6_仮王_3/3
王宮に新たに設えた自室。
会議を無事に終え、シオはそのベランダの柵にもたれて立っている。
空は青く、風も清い。
しかし遠くの空に少しばかり薄く、斑らな白雲を見つけた彼は、直に来る雨を予感する。
だが、それは今の彼にはあまりに些細なことで、直ぐに思考の波に呑まれて消えた。
彼の指が柵を叩く小気味の良い拍子は、物思いに耽る彼の思考に合わせて乱高下を繰り返している。
「シオ様。スメノオでございます」
部下から声を掛けられ、彼は外の景色から視線を扉へと向け、仕方なく姿勢を正し、最低限の威厳を保ってから声をかける。
「入れ」
「失礼致します」
部屋に入ってきた黒衣を身に纏ったスメノオは、一度恭しく礼をする。
「ご苦労だったな」
シオはスメノオにはまず、労いの言葉をかけてやった。
突貫で仕事を頼んだ挙句、帰城して直ぐにあんな茶番に付き合わさせたのだ。その仕事ぶりには頭が下がる。
「いえ、問題ありません。ありがとうございます」
「それで、奴はなんと?」
「断る、と」
シオは後回しにしていた件についての報告を促し、その予想通りの返答に鼻から吐息を漏らした。
姫を餌にすれば、あわよくば引っ張り出せるかと考えたのだが、当てが外れた。
「他には何か言っていたか?」
「特には」
「………そうか」
スメノオはほとんど無表情ではあったが、申し訳なさそうな空気を放っている。あるいは自分の交渉力の無さを恥じてでもいるのかもしれない。だがシオとしては元々、上手くいく想定はしていない事柄である。上手くいけば今後が楽だな、くらいのもの。
シオは振り返って机上に目線を向けた。
現状の不安要素、そして今日の会議の結果を踏まえると、状況はどのように動くか。
シオはベランダから戻り、卓上に広げた地図上に載せてある卓上遊戯の駒を直感で動かした。
そして、人差し指で額をなぞる。
「イカコ家は今回のを成功させると思うか?」
先の会議で決まった作戦、その内容の是非についてシオは部下に尋ねる。あの場では話せぬ内容だ。
「急造で質の悪い雑兵が大半とは言え、王族憎しの没落貴族集団です。
姫に護衛がついていたとしても、精々が四、五人でしょうし、万が一にイカコ家の指揮が無能であったとしても、数で押せばまず問題ないでしょう。むしろ過剰戦力なのでは、と」
スメノオの見立ては、シオのそれとほとんど同じだ。
ヒエラーゾもその辺りは見越して今回の件を引き受けている気配があった。
だが、だからと言って油断をして良い根拠にはなるまい。
「大方、同意する。だが、そもそも今回の罠は逃げ場のない狩場を用意する為のもの。多少過剰戦力でも構わんだろうよ。しかしな、スメノオ」
「は」
「私には、それでも姫が上手く逃げ果せるような気がしている」
シオは先ほど動かした姫を示す駒を地図上で弄んだ。
スメノオは少し考える素振りを見せ、シオに訊ねる。
「………姫は河を下らないと?」
「それは分からん。分からんが………いずれにせよ保険はいる。イカコの元に補佐として監視役を置くか………?」
シオの目には何が見えているのか、スメノオにはそれが分からない。
しかしスメノオは、自分の主人が「何か」を見ている事を理解していた。
それは未来かもしれないし、現在の延長上のものかもしれない。あるいは人の心理か、世界の真理か。
いずれにせよ、彼は訊ねずにはいられなかった。
「シオ様」
「なんだ?」
「なぜ、シシャ・リョウを引き込もうと?確かにあの者の力は強大でした。しかし、政治に関わるつもりなど端からない様子。あなたほどの慧眼があれば、あの者の力など借りずとも………」
シオはそれを聞いて思わず苦笑を漏らす。
「スメノオ、お前は私を買い被りすぎだ。それに、私は別にあの者の力を利用したいとは思っていない。むしろ逆だ。
あれは、あまりに………劇薬がすぎる。お前に行かせたのはな、あれの矛先が仮にもこちらを向かない為の保険だよ。結果として無駄だった訳だが、結果を得る為の行為自体には無駄はあるまい?」
シオはふと、仮にあの男が敵対した場合にどのように動くのが良いかを考えた方が良いなと思い、机上の駒をいじり始めた。
そうして、しばらく経ったあと、シオはスメノオに指示を出した。
「とりあえず、作戦の結果はイカコ家の報告で判断せず、こちらの手の者を回せ。
仮に姫が包囲を抜けるようなら、その方法と行き先を調べろ。無理をして仕留める必要はない」
「御意」
そしてスメノオはそれを受け、即座に動き出す。主人のための最適な行動を。
シオの意思に従う。それがスメノオの矜持であった。
そしてシオはそんなスメノオを優秀な駒と見ている。
「さて、どうなることかな」
誰もいなくなった部屋。シオは一人、盤上の駒を改めて見直して呟くのだった。
ここに時間かけすぎたので次回からは未定です。




