8_不明の魔法使い_2/4
「『フレマト』」
リョウの腰に下げた小さなカンテラに火が灯る。それは仄かな光ではあったが、彼には十分な程に河原を照らした。
その白く丸い小石が敷き詰められた河原は他に比べ広く、しかしそれに蓋をするように木々で囲まれていた。
奥には洞穴があり、雨宿りなどもできる。これならば隠れ場所としては文句ない。
そして、そこには誰かが野営を行ったような後が残されており、リョウは彼の予想が当たっていたことを確信する。
残された薪の煤や、船が停められていたと思しき杭。そしてそれらが最近使われたものであることを裏付けるように、その木製の杭には縄が巻かれていた跡が、そこだけ色違いに残っている。
間違いなくここには姫は居た。
(だが、この魔法の残滓………)
リョウはその残滓を感じた場所へと向かい、視界を閉じた。
彼の「領域」は魔法の残滓を感じとることができたが、近くで感じる程にその精度は高い。その魔法の残滓から、やろうと思えば個人を特定することすらできた。
しかし今回の場合は、洞穴から噴き出す空気がその魔法の残滓を乱し、詳細が分からなくなっている。分かることと言えば、一般的な「伝承魔法」の類ではなく、「固有魔法」の類だと言うこと。
リョウはその魔法の残滓をどこかで感じた事があるような気がしていたが、洞穴からの不気味な空気で乱されているのもあって、上手く結び付けられずにいた。
しばらく考えていたリョウだったが、本来の目的を思い出して目を開ける。
(………今それを調べるのは、違うな)
リョウは後ろ髪を引かれる思いでその場を離れ、河岸へと戻った。
そこから改めて墨のように黒い河面をなぞるように眺め、そこにうっすらと魔法の残滓を感じとる。
それは一直線に河を下っている。
ここにある魔法の残滓は薄いが乱れてはいない。
あそことは明らかに違う魔力、使っているのは『熱』。
おそらくは船上であることと、継続的な残滓が残っていることから考えると、魔導炉を動かしている事が分かる。薄さからして、そこそこに時間が経っているが、日を跨ぐほどではないだろう。
リョウは一息にそれらを分析して、長く息を吐いた。
これだけの手がかりが残っている以上、囮を立てたのでもなければ河を下っていると考える方が無難だ。囮だったとすれば手がかりが失せることになるが、それは考えても仕様がない。
(なんとか間に合うやも知れん)
調査を終えて出発を決めたリョウは、走るのに邪魔になるカンテラの灯を消した。
訪れた闇は視界を塞ぐが、それがむしろリョウの感覚を研ぎ澄ませてくれる。
辿るべき痕跡は残っている。あとは時間の問題だ。
リョウは呪文を呟き、また走り始める。
しかしリョウは魔導炉の残滓を辿り始めてすぐに、それが途切れていることに気がついた。
何か問題が起こった可能性を考慮し、警戒心を高める。
すると遠くに、ぼんやりと直線上の灯りが等間隔に並んでいるのが見えた。
どうやら橋を警戒して音を消したのだとリョウは推測する。
念の為、他の場所に逃げた様子はないかと探ったが、争いがあったような目立った魔法の残滓もなく、その心配はないと判断する。
(しばらくは気にせず、河に沿って進む他ないな)
そう考える間にも、彼は問題の橋に肉薄する。
少しだけ速度を緩め、橋上の様子を探る。
数人の見張りが橋の関所にいるようだが、数は多くない。灯りもそこまで強くないので、姫たちは上手く抜けたであろう事が予想できた。
(まあ、彼らの仕事は橋の上の警備であって、河面の監視ではないからな)
リョウはそれだけを確認し、少しいたずら心が芽生えて走る速さを上げた。
樹木ほどの高さの位置にある橋の下から跳躍し、背面跳びの要領で身体を回転させ、橋の上に足を着く。その勢いを殺さぬうちに再度跳躍し蜻蛉返り、関所の門の上に着地した。
そしてそのままそこから誰にも気づかれることなく橋を飛び降りた。
着地の勢いを魔法で相殺し、念の為うしろを振り返るが、何事もない。
「橋の上の監視もままならないのはどうかと思うが」
誰にも聞こえないであろう皮肉めいた捨て台詞は、橋の衛兵たちの耳には当然届かないのだが、そこで生まれた微妙な空気の揺らぎが、その一瞬、彼らをなんとなくイラつかせた。
リョウは橋の向こう側に広がる、暗い夜空を見つめた。月が明るいが、そこにかかり始めた灰色の雲。雨は恵みを運ぶが、災害の予兆でもある。
(さて、どちらに転ぶか)
目的が近づいているのを肌で感じ、彼は無意識のうちに気を引き締めた。




