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鴉瞳の魔法使い  作者: てらじま
不明の魔法使い
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3_使者_1/1

「『ミュタス』」

 リョウは霞猿が完全に死んでいることを確認し、その遺体を魔法で浮遊させた。

 生きているうちには「領域」が干渉しあうので魔法は上手く働かないが、「意思」を持たない死体は「領域」を持たないので問題なく動かせる。

 血が滴る様がなんとも猟奇的ではあるが仕方ない。こんな巨体を背負って山道を戻るよりは余程まともだと彼は思った。

 そしてリョウは血がこれ以上、その白い毛皮に付着しないように気をつけながら、そのまま山を下り始める。

 霞が晴れ、日が登った山道では朝日が山肌を暖かく照らしていた。暖かい空気に誘われた小鳥の囀りが、山を歩くリョウの耳に心地よく響く。

 朝風が運んできた木々の騒めきが、鳥たちの声と相まって森を歩く人間に長閑な時間を演出する。どこからどう見ても穏やかな時間だ。

 尤もそれは、背後に血の滴る死体を浮かべていなければ、だが。

 背後のそれに意識を向けるとその度に、一つの命という形を崩してしまったという事実がリョウに罪悪感を掻き立てる。ただ無意に命を奪った訳ではないとはいえ、殺しというのは決して気持ちの良いものではない。


 リョウは小屋に近づくにつれて妙な気配があるのを感じとっていた。

 敵意とも違うが、友好的とも取れない、なんとも微妙な気配。だが、小屋で待っている以上、彼に用があるのは間違いない。

 リョウは小屋に着くと、意識をそちらに向けつつも獲物の解体小屋として使っている隣の納屋に霞猿の遺体を突込んだ。

 重さに耐えかねて解体台が悲鳴を上げた。

 そろそろ修繕した方が良いかもしれない。

 それは一旦保留し、解体台の上の霞猿の遺体を改めて眺める。やはり巨大だ。

 魔獣は体躯が大きくなる傾向にあるが、この猿もその例に漏れていない。

(さて………)

 しばらくは霞猿の遺体をただ漠然と眺めていたリョウであったが、母屋の方で待ち受けている誰かに再度意識を揺り戻した。

 特に妙な動きをした気配はない。

 小屋にリョウが近づいた際、それに反応したような動きがあったので、こちらに気がついていないということはないだろう。

(待ち伏せ、にしては敵意を感じない、が………)

 リョウは仕様がなしに、納屋を出て母屋へと向かった。

 あくまでも、何にも気がついていないていを振る舞う。

 それで相手がどう動くのか、そこから見えるであろう「何か」を探るためだ。

 いつものように鍵を開け、扉を開く。

 どこから入ったのかは知らないが、鍵がかかっているということは、丁寧にも鍵を開けて侵入し、わざわざ内側から掛け直した可能性がある。ざっと見た感じでは、小屋の外壁が破壊されている様子もないため、その線が濃厚だ。

 さもなくば、そういう「固有魔法」の持ち主なのかもしれない。

「お待ちしておりました。シシャ・リョウ様」

 部屋に入ると、カーテンで光が遮られて薄暗い部屋に、見辛い黒い目深のマントを羽織った男が立っていた。

 足だけが細く伸びている様は、どことなく鳥類を思わせた。

「………何者だ!」

 リョウは、今まさにその存在に気がついたかのように大仰に怒鳴り、ファーロに手を当てて、部屋の戸から数歩後退りする。

 相手の油断を誘う目的もあるが、さりげなく一つしかない出入り口を塞ぐ目的もあった。

「申し遅れました。私、シオ様の使いをさせていただいております」

「シオ?」

 リョウは、黒衣の男が大仰に頭を下げて口にしたその名に覚えがあり、目の前の男が自分について知っていてここに来ている事を察する。

 そして無駄な芝居を打つことをやめ、開き直った態度で訊ねる。

「………あいつ、ね。それで?」

 男は、それに面食らったような態度を示したので、リョウは重ねて言う。

「なんだ?人の家に勝手に上がり込んでおいて、今更お前は礼節を問うか?

 それともお前の主人はお前に空き巣を礼儀と教えたか?」

「………これは失礼しました。実はあなたについては話にはお聞きしていたのですが、私としても興味を惹かれるものがありまして………私の不徳の至りでございます。無断で侵入した事に関しては謝罪させていただきます」

 頭を下げ、謝罪を述べるこの男からは、自分の独断という事を強調して話すあたり、かなり自分の主人の外聞を気にしている印象を受ける。

 それはこの男の忠誠心の高さの顕れでもあるだろう。

「大した忠義だ。それに免じて一応話は聞いてやるよ」

 リョウは無防備に血塗れの外套を脱ぎ、今は稼働させていない暖炉の近くの物干し竿に一旦吊るしながら、男を促した。はっきり言って話を聴く態度ではないが、それはわざとやっている。

 どうせ碌でもない話が来るということは分かっていた。

「ありがとうございます。それでは」

 男はリョウがどのような人間なのかを理解したのか、それを気にする様子もなく口を開いた。

 あるいは、彼もリョウの意図にうすうす気がついているのかもしれない。

 つまりそれは、彼自身もそれが面倒ごとと理解しているということ。

 リョウは、自分が思っているよりも面倒なことが起きていることを予感し、げんなりと男の目を見据えた。


「『カレン・メナ』姫の捜索を依頼させていただきます」

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