8_最悪な出会い_1/1
死んだ。
私はそう思った。
私はギリと歯を食いしばる。
(ここで終わり、私たちは賭けに負けた)
再度涙が込み上げ、つと頬を伝う。
自分の無力が憎い、自分の勇気のなさが憎い、霞のような希望に縋るしかなかった自分が憎い。
そして何よりも、目の前の男が憎い。
私は顔を上げる気力もなく、手足を動かす力もなく、ただその時を待つ。
(ごめんなさい、お父様、お母様。私、生き残れないみたい)
父と母の顔が浮かび、メナは懺悔する。それで許されるとは思っていないが、そうしないこともできなかった。
父が役に立つと渡してくれた家宝も、絶対に逃げ延びろと抱きしめてくれた母の思いも、全てが無駄になってしまう。
私がこれなのだから、今頃父も母も、弟も殺されてしまっているに違いない。
そうして、私は力を振り絞り、顔を上げた。
ギノーを貫いた、血濡れの武器、その切先が炎で鈍くゆらめいている。
それは私から奪い、ギノーを刺した、私の武器だ。
「あばよぉ、憎き王家の生き残り。我らの革命の礎となってくれ」
男が武器を振り下ろした。
その時が来たことを認識し、武器が振り下ろされるその動きが緩慢に、ゆっくりと流れているように感じた。
(ごめんなさい、ギノー。あなたも巻き込んでしまって………罪滅ぼしにはならないけれど、私も、すぐに行きます)
「嘆かわしいが、お前は多分、その『我ら』には含まれていないよ」
不意に、その声は聞こえた。
私はそれが聞こえることに違和感を感じた。
その声は、ゆっくりと、どっしりとした声で、武器が振り下ろされるよりも早いことなどあり得ない。
私はすでに死んだのか?
その考えすら、自分に痛みの記憶が微塵もないことから否定する。
そして、その答えは男の口から発せられる言葉で判明した。
「なんで、うごか、ねぇ⁉︎」
私は彼の手が、空中に固定されたように静止している細剣を何度も揺り動かしているのを見た。
まるで剣が何かにがっちりと固定されているかのように、男は滑稽な一人相撲を繰り返している。
そして私は、背後から誰かが歩いてくるのに気がついた。
いつの間に現れたのか、その男はいつか見たような黒い外套に身を包み、足を進めるたびに揺れる長めの黒髪は、肩口で大雑把に切り揃えられている。
私はその黒い姿でその正体を直感する。
「『鴉羽の使者』………」
本当に来たのか。
そう思った反面、なぜ今更、という気持ちも湧き起こる。
そしてそれが口をついて出かけたところで、異変に気づいた。弦が引かれる音がしたのだ。
(仲間がいるのに?)
その間にも黒衣の男は、男から細剣を奪い取った。
細剣を奪われた男は、訳も分からぬ表情で後退る。
「まあ、なんてことはない。結局お前は丸め込まれただけの使い捨て、という訳だ」
黒衣の男がそう言うのと、後ろの追手達が放った矢が男の頭頂に突き刺さったのが、ほとんど同時だった。
追手の男は最後まで呆然としたような表情を崩さぬまま、その場に力を失って倒れ伏した。
黒衣の男はそれを見て目を細め、物憂げに呟いた。
「憎しみで周りも見えないとは、哀れなものだな」
目の前に倒れた男の頭から、私の目の前に血が流れ出し、私は咄嗟に上体を起こしてそれから逃れる。
その時、彼はどんな手品か、彼と私の上に浮かんでいた矢を手元に引き寄せたのが目に入った。
軌道上のものを防いでくれていたらしいが、その手段が一切分からない。
あれが魔法だとしたら、あまりにも常軌を逸している。
「カレン・メナか?」
黒衣の男が私の名を呼んだ。
「その通り、です。『鴉羽の使者』」
私はいきなり呼び捨てにされたことに、こんな時だと言うのに少し腹が立ったことに驚いた。
だが、そしてそれを忘れるほどに、次に帰ってきた返答に驚く。
「鴉羽の………なんだ、それは?」
私はてっきり彼が『鴉羽の使者』なのだと思っていたが、そうではないらしい。
であれば、この目の前の男は何者だと言うのか。
「カレン・メナ。古き友との約束の履行だ。気は進まないが………。
お前が望むのならその命、拾ってやる」
それはとても、この状況で、しかも目の前で身内を殺された人間に対してかける言葉ではない。
命を救われた身で恩知らずと謗られるだろうが、あえて言おう。
恩着せがましいことこの上ない。
だが、目の前で見せられた。それを押し通せるまでの、圧倒的な力。
私は、後にも先にも彼のような人間を見たことがない。自分とは真逆に位置するような人間。
だが、出会ってしまったからには、それは私の運命を容易に狂わせ、かき混ぜ、変えていく。
彼はそんな、「災害」のような男なのだ。
〜Prologue_薄明の姫_end〜
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
ひとまず、プロローグはこれで完結します。
書き置きがあったので毎日上げてましたが、本編には大した書き置きがないので多分、不定期更新になります。
まだまだ未熟な物書きではありますが、今後とも『鴉瞳の魔法使い』をよろしくお願いします。




