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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
分光の破断面
53/93

4_妄執と固執、そして錯覚

メナは白髪の少年、インテネの手を取った。

その心に、彼らに対する引け目(・・・)があっただろうか。

それは分からない。

しかし、少なくとも彼女はそうする事が正しいのだと感じた。

そしてそこに「アントマキウス・カレン・メナ」としての居場所があるのだと、そう思ったのだ。

だからだろうか、そこについた時のメナには不思議と警戒心は無く、むしろ久しく感じていなかった高揚感のようなもので満たされていたのだ。

「着きました。お疲れ様です」

インテネの声でその場に質感が戻ったのを感じ、メナは彼らの主人の元に辿りついた事を悟る。

「―――意外に貧相なのですね」

メナの呟きに、インテネは首を傾げる。

「それはまあ、掃除屋の支店の一つですからね。全部を城になんてしていられないでしょう?」

「―――それもそうですね」

彼らの主人が居ると聞いて、勝手に城か何かだと思い込んでいた。

メナは思考の(かたわ)ら、その家屋にしては大きい木造の屋敷に目を向けた。

すると、その隅に白い何かが動いたのを見た。

それは白い長髪だ。

「―――やっと戻った」

彼女は気だるそうに顔を上げて、インテネよりも高い、しかし中性的な声を発する。

小さな身体には見合わない真新しい大きな斧を抱え、(うずくま)るようにして入り口前の階段に座っていた。

彼女の目元には酷い(くま)こそあるが、白い頭髪に白い肌、瞳の鮮やかな青色はインテネと瓜二つだった。

「あぁ、ごめん遅くなった、アミネ。でも計画は上手く行った」

「それは良かった………私は寝る」

「うん。あとは任せて」

そう言うと、アミネはメナを一瞥(いちべつ)もせず、屋敷の扉を開けて中に入っていった。

「―――双子、の妹? それとも姉?」

「妹です。ご無礼に感じたかも知れませんが、ここのところアミネは寝ていなかったんです。勘弁してあげて下さい」

「―――そうですか。ともあれ、今の私は何かを言うつもりはありません。私はこれからどうなるのです? 牢屋に監禁される………とは考えたくありませんが、自由に動ける訳では無いでしょう?」

メナは、先を歩いて扉を開けたインテネに訊ねる。

「さあ、あなたの処遇については聞いていませんからね。僕が聞いているのはあくまでも連れてくるところまで。ただ、一つ言えるのは殿下にはまずゾーク様に会っていただくという事です」

メナが扉を潜る最中に、インテネが言う。

ゾーク。メナはよく知らないが、相当な老齢だとは耳に及んだ事がある。

メナにとっては味方になるのだろうが、その素性が分からない内は完全に信用するのも危ない。

メナは改めて自分に、油断しないように言い聞かせて緩んでいる気を引き締めた。


**


「よくぞお越しくださいました」

インテネを扉の前に残して部屋に入ると、すぐに声をかけられる。

そこは少し広いだけの、簡素な造りの部屋であった。

座したまま深々と頭を下げるゾークを前に、メナは少し戸惑う。

どんな苛烈(かれつ)な人物かと想像していただけに、その痩せぎすの好々(こうこうや)然とした男の姿はメナの予想から大きく外れていた。

カトチトァの村長にも似ているが、あちらはまだがっしりとしていた。

メナは張っていた気が急速にたわんでいくような気持ちがしていつの間にか入っていた肩の力を抜いた。

()したままでのお(まみ)えをお許し下さい。もはやこの老骨、膝を着くことすら難しく、お気に召しませんようでしたら………」

「構いません。せいぜい身体に気を遣って下さい」

「ありがとう存じます」

とりあえず一通りの社交辞令を取り交わした後、メナは本題を切り出すために息を吸い込んだ。

「―――形式張ったやり方はもう良いでしょう。過剰に(へりくだ)るようなやり方はあまり好みません」

「殿下が(おっしゃ)られるのであれば」

ゾークは身を起こし、メナを見据えた。

その黒い目はリョウのそれとは気色(きしょく)が違うが、しかし同じような不可解な光を(たた)えている。

その目に少し気後れしそうになりつつも、脚に力を入れてそれを見つめ返した。

「私を呼んだ理由を聞かせて下さい」

オクホダイ家の当主、ゾークは「では、失礼して」と軽く咳払いをしてから、話し始めた。

メナを使った、その無謀とも言える計画の一端を。


**


「ここには長居しない予定ですが、ここにいる間はインテネとアミネを護衛に、あとは使用人を二人ほど付けさせていただきます」

話の最後にゾークがシワだらけの手を叩いて呼び寄せた使用人は、同時に(うやうや)しく頭を下げた。

彼らのその様からは、教育や訓練の程が(うかが)えた。

「―――随分と気前が良いですね。私はあくまでも()姫、貴方に渡せる見返りなど何一つ持ちませんが」

「関係ありませんよ。奴らは王を名乗っているだけの簒奪者(さんだつしゃ)にすぎない。対して殿下様は紛れもなく『王の器』。むしろ気持ちとしては足りない程です」

「そうですか、では有り難く使わせていただきます。ですが、これ以上は要りません。どうせ私の手には余ります」

(かしこ)まりました。では、此度(こたび)はこのくらいで。慣れぬこと続きでお疲れでしょう。ここは安全です、どうか存分にお休み下さいますよう」

「感謝します」

話を終え、メナは部屋の扉に手をかけようと伸ばすが、その前に使用人達がメナの道を開いた。

「あぁ、そうだ。メナ殿下」

去り際、メナはゾークに呼び止められ、振り返った。

「何でしょうか?」

「インテネから話があったかと思いますが、彼らのご遺体に関して………」

「会えるのですか?」

「はい、そちらの方は明日(みょうにち)にでも案内を遣わせますので」

「重ねて感謝します」

メナの言葉に、ゾークは微笑んで頭を下げた。

そこには何かを企むような陰湿さのかけらもない。

「それでは、我々でお部屋まで案内いたしますね」

いつの間に隣に立っていたのか、インテネが先程と変わらぬ様子でメナに言う。

「―――はい。よろしくお願いしますね、インテネ(・・・・)

メナはインテネに対して警戒心が無い訳ではなかったが、正直なところ、使用人達よりはマシだと思っていた。

インテネは名前を呼ばれて少し面食らったようだったが、すぐにとりなして笑顔を浮かべ、前を歩き出した。

ゾークに()てがわれた彼らは、仕事は確実にこなすのだろう。

しかし、彼らは『オクホダイ家の使用人』である。

良く働いてくれることは間違いないが、そこに裏の意図が存在した場合、それを見破れるだけの自信がメナには無かった。

それは、ゾークの話を聞いた今だからこそ、尚更強く思う。

メナは彼らが、自分を利用しようとしていることは知っていた。

それは裏を返せば、メナにはそれだけの使い道があると言うことだ。その為ならば、メナは彼らに協力することは辞さないつもりである。

そもそも、世の中はそんなものだとメナは理解している。

一方で、メナは彼ら(ゾーク)が本当に『自分(メナ)』を必要としているのかを測りかねてもいる。

彼らの、自分を旗印にしてクーデターを覆すという試みは、正直言ってあまりに現実離れしており、上手くいくとは思えなかった。

ならば例えば、メナを中心に反体制的な勢力をかき集め、それを一網打尽にすることでシオ勢力の支配を盤石なものにする目的があればどうだろう。

最終的に自分は、槍玉に挙げられ、惨めに死ぬのだろう。

我ながら無茶な賭けに出たものだと、メナは自虐的に笑う。

しかし不思議と今の気分は、彼らの元にいるより幾分かマシだった。

「こちらです」

屋敷内を移動してしばらく、インテネの案内に従って一つの部屋の前にたどり着いた。

そこは先ほどの部屋と同じくらいに広く、しかし先程と違って日用の品が多く備え付けられていた。

(至れり尽くせり。むしろ怪しく見える程)

「用があれば呼びます。それまでは自由にしていて下さい」

メナは部屋に入ると、ひとまず使用人たちに声を掛けた。

下手に人と居ると気疲れしてしまうのと、彼らがどのような反応を示すのかを確かめる意味でも、使用人たちを自分から引き剥がしたかったのだ。

(かしこ)まりました。隣室に控えますので、ご用命があればお声がけください」

打てば響くとはこの事だろう。

彼らは口答え一つなく、メナの意向に従った。

(うやうや)しく一礼をしてから部屋を出ていく二人を尻目に、メナは用意されていた椅子に腰掛けて一息つく。

「気持ち悪いですよねぇ、なんか機械みたいで」

インテネが残っている事には気がついていたが、あえてそれを指摘する事はしていなかった。何かしら用があるのだと思ったからだ。

「忠実なだけでしょう。それで、貴方はなぜ残っているのですか?」

「いえ。用、と言う程の事はないのですが………僕は護衛ですし、一応目の届く範囲に居た方が良いのかなと思いまして」

方便だ。

メナはそう確信する。

現状、明確にここに危険が存在するならばまだしも、頼んでもいないのに部屋の中に居座(いすわ)る理由はない。仮にも使用人を下がらせたその部屋なのだから。

そもそもこの部屋は二階で、無理矢理に侵入できるような場所もない。護衛をするにしても扉の前に立ってさえいれば事足りるのだ。

「監視ですね?」

ゾークの差金かと思いメナが問うと、インテネは「とんでもない」と手を振る。

「―――実は訊きたい事がありまして。今は耳もないし、丁度いいかと」

インテネはそう言うと、断りもなく部屋の窓縁に腰を掛けた。

メナは彼のその様子から、それが彼個人の興味によるものなのだと知る。

本来であれば無礼千万と切って捨てるべきであろうが、今は(おおやけ)の場でも無し。

最早(もはや)、張るべき見栄もないに等しいメナには、それを()えて突っぱねる理由もなかった。

暇つぶしも兼ねて、彼の相手をすることに決める。

メナは手頃な椅子に腰掛け、インテネを促す。

「何でしょうか?」

「どうしてこちらを選んだのですか?」

インテネの質問の意図が掴めず、メナは首を傾げる。

「選んだ、とは私が何を選んだ事について言っているのです?」

「―――きっと殿下は、彼らと共に居た方が安全だった。自分の為を思うのであれば、こちらに来る選択をするべきではなかった。僕にはそう思えるんです」

インテネの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、メナは面食らう。

それは遠回しではあるが、彼の上司に対する批評であり、彼とゾークの間にある考え方の相違を示していた。

「―――安全かは、分からないでしょう。確かに彼らは無類の強さを持っていますが………それでも現に、私はここにいます」

メナは彼の仮定を否定する。

彼の言いたい事がそういうことでは無いとは薄々気がついていたが、自然とそう答えていた。

「それはそうですね、命懸けでしたよ。でも、殿下は進んでこちらに来たように思えます。―――結果だけ見れば、強硬手段を講じるまでもなかった」

「それは抵抗することで事態が悪化する事を避けたかっただけです」

「断った時にどうなるのか、確認もありませんでした。怯えてそれどころじゃない人は何人か見てきましたが、殿下はそうじゃなかった」

「―――しなかった、でしょうか?」

「はい。殿下はあっさりと僕の手を取りました。それが僕には分からない」

メナの頭は自動的に記憶を掘り起こし始め、確かに自分が(ろく)な抵抗をしていなかった事に気づく。

そしてその理由も薄々と見え始めていたメナではあったが、メナは無意識にそれを覆い隠し、何か良い言い訳は無いものかと記憶を探り始めた。

インテネは考え込むメナの様子を見て何を思ったのだろうか、しばらくして付け加えるように言葉を紡いだ。

「殿下は明確こちらを選んだ(・・・)。ですが、少なくともあの時点ではどちらでもよかった筈なんです。進んで身を差し出すような状況ではなかった。確かに殿下の従者の遺骸に関しての話もしましたが、それは決定的ではない筈だ」

メナは少し考えるが、答えるべき言葉はすぐに見つかった。

「あの時は、そこまで考えが及んでいなかった。そして、抵抗せずについていった方が良い結果に繋がると考えた。それだけだと思いますよ。私は、緊急時に色々と考えられるほど、優秀ではありません」

理屈ではないのだ、とメナは暗にインテネに伝えるのだが、インテネはまだ食い下がる。

「本当ですか?」

「えぇ」

「はっきり言って僕らは、ゾーク様を利用しているに過ぎません。僕らがあの方に仕えるのは、それだけの見返りがいただけるからです。そして、それは彼にとっても同じな筈です。僕らに利用価値が無くなれば、切り捨てる。それはきっと、殿下に対しても同じことだと僕は思います。それをあの時知っていたとしたら殿下は、こちらに来ることを選んでいましたか?」

メナは、自分がそんな理論的な理由からここに来ることを選んだ訳ではないと知っていた。

そしてそれは、ゾークが自身を利用していることを知ったからといって覆るものでもない。

「―――さぁ、どうでしょうね。明確な害意があるのであれば避けたでしょうが………実際にはそうではありませんよね?」

「………」

インテネはその表情に疑念の色を隠さない。信じていないのだ。

メナには彼の質問の意図が何なのかはまだ分からないが、彼にとってはそれが重要な事なのだという事は判る。

「―――ひとつ、お願いがあるのですが」

インテネは少し言いづらそうに口を開いた。

「何でしょうか」

メナは仄かに嫌な予感を覚えつつも、訊かずにはいられなかった。

「僕らに協力してくれませんか?」

メナの嫌な予感は的中する。

それは、おそらくゾークに抗するという事だ。安直に「はい」とは答えられない。

「―――内容に()ります。そもそも、私にはあなた方に与えられるような特別な力を持ち得ません」

「そんな事はありません。殿下の言葉なら、ゾーク様・・・・のお考えを・・・・・変える事が・・・・・できる(・・・)。僕はそう確信しています」

メナは予想とは少し違った彼の願いに、何と答えるべきかを見失ったのだった。

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