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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
亡花、薄明に咲く
36/93

1_明けぬ空に明星_1/3

修正について:

王妃の意味を普通に勘違いしていたことに気づき、顔から火が出そうな思い。

正しくは、メナ王妃ではなく、メナ姫。

過去に上げた内容は修正済みですが、間違えていた事実は消えないように、ここに懺悔します。戒め戒め。


三章は少し時間を使って色々考えたが、まだまだ浅い。

とは言え前二章よりは様になっていると感じて貰えるかなと。メナとリョウの物語を少しでも楽しんでいただければと思います。

 日が登り始め、周囲の赤は次第に白に照り潰され、山の樹木の影の黒を際立たせる。その影は車輪跡のように細長く伸び、その先にひとつの村を指し示した。それはそこに何かがいるのだと主張しているようにも見える。

 その村はアントアキウス国の辺境、カトチーニの山間に位置しており、地名にちなんでカトチトァ村と呼ばれていた。カトチトァ村のある位置は他の地帯に比べ比較的日照が長く、斜面もなだらかなので小規模ながらも複数の畑を持つ、自然と共存するような村だ。

 メナは、その村に差し込む少し遅めの陽光を浴びて目を覚ました。

 枕元の窓から差し込むその光は気に障るほどに明るく、目を閉じていてもその明るさで視界が赤く染まった。

 彼女は腕で顔を覆い、唸る。

 節々が痛むような身体の倦怠感と、思考を覆う無気力感のみが彼女を満たしている。

 しかし、そんな彼女に掛けられた言葉が、その声が、彼女の思考の霞の中に一筋の雷光のように走った。

「………目を覚ましたか」

 雷光はその余波で霞を全て吹き飛ばす。だが、急に開けた視界の全てを彼女は捌き切れず、混乱したまま、されど目を見開いて怯えたように声の主に目を向けた。

 そこには黒髪の男の姿がある。長めの髪を後ろ手に纏めているところが初見の際とは違っている。しかしその声の調子、表情から受ける印象は紛れもなくあの無愛想な男であると彼女は確信した。

 同時に、それは彼女が今置かれている状況を、深く沈めた記憶の深層から呼び起こすのに十分過ぎる呼水となった。

「………ぁ」

 その全てを意識する間もなく、訳も分からずに溢れた涙が横向いた彼女の目尻を伝い、彼女は拭う暇もなく放心する。

 荒く毛羽たった枕元に涙が染み込んだ時になってやっとその原因を認識した彼女は、改めて洪水のように溢れる悲しみの波をなんとか乗りこなすのに意識を集中させた。

 その間に長い時間があったはずだが、男は一言も発さず、彼女の寝ている寝台の横に静かに座っている。目線も彼女というよりは、別の場所に向いているようで、横向いて窓の外を目を細めてみていた。わざわざこの部屋にいるのだからそれはあり得ないだろうが、その様子はまるで彼女には興味がないと言っているかのようであり、それが彼なりの気遣いなのか、はたまた本当に興味がないのか、メナには判断がつかなかった。偶々この部屋に居合わせたのだと言われても信じてしまいそうな程に自然なのだ。

 それが意図的にせよ偶然であったにせよ、彼女はなんとか激情をやり過ごす時間を獲得し、やっとの思いで震えそうな声を抑えて、寝起きの渇いた声を発した。

「わたし……は」

 どのくらい眠っていたのか、それが声にできないほどに喉は渇き、メナはむせ返った。

 先ほどとは違う涙が目尻を濡らす。急に身体に力が入ったことで尚更倦怠感が増した。

「………飲め。ゆっくりだ」

 男は彼女に水の注がれた湯呑みを差し出し、メナは身体を起こして素直にそれを受け取った。

 その拍子に目眩がしたが、水への渇望がそれを上回った彼女はそれを無視して水を一気に飲み干した。取りこぼした水が顎を流れ、胸元に滴ったが、メナはそれを気にも留めないほどに必死であった。

 そして喉が水に浸されたことで再度むせ返る。

「ゆっくり飲めと言っただろう」

 男はむせるメナから湯呑みを受け取り、再度水差しから水を注いで彼女に差し出した。

 咳が落ち着いたメナはそれを受け取るが、湯呑みを口に付ける喉の渇きから解放されたことで物事を考える余裕ができてしまった。

 そして考えるのはあの夜のこと。

 メナは生き残った。おそらくは、この男に助けられた。そして、ギノーやセジンカグ、ドウカイは助からなかった。夢現と判ずることができない朧げな記憶ではあったが、ギノーとの別れの時間を与えられた彼女にはそれが確かな事実として胸裏に根付いていた。それが勘違いでないとは言い切れないのだが、それを確認する言葉は出てこない。全てを知るであろうこの男に一言尋ねれば良いだけだというのに。

「………」

 メナは胸元にできた水の染みに目線を落として、自分が着ているものが自分のものではないことに気がついた。その質素な麻で作られた服は上等なものではなかったが、清潔に保とうという気概を感じるものだった。

「安心しろ。着替えはジーナさんに頼んだ」

 男がメナの視線と間に気づいて、そう言った。メナはそこまで考えていなかったが、言われてみると少し安心した。

 この男は初対面の時の横暴で傲慢な印象が強く、今のように気の利いたことを言われたりされたりすると、少し意外に感じられる。

(………いや。そうでもないのかもしれない)

 メナはこの男が彼女にしたことを思い返し、複雑な思いで彼のことを見た。なぜか癪に障るが、彼女をあの絶望的な状況から救ってくれたことに違いはないのだ。彼は、彼女たちには成せなかった事を成した。そしておそらくは、別れの時間さえも与えてくれたのだ。

「………それと、お前は行き倒れを拾ったということになっている。名前はミーナで通せ」

 感謝でも口にすべきだろうかとメナが口を開き掛けたところに、遮るような形で彼はそう言った。

 それは、彼女が今滞在している場所には彼以外にも人間がいることを示していた。口調からしておそらく、ジーナという女性以外にも人がいる。そして彼は、メナの身分を隠すことで彼らから彼女を匿っているようだ。その意図は何となく理解できた。

「ここは、どこなのですか?」

 なんとなく感謝の言葉を言いそびれたメナは、代わりに抑揚の失われた声で男に問いかけた。我ながら暗く沈んだ声だと思いつつも、それを直す気は起きなかった。

「カトチトァ村。村長宅の部屋を借りている」

 彼女は「カトチトァ」には聞き覚えがなかったが、その名から察するにカトチーニ山脈地帯に位置しているのだろうことを推測する。しかしそれは、彼がかなりの距離をメナを連れて移動したということでもあり、にわかには信じられない。

 そして、そんな偉業を誇るでもない彼の、メナの質問に対する返答は簡潔で実務的だった。余計な言葉が省かれ、無機質で、冷たい印象を受ける。そこからは彼女に対してどんな感情を抱いているのかが全く読み取れない。それが一方的に自分のことを覗き込まれているようで、はっきり言って不気味でもあった。平時だからこそ、余計にそれが際立つようだ。

「どうして………」私を助けたのですか?

 その言葉が紡げず、彼女は口を閉ざした。一度封じ込めた筈のその感情はふとした拍子に膨れ上がり、封印を破った勢いで胸中を一瞬のうちに埋め尽くす。目の前のこの男は、何と答えるのだろうか。あれだけの力を持ったこの男がメナを、メナのみを救ったことには、どう言った理由があるのだろう。

 それは、彼女の従者たちの辿った結末を思えばこそ、口にはできなかった。

「………落ち着いたらでいい。今後の話をしたい」

 メナが続きを口にすることがないと悟ったのか、彼はぽつりと言った。そして彼女の反応を待つでもなく、彼は立ち上がって部屋を去った。

 慰めが欲しい訳ではなかったし、むしろ彼が部屋を出て行ったことは彼女の気分を軽くしたが、それでも一言くらいは気遣う言葉が欲しかった。そして、そんな風に思った自分に少し驚く。上部だけの言葉を求めて何となるものか。

 メナは誰もいなくなった部屋で膝を抱えて寝台の上に座った。窓の外の光を眺め、その眩しさに目を細める。その拍子に溢れた涙が頬を濡らすが、彼女はそれを拭うことはしなかった。

 それはきっと、ただ光が眩しかっただけだ。

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