8_不明の魔法使い_1/4
カトチーニ河はカトチーニ山岳地帯の谷間を通り、南下するように平野、そしてアーデリの森を経由して伸びる大河だ。
リョウは「手紙」の内容に従い、カトチトァ村からカトチーニ河へ向かっていた。
村を出る頃にはもはや陽も暮れ、山の端が赤から黒く変わりつつあった。
リョウは僅かに焦りを感じ、脚を早める。
彼は文字通り飛ぶように駆けていく。
森の枝葉の間を跳躍してくぐり、坂道を滑るように走破し、地面を滑空する。
有り余る魔法力を利用して身体にかかる負担を誤魔化し、とにかく速さを追求したその動きはもはや飛行しているのと大差がない。
それは普段の彼からしても少し無理をしている状態なのだが、今の彼はそうせざるを得ない状態だった。自分が戸惑った結果でもあるとは言え、あまりにも猶予が用意されていない。
リョウはなぜ自分がこんな面倒な目に遭っているのかを自問する。
理由は簡単だ。あの「手紙」を読んでしまった。
読んだ以上、結局リョウにはそれを無視する事はできなかった。カトチトァ村の村長の後押しがなければ、いつまでも後に引きずることになっていただろうと、今のリョウは冷静に自分の心情を見れており、それ自体に文句はない。
しかし納得できないのが、その手紙が指し示す場所がどこなのかが判然としない、という事だ。
実際、場所は書かれていたのである。すなわち「カトチーニ河」。
それだけだ。
そこを目指したところで、河は長く伸びる水の通り道の呼び名であり、いわば「線」である。「点」を指す言葉ではない。そこから特定の場所に辿り着くことなど普通は出来ない。
となると、リョウがとるべき手段は、川沿いを辿ってその「点」を探ることになる。
しかし、それはいわば、並べられた炉端の石の特徴を口頭で伝えられて、正しく選ぶようなもの。
リョウは手紙の内容を思い出し、ぼやく。
「………書くなら、もう少し詳細に書いてくれれば良いものを」
そもそも場所が書かれていなければ諦めようもあったというもので、その不親切さには、むしろリョウの「力」や性格をよく知っているからこその線引きのようなものが感じられる。
大雑把で適当、だがその人物の評価を適切に下し、必要な部分までを開示する。そして最後には実際に彼の意図した通りになる。
そんな手紙の主の性格が顕著に顕れているようだ。
手玉に取られているような感覚がリョウには気に食わない。
リョウはやはり止めてしまおうかと何度も考え、その度にそれを自分で否定する。
好むと好まざるに拘らず、リョウは出来ることをやり切るしかない。
彼は途中で何かを放り出す事ができない。真面目すぎる、それは自覚していた。
しかし、それすら計算に入れられているのだと考えると、尚更腹が立ってくる。
そんな鬱屈とした気分を抱えたまま走る彼の気持ちに時間は忖度しない。
山を下る間に辺りは暗くなってしまった。
山道や、街外れの夜道に街灯が備えられているわけもなく、頼りになるのは天の月や星明かりのみ。
リョウは自身の広大な「領域」が視界を多少補填しているが、そこにリソースが割かれる分、日中に比べれば精度が下がっている。
ただでさえ「領域」ありきでも、目星がないものを探すという行為が手探りで森を探るようなものだと言うのに、暗闇では言うまでもないことだ。
何かきっかけでもあれば話は別だが、そうでなければ結局は怪しいところを手当たり次第に探す他ない。
とは言え、彼にも多少の目算はあった。
あとは、それが眼に見えるような大きな動きであることを願うばかりだ。
取り敢えずの目標として彼が目指すは、カトチーニ河が最も王宮近くに流れる箇所。
対象が王妃であることを考えた時に、もっとも初めに訪れる可能性が高いと思われる場所だ。
そして実際、彼が予想した通りその場所に彼女は滞在していた。
リョウは目的地付近に辿りつくと「領域」に目を閉じて意識を集中し、あたりを探り始める。
視覚でも嗅覚でもなく、どちらかと言えば触覚を引き延ばしたような感覚の中に、強力な魔法の残滓を感じ取り、リョウは目を開いた。
(王妃ではない、だろうが………)
リョウは目を開け、その場所へと向かった。




