4_逸脱の者_1/2
「断る」
リョウは彼が発した言葉の羅列、短いが節々から面倒ごとが漏れ出ている蛇のような不吉な依頼文を、無碍もなしに断頭台に引き摺り込んだ。
(姫?捜索?依頼?おまけに依頼主がシオ?冗談じゃない)
「それは、何故です?」
シオの部下と思しきこの男はその忠義に芯を貫くため、リョウの敵意を剥き出しにしたかのような返答を聞いて尚も一度は引き下がらずに食い下がってみせた。
尋常ならば、リョウの声音を聞いただけでもたじろいで引き取りそうなものだし、少なくともリョウはそれを期待していたのだが、見込み違いだったようだ。
リョウとて何も、故なく彼の提案を拒絶している訳ではない。
とは言え、それは彼の過去に起因するものであり、目の前の男が知らずとも詮なきこと。
このような態度を彼に取るのは全くもって無意味、それは分かっている。
しかし、彼の上に立っている存在はそうではない。少なくともリョウがそう言った物事を嫌っていることを知っているはずで、交渉に来るというのに、この男がそれを知らないというのは彼の上司の失態でしかない。
目の前の男にとってはとばっちりであろうが、最終的に困るのは彼の上司、少しはリョウの溜飲も下がると言うものだ。
「答える必要が?」
言下にリョウは男に背を向けたまま、魔法で窓を開け、外から水の入った桶を引き寄せた。
男はそれを見て目を丸くして絶句している。
それをいいことに、リョウは吊るした外套の表面に魔法で浮かせた引き寄せた水桶の水を這わせ、血の汚れを洗い流していく。
しばらくそのままに歩いていた分、大分固まってしまっていたが、撥水性の素材だ。擦らずとも多少は落ちる。
実際のところ、大方の血ならば魔法で浮かせることもできるのだが、細かい部分は結局物理的な洗浄を必要とするため、二度手間を避けたのだ。
「………それは、残念です。
正直な話、先程までは貴方の実力にはまだ疑念があったのですが………。貴方は確かに規格外の存在らしい。
シオ様が貴方のご助力を乞うたのにも頷けます。今後のためにも、貴方の力は必要だ」
一通り外套を流し終えたリョウは血で汚れた水をそのまま桶に戻し、手を止めて、おべっかを口にするその男に向き直った。
「そんなこと、知らんよ」
リョウはお引き取りを促す意図を含ませ、短く切り捨てるように応え、使者の男はそれを正しく受け取った。
男はうだうだと居座ることはせず、再度恭しく頭を下げる。
「もし気が変わりましたら、王城までおいでなさって下さい」
リョウはそれに多少の引っかかりを覚えたが、訊き返すほどでもないと聞き流す。
何よりも、今更引き止めるような真似をするのはそこはかとなく情けない。
そして男は、リョウに背を向けて扉から外へ出た。その間際、「また来ます」などと不穏なことを言い残して去っていった。
その気配が本当に小屋から遠ざかっていくのを感じとり、リョウはため息と共に、霞猿の遺体を置いた納屋の方に意識を戻す。
シオの使者が残した去り際の言葉といい、これだけでは済まないだろうなと内心では感じつつも、それは喫緊に対処すべき事柄でもない。
現状、優先度が高いのは魔獣の方であり、場合によっては更なる調査が必要になる可能性がある。
「事は重なると聞くが………」
木張の床に、洗浄したばかりの吊るされた外套から水滴が滴った。
乾くには、まだ時間がいる。




