5_遺紙_1/1
リョウは遺体の白毛を掻き分けるようにして抑えていた両手を引き上げ、観察を終える。
妙に油っぽい手の感覚に顔を顰め、手頃なものに手を擦り付けながら、彼はその結果について思索を巡らせる。
霞猿の遺体を調べ始めて分かったことといえば、この霞猿には思ったよりも多くの怪我があったことだ。厚い毛皮の下では細かいものに過ぎず、出血自体も大して多くはなかったが、怪我には違いない。
その切り裂かれたような怪我は、あたかも剣のような鋭い得物で付けられたもののようだった。
とはいえ、リョウは解剖医ではない。真似事はしているが、そこから見て取れるようなことまでしか判断できない。切り傷からその傷をつけた物の材質を根拠立てて推測などできず、ましてはそこには見えない隠れた遠因など、見えてこよう筈もない。彼のそれは直感の域を出ないのだ。かと言って、直感というのは馬鹿にできるものでもないのだが。
(カトチトァ村の解体師ならばもう少しマシな推測をしただろうか)
どうせ持っていくのならばそれまで待てば良かったかと彼は苦笑して、それでも霞猿の右脚についた大きな傷の方に目を向けた。
他の傷はいざ知らず、この傷に関しては明らかに異質であった。
まず何よりもその傷口の大きさ。人の胴ほどもある太い後脚をほとんど動かせない程に引裂いている。
そして第二に、その形状だ。
それは右後脚を半周するような形でつけられ、まるで鎌か何かでなぞったかのようだ。
霞猿にとっては幸いなことに、その切り傷は太い血管までは届いていなかったようだが、傷の規模を考えると、その幸いは不幸と薄肌一枚で隔てられた程度のものだ。針で突けばすぐにも破れ、その幸運は不幸へと移ろいゆく。あたかも、鮮血の赤が錆びれて黒に変わるように。
なにせ、自然界においてまともに動けぬほどの怪我など、ほとんど死と同義だ。
社会性のある山猿の場合もその例に従うのかは気になるところではあるが、少なくとも長として君臨し続けることは難しいのではないだろうか。
そんな学者的な興味はさておくにしても、この傷がつく原因がいまいち想像できない。
リョウは唸る。
罠か何かで縄を結ばれて、摩擦で一気に肉ごと引きちぎられても同じような形状にはなるかもしれないが、それにしては切断面が綺麗すぎる。
そもそも、リョウが剣で小さな傷を付けるのが精一杯だった頑丈な皮膚をここまで切り裂き、抉るほどの真似が人にできるだろうか。
(別の魔獣がいる。それも、この規模の魔獣が尻尾を巻いて逃げ出すような)
なんとなく、ではあるがリョウにはそんな条件に合致するような傷口の形に一つだけ心当たりがあった。
リョウの頭はそれを切っ掛けにかつての惨劇を想起し、居た堪れずに独白を漏らした。
「………『クロ』、か?」
そして傷口から目を逸らすように視線を横に向けると、解体台とは別の机の上に見慣れぬものが載っていることに気がついた。
リョウはそれを魔法で浮かせ、手繰り寄せる。
(手紙?)
その、王城の印の入った封を見た時、リョウは先の男を思い出した。
いつの間に置いていったのだ。
リョウはそれを燃やしてしまおうかと一度は頭上に浮かべるが、思い直して手元に落とす。
そしてその内容に目を通し、盛大に眉を顰めたのであった。




