6_傷は新たな煌めきを得て
屋敷には案の定、メナの姿はない。
リョウは自身の領域に意識を集中させて周辺を探るが、そこに彼女のものと思しき気配は感じられなかった。
メナが攫われた事を確信したリョウはその犯人像に考えを巡らせ、すぐに地下で会った二人組について思い出した。
彼らが最後に見せたあの動き、リョウの視覚を欺いたあの移動は、間違いなく距離を介さずに場所を移動する類のものだ。
(それに、一瞬感じたあの気配。あれは、蜘蛛仮面のものだった)
となると、メナはその能力によって攫われたという事になる。どの程度の範囲を持つ魔法なのかは不明だが、いずれにせよ、捜索するとすれば相当な手間がかかる事になるだろう。
「ごめんなさい、私が離れたばかりに」
マノンが彼女にしては珍しく、しおらしい態度で謝ったのを、リョウは言うべき言葉を思いつかず、しばらく無言を貫いた。
確かに、メナを守るという点から言えば彼女の行動は誤りと言えるだろうが、結果的にリョウの命は救われているため、一概に彼女が悪いとは言えなかったのだ。
しばらく沈黙した二人ではあったが、リョウが机の上に鞘に入れられた剣が置かれているのを見つけた。それと一緒に言うべき言葉を思いついたリョウは、その剣を手に取りつつ、マノンに語りかける。
「―――少なくとも、死骸はない。俺のものも、あいつのものも、な」
「―――それは?」
リョウの持つ剣について訊くマノンは、完全に気が晴れたといった表情ではなかったが、少しいつもの調子が戻ったように思えた。
「あいつの剣だ。鞘ごと取られて置かれている上に、周辺に争った跡もない」
「わざわざ丁寧に剣を置いて行っていると言うことは………」
マノンがリョウの意図を汲み取って呟いた内容に対してリョウは首肯して応える。
「自分の意思でついて行った可能性が高い」
「―――でも、どうして?」
「知らんよ。ただ、攫った奴の素性は多少、予想できる」
「どう言う事? シオの手引きじゃないの?」
言いつつ、マノンは椅子に腰をかけた。さりげなく腕をさすっているところを見るに、かなり痛むらしい。
「それならこんな回りくどい真似はしないだろうよ。ニコイがあっさり退いたのはこれを知っていたからという見方もできなくはないが、違う気がする。視点を、メナという存在を生きたまま攫うことに置けば、利点として見えることもある」
「―――象徴ね?」
「あぁ、そう考えれば納得がいく。お世辞にも今のあいつにはそれ以上の価値はないだろう。何かを見落としているのかも知れないが」
リョウはなんとなく天井を仰いでため息をついた。
「それなら多少は居場所を探る糸口にはなるかも」
マノンがメナの調査を口にしたのを耳にして、リョウは姿勢を変えずに彼女に目線だけを向けた。
「捜すのか?」
「逆に訊きたいのだけれど、捜さないの?」
いっそ冷気を感じるまでの低い口調のマノンに、しかしリョウは臆する事はなかった。
「状況的に、あいつは自らが望んでその道を選んでいる。今更、俺が口を挟むものではない」
リョウはあくまでも彼女自身の意思を汲む方向で考えていた。
側から見ればあまり良くない選択でも、本人にとっては違うのかも知れない。
自らが選んだ道なのだから、それは尚更のはずだ。
マノンは腕の痛みで顔を顰めつつも、その濡羽のように照り映える黒髪を舞上げるようにして背中に流し、リョウを見据えて椅子に座り直した。
そして、リョウとは違う自身の意見を口にする。
「あなた、さっき自分で言ったじゃない。今のあの子には象徴以上の価値はないって。そんなの、盾もなく剥き身で矢面に立たされるようなものよ。碌な結果にはならない。それに、今までの内容はまだ憶測に過ぎない。取り返しがつかなくなる前に、捜すべきよ。連れ出すかどうかは、その後に考えればいい」
リョウは、今度はきちんと顔をマノンに向けた。
彼女の金褐色の瞳は、真っ直ぐにリョウの事を見据えている。
リョウはそこから、彼女が本気である事を悟る。
「―――お前が、そこまであいつを気に掛けるとは思っていなかった。何故だ?」
リョウは話しつつ、マノンの向いの席に腰を下ろす。
マノンはリョウが座る様子を目で追っていたが、リョウの疑問に対して「呆れた」といった風にため息をつく。
「何故? そんなのジュゲンの妹だからに決まっているでしょ。逆に他の理由があるとでも思った?」
「………」
リョウが何も言えずにマノンから目を逸らすと、彼女は立ち上がって、リョウの目線の先に立った。
「―――ごめんなさい。あなたが私に気を遣っているのは分かっているわ。でも、私は変わったのよ。感情に任せて『誰か一人に罪を押し付ける事』の愚かさを、もう知っているわ。ジュゲンの死はあなたの責任ではない。―――と言うよりもむしろ、あの時は彼が意図してそうなるように動いた、そうなんでしょう?」
リョウはマノンの顔を見上げる。
そこには悔恨だろうか、柔らかな曲線を描いたような表情が浮かんでいる。リョウは彼女のそんな顔を今まで見たことがなかった。
「多分、今のあなたがそうなのも、全てが私達のせいではないのでしょうけれど、それでも謝らせて欲しい。若さを盾にするような真似はしないのだけれど、あの時の私はまだ、何も分かっていなかった」
「―――そんな顔をするな」
リョウは先ほどとは違う理由で、彼女から顔を逸らす。
面と向かってそんな事を言われると、照れ臭かった。
「お前が言ったように、俺がこうなのは、お前達のせいではない。―――ただ怖かっただけだ。俺もあいつが居なくなって、変わったんだよ」
リョウは久しぶりにジュゲンが死んでからの顛末を詳細に思い出し、少し苦笑した。そして、マノンに問う。
「お前の望みは『安定した暮らし』だったはずだが、いいのか? これ以上あいつに関わるということは、それとは真逆の道を征くという事だぞ?」
マノンは再度ため息をついたが、それは先ほどのものとは違い、険のとれた温かなものだった。
「今更。そもそも、それを望むなら、進む道が全く違うじゃない。恥ずかしいから忘れて」
「そう言えば、お前はむしろ進んで厄介ごとを引き起こして喜ぶタイプだったな。忘れていたよ」
リョウが揶揄うように言うと、マノンは釣られて口角を少しだけあげる。
「あなただって昔なら、真っ先に姫様を助けに行くところだったと思うのだけれど? 今のあなたは………とても窮屈そう」
反撃を受けたリョウは「確かにな」と、かつての自分を思い苦笑する。
それは若かりし頃の自分が、いかに自身の力を過信し、勘違いして暴走をしていたのかを内省することであった。
あの頃の自分は、今のように考え込んで立ち止まるような事はしなかっただろう。思ったままにとにかく突き進んだはずだ。
そう思うと、懐かしくも少し歯がゆい気持ちになる。
「自分で言うのは烏滸がましいが、力には責任が伴う。それに気づいただけだ」
「でもそれは、あなた自身を捨てる理由にはならない。彼女を見捨てていい理由にもね」
「そうかもな」
リョウの中にはまだ躊躇いはあったが、先ほどまであったような抵抗感は無くなっていた。
マノンの言う通り、ひとまずはメナを捜すだけでもやった方がいい。そう感じたのだ。
「―――捜すにしても、目星は付けなくては」
リョウが言うと、マノンの顔は嬉しそうに綻んだ。
「ジュゲンの手紙に何かないの?」
「ない。妹を助けてくれという旨の事と、あいつ(メナ)を見つけるまでの事しか書かれていない」
「面倒ね………まず、教会勢力はカゥコイと繋がりが強いでしょうし、教会の線は薄いはずよ」
「―――となると『五家』が怪しいな」
『五家』とは、アントマキウス国に存在する特に力を持った家柄である。
一般にイカコ、オクホダイ、キドウ、ギノリンダス、ゼムイの五つの家を指し、それぞれが秀でた得意分野があり、それぞれの問題を王宮会議にて議題に挙げ、国の指針を決める。
彼らは国政にも関わる重要な勢力である。
「十中八九、そこでしょうね。とは言っても、一つ一つ探していたのでは間に合わないわ。イカコとギノリンダスを除くにしても、三家………いや、ギノリンダスはまだあり得るかしら?」
「キドウは抜いていい。あそこは五家の中では一番動機が弱い、あれほどの能力者を抱えるほどの器量も、力も無い」
「だからこそ、ってこともあるでしょ? まあ、私も後回しでいいと思うわ。となると有力なのは………」
「ゼムイとオクホダイ。この二家に関して何か?」
リョウは最近まで王宮で務めていたマノンを充にして問う。正直なところ、リョウだけで調べるとなった場合、この件に関しては足で稼ぐ他ないと考えていた。
「正直、足がかりは殆どないわ。ただ、無理やりこじつけるとすれば、今のオクホダイの当主がゾークだと言うことね」
リョウはその名を聞いて少し驚いた。
「あのじじい、まだ生きていたのか」
ゾークはリョウがまだジュゲンの下で務めていた時から相当な年齢だったはずだ。
いわんや、それから五年ほどが経った今では、年齢的には最早立って歩いていること自体が凄まじい程の事である。
「えぇ。それに、あなたは知らないかもしれないけれど、彼、相当に親王主義なの。お姫様が生きている事を知って一番喜んだのは彼なのではないかしら?」
マノンが語るゾークの人物像が事実なのだとすれば、オクホダイがメナを攫う動機としてはかなり説得力がある。
リョウは逡巡したが、考えている時間が勿体無いなと思い、マノンに訊ねる。
「オクホダイ近辺を調べたい。主要な場所を知らないか?」
「―――それなんだけど。一回、行っておきたい場所があるの」
リョウは何となく、マノンが突飛な事を言い出すであろう事を察知した。
それは懐かしき感覚で、いつもリョウたちはそれに振り回されていたのだ。
だが、それが分かっていながらも振り回されるままにされていたのは、自分たちならばそれらを達成できるであろうという自負があった事と、彼女の言う事がいつも的を射ていた為であった。
それはある意味で賭博にも似ている。一歩間違えれば身ぐるみを剥がされるような、そんな類のものだ。
冗談じゃない、リョウはいつもそう思っていた。
だが、そうは思いつつも、訊かずにはいられなかったのも事実なのだ。
「―――どこだ?」
「北の牢獄。あなたの『制縛』のこともあるし、折角だから、あいつ助けに行きましょ?」
マノンの言葉を聞き、リョウはしばらく考え込む事になった。
四章終了。
一応、ここまでで半分の内容となっております。無駄な作文を減らしてペースも上げていきたい所存です。
現状、自己満足に過ぎないような内容なのかもしれませんが、少しずつ面白くはなってきていると思っているので、ここまで読んでくださった方には、最後まで読んでくださるとありがたいと勝手に思っています。
応援、よろしくお願いします。
まぁ、勝手に最後まで書くつもりではあるのですが・・・
いつもの〜
反省
・新たな試みに手を出した事もあるが、流れの作り込みが甘く、3、4のあたりは特に迷走していた。
ただ、4でワークシートを改めて作り方を見直し、時間はかかったが、少しマシになったと感じている。
・当初立てた予定より一週間ほど押しているが、夏バテとお盆とかを予定に入れていなかったのもあるので、誤差と言えるかもしれない。言えないかもしれない。
・ペースは上げないと話にならないので、そこは改善の余地あり。並列で他のこともこなせるに越したことはないので、考慮。
・インプットとアウトプットを効率的に行えるようにする。
・あとは面白い内容を書けるように神頼み、みたいなとこある。現状の自分にやれることやったし。
・でもあれだ、テーマが弱いことに気づいた。まあ、そこは今更変えられんし、仕方ない。
以上




