2_穿通_1/2
「行くぞ『ファーロ』」
リョウが片手半剣を引き抜くと、その殺意に呼応するかのように、霞猿の唸り声が激しくなる。
それは先ほどまでのように興奮した叫び声ではなく、こちらの一挙手一投足を見逃すまいとする、低い唸り声だ。
唸りこそしないが、それはリョウも同じである。
自身を遥かに上回る体躯を持った生物を相手に立ち回るのは、生半な覚悟では足元を掬われる。
(損傷部位は右足。おそらく腿のあたり。あの様子では自重を支えることは難しいだろう。重心を霞猿の右側にずらしつつ立ち回れば多少は動きに制限がつけられる)
リョウは脚を撓め、前傾を作る。
魔獣は一般的に、数十人で計画的に駆られるものだ。魔獣によっては、その魔法によって思わぬ被害を生む可能性がある上、そもそも魔法によって生じる事象の規模が人間のそれよりも遥かに大きい為だ。本来であれば一人で挑むべき相手ではない。
しかし、リョウはそのようなことを気にしない。
「ふっ」
リョウは駆け出し、霞猿はそれから逃れるようにその場を飛び退く。
(警戒心が強い)
「『アケレテス』」
呪文と共に、リョウの身体は物理法則とは異なる力を得て加速、追い縋るように間合いを詰める。
咄嗟の出来事に霞猿は対応できない。
ギャアッァア!
怒声とも悲鳴とも取れる声が山に木霊す。
リョウは、すぐさま加速の魔法を用いて木の上まで跳躍、間合いをとる。
切り裂いた腕は左。しかし厚い毛皮で阻まれ、太い血管には届いていない。
(『ファーロ』では斬れないか………)
リョウが手元の剣に視線を向けると、わずかに湾曲している。さながら偏屈なリョウの心情のようだ。
修理の必要性を感じ、密かにリョウは嘆く。
だが、霞猿はその様子を黙って見ている訳ではなかった。
リョウの意識が剣に向いた隙を突くように木片が飛来。視界の隅にそれを捉えたリョウは木から飛び降り、それを回避する。
飛び降りた木の頭上から幹に衝突した木片が砕けて弾ける豪快な音が鳴り、リョウは苦笑した。
(どんな膂力で投げればああなる?)
再び膠着状態に陥った二体は、互いの隙を探って相対したまま、円を描くように周る。
半周も歩いただろうか、二人の位置がほとんど入れ替わった頃、霞猿が動く。
その姿が唐突にぼやけたかと思うと、背景に溶け込むようにして消えたしまったのだ。
(煙幕………逃げる気か?)
霞猿の足元から溢れ出した白煙は、その体毛の白を空に溶け込ませ、その巨体を覆い隠す役割を十全にこなした。
そして薄暗い早朝の光量が、その効果を際立たせている。実際、リョウの視界は完全に白く塗りつぶされ、機能していない。
しかし、リョウはほくそ笑む。
リョウが煙幕を問題にすることは、ない。




