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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
亡花、薄明に咲く
43/93

5_黒曜する鏡面、見返す瞳

 長閑のどかな昼下がり。梢に掠れる陽の光を背後に、リョウとメナは歩く。しかし、その間に満ちている空気は決して穏やかなものとは言えないものであった。

「何故だ?」

 メナが放った一言に対して、リョウはそう口にしかけて考え直し、止める。これまでの彼女の言動を考えれば、問うまでも無い事に思えたからだ。そして、それが分かるからこそ、彼はその問いに答える事を躊躇った。

 リョウの持つこの『力』はこの姫君が望むようなものではない。

 しかしそれを説明したところで、彼女は納得しないだろう。それはリョウも良く知っている感覚だ。加えて、それが彼女にとって、ある種の支えにもなっているような気配もあった。

(いっそ、手に入らないものであれば、諦めもつくのだろうが………)

 リョウは、メナのこの取引を断った際に彼女がどのような行動に出るのかを勘案し、面倒な事になるのではないかと危惧する。

(………いや、何を心配しているんだ? それはこいつ自身の問題だ)

 その途中で、リョウは自分が彼女の人生の舵を切ろうと考えている事に気が付き、嘆息する。

「分かった、教えよう。その代わり、お前の話が先だ」

「!」

 リョウの返答を聞いたメナの表情は、横目にも驚きで彩られている事が分かった。

 まさか彼が引き受けるとは思っていなかったのか、それとも本当にその『力』に秘密があった事を知って驚いたのか。そのどちらかは定かではないものの、彼女は交渉ごとは向いていないなとリョウは思う。

「何を話せば………」

 早速と言わんばかりにメナが口を開いた直後、それを遮るようにして見知った声が響いた。

「あ、おい、リョウ!」

「村長」

 リョウは自分を呼ぶ声に振り返り、その声の主に応えた。

 彼は彼を見つけると、たった今話していた女性に家に戻るような仕草をした後、足早にずんずんと歩いてきた。リョウはその顔の眉間の皺が、面倒事の予兆だと知っていた。

「あぁ、ミーナも一緒だったか、丁度いい。少し話がある」

 彼は来るや否や小声で二人にそう言うと、元の声音に戻ってメナに語りかけた。

「ん? 服が汚れているが、何かあったのか?」

「それに関する事で、少し相談が」

 リョウが言うと、ビレトは白んだ眉根を上げて彼に話を促した。その様はまるで大鷲の鋭い目で睨まれているかのようだ。

「裏山の扉が獣に破壊されまして」

「なに?」

「イシタカが言うには『黒狐』らしいです。それで、今あいつが入り口を見張ってるので、修理道具を持って行ってやれませんか?」

 口には出さずとも、彼の表情は明瞭な程に「次から次へと」と物語っているようだった。

「そうだな。放っておく訳にもいかん。母さん!」

 ビレトが背後の自宅に向かって怒鳴って妻を呼んだ。

「なに?」

 呼び掛けてから少しして玄関口に出てきたジーナに、ビレトは「ジークんとこに行って、裏扉の修理を頼んでくれんか」と頼んだ。

「何かあったの?」

「獣に壊されたんだとさ。他のトコもちゃんと点検しなくては駄目だな。まあ、それは俺が後で言っておくからいい。とりあえずは修理の件だけ頼んだ。俺はこいつらと少し話がある」

「分かった。裏山の扉ね?」「あぁ」

 ジーナはビレトの話を聞いて何かを察したような顔をした後、つっかけを履いてパタパタと走り去った。そして残った三人は示し合わせたように動き出し、ビレトに続いて彼の家宅の玄関を潜った。

 居間を通って階段を登り、メナの使っていた寝室に入った三人は各々好きな位置に陣取った。

 ビレトが部屋の椅子に腰掛け、メナは寝台の上に腰掛ける。そしてリョウはメナの寝台の近くの窓辺に立った。昼時の日差しの熱が背中に直撃し、リョウはカーテンを閉めた。部屋がその分だけ薄暗くなったが、誰もそれに文句は言わなかった。

「どうしたんです?」

 リョウがビレトに訊ね、彼は言い出し難そうにゴマ色の髪を軽く掻いた後、口を開いた。

「さっき、街に出ていた娘が急に戻ってきたんだが、妙な事を言っていてな」

 リョウにはその内容が何となく予想できた。村で流れていた噂、その確証が得られる何かなのだろう。わざわざ彼がメナのことを探していたことからも、それがその手の話・・・・・である事は疑いようが無かった。

「端的に言えば、国のおかしらがすげ替わるって事らしい」

 ビレトは言ってから微妙な間を置いて二人の様子を眺めるが、リョウに視点を止めて唸るように言った。

「嬢ちゃんは驚いているが、お前は驚かないのか?」

「ええ。イシタカからその手の噂話があるのを聞きました」

「なるほどな………」

 リョウは珍しく歯切れの悪い彼の言葉に、違和感を覚えた。どこまで踏み込むか、それを迷っているようにも見える。実際、今の質問自体には意味はないのだろう。彼の中には一つの確信があって、その材料を得る為にリョウとメナに対して鎌をかけているのだ。それが彼らしくない歯切れの悪さを生んでいるようにも思えた。

「………村長、訊かれれば話すと言ったはずです」

 リョウはビレトが腕を組んで唸り始めたのを見かねて、口を出した。おせっかいかとも考えたが、このままずっと考え込まれても困る。

「悪い。逆に気を使わせたか。や、一度訊かないと言った以上、訊くのもどうかと思ってな」

 ビレトはリョウの言葉を聞いてもしばらく、目を瞑って迷っていたようだが、ついにため息混じりにそう言ってから、身体を前のめりにして膝の間で手を組んだ。

「まあ、お嬢ちゃんが王族かそれに近い存在だって事は、何となく察してはいた。どうだ?」

 リョウはビレトの言葉に頷く。と言うより、そこまでは誰でも推測できる。

「メナはアントマキウスの姫君です」

 リョウがそう述べると、当の本人が驚いたようにこちらを見上げたのに対し、ビレトは納得したように頷いた。その二人の様子をメナは驚きを伴って見ていたが、終ぞ声を上げる事は無かった。二人のがあまりに平然としていた為だ。

「そうか、それなら辻褄は合う。多少の疑問点はあるが、それは擦り合わせていけばいい。正直、今回のことで話をする気になったのは、村の為と言うよりはお前たち、と言うよりも姫様だな、それに気を遣ってのことだ。国の頭が替わるという話はしたな?」

 二人は頷く。ビレトはそれに満足げに頷いた後、娘から聞いたという話を始めた。彼の娘は研究員として村を出て生活しており、その彼女が持ってきた話は村で流れる噂話をより詳細にしたような内容だった。リョウがメナに訊こうと考えていた内容にも共通する。

「村としては、国の頭が変わろうが俺の仕事が増えるくらいで、余程でもなければ大して違いはない。先代が変わった時もそうだった。正直誤差だ、良くも悪くもならん。だが今回はどうもそうは言っていられないらしい。メム・・の話では、今回の反乱に際し、王族側についた勢力が悉く粛清されているそうだ。そしてメムの話では、ギノリンダス家・・・・・・・もその対象になった。当然、メムのとこの研究施設も何かしらの影響を受ける。幸い、と言っていいのかは分からんが、メムのとこの研究課は上とも多少のコネがあって大ごとになる前に逃げて帰って来られたが、元から横の繋がりが薄い組織だ。他の連中がどうなったのかは分からないらしい」

「そんなことが………」

 メナが初耳とばかりに呟いているのを聞いて、リョウはそれがクーデターの後の出来事であると知る。さすがにその前からそう言う動きがあったのであれば、この姫君はそれを知っているはずだ。少々情報の鮮度に不安はあったものの、とは言え彼女が貴重な情報源であることに違いはない。

「お前、ギノリンダスは今回の件、どう言う風に絡んでいるのか知っているか?」

 リョウが問うと、メナはハッと顔を上げた。自分に話が振られるとは思っていなかったという、彼女の油断が手に取るように分かった。

「………多少は。ですが、詳しい事は父と弟が処理していましたので」

「大まかでいい、話してみろ」

 言い淀むような調子のメナに、リョウはそれでもいいと話を促した。些細な齟齬でも積み重なれば面倒ごとになるように、小さい事柄でも事実確認が取れるだけで、状況の確認は格段にやりやすくなる。

「ギノリンダス家は今回の叛逆はんぎゃくに関しての情報を提供してくれていた大家の一つです。父の口ぶりからして、おそらくは間諜のように立ち回っていたのだと思われます。実際は聞いていた日取りよりも余程早くこんなことになってしまいましたが。父からはもし機会があるのであれば、ギノリンダスを頼れ、とも………」

 リョウはギノリンダスが王家の協力者であった事実、そしてその裏切りが露見したのがクーデターの直ぐ後である事とを勘案し、ギノリンダスが王家に偽の情報を流していた訳ではないこと、そして罠に嵌められた可能性があると考えた。これだけの速さで裏切りが露見している以上、クーデター側がギノリンダスの実情を知らなかったと考えるよりは、それを知っていて泳がされていたと考える方が現実的だ。

 そして、そのやり口は覚えがある。

「今回のクーデターの首謀は………」

「あぁ待て待て、先にこっちの話を済ませよう。この村がギノリンダス領って事は知っているだろ? リョウも知らんだろうが、最近、ここの土地が魔法研究において有用な土地だと判明した」

 話を続けようとしたところをビレトに止められ、リョウは話が逸れていたことに気づいてビレトの話に大人しく耳を傾けた。

「初耳ですね。と言う事は、ここは国にとっても要地と言う事ですか」

「そうだ。直ぐにどっかの役人が来る。今回の王?になるのかは知らんが、そいつがまともなやつならな。そんで、俺の勘では今回のやつはその『まとも』なやつだ、今までの話を聞く限り、恐ろしく手際がいい。国賊かどうかはさて置き、な。俺が言いたいのは、お前たちがここに留まる事で面倒事が起きやしないか、って事だ。こっちの話じゃないぞ、お前たちだ」

 ビレトは人差し指と中指をそれぞれリョウとメナに指して言った。

 リョウは彼の危惧を理解した。ここに視察団やらそれに準ずる者が滞留することになった際、その内容次第でメナやリョウの存在がバレて厄介なことになる可能性がある、そういうことだろう。しかし、リョウはそれについては元より考えていた。と言うよりも、そうならないように立ち回ろうとしていた。

「それについては問題ありませんよ。こいつが動けるようになった以上、元よりここに長居するつもりはありませんから。なるべく村にも迷惑をかけたくはないですし。こいつの事を村人から隠すことを止めたのもその一環です。後出し感があるので完全に嫌疑は消えないでしょうが、少なくとも村としては、こいつが姫であった事は知らなかったで通せる。これ以上滞在してボロが出る前に、ここは発ちます」

「………? どういう事です」

 メナがリョウに問いかけた。リョウはどこから答えるかと逡巡したのち、初めにメナをどのように扱うつもりでいたのか、から話す事にした。

「当初はお前の存在は完全に秘匿されている筈だった。私がここについたのは真夜中のことだったし、村長とジーナさんは口が硬い。念の為に偽名も使った。だが、村人の中に誰かが村長の家に居ることを疑う者が出た」

「そいつは迂闊だったというか、運が悪かったなぁ。ジーナのはデカすぎるし、メム………娘は誰に似たのか小さいもんで。ワミルマ・・・・んとこに服を貰いに行った。そしたら思いのほか勘が良かったと言うか、噂好きで話を盛るのが好きと言うか………」

 リョウの言葉を引き継いで、ビレトが嘆く。リョウはそれに同調して頷いた。

「両方でしょう。いずれにせよ、私はそれを運良く知って村長たちと相談して、存在自体を隠す方針から、立場をぼかす方針に変えた。村長たちに伝えた偽名と経緯はそのまま、だからお前は今日、村の外を歩けた訳だ。村を発つ理由は、分かるだろう」

「知りませんでした」

「言っていないのだから当然だ」

 メナは一応は「成る程、わかりました」と納得を示したが、全てを納得した訳では無さそうだと言う事は顔見れば分かった。見事な仏頂面である。大方、自分の全く知らない場所で自分について色々と決められていた事と、それに全く気付けなかった事が気に障ったのだろう。

「それはさて置き、すぐに発つのか? こう言っちゃなんだが、焦って移動することもないと思うぞ」

 ビレトはリョウとメナの会話が終わったと見るや、リョウに問うた。最後に「引き止める訳ではないが」と、釘を刺すあたり抜け目ない彼らしい。

「多少は準備はします、出発時期はそれ次第ですかね………。行く当て、と言えるのかは分かりませんが、少し会いたい人間がいることですし。多分、そいつは今回の件にも絡んでいる。ただ、それに関する事で姫君に聞いておきたいことがあります。要らぬいざこざに巻き込まれない為にも、そもそもこいつが何故狙われているのか・・・・・・・・・・も確認しなくてはならない」

 リョウがメナに視線を向けると、彼女もリョウの事を見返した。その目は、昨日より挑戦的で強い意志が感じ取れた。あるいは、これには先の二人の間の取引が関係しているのやも知れなかった。

(話をすれば、俺の秘密を教える、か)

 リョウが微妙な心持ちでメナから目を逸らすと、ビレトが思い出したように自分の頭を軽く小突いた。

「そう言えば、さっき何か訊きかけていたな? 確か………」

「クーデターの首謀者についてです」

 リョウがビレトの後を引き継ぐと、彼は怒ったような演技をして「年寄りが頭を使う機会を奪うな」と冗談を言った。リョウはそれを鼻で笑い「あなたがそれを言う資格はないと思いますよ」と返しておいた。

「私の予想では、今回の件の首謀者はカゥコイ家、いや、カゥコイ・シオに依るものだと考えている」

「それは、何故?」

 メナが眼を閉じて目頭を抑えた。何か認め難い現実から目を逸らすような、そんな態度だ。

「別に何という事はない。単純に、シオの使者を名乗る黒衣の人間から接触があったと言うだけだ。タイミングからして、関係があると考えるのが普通だ」

 メナは少し怪訝な表情を浮かべるも、直ぐに納得したようにため息を吐いた。そして、いつかを思い出すように左下を望洋と見つめながらそう話し始めた。

「あぁ、それで………あなたなら、そう言うこともあってもおかしくは無い。えぇ、そうですね、首謀はカゥコイ家で間違いありません。カゥコイ家の現当主がシオ殿………シオなのでその意味ではカゥコイ・シオに依るものとも言えると思います。ですが、それを擁立しているのがイカコ家と言う話もあったので、実質的にはこの二家による企てなのではないでしょうか?」

 彼女の知見は、リョウの持っている知識が当然ながら古くなり使い物にならない事を知らしめてくれた。

「カゥコイとイカコは犬猿の仲であったような気がしたのだが、違うのか?」

 リョウがかつての記憶を頼りに問うと、メナは少し拍子抜けしたような表情を浮かべた。

「随分と昔の話をしますね………、確かに四、五年前まではそのようなきらいがあったように思います。その頃は私もまだ子供と言って差し支えない歳だったので、詳しい事までは覚えていませんが………三年前でしょうか、シオがカゥコイ家の当主となってから、急速な歩み寄りがあったんです。父は国が安定すると楽観していましたが、今にして思えば………」

 彼女のあからさまな後悔の色で染まったこの言葉は、こうなる前に対策ができたのではないか、という「もしも」に基づいたものなのだろう。しかしリョウから見れば、それはあまり現実的では無かった。結局、現在を知っていたとしても、彼女では碌に結果を変える事は出来なかったであろう。リョウは一片の同情をも示すことなく、質問を続ける。

「きっかけは知っているか?」

「いえ。歩み寄りがあったのは確実ですが、所詮は家同士の裏事情、公式に両家が何かを表明した訳ではありませんから」

 リョウはメナの言い分はもっともだと思った。だがそれはそれとして、少々、手元の役が足りていない。殊の他、状況は面倒臭い方向に傾いているのかも知れない。

(カゥコイの当主が急にシオに変わったというのも引っかかる、まるであいつが自ら進んでそう仕向けたような………)

 このやり方はシオと言うよりも、もっと別の人間のもののようにも思える。

「シオが当主になった理由は?」

「先代が身罷みまかったからと。先と同様、詳細は知りません」

 リョウはそれを聞いて俯き、唸る。目に見えて奇妙な点はなし。

 カゥコイ家は国の情報収集を担う実質的な暗部。おそらく国民の殆どがその存在すら知らないだろう。王族の分家で構成された王家の直轄とも言えるこの大家は、裏から国を支配していると言っても過言ではない。権謀術数、何でもござれだ。

 そんな場所と国防を牛耳るイカコ家が手を組んだ。それは国の物理的な戦力が殆どその一つに統合されてしまった事を意味している。考えうる対抗馬としては教会勢力がまだ残っているが、現状を考えると、それも少し怪しいような気がしてくる。

 リョウには、この今出揃っている情報を見るだけでも、クーデターは偶然機会が重なって引き起こされた突発的なものではなく、綿密な計画性を以て行われたものであるように思えた。徹底的に後顧の憂いを潰すようなやり方。その面に関してはシオの性格と状況は一致する。

 だが、シオが何を求めているのかが見えてこない。リョウの個人的な見解としては、シオはいたずらに場を乱すのを好まない性格だ。よく考え、検証し、実行する。それは彼の出自が担うものが影響しているのだろうが、ただ単純に「王位」が欲しいというような理由だけでクーデターを引き起こすのか、それは甚だ疑問だった。そもそも、王位などなくても彼らなら十分に国を動かせた筈だ。何故王位に拘ったのか、逃げ出したメナをあの数の兵隊を用意してまで殺させようとしたのか。そこに何かの鍵がある筈なのだ。

「国政に変化があったのか? これに関しては村長の意見も聞きたいですね」

 リョウは空気を読んでいたのか、黙って話を聞いていたビレトにも話を振った。なるべく客観的な意見が聞きたかったが為だ。

「特に大きな変化は無かった筈です。父ははっきり言って保守的でした」

「姫様に同意だ。ここ数年、全くと言って良いほど変化がない毎日を暮らしていた。少なくとも王政に今まで以上の不満が出る、なんて事は無かった筈だ」

 国政が問題ではない。その事実が、二人の意見から浮かび上がる。そしてリョウの知るシオの性格を踏まえて考えた時、リョウはそこに第三の勢力の介在の可能性があると気づいた。

 そう、例えば。

「………『魔国』か?」

 リョウがそれを口にすると、メナとビレトは揃ってリョウの顔を見上げた。その顔には信じられない、と言う思いがありありと現れている。

「ありえません! 連合国結成以来、百年の間、魔国との接触はいっさい無いのですよ。国境も閉鎖していますし、そもそも、魔国の人間がいれば分かる筈です」

 メナの主張はおおよそ感情的で、これまでも無かった為にこれからも無いであろうという希望的観測を基に成り立っている。確かに彼女の言うように長い間、魔国が動きを見せていないと言うのも事実だ。その介入の可能性は低いようにも思える。しかし、リョウとしてはこの可能性は捨てきれないものだった。長い月日が経ったと言う事は、それだけ準備期間があったと言うことでもあると思うのだ。

「密入国など、いくらでもできるだろう、同じ人間なんだ。それともなんだ? 王族のお前が、民草が信じるような見た目から悪辣あくらつな化け物が『魔国人』だと、本気で信じているのか? 流石に王族は、まともな歴史を学んでいる筈だろう?」

「それは………」

 リョウの詰るような問いにメナが言い淀んだのに対して、ビレトが助け舟を出すような形で割って入った。

「確かに、連合を作った事で油断しているのは否定できんが、俺も可能性は低いと思うぞ。身元の証明もできないような密入国者が国政に介入できるほど、この国もザルじゃあねえだろ」

 リョウは「そうとも限りませんよ」と嘆息するが、可能性が低いことも認める。

「まあ、あくまでクーデターの背景に王政とカゥコイ家、イカコ家の連合勢力があるとして、そこに他の要因が入ってきた場合にあり得る勢力を挙げただけです。そういう意味で言えば魔国である必要はない。『ズノクヨール』の可能性だってある」

 その名をリョウが口にした時、メナはハッと何かに気が付いたように顔を青くした。その額には薄く冷や汗が滲んでいる。

「どうした?」

「すみません、私がここに来てから、今日で何日目ですか?」

 メナの問いに、ビレトは「姫様が来てからで考えると、だいたい四日だな」と答える。それはリョウがメナを拾った日から数えて今日に至るまでにかかった大体の時間である。

「今日が期日………」

 彼女の呟きが何を意味するのかが分からず、リョウはビレトと顔を見合わせた。ビレトはリョウに対して首を横に振り、リョウはそれを受けてメナに訊ねる。

「何の日取りだ?」

「ズノクヨールは我々が亡命の際に手引きをお願いした国です。アーデリの森に騎兵にて迎えにきてもらう事になっていました。その約束の日が今日なんです」

 それ切り、メナが首に手を当ててもう片方の手で肘を引き寄せるようにして考え込む素振りを見せたので、リョウは頭を少し掻き回した。リョウの頭に浮かんだ考えをどう伝えるのかを悩んだ結果だ。

「それは罠だ。行く必要はない」

 リョウがそれをメナに伝えると、彼女は言葉にこそ出さなかったが「何故そう言えるのだ」と見返してきた。それはビレトも同じなようで、代わりにビレトがそれを口にする。

「どうしてそう言える?」

「………正直、これは俺にしか分からない暗号のようなもので、信じろとか納得しろと言われてもそうできるものではないと思います。が、敢えて言うなら、あいつ・・・の手紙が届いたのがこいつがアーデリに辿りつく前だったから、です」

 リョウはメナに手先を向け、ビレトにそう答えた。おそらく、と言うか十中八九それで納得を示す人間はいないだろう。いきなり占いのような事を言い始めたリョウの正気を疑う方が正常だ。

「具体的に言うならば、俺の協力者は姫様が河で襲われるのを知っていて、それを防ぐた為の手立てとして、俺を使った。もっと早い段階で動けばそもそも襲われることも無かっただろうし、その約束の日とやらにも間に合った筈ですが、そうしなかったのは、そういう風に調整していたから」

「そりゃぁ、お前の『魔法』の話か? ………いや待て、そう言えば姫様を連れてくる前にも妙な事を言っていたな」

 ビレトは眉間に手を当てて思い出を探った後、目的のものを見つけ出したのか引っ張り上げるような重たい声で言った。

「………『友』からの手紙、だったか?」

「友? そう言えば、私の前に現れた時にも同じ事を言っていましたね。『友との約束』と。あいつとは………『友』とは誰のことなんです?」

 ビレトの言葉に刺激を受けてメナもリョウがかつて言った言葉を思い出し、リョウを静かに問い詰めた。リョウはその目に仄かに怒りの炎がちらついているのを見た。それが何を燃やすものなのか、リョウは知らない振りをした。彼女はその熱を直接、解き放つことは絶対にできないからだ。

 リョウは説明が面倒なので、言わなくて済むならそのままでいようと考えていたが、そうもいかなくなった事を悟る。そして、ここにはいない誰かに向かって内心、恨み節をぶつける。

(本当に嫌なやつだよ、お前は)

「………ジュゲン」

 リョウが告げたその名を、二人は聞きそびれたかのように呆然と聞いていた。それは二人が確実に耳にしたことがあるであろう名前だ。

「アントマキウス・カレン・ジュゲン。アントマキウス・カレン・メナ、お前の兄だった男だ」

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