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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
不明の魔法使い
35/93

9_白き闇、白亜の夢を映ゆ_2/2

 その周りだけは霧がなく、やけに明るい。だが、見えるのは白い霞のみだ。地面すらも白く覆われていて、まるで現実味がない。常世から切り離された幽明の狭間であるかのようだった。

 その不思議な空間に、彼女たちは二人で存在した。

 隣にいるはずのあの男の姿がないのは、彼が気を遣っているからなのか、それともここが本当にある種の特殊な空間であるからなのか、彼女には判断のしようがなかった。

 メナは屈み込んで横倒しのギノーの口元に手を翳す。彼女の呼吸は浅く早い。

 時折漏らす苦しげな呻き声は、彼女の命を感じさせるが、同時にそれが消えかけている証拠にも見えた。メナは臓腑が握りつぶされるような気持ちがして、込み上げる吐き気を堪えるのに必死だった。

 傷口はギノーの腕で隠れているが、着ている服の赤が確かにその存在を教えている。あれは見間違いではないと突きつけられているようだったが、とても今のメナにはその手をどける勇気などなかった。

 それを見てしまえば、きっと。

「ギノー。聞こえていますか?」

 聞こえている保証はない。そもそもこれが現実であるかも定かではない。

 それでもメナは彼女へと語りかけずにはいられなかった。

 手を伸ばして彼女の頬を撫ぜる。

 涙が頬を伝っていく生暖かい感覚が、ギノーの頬の冷たさを尚更強く意識させ、涙が止まらなくなる。

(きっと今の私の顔は酷く不細工だろうな、王妃の貫禄などまるでない、ただの赤子のように)

 だが、今は良いのだ、彼女は自分に言い聞かせる。誰の目を気にする必要があるというのか。

 理解はしていたが、彼女はしばらく嗚咽を堪えて鼻を鳴らす。

 感情をあらわにさせるには、彼女は長い間、演じすぎた。

「ごめんなさい。こんなことになってしまって」

 やっとの思いで口にできたのは謝罪の言葉。別れの言葉にはきっと相応しくない。

 しかし、自分のついでのように理不尽に遭った彼女に対して、そんなふうに冷たくなっていく命に対して、誰がゆるしをわずにいられるというのだろうか。

 いくつもの思い出が頭を過り、消えていく。

 それは決して良いものばかりではなかったが、少なくとも彼女を構成する大切な記憶である。

 ギノーはメナにとって、掛け替えのない存在だ。

 世話焼きだが、そそっかしい。

 それが適切な言葉かは分からないが、唯一の友人と言ってもいい。

 王妃としての日々を生きる中、彼女はメナを王妃としてだけではなく、一人の人間としても見てくれていた数少ない一人。彼女の日常の一片だ。

「あなたは、どうか分からないですけれど。私、あなたといると安心できたんです。ねぇ、あなたが、私の散らかした部屋を初めて見た時、何を言ったか、覚えていますか?」

 ギノーの苦しげな呼吸は変わらない。返事も当然、返って来ない。

 奇跡なんてものは簡単には起こらないことは、メナは嫌というほど思い知らされている。

 それでもメナは彼女に語りかけるのをやめなかった。

「『どうして片付けられないんですか⁉︎』ですよ。仮にも王妃に対して」

 メナの口角は、悲しみと懐かしさでチグハグに釣り上がった。 

 きっとギノーが見たら笑うだろうか。控えめだが、確かな声を上げて。もしかしたら「なんて顔しているんですか」なんて言うかもしれない。

「私は、その時は、腹が立ちましたけど、でも不思議と………」

 メナはギノーの呼気が微かに揺らいだのを感じ、はっと息を呑んで耳を澄ませた。

 しかしそれは、彼女の意思のあらわれなどではなかった。

 メナがいくら待てどもギノーが語ることはなく、時間だけがただ過ぎた。

 次第にギノーの身体から力が抜けていくのが分かる。

 メナは落胆を抱え、その場に伏した。

 泥臭い地面が、その場が現実であることを知らしめている。

「………不思議と、嬉しかったんですよ。ギノー………」

 小さく紡いだ消え入るような言葉。それは果たして彼女に届いたのだろうか。

 ふっと、空気が抜けるような音が最後に漏れた。それが彼女の最後の吐息であることをメナは悟る。

 メナは一時の夢を見たのだ。ギノーと対話をする。夢と呼ぶには、あまりにも慎ましい夢だ。

 しかしそんな些細な願いであっても、それはたった今、無情にも砕けた。

 顔を上げると、そこには血の気の失せた顔がある。

 現実を直視することができず、他の二人はどうなったのだろうと考えるが、あの男の言葉が蘇り、逃げ場が無くなる。

 彼女は居た堪れず、混乱して辺りに視線を走らせる。

 しかしそこは白い世界で、何もない。視界を向けるべき何ものも存在せず、それ故に内観を止めることができない。

 それに気づいた時、ついにメナの意識は限界を迎え、ぱちと静電気が走ったかのような感覚を最後に、全ての感覚を虚空へと放りだした。


 降り始めた雨が、背負われたメナの背を打つ。

 それは追い討ちのように、彼女の体力を奪っていくものだ。

 しかし、それらが彼女の目を覚まさせることはない。

 リョウは背中の王妃の手が雨で冷えていくのを感じ、立ち止まった。

 手頃な木陰に王妃を横たえ、カンテラに灯りを点けると外套ベニーを脱いだ。黒革の表面をリョウの前髪から落ちた雨粒が伝う。

 王妃は眠っている。雨で濡れて涙は流されているが、整った顔のその目元が腫れぼったく赤いのは、決して雨の冷たさに依るものではないだろう。

 背に掛かる長い黒髪は水を含んでつややかだが、度重なる出来事の応酬で泥に塗れ、とても王族のそれには見えない。

 リョウはそっと彼女を背負い、自分の外套をその上に覆うように羽織り直した。ついでに魔法で少しばかり自身の体表付近の温度を上げる。少しは雨風を凌ぐ役には立つだろう。

 肌寒さにブルリと身を震わせ、リョウは苦笑する。

(人間なんだな、まだ俺も)

 そしてリョウは眠り姫を背負い、暁雨ぎょうう降る山道に飛び出した。

 リョウは闇夜を雨に濡れ、泥を跳ね上げて、塗れて、過酷な道を孤独にひた走る。

 ただ背中の弱りきった命の為に。

 その姿をメナが知ることはない。

 そしてリョウはそれを知ってもらおうとも思わない。


 首筋にかかる規則的なか細い寝息。それは、少なくとも彼女が生きている証だ。

 例え後悔するのだとしても、それは生きているからこその権利だ。


 眠るといい、今は。

 例え、疲労と絶望で満ちた泥濘の内であろうとも、それが眠りであることに違いはないのだから。

二章はこれで終わります。


一応、一章がプロローグ、二章は物語の冒頭的なニュアンスのつもりで書いていましたが、内容的には二章もプロローグっぽいかもしれないです。


文章力もさることながら、ダラダラと書き過ぎた感があるのと、盛り上がりに欠けるようにも感じているので、そこら辺は課題でしょうか。

展開が早い方が面白いだろうとは思いますし、そもそも起伏を作るのが苦手な感じもあるので、そこら辺を意識しつつ、三章はもう少し丁寧に作っていければと思います。


物語の展開が見られるのは彼らが合流した三章からになります。

彼らの物語とともに、私の成長をも見届けていただけると幸いです。

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