況ばかりだ)

「―――セノイ殿。貴方様は何故こちらへ?」

メナは可能性の一つとして、彼が自分を救いに来たのではないかと思った。

文字で残す暇はなかったので気付かれてすらいないかもしれないが、一応彼らにはメッセージを残している。自分が自らの意思でそこを選んだと言うことだ。

つまりメナの生存に気付けば、その奪取を考えるのは自然な流れに思う。

そして、このセノイという男はかつての彼らの仲間なのだ、その可能性は十分にあった。

しかし、この場合には少し問題も出てくる。

メナがゾークとセノイ、どちらの側につくのかを選択する必要が生まれるということだ。

今のメナは、インテネやアミネを敵として見ることができなくなりつつあった。

「いや何、姫様の捜索ですよ。表向きはね」

セノイは含みのある前置きをしてから、説明を始める。

「牢獄を出る条件として居場所を探すところまでは手伝ってやりました。今外にいるのはその精鋭ですよ」

「―――それは、つまりあなたは(リョウ)の………いえ、イカコ家が私を狙ってここに来ている、ですがあなたは、違う目的で動いていると言うことですね?」

「その通りです。地下で()たものがあんまりにも衝撃的だったもので、いても立ってもいられず。なぁ、ゾーク殿?」

セノイはメナからゾークの方に視線を移した。

「何を話している!」

その時、話を遮るような形で、インテネが叱声を発しながら彼に背後から肉薄した。

その声音は明らかな怒気を孕んでいた。

「元気な少年だ。あいつ(・・・)の時もここまでではなかった。だがなあ、―――今はダメだろう?」

セノイはあっさりとインテネの奇襲に対応してそんな事を(うそぶ)いた。

しかしその目が鋭く細められていくにつれて、その場の空気が重厚感を増したかのように重く、息苦しいものへと変わっていく。

メナはこのままでは小競り合いでは済まなくなると予感したメナは、二人を静止しようと息を吸い込んだ。

「まっ―――」

「待ちなさい!」

メナが声を発するその間際、それよりも早く二人を静止する声が広間に響いた。

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