4_癒し手
「―――オウマ翁」
牢獄の地下。
その看守ですら知り得ぬ隠された遺跡の闇に、マノンの声が響く。
リョウはそれを聞いて、隠れることをやめた。
少なくとも話が通じる人物だと知っていたからだ。
「あぁ、これはこれは。エイジョ(マノン)副兵長、いつぶりでしたかな」
地下の闇の内での突発的な遭遇であるにも関わらず、彼は落ち着いた口調でそう話す。
「―――なんと、シシャ殿も一緒でしたか」
リョウが影から姿を見せると、オウマはそれにも即座に反応を示した。
見たところ、おかしな様子はない。
オウマはメナの父王の時から国に仕える「参謀」とでも言えるような存在だった。
彼は「癒し手」としても知られ、それがきっかけとなって王宮に絡むことになった人物だ。
そしてその「きっかけ」にはメナが大きく絡んでいる。
「奇遇ですね。このような場所で貴方に会うことになるとは」
マノンは出てきたリョウを一瞥するが、すぐにオウマに視線を戻して言った。
彼はそれを聞いて何がおかしいのか、カラカラと笑う。
「そう警戒しなさんな。デウダリ(オウマ)めは単に命じられて、この地の調査をしているだけに過ぎませんゆえ。―――上の牢獄とは関係ありませぬ」
「誰の指示だ?」
リョウが問うと、オウマは少しだけ考える素振りを見せる。
「―――ひとまずは、シオ殿とお答え差し上げましょうか。なにぶん、色々と込入って居りますからね」
「王を裏切ったか」
「ふむ、否定はしますまい」
「何故だ? 確かメナは、お前の助けで逃げられた、そう言っていたのだが」
彼女の言が正しいのならば、その行動と今回の言動は微妙に結びつかない。
「言ったでしょう、いろいろと込入っていると」
リョウは、オウマがそのまま有耶無耶に躱してしまうかと考えたが、オウマはそう時間を開けぬ間に続きの言葉を発した。
「未曾有の災害が起こると知っていて、対策をしない。という訳には行きますまい?」
「前王朝では不十分だった、とでもおっしゃる?」
マノンが疑わしげな視線を向ける。
「シオ殿が十分だった、と言う方が正しいですかな。来ると分かっていても、人ひとりができる事柄など、たかが知れている。だが彼は人を動かす力と知恵、能力がある」
「大義のためには裏切り、殺しも厭わない、と?」
「これはお厳しい」
彼女の非難はもっともであるのだが、リョウは彼の「災害」という表現の方に気を取られていた。
カトチーニ地方であった魔獣の奇妙な動きは、オウマが言う「災害」の前触れと考えると妙な信憑性がある。
「―――その『災害』というのは比喩か?」
「いえ」
「そうか。ところで、ここで何をしていた。調査とは何を調べている?」
この場所は災厄と関係している。そしてオウマはそれについて知っている。
少なからぬ予感があり、リョウはそう問うた。
「それこそ、災害に関する事柄ですよ。この地はかつての伝承、その渦中にあった土地ですからね。遷都の折りに忘れ去られてしまったようですが………」
それはリョウが予想をしていたよりも規模の大きな話だった。
オウマの言が正しいのだとすれば、それは未発見の事実の露見、歴史的な大発見ということになる。
「ほら、そこの彫り込みなどは当時の表現技法が顕著でしょう?」
オウマが指し示して灯りで照らした場所には、確かに古臭い彫り込みがある。
その丸みを帯びた抽象的な形は、現代ではあまり見ないものだ。
「ここがかつての都ということは、『灰』か」
童話の一部を思い出し、都市に現れた災厄の一つというところから連想したリョウはそれに関する「色」を挙げる。
「御名答。しかし、すぐにそこに行き着くとは、何か心当たりがお有りで?」
「―――少しな」
「これはお互い様、と言ったところでしょうな」
オウマがカラカラと笑うのが少し気に食わなかったが、彼の言う通りだった。どちらも何かしらの情報を隠している。
「オウマ翁、結局ここには何があるのです?」
マノンはオウマの裏切りについての遡求を諦めたのか、一つため息を吐いてから訊ねた。
「―――それでは情報交換としましょう。いやなに、お二人は何故こちらにいらっしゃるのかと思いましてね」
マノンはリョウに目配せをする。リョウはそれに気づいて軽く頷いた。
この程度の話ならば明かしたところで問題はない。
オウマの「では、目的の場所まで移動しつつお話ししましょう」という提案に従い、三人はくらい地下遺跡を歩き出す。
「お察しの事と思いますが、私たちは牢獄に用があって来ました。一言で言うならば『牢破り』です」
「最高峰の牢獄に破り入るとは、大胆なことをなさいますな。流石に最高の兵団と呼ばれた方々なだけはある」
オウマはどこまでが本気なのか、リョウとマノンを持ち上げて笑った。
「目的は………当てましょう、団長殿ですな」
「どうしてそう思う?」
「私が知る限りでは、この牢獄内に彼以外の関係者は居ませんから。当たりですかな」
オウマがどこまで今回の件に絡んでいるのかは不明だが、口ぶりを見るに少なからぬことには精通しているように思えた。
リョウは観念してオウマに肩をすくめて見せる。
「それで、ここに居ないという事は、彼は見つかりませんでしたか」
「その通りだ」
「―――ではニコイ殿の方が早かった訳ですな。はてさて」
「待て、今何と?」
リョウはオウマから聞き捨てならない名前が出たのを聞き付け、急いで問いただす。
「ああ、ご存知ない。てっきり、それがあったからこちらに来たのだと思っていたのですが。彼らは姫様の居場所の特定のために、セノイ殿の魔法を利用することに決めたようでしてね」
「あいつを?」
リョウは、そこで違和感を覚えた。
仮にマノンの推測が正しいとすれば、シオの魔法は「予感」あるいはジュゲンのような「予知」に近いものだ。それは今まで彼らが図ったようにメナの元に現れていることからも、考えられない話ではない。
そして、その指示に従って動いているはずのニコイたちは、わざわざ彼の魔法を利用する必要はないはずだ。
しかし、シオの指示で動いているというオウマは、あくまでも他人事のようにニコイたちが姫を見失った、と言った。
「―――ひとつ、確認だ。シオの能力は『予感』と聞いたのだが、あっているか?」
「そうですね、少なくともそのように仰っておりました」
(予感はブラフか、あるいは)
「イカコ家とカゥコイは一枚岩ではないのか」
「えぇ、シオ殿はイカコ家への対処に相当、気を遣っている様子ですな」
オウマは何の躊躇もなく内情を明かしていく。
一見すると無警戒なようにも思えるが、リョウがそれを知ったところで、趨勢に影響を与える事はないという判断だろう。
「―――なるほど、それならセノイがここに居ないことにも納得がいくわ。セノイは特別措置で牢屋を出された、それならあの書類にも説明がつく。でも、シオの力を知っているのなら、わざわざセノイは使わないわよね。どうせ分かるのだから」
マノンが言うと、オウマはからからと笑う。
「彼らは知らんのですよ。特にヒエラーゾ殿はあれらをカゥコイ家の諜報能力故と考えているようですな。確かにそれも真ではありますがね」
「―――そもそも、お前らの目的は何だ。何故メナを狙う」
「申し訳ないのですが、それに関しては私も知りませんね。彼は非常に用心深い。ただ、この国の王族は何かと血筋に拘泥わる。それに、彼女の持っているであろうペンダントと、この先にあるもの、それらが関係していると私は踏んでいますよ」
オウマはそう言って指を差し示した。
そこには、目を見張るような光景が広がっていた。
「何だ、これは………」
「大穴、ね。陥没跡かしら」
「ははぁ、これほどとは思いませんでしたな」
そこはかつての比にならないほどリョウの領域が掻き乱されており、探ることができなかった。
そしてカンテラ程度の灯りではその全貌を照らすことなど叶わぬほどに広く、その黒穴はまるで見通すことができない。
しかし、そこから感じ取れる異様な気配は、これがただの侵食によって起こった地盤の崩落などではないと言うことは確かだ。
「ここは何だ」
「約束でしたな。ここは先も言ったように、灰の災厄ゆかりの地、かつてその獣が封印された大穴。『灰の封穴』そのものですよ」
オウマの言葉を聞きつつ、リョウは目の前の大穴を眺める。
そこから感じられる異様な気配は、おとぎ話や伝承の類と笑って捨てるにはあまりに具体的で、しかし姿は見えず、やはり感情が生み出した夢や幻のようにも感じられる。
だが、一つだけ確実に言えることがあった。
この地には自分が思っている以上に、何か秘密が眠っているのではないだろうか、と。
リョウはマノンを横目に見る。
リョウほどには気配を感じ取れないはずの彼女も絶句し、目の前の光景に釘つけになっている。
「さて、私はもう少しここを調べていかねばなりませんが、お二人はどうなさいます」
「―――メナを探すためにセノイが必要だったが、当てが外れた。急いで次の案を探さねばならない」
リョウが確認も兼ねてマノンに言うと、彼女は頷いた。
「あぁ、それなら両方知っておりますよ」
オウマは、さも当然のようにそう言った。
「老人の世間話に付き合ってもらった礼です、ここの出口と次いでに教えて差し上げましょう。ああ、取引ではございませんよ。これはあくまでもお礼ですゆえ」
オウマはそう言って笑う。
不意に、穴が呼気を吐き出すように風が吹き上がった。それは一瞬だけ領域内の知覚を正常なものに吹き戻す。
リョウはこの時、大穴とは別種の得体の知れなさをこの男から感じた。
ほんの一瞬の出来事でその正体は探れなかったが、彼とはまたどこかで見えるだろうという予感が、リョウの無意識に張り付いた。
リョウは改めてオウマの姿を見た。
その裏に何があるのか、今はまだわからない。だが少なくとも今は、オウマがリョウたちの障害となることはない。
オウマの話を聞きつつ、リョウは思う。
(怪しいが、もはや躊躇っている暇は無いのかも知れない)
リョウの直感の正しさは、そう遠くない内に証明されることになる。




