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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
不明の魔法使い
34/93

9_白き闇、白亜の夢を映ゆ_1/2

「お前が望むのならその命、拾ってやる」

 リョウは王妃に語りかけた。

 王妃はそれに何を思ったか、返事はない。

 リョウはあくまでも中立的な立場を崩したくはなかった。自ら進んで誰かに肩入れすることは避けたい。それは結局、最後まで彼の中から完全には消えなかった迷いだ。

 故にリョウは王妃に問うた。彼女が望まぬのであれば、リョウは彼女を助けない。

 王妃を助けるのは恩を返す為であり、目的ではない。

 結果として見れば同じことではあるが、建前というのは時に何にも増して重要になってくる。

 殊更、リョウのような人間には。

 引き寄せた弓矢を一瞥し、リョウはそれを地面に放る。手に持ったはいいが、別に必要がなかったからだ。

「………なぜ、今なのです?」

 彼女が絞り出した声色は絶望に染まり、崩れ落ちそうな脆さを感じさせる。

 リョウは周囲の状況を把握していたが、彼女の護衛と見られる三人は死んでいるか、もはや虫の息。周りは完全に追手に囲まれて、背面は氷の壁と太い河。どこにも逃げ場がない。

 この状況では、なぜ今更と問いたくなる気持ちも理解できなくはない。

 しかし、リョウとしては答えようもない。

「………」

「なぜです?教えて・・・ください!」

 黙考していたリョウに対して、彼女は叫ぶ。

 行き場のない思いの捌け口に、目の前の男が選ばれたのだろう。それを理解しているだけに、リョウは面倒に思う。

 仲間が死に、自分も死に瀕していた誰もが絶望して然るべき状況。

 そんな中で冷静に自身を律し、リョウの問いに応えたこの気丈な王妃は、それだけの理性を持っていることが察せられた。

 しかし、目の前の男が自分を助ける存在だと知った今、ある種の安心感がその緊張の糸を断ち切る結果となった。

 それが先の問いかけだろう。

 つまり彼女は自分がやっていることの無意味さを理解していて、それでも尚、問わずにいられなかったのだ。

 少なくともリョウの目にはそう映る。

 そこまで考えて、リョウはふと我に返って苦笑する。自分の問いも、彼女の問いも、結局は無意味だ。

「意味のない問答だな」

 リョウはそれを実際に口にした。

 王妃に向けた言葉でもあり、自分に言い聞かせる為の言葉でもある。

 そのまま王妃から視線を逸らし、再度飛来した矢の雨を全て先と同じく空中で静止させる。

「………何が言いたいのです?」

 王妃の平らかな低い声が、リョウに追い縋る。

 それは遠雷が驟雨しゅううの前に響くように、不穏な気配をリョウに予感させるものだ。

 しかしそれよりも早く、王妃の追手たちが動き出した気配をリョウは感じ取った。

 それを裏付けるように、まばらな怒声と足音が聞こえ、黒い影が猛る炎の隙間で王妃を探って蠢いた。

「結局、私はお前を助けるしかない、ということだ」

 リョウは吐き捨てるように呟き、自身の内面に意識を集中する。そして、その中からある一片を切離した。

 それは臆病だが、狡猾で強い。

「『コギー・・・』、力を借りるぞ」

 リョウは間近に迫った追手の一人を視界に捉え、空中に留めたままでいた矢を数本、その腕に向けて解き放った。

「がぁっ⁉︎」

 その追手はその勢いに負けて横倒しになり、そこで初めて自分の腕に刺さっているものが矢だと認識する。しかし彼は暗闇から急に矢が飛んできたことに混乱し、辺りを見渡すが王妃とその前に立つ謎の男以外、何も視界には入らない。そして混乱したままのその無防備な脚に一本の矢が突き刺さり、追手は釘付けとなった。

 遅れてやってきた次の男も同様にして足を射抜かれ、その場に倒れる。

 両方とも呻いて何かを叫んでいるが、リョウはそれを耳から締め出す。

 代わりに、異変に気がついた他の追手が足を止めたのを見て、リョウは王妃へと向き直った。

「先も言ったが、私はお前を助けつもりでここに来た。これからこの包囲を脱するが、生きたいのなら付いてこい。死ぬ気なのだとしたら仕方ない、勝手にしてくれ」

 王妃は睨むようにリョウを見つめたが、彼はその目を見返して逸らさない。

 彼女は彼のその瞳のうちに暗く、茫洋とした何かを見出し、思わず目を逸らす。

 その時には、先程まで彼女の中で渦巻いていた怒りにも似た激情はいつの間にか薄れ、再度彼女の脳内には冷静な自分が顔を覗かせた。

 そして、暗い期待と共に彼に視線を戻し、メナは彼に問うた。

「私の従者は、どうなるのです?」

 リョウはそれに対して淡白な言葉を返した。

「………死んでるよ」

 そしてその瞬間、彼を起点に辺りが全く見通せないほどの濃霧が湧き出した。


 燃え盛る火は白海に沈み、星々は白亜の天蓋に覆われて見えなくなる。

 そして完全なる闇が辺りを包んだ後、メナは自身の腕を引かれたのを感じた。その正体があの謎の男だと直感した彼女は、為すがままにそれに従う。

 そして程なくして腕を離され、立ち止まったメナはその白の闇の中、目の前に倒れる自分の従者の姿を見つけた。

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