1_獣の道_1/2
人気のない山道。黎明。乳を空気中に溶かし込んだかのように見通しの効かない、白んだ一本道。それは飲み込んだ秘密を覆い隠す掛け布のように、濃く、厚い。
そんな秘中の謎を暴くがため、リョウは細い獣道をたどっている。
人間が通るために整備された道ではないので、細かい枝葉や藪が絡みつき鬱陶しいことこの上ない。
それらを空いている方の手の短刀で切り落とし、時に朝露で袖やら肩口やらに水玉が付くのを手で払いのけ、奥を目指して進んでいく。
足元の根に脚を躓かせたリョウは一度立ち止まり、目の前に広がる白い景色を漠然と眺める。
この辺りはカトチーニと呼ばれる山岳地帯。
平野に比べて標高が高く、気温もそれに比例するように低くなりがちだ。夏が近い今の時分であっても日が昇りきらないこの時間はまだ、寒い。
寒暖差は霧を生みやすい。しかし、それを踏まえたとしてもここ最近の霧の濃さは異常である。
まるで何者かの意思が働いているかのよう。
リョウは根を跨いで歩き出す。踏み下ろした足元で落枝が小気味の良い音を立てる。
(十中八九、魔獣だとは思うが………)
リョウはこの原因を生み出したものが”それ”であることをほとんど確信していた。
魔獣とは端的に言えば突然変異で生じた、危険な獣である。
一般的には、魔法を扱う獣というのはそれだけで珍しい存在だ。大抵の獣は魔法というものとは無縁であり、そもそも”それ”を魔法として認識することすらない。
だが魔獣は異なる。彼らは「魔法」を理解する。
魔獣は魔法を魔法と認識し、他者とは違うその力を自身の生存のために存分に行使している。
それは魔獣が、高い知能を有することを示しており、そのままそれが人間への脅威度の高さ、その指標だ。
一般的な獣の中から突然変異的に現れるこの「魔獣」は、魔法が使えるからそうなのか、賢い個体が魔法を使えるのか、それはいまだに判明していない。
だが、それ故に彼らの危険性も普通の獣の比ではないことは想像に難くないだろう。
今回の現象が魔獣の手によるものであった場合、かなり広範囲の環境に影響を与える存在であることが分かる。
かなり強力な「魔獣」だ。
しかしながら、リョウが道を辿り初めてしばらく。その存在を示す痕跡が一向に見つからない。まるで、リョウの存在を避けているかのように。
(………考えすぎだな。単純に、用心深い奴なんだろう)
攻撃的ではないのなら様子見でも良いかもしれないが、いずれにせよ、判断するための材料がなくてはどうすることもできない。おまけに、霞で覆われた森は白濁した染織溶液をぶちまけたかのような有様で、とても何かを探すのに適しているとは言えないと来ている。
(依頼とは言え、この中を探さなきゃならないというのが「魔獣狩り」の辛いところだな)
リョウは依頼主の顔を思い出してため息を吐き、先を見据えて獣道を奥へ奥へと進んでいく。
無限に続くかのような白霞を掻き分け、どれほど進んだだろうか、見通しの効かない空間内では時間感覚や距離感ですら狂ってしまう。
そしていつしか彼は白のベールを抜け、開けた空間に辿り着いていた。




